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国道360号線(2)

 「明里さん、何がどうなったんです?」


 指示を出し終えた貴文が、戻ってきて明里に問いかけた。

 明里も呆然としていたが、そんな貴文の声に我を取り戻した。


 「解らないわ。何だかあっという間にいなくなってしまって・・・」

 「理由はどうあれ、居なくなったのなら避難を急がせましょう!」


 緊張が解けて疲れが一気に出たのか、座り込んでいる者や、仰向けに寝転がっている者が何人もいた。


 まだ比較的元気な白川村の人々が、手分けして次々とそういった人達を村境まで送り届けた。


 明里は貴文と共に、避難者の最後尾を目指して進んだが、そんなに進む事もなく人影は途絶えた。

 最後尾に居たのは、剣を握ったまま疲れて座り込んでいる中学生ぐらいの少年と、その少年にしがみ付く様に泣いている小学生ぐらいの女の子だった。


 「動けるかしら?あなた達は兄妹?」

 

 明里が問いかけると、少年は辛そうに顔を上げた。


 「そうです。少し休めば・・・水はないですか?」


 少年の答えに貴文が持っていたペットボトルを差し出すと、少年は勢いよく水を飲むと残りを妹に手渡した。

 明里は少年の手から剣を取り、転がっていた鞘に収めてから少年に手渡した。


 「疲れてるところ悪いんだけど、あなた達が最後尾でいいのかしら?」

 「いえ。僕たちの後ろには、もっと大勢の人達が居たはずです」

 「明里さん、この先のカーブまで様子を見に行ってきます。カーブの先は谷川を挟むようにU字型の道になってて、ある程度見通しが効きますから、それで誰も居なければ引き揚げましょう」

 「あっ、待って。私も行くわ。あなた達、ここで少し休んでてね」


 明里はポケットに入れていた飴を兄妹に渡すと、貴文と共にカーブまで移動した。


 「誰も居ませんね・・・」

 

 明里は貴文の言葉を聞きながら、誰かいないかと谷を挟んで向かい側の道を目を凝らして見ていると、木々の間から道を進む影が見えた。


 「貴文さん、あの道の先の方で何か動いてない?」

 「どこですか?」


 二人がそちらを見つめていると、やがて木々の切れた見通しのいい所にその姿を現した。

 それは赤い鎧武者のアシガロイド三体を先頭にして進む、敵の集団だった。


 「赤いのは初めて見たわね」

 「明里さん、何のん気に言ってるんですか!後ろも途切れる事なく続いてます。直ぐに戻りましょう」


 明里達は兄妹の所まで戻ると、兄は少し元気を取り戻した顔して、既に泣き止んでいる妹の頭を撫でていた。


 「二人共、直ぐに移動するわよ。敵の集団がこっちに向かって来てる」


 明里のその発言に、妹は酷く怯えた顔になったが、兄の方は剣の柄を強く握り、目に決意を宿らした顔になった。

 それを見た明里は、兄を立たせ妹の手を握らせた。


 「あのスピードのままなら逃げ切れると思う。二人共疲れてると思うけど、頑張って!さあ、急いで戻るわよ」


 時に足元がおぼつかなくなる兄を、貴文が支えながら四人は出来るだけ急いだ。

 途中、様子を見に来た村人を回収して人手が増えた事で、兄は両脇を抱えられ、妹は背負われ、集団の足は速まり無事に村境を越える事ができた。


 明里達が村境まで戻ると、避難して来た人々を学校まで車を使ってピストン輸送をしてる真っ最中だった。

 貴文が敵の集団が近づいている事を伝えると、戦える者は念の為、警戒態勢に入った。そして歩ける者は車を待たず道を進み始め、途中で空きのある車があったら拾ってもらう事になった。


 明里は貴文に兄妹を託すと、他の者達と同様に警戒態勢に入った。そして周りを確認すると、多くの者が見て分かるほどに疲れていたが、その目だけは戦意を失ってなかった。

 しかし、明里にはこれ以上の戦闘行為は無茶の様に思えた。


 「本当に村境は越えてこないんでしょうね?流石に疲れたわ」

 「さっき、役場に連絡を取った時に聞いた話では、他の道に変化はないそうですよ」


 明里は、独り言のつもりで呟いた言葉に返事があった事に驚き、その返事をしたのが貴文だった事に更に驚いた。


 「あなた何やってるの?役場の人間として、避難者のお世話をしなくていいの?」

 「それが役場に報告を入れたら、そのまま連絡係としてここに残れと。あの兄妹はちゃんと預けてきましたよ」

 「そう、ならいいけど。敵はどれぐらい来てるのかしら?山道だと守りやすいけど、見通しが悪いのが困りものね」

 「ああ、それも連絡がありました。監視する為に山に登ってもらった人がいて、そこからの連絡だと今は立ち止まって動いてないそうです。ただ、距離はここから至近ですね。それに見える山道は、アシガロイドで溢れてるそうです」

