国道360号線
◯白川村 中学校校庭 午後1時30分
「ちゃんと脇を締めて!!」
明里は校庭の片隅で、60名程の生徒を相手に素振りの指導をしていた。
明里達が中学校に避難した後、手持ち無沙汰になった明里が素振りをしていると、それを見ていたここの生徒達に教えて欲しいと頼まれた為である。
そんな明里に校長が声をかけた。
「指導して頂いてありがとうございます」
「いえ、こんな状況ですから・・・それにしないよりはマシですから」
「こんな事になるなら、剣道部を作っておけば良かったですよ」
「この生徒数では、あれもこれもとはいかないでしょう。これで全員ですよね?」
「ええ、皆、地元に居てくれたおかげで、誰も欠けてませんね」
二人がそんな会話をしていると、夫の智行の友人で今は村役場に勤める貴文が、明里を呼びに来た。
「明里さん、一緒に来てくれないか?飛騨市からこっちに逃げてくる人達がいて、それを迎えに行くとこなんだ」
「ここは大丈夫なの?」
「尾神橋からの情報では、奴等には白川村に入らないよう命令が出てるみたいだから、とりあえずは大丈夫だと思う」
ここで貴文は一旦言葉を切ると、生徒達に聞こえないように声を潜めた。
「攻撃を受けている飛騨市はかなりマズイみたいなんだ。逃げて来る人がどれ程になるか・・・人手も欲しいけど、何よりも戦力になる人に一緒に来てほしいんだ」
明里は少し悩んだが、戦力として期待されているのは悪い気がしなかった為、承諾する事にした。
「娘をお義母さんに頼んでくるから、ちょっと待ってて」
生徒達の事は校長先生にお願いして、明里は房江に事情を話しさやかの事を頼むと貴文と移動した。
「それでどこに行くの?」
「飛騨市に通じる道と言えば、国道360号線さ。通ったことない?」
「んーないわね。飛騨市に行く時は41号線ばかりだったから」
「まぁ、明里さんの家の位置だとそうだろうね。国道とは言っても、舗装してあるだけの山道で道幅も広くはないけど、飛騨市から白川村に逃げるんなら、もうこの道しかないから」
貴文のその言葉に明里は首を傾げ、疑問を口にした。
「東海北陸自動車道って飛騨市を通ってたよね?」
「もう朝の段階で敵に制圧されてる。村境を見張ってた人から連絡があった」
「なっ?!早すぎない?」
「そうなんだけど、元々、飛騨市を通っている部分はトンネルがほとんどだし、飛騨市の端で人口密集地からも離れてたから、放置してたみたい」
「そんな!そのままトンネルを進めば村の中心部よ!!」
「昨日の今日で横の連絡とかもまだ不十分で、僕等も放置してるのは知らなかったんだ。だから慌てて何かあった時にと確保してあった人達を、そちらに送ったんだ。まぁそこでも、アシガロイドは村境を越えようとはしないから、とりあえずは安心なんだけど」
明里は貴文の言葉で安心は出来なかったが、自分が呼ばれた理由は理解出来た。
「そちらに人手が取られたから私なのね?」
「本当に申し訳ない。本来なら小さなお子さんがいる母親には、子供と一緒にいて欲しかったんだけど、山奥の村で人口も多くないし、形振り構っていられなかったんだ。それに明里さんの強さは、耳にタコができるくらい聞かされてたから」
「謝らなくてもいいわよ。それに敵が境を越えてこないのだったら、逃げて来た人を迎えるだけだし。女性も子供も居るだろうから、女手は必要でしょ」
そして明里は貴文から尾神橋での詳しい報告を聞き、360号線の白川村と飛騨市の境に到着した。
明里達が到着すると、既に逃げて来た人達やその人達に話を聞いている者がいた。
そして数人の男達が緊張した面持ちで、飛騨市側を窺っていた。
貴文がそんな男達に声をかけた。
「どうしたんです?」
「貴文君か。見てみな。アシガロイドがいるんだ」
