演説
陽もすっかり暮れた午後19時30分。岐阜県全域の夜空に巨大な異形の映像が浮かび上がった。
それは岐阜県に居る者なら、何処からでも見えるように複数存在し、岐阜県に住む人々をその緑の眼で見下ろした。
その姿は頭に一本の角があり、ゆったりとした貫頭衣の様な服を着て、見える肌は光沢のある青色の鱗に覆われていた。そして背中には折り畳まれた翼が存在した。
その姿を見た者の中には『トカゲ人間』と口走った者もいたが、ファンタジー物に慣れ親しんでいる者達はこう言った。
竜人、ドラゴニュートと。
それは人々が自分に関心を向けるのを待つかの様に静かに見下ろしていたが、一度、眼を閉じた後その口から言葉を紡ぎその声は夜空に響き渡った。
その言葉は日本語だった。
「岐阜県に住まう人類の諸君、我は銀河連盟評議会よりこの地に派遣されたグドゥラ・ネノだ。地球派遣団の団長を務めている。既に見知っている者も多いと思うが、岐阜県は我等によって完全封鎖状態にある。そして我等がこの地に来た理由は、この閉ざされた空間で他者に邪魔されず君達と戦う為だ!」
その言葉を聞き、多くの者が疑い、恐れていた事が現実になった事を知った。
高山市での出来事は脱出した人々によって、岐阜県の広い範囲に広まってはいたが人伝てであった為、噂の域を出ず、現実味を持たない者の方が多数であった。そしてこれまでは噂を元にした想像の範囲内で、多くの者がまさかとは思いつつも一番有力視していた事が、当事者によって現実である事を告げられた瞬間であった。
そう、最悪のファーストコンタクトである事を・・・
「我等は、君達人類が宇宙にその手を伸ばし始めた時から、経過を見る為に観察していた。そして西暦1969年に人類が地球の衛星である月に初めて降り立った時、人類という種は我等の中で最優先事項となった。何故なら銀河連盟に新たな種族が加盟し、共にこの銀河を、宇宙を探索する仲間が増える事を期待したからだ!!」
グドゥラ・ネノはここで一旦言葉を切ると、人類一人一人を睨むように視線を動かした。そして語気鋭く言葉を発した。
「しかし、その期待は裏切られた!!君達人類は地球へと引き篭もり、月軌道を越えてくるのは無人機ばかりだ。いや、その月にすら人類は来なくなった。何故だ?何故、もっと遠くを目指さない?」
多くの者は黙って話を聞いていたが、中には夜空に向かって叫けぶ者もいた。
「俺達は関係ない!解放しろ!!」「計画ならあるんだ!」「人類という言葉で一括りにするな!」「アメリカに言え!」
そのような言葉が聞こえていないのか、それとも聞こえていたとしても興味を惹かれなかったのか、グドゥラ・ネノは声のトーンを若干落として話を続けた。
「我等は待っていたのだ。君達人類が他の惑星に辿り着く事を。その時に備え地球の様々な国の言語や文化を学び、接触が上手くいくように準備していた。我等は待ち続けたのだ・・・約半世紀の間ずっと・・・」
人々はグドゥラ・ネノの口調や態度がとても人間臭く、それが生来の物なのか人類について学んだ結果なのかは判断出来なかったが、グドゥラ・ネノが人類との接触を心待ちにしていた事は感じ取っていた。
「そして我等はもう待てなくなった。評議会は決断を下した。人類を月軌道より内側に隔離し、本来、人類の既得権益として連盟憲章で保障されている太陽系の他の領域は、評議会で管理すると。つまり人類は、星々への道を断たれ、銀河連盟にとっては存在しない物として扱われる」
あまりに一方的な物言いに、岐阜県の其処彼処で不満の声は上がった。
しかし、わざわざ岐阜県を封鎖しなくても、人類を無視して隔離すれば済む話である為、今の自分達の現状と結びつかない事から、多くの者達が更に情報を得ようと静かにグドゥラ・ネノの言葉に耳を傾けた。
「しかし、この様な評議会の決定は連盟内でも反対は多かった。そして我等は一つの妥協点を見出した。それは人類の生存競争に対する力、生命力を見る事だ。この銀河には様々な危険な事象が有り、また様々な種族がいる。そのような中に人類が入った時、果たして人類は耐えられるのか?耐えられず消えてしまうのではないか?人類はそうではないという事を証明してもらわねばならん!」
グドゥラ・ネノはそう言って、挑戦する様な目つきで県民一人一人を見るように見回した。
「何故なら我等連盟が求めているのは、共に歩む事が出来る仲間であって、保護対象ではないからだ。その力を見極める為に、我、グドゥラ・ネノはこの地に来た。そして力を証明する為に我等と戦ってもらう。我が種族は古来より、尚武の気風が文明の根幹を成してきた。その様な文化は人類にもある。ましてやこの国は、侍の末裔達の国なのだから」
グドゥラ・ネノはそこで言葉を切り、一本の刀を取り出した。