 

 その言葉に明里を含め、その場にいた人達の間にほっとした空気が流れた。


 「そういうことは、早く言いなさいよ!とりあえず、直ぐにどうこうというのはなさそうね」

 「はい、微動だにしないそうですよ。それで本当に境を越えないのかを確かめるので、皆さん一応警戒はして下さい」


 そう言うと貴文は一人で村境を越えて、飛騨市に入った。越えた直後にアシガロイドが三体現れ、貴文に向かって来た。貴文が白川村側に戻るとそれ以上は追わずに戻って行った。

 尾神橋で何度も繰り返された光景が、ここでも再現された。


 少しでも動きがあれば、山の上で監視をしている人からも連絡があるというので、明里達は交代で休憩を取ることにした。


 「ここまで敵が来たのなら、飛騨市はもう制圧されちゃったのかしら?」

 「そうですね。まだ頑張ってる人達がいても、こちらへの脱出は絶望的だと思います」


 明里が貴文と話していると、飛騨市から逃げてきて、ここに留まってくれてる人が話かけてきた。


 「そうだな。俺が最後に聞いた話だと、神岡町はまだ連絡が付いてたはずだが直線距離で30㎞強もあって、その間に奴らがうじゃうじゃいてはな・・・あんた村役場の人間なんだって?どれくらいの人数が逃げれたか解るか?」

 「ん~、概算になりますが五百人以上は居たと思います。ただ千人には届いてないかと」

 「そうか。あの状況でよくそれだけの人間が逃げれたと思うべきか、二万五千人近くの人口でたったと言うべきか・・・」


 落ち込んだ男に対して明里はかけるべき言葉が見つからなかったが、貴文はその空気を無視するように男に対して質問した。


 「車が一台もなかったのは、やはり奴らが?」

 「ああ。車を優先的に動けなくしていきやがった。しかもその時だけめちゃくちゃ強いんだ。それに全部じゃないが、邪魔になる車の運び出しまでしてやがった。アシガロイドがそいつにかまけてる間に距離を稼ぐ事が出来た。なんせその間は奴ら、人間に関心を示さないからな」

 

 男は話してる間に少し元気が出てきたようで、それを感じ取った明里も質問した。


 「どのようにして、ここまで逃げてきたのですか?」

 「白川村に奴らが入らないって情報を貰ってから、白川村を目指して移動したんだが、その時には既にかなり押し込まれてて、パニックになってる者も大勢いた。でも白川村っていう方向性が出来たから、まだ何とかなってたんだ」


 ここで男は一旦、話を切るとペットボトルから水を一口飲んで続けた。


 「最初にパワーダウンしていないアシガロイドが現れて、車だけを狙った。それで徒歩になったんだが、その頃には避難民の最後尾辺りにはもう敵が喰らいついていて、後ろの守りを固めようとしていたら下小鳥ダム辺りから北上してきた敵に分断された」

 「そちらの守りはなかったのですか?」

 「もちろん守っていたさ。高校の剣道部の連中や他にも強そうな奴らで。でもあの赤いのが何体も現れて突破しちまった」


 男は懐からタバコを出すと火をつけ、溜息をつくかのように大きく煙を吐いた。


 「俺達も何度か分断の解消には成功したんだぜ。警官や猟師が山に入って銃を使用して、敵を引き付ける囮になるって方法だけどな。奴ら銃が使用されると、周りの事なんか無視してそっちに行っちまうからな。車の時よりも反応は良かったぜ。でも銃を持ってる奴なんてそんなにいないだろ?いなくなっちまえば、もう分断の解消なんて無理だった。そっからは酷いもんさ。分断した所からは赤いのが狩り立ててくる。それに前にも敵が現れて動きが取れなくなる。あんたらが来るまで持ち堪えられたのは、奴らが倒した人間の連れ去りに兵力を割いたおかげさ。俺達は多くの人々の犠牲のおかげで無事なんだ」


 明里は男の言葉を聞くうちに、その瞳が暗い決意を宿してるように感じここから離れるように勧めた。 


 「ここは私達に任せて、村で休んでもらってもいいですよ」

 「もう独りになっちまったからな。ここでいいさ」



 貴文は男から聞いた情報を村役場に知らせると言って、携帯電話で話す為に離れて行き、明里は男と共にいつ来るか解らないアシガロイドの姿を探して山道を見続けていた。



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