「何ですって?!いつ現れたんですか?」
「ついさっきだ」
明里が貴文と一緒に飛騨市側を見ると、確かに三体のアシガロイドがいた。
明里は逃げて来た人達を見ながら質問した。
「逃げれたのは、たったこれだけですか?」
「今のところはそうだな」
「開戦からかなりの時間が経ってるのに、たったこれだけ・・・」
明里のその言葉に貴文が答えた。
「白川村にアシガロイドが入ろうとしないっていう情報を、飛騨市側が手に入れてからの避難指示だからね。ただそれでも、もっと逃げてきた人達が来てると思ってたんだけど、先に奴等を見る事になるなんて・・・」
「それなんだが貴文君。ちょっと前に飛騨市の友人から電話があって、あと少しでこちらに着くという話だったんだ。ただ、今は何度かけても携帯に出ないんだ」
全員が沈黙して最悪の事態を想像していると、遠くから風に乗って、人々の怒号や悲鳴のような音が微かに聞こえてきた。
その音を聞くと明里は、周りの男達を見回して提案した。
「近くまで来ているのは間違いないです。こちらから打って出ましょう!!逃げる為に、戦いながらこちらに向かっているはずです。こちらから攻撃して圧力を減らせれば、助かる人達がいるかもしれません」
その言葉に貴文は、少しの間悩んだが明里に賛成した。
「そうですね。やりましょう!助かる人達が増えれば、こちらの人手も増えますからね」
そんな貴文を見ながら、一人の男が問いかけた。
「貴文君、こちらのお嬢さんは?」
「この人は明里さんと言って、忠良さんとこの秘蔵っ子です」
その貴文の言葉に、男達は明里を見つめ覚悟を決めた。
「よし!やろう!!秘蔵っ子がいれば何とかなるかもしれん。俺も友達は助けたいしな」
明里は期待の大きさに戸惑って貴文を見た。
貴文は少し笑いながら剣を抜き、こう答えた。
「忠良さんはこの辺じゃ、良くも悪くも有名人ですから」
答えたになってない答えを貰った明里は、首を軽く左右に振りながらも自分の剣を抜き、前に歩みを進めた。
「まずはあの三体だな。明里さんどうする?」
「先生の感想通りなら、何とでもなると思います。でも初戦ですから、私が一体。残りの二体はそれぞれ二、三人で当たりましょう」
「おう!!」
周りにいる男達の気合の入った声を聞いて、明里はアシガロイドに向かって走り始めた。
それに吊られて周りの男達も走り始め、境を越えると三体のアシガロイドも反応して、明里達に向かって来た。
明里は先行して近づいて来た一体に接近すると、躊躇なく超振動ブレードを振るった。
「遅い!」
明里はその一言と共に、アシガロイドを逆袈裟斬りで倒した。
明里はそのまま残りの二体に向かいかけたが、思い直し牽制するに留めた。
残りの二体は貴文達が、手間取りながらも取り囲んで倒した。
それを見ていた明里は男達に声をかけた。
「皆さん、斬る時は躊躇せずに思いっきりやって下さい。この超振動ブレードのおかげで、当たりさえすれば斬れるんですから」
「おう!経験が積めたからな。次はもっと上手いことやるさ」
貴文が明里に近づき声をかけた。
「明里さん、一人でやれたのに俺達に経験を積ませようと、わざと二体残したでしょう?」
「最初からそういう話だったじゃないですか。それに私もですが、みなさんも初めての事ですから経験は必要でしょ?」
「そうだね。でもここから先は、そんな事を考えずに思いっきりやって欲しい。まぁ、そんな余裕はなくなるとは思うけど。さあ急ごう!」
貴文のその言葉に、明里達は先を急いだ。
明里達が、道の途中にいたアシガロイド五体を更に撃破した頃には、人々の怒号や悲鳴等の戦いの喧騒がはっきりと聞こえて来た。
