家族の話合い
◯岐阜県北部白川村 21時00分
「帰ったぞー」
忠良が村の寄り合いから戻って、家の中に声を掛けると、房江が出てきて咎めるように言った。
「さやかちゃんが寝てるんですから、あまり大きな声は出さないで下さい」
「すまん、すまん。剣を貰ってきたぞ」
忠良の声に、さやかを寝かしつけていた明里も出てきた。
「先生、お帰りなさい。それが超振動ブレードですか?見ためは普通の刀ですね」
「だが威力は凄いぞ。開戦は明日の朝だから、明里ちゃんも今の内に試し斬りをしておこう」
「試し斬りって・・・何を斬りましょう?」
忠良は房江と明里の二人を庭に連れ出し、大きな庭石の前で剣を渡した。
「さあ、二人共この石で試し斬りをしてくれ」
「これ・・・ですか?」
「やってみれば解るから」
まず明里が石に剣を振り下ろすと、抵抗らしい抵抗も感じずに石を両断できた。
「なっ?!・・・凄い!!」
続けて房江も同じように両断したが、明里が両断したのを見ていたせいか、さして驚いた様子もなかった。
房江は自分の手の中にある剣と両断された石を見比べ、忠良に確認を取るように質問した。
「あなた、これなら斬るという点は技量を無視出来そうですね?」
「その通りだ。ただ、アシガロイドとかいうのに何処まで通じるかは解らん」
「通じない物を、わざわざ配布なんてしませんよ」
忠良は次に明里の両手にそれぞれ剣を持たせ、二本を重ね合わせるようにして庭石を斬らせた。
「斬れませんね・・・」
「そうなんだ。二本の剣が接触しているか、極近い状態だと超振動とやらの効果はなくなるようだ」
「攻撃偏重ではないんですね。超振動と聞いた時は、当たるを幸いに斬って斬って斬りまくれると思ったのに残念です」
「・・・明里ちゃん、怖いこと言ってるねぇ」
三人は家の中に戻り、村の集まりに行っていた忠良の話を聞くことにした。
「それであなた、どうなりました?」
「降伏を認めんと言ってる以上、戦うしかあるまい。村の連中もそう思っている。男達は明日の朝7時に、高山市との市境にある尾神橋に集合だ。高山市から直接となると、ここしかないからな」
「先生、それは道を素直に来たらですよね?」
「地形無視となると厄介だが、一応、監視の人間を配置すると言っていた。ただ、素直に道を来てくれたら、山と湖に挟まれた道だから守りやすくはある」
「あなた、私達はどうしたら?」
「三人は小・中学校に避難だ」
明里は迷いながらも、忠良に意見を伝えた。
「先生、私は尾神橋のほうが役に立てると思うのですが・・・?」
「地形を無視した場合、私達が駆けつけるまで時間を稼ぐ者が必要だ。それにさやかちゃんのそばで守ってあげな」
「はい。わかりました」
房江はそんな二人を見ながら溜め息をつき、愚痴をこぼした。
「二人共、腕に覚えがあるせいか、戦いに積極的なんだから・・・これが合併前だったら、他の行動も取れたんですけどねぇ」
2005年に行われた、高山市と周辺町村との編入合併の結果、高山市の市域は東は長野県、富山県と接し、西は石川県、福井県と接することになり、日本で最も広い市町村となっていた。
つまり、岐阜県飛騨地方を東西に横断する形で市域があり、その全域を連盟に制圧され、県境を壁で封鎖されている現在、高山市の北にある飛騨市と白川村は、分断孤立状態にあった。
「房江、こんな事になるなんて誰も思ってなかったのだから、しかたあるまい。それより、あのドラゴニュート共の話を聞いて、どう思った?」
「ドラゴニュート?」
「銀河連盟の二人さ。あんな姿形の者達の事を、ドラゴニュートと言うそうだ」
「そうですか。あのドラゴニュート達が嘘を言ってないとするなら、話を聞いて思ったのは、連盟も一枚岩ではないという事と、全てを語っていないのではないか?と、後はそうですねぇ、あのグドゥラ・ネノという団長の日本についての知識は、不完全というか偏ってるかも?ぐらいかしら」
忠良と明里は首を傾げ、二人して房江を見つめた。
「お義母さん、一枚岩は連盟の中で反対が多かったで解りますが、偏ってるというのは一体?」
「岐阜に決めた理由に『美濃を制する〜』というのがあったじゃない。あれ後世の創作というか大河ドラマだったかしら。史料にそんな言葉はなかったはずよ。戦国時代に興味はあるんでしょうけど、どうやって情報を集めたのかが気になるわね」
房江のその言葉に忠良は、なるほどとばかりに膝を叩いた。
「武器が剣のみというのも、案外その辺が理由かもな。侍=刀という考えで、弓や槍がないのかもしれん。結構、戦国時代じゃなくて江戸時代の時代劇を見て情報収集してたりしてな」
そう言うと忠良は軽く笑った。
「房江、他に何かある・・・あぁ、全てを語ってというのは?」
「グドゥラ・ネノが言ってたじゃない。ずっと待ってたけど待てなくなったって。待てなくなった理由を言ってなかったから、そう思っただけですよ」
今度は明里が膝を叩いて「あっ!」と声をあげた。
「確かに言ってなかったですね。でも、本当に待ちくたびれただけかもしれませんよ?」
「その可能性はあるけど、広い宇宙を探索してて、それが出来るほど文明を発達させている種族達が、50年程度でとは私には思えないのよね」