「戦いの内容は剣による白兵戦だ!この戦いに人類が勝てば評議会の決定は覆り、負ければ評議会の決定通りに地球は隔離される。そしてこの岐阜県とそこに住む者達が、人類の未来を決める戦いに選ばれのだ!!しかし戦う、戦わないは君達の自由だ。だが我等は降伏を認めん。戦う意思のない者はこの試練の邪魔をする者として根刮ぎ刈り取って行く。我からは以上だ」
グドゥラ・ネノはそう言うと姿を消し、代わりに光沢のある赤い鱗のドラゴニュートが現れた。
「私は、副団長を務めるガルロカ・ヴァズと言います。私からは幾つかの補足説明をします。貴方がたの未来に関わる事ですからよく聞く様に」
ガルロカ・ヴァズは事務的に淡々と説明を行った。
武器となる剣は連盟側から支給される。
その武器は各市町村の役所等、人が集まる所に既に配布済み。各自で受け取る様に。
剣は超振動ブレードの為、取り扱いには充分注意すること。
派遣団本部は高山市市役所に設置。ここを落とせば人類側の勝利は確定。
岐阜県全域を連盟側が制圧した時は人類側の負け。
高山市全域は連盟側の制圧下にある。そしてこれからも各市町村単位の行政区分毎に攻撃、制圧を行う。
攻撃する市町村は一度に一つとは限らない。
こちらの主兵力は足軽型アンドロイド、通称アシガロイド(グドゥラ・ネノの趣味)
アシガロイドは、高山市及び自衛隊岐阜基地攻略時よりパワーダウンされる為、個々の戦力差は縮小される。
現時点をもって県内に於ける通信妨害は解除される
そしてガルロカ・ヴァズは最後に付け加えた。
「みなさんが疑問に思われている事に、一つ答えておきましょう。岐阜県が選ばれ理由ですが、たいした理由はありません。団長に任命されたグドゥラ・ネノが、来るべき時に備え学んでいたのが日本の事だった。戦国時代に興味があり、その時に『美濃を制する者は、天下を制す』という言葉を知ったこと。高山市が飛騨の小京都と呼ばれていること。つまり、美濃攻めをしてみたかった。本拠地を構えるなら京都が良かった。あとは、人口が多すぎず少なすぎずで岐阜が選ばれました。私達としては何処でも良かったので、団長の意見が採用されました。それでは開戦は明日の朝8時とします。その前に攻撃をしてきても構いませんが、その時間までアシガロイドの強さは従来のままですから、無駄に終わると思いますがお好きにどうぞ」
そう言うとガルロカ・ヴァズの映像も消えた。
人々がまずしたのは復活した通信網を使い、安否確認や情報交換を行った。
テレビ、ラジオの放送も再開されだが、岐阜県にあるローカル局のみで、電話、通信とも県外とは連絡が取れず、情報のやり取りは県内に限定された。
地元テレビ局のHMC(飛騨美濃チャンネル)は、事態発生時より積極的に情報収集を行っており、多くの情報を県民に提供した。
その情報の中でも県民に衝撃を与えたのは、この様な非常事態でもっとも頼りになるはずの、自衛隊岐阜基地の壊滅した姿だった。
映像には遺体も生存者もいない、無人の基地内の様子が映し出され、破壊され煙を上げる戦闘機やヘリ、車両等も放送された。
アナウンサーが追加情報として、たまたま休暇や仕事で基地外にいて、難を逃れた隊員が若干名いたことや、その者達が岐阜県庁に合流した事を伝えたが、県民には何の慰めにもならなかった。
そして多くの者達が様々な思いを胸に、連盟が配布した超振動ブレードを手に入れた頃、テレビ、ラジオを通じて岐阜県知事、萩原静香から県民に対する呼び掛けがあった。
「県民のみなさん、私達は恐らく有史以来、人類が経験した事がない未曾有の事態の渦中にいます。パニックにならず冷静に行動して下さい。銀河連盟を名乗る者達が言った通り、高山市は連盟の制圧下に有り、自衛隊岐阜基地は壊滅しています。しかし、県組織、警察、消防等は未だ健在です。私達は戦えます!いえ、戦って勝つしか選択肢はないのです」
萩原知事は一度言葉を切り、強い眼差しでカメラを見た。
「何故なら、かつてロケット工学の父と呼ばれているツィオルコフスキーは『地球は人類の揺り籠だが、我々が永遠に揺り籠に留まることは無いであろう』という言葉を残しいます。そう、人類は永遠に地球に留まり続けることはないでしょう。これは人類の多くが漠然としてかもしれませんが、思っていることでしょう。しかし負けた場合、その様な未来は失われるのです」
知事はその様な事態が漠然としてではなく、現実として起こりえる事なんだとという認識を、一人一人が持つのを待つかの様に、少しの間話しを止めた。
「そして負けた時、私達がどのような状態かは解りませんが、生きていたとしても岐阜県民はこの地球上に居場所はなくなります。全人類から、人類の未来を奪った者達として糾弾されるでしょう・・・私達は戦って勝つしか選択肢はないのです」
そして萩原知事は手に入れたばかりであろう超振動ブレードを掲げ、気迫の籠った声で宣言した。
「私、岐阜県知事萩原静香は最後まで諦めず戦うことを誓います!みなさん、剣を取り共に戦いましょう!そして人類に勝利を!!」