そして明里達の目には、白川村への道を封鎖するように展開する敵の集団と、その先にあるつづら折りの山道で、幾つもの集団に分断され激戦を繰り広げている人々の姿が映った。
明里は全員に、同時に叫ぶように指示した。
「「「助けに来たぞーーー!!」」」
その声に反応して、激戦の最中にある人達から歓声が上がり、その動きも幾分良くなったようだった。
そしてアシガロイドも反応を示し、明里達に向かって来た。
「みなさん、孤立しないようにお互いに気を付けて!!」
明里は先頭に立ち、真っ先に敵と斬り結んだ。
道幅が限られている為、一度に戦える人数が多くなかった事から、明里達は頻繁に前列の人間を入れ替え、疲労の蓄積を抑えていた。
そんな中、明里はほぼ常に先頭で戦い、前列から外れても直ぐにフォローに入れるよう傍らにいた。
そんな明里を心配して貴文が声をかけた。
「明里さん大丈夫ですか?」
「まだまだ大丈夫よ。先生の指導に比べたら、どうってことないわ」
「どんな指導なのか、聞きたいような聞きたくな・・・あっ!明里さん上を!!」
貴文のその言葉に、明里が道の山側の上を見ると、何かが動いているように薮が揺れていた。
「山側から来るわよ!警戒して!!」
明里のその言葉と同時に、山側から二体のアシガロイドが後方で待機していた人達の中に降り立った。
後方で待機、休憩していたと言っても、この様な状況では心から気を抜けた者も居なかった為、反応は素早く二体は取り囲まれて倒された。
しかし、明里がそちらに気を取られていた隙を突くように、前列から悲鳴が上がった。
明里がそちらを見ると、前列にいた一人が剣を地面に落とし、右腕も力なく垂れ下がっている状態だった。
「うぉーーー!」
雄叫びと共に貴文が助けに入った。明里もそれに続き敵を斬り捨て、そのまま敵の前列を斬り崩し立て直しの時間を稼いだ。
明里が時間を稼いでる間に、貴文が負傷した男を後方に運び、全員に聞こえるように報告した。
「奴等が持ってる棒で前腕を打たれたら、右腕全体が動かせなくなりました。それ以外は身体に異常は見当たりません!あの棒には、身体を麻痺させる力があるみたいです。気を付けて下さい!」
「わかったわ!その人はそのまま休ませて。一人で戻すのは危険だわ」
明里達はそのまま攻撃を続けた。更に何名かの負傷者をだしたが、避難組の先頭と協力して道を封鎖していた集団をついに撃破した。
明里が見た避難組の先頭は、全員が疲労困憊の様子だった。
しかし戦える者は、まだ分断されたままの人達を助ける為に道を戻って行った。
「貴文さん、避難者と負傷者の誘導の手配を!私はこのまま先に進みます」
「解りました。無理はしないで下さい。僕も段取りをしたら直ぐに追いつきます」
明里達は次々と、分断され孤立していた人達や、乱戦になっている所に割り込み救出していった。
救出すればするほど人類側の戦力が増え、既に敵が避難者の隊列を分断しているのではなく、人類側が敵を各個撃破している状態になっていた。
そんな中、明里はこちらが倒した数以上に最初より敵の数が減っている事に気が付いた。
「敵の数が減っている?」
明里のその疑問に、飛騨市からの避難者の一人が答えた。
「その通りだ。あいつら、倒した人間を何処かに連れ去っていくんだ。それが戦いの最中だろうが関係なくな。それに、その時は本来の力を発揮させやがるから、連れ去りを防ぐことも出来なかった」
「わかったわ。詳しい話は後で聞きます。今は残っている人達を救出しましょう」
しかし敵は突然戦いを辞め、退却を始めた。
これが本来の力なのだろう。アシガロイドは明里達がこの戦いで見た事もない機動力を発揮し、山を駆け下り、人々の頭上を飛び越え、瞬く間にいなくなった。
残されたのは、突然の出来事に呆然とする人々だけであった。