忠良と明里はまた首を傾げ、二人して房江を見つめた。
房江は「ハァ〜」溜め息をつくと説明を始めた。
「二人共、少しは智行を見習って、色んな事に興味を持ったほうがいいですよ。彼等がどんな方法で宇宙を渡っているのか、どんな時間感覚を持っているのか解りませんが、人類の歴史で50年なんて、年表で見たら僅かな幅しか確保できない程度ですし、地球史46億年で言ったら、年表の中に埋もれて見えないぐらいよ。ましてや、宇宙史でいったら50年なんて無いに等しいわ。それに文明だって50年で急激に発達する時もあれば、それ以上の長い間停滞する時もあります」
房江はここまで話すと、二人がまだ話に興味を持っているのか確認した。そして忠良の興味が無くなりそうになっているのを見て取ると、視線で忠良を牽制して意識を自分に向けさせた。
「あのドラゴニュート達の口ぶりでは、連盟に複数の種族が加わってるのは間違いなさそうですし、比較検討できるそういった種族達の歴史や知識があれば、まだ宇宙に手を伸ばしたばかりの、新参の人類の50年なんて待てそうな気がするのよね」
二人は房江の言葉に頷いて、理解した事を態度で示した。
「そうだな。房江の考えが合っているのか、間違っているのかや、諸々の疑問の答えも、奴等に直接会った時に確認を取ればいい。幸い奴等は日本語をしゃべれるから、何らかの答えはくれるさ」
「え!?先生、会う気なんですか?」
「主兵力はアシガロイドだが、戦っていけば直接会う機会もあるはずだ。何と言っても奴等は尚武の気風がある文明だからな。機械の兵隊ばかりに任せはしないだろう」
忠良のそんな発言に、明里は期待の眼差しで忠良を見つめ、房江はこの人は本当に困った人、という眼差しで忠良を見た。
忠良はそんな二人に見られながら、話を終らせる為に立ち上がりかけたが、何か思い出したのか座り直した。
「そういえば、さやかちゃんはあのドラゴニュートを見て大丈夫だったか?」
忠良のその言葉に、明里は少し困った顔して房江をみた。
しかし、房江が何も喋ろうとしないのを見て、忠良に説明を始めた。
「最初はとても怖がってたんですけど、お義母さんが『あれはさやかちゃんが思ってる宇宙人とは違う!』って説得というか丸め込んだというか・・・」
「房江、何ていったんだ?」
「さやかちゃんが知ってる宇宙人は、日本語を喋らなかったけど、あのドラゴニュートは日本語を喋ってるから、宇宙人じゃなくて地球外知的生命体よ、って言っただけです」
「え〜と、宇宙人と地球外知的生命体って「言葉が違います!」・・・そうだな」
「大きくなれば、私が何故そんな言い方をしたのかとかも理解するでしょうから、いいんですよ」
「まぁ何だ。それでとりあえず大丈夫になったんだな?」
「はい先生。怖がることもなくて、今はぐっすり寝ています」
その言葉を聞くと忠良は立ち上がり、今度こそ話を終わらせた。
「明日がどうなるか解らんが、そろそろ寝よう。奴等のゲーム盤の上で動くしかないのは癪だが、どうなるにせよ寝不足ではな。明里ちゃんもしっかり睡眠を取るように!」
その忠良の言葉で、今夜の家族での話し合いはお開きになった。
電気を消した寝室で、忠良は横で寝る房江に問いかけていた。
「なぁ、来ると思うか?」
「今は北と南で挟まれている状態ですから、二正面作戦は避けるでしょうね。だから最初は人口の少ない北の二つからだと思いますよ」
「そうか・・・」
その言葉を最後に二人は眠りについた。
連盟が提示した開戦時間よりも前に、高山市内へ立ち入る人影が幾つもあった。
行方不明となっている家族を捜そうとする者もいたが、その様な者達ばかりではなかった。
血気盛んな者達や、異星人という存在を最初から否定し、この悪ふざけに文句を言いに行った者、面白半分の者等、その多くが情報収集を怠り、状況を正しく認識していない者達であった。
そして多くの者達が、そのまま行方不明となった。
無事に戻ったのは、自衛隊の残存隊員による偵察チームだけであった。
彼等は敵を過小評価する事はなかった為、直ぐに市境を越えて撤収出来る様に行動した事や、警戒が厳重だった為にあまり深入りが出来なかったのも有り、誰一人欠ける事もなく帰還した。
ただし、あまり情報も得られなかった。
そんな中でも偵察チームが撮影した一枚の写真が、県庁を経由してテレビ局に持ち込まれた。
その写真に写っていたのは、街灯の下に立つ通常のアシガロイドとは違う存在だった。
それは赤い鎧武者の姿をしており、それを守るように通常型のアシガロイドが布陣していた事から、上位機種、指揮官機と思われた。
この様な存在は、高山市から脱出できた人々からの聞き取り調査では確認されていなかった為、偵察チームの興味を惹く事になったが、敵に発見された為、写真を数枚撮るのがやっとだった。
偵察チームの僅かな時間での観察でも、他のアシガロイドよりも動きがいいのは確認が取れた為、副団長のガルロカ・ヴァズが言ったパワーダウン後も、他のアシガロイドよりも強いであろうことは安易に予想出来た。
早朝のニュースにこの写真が放送され、県民に対して注意喚起がなされた。