始まり
初投稿になります。よろしくお願いしますm(_ _)m
「閣下、この様な事をして本当に正しいのでしょうか?」
「ふん!お偉方はそんな事どうでもいいのさ。大事なのは損をしない事で、今回の事はどう転んでも損にはならないからな」
「彼の者達にとってはどうなのでしょう?」
「さあな。価値観が違えば損得の基準も違うだろう?どんな結末を迎えるかは、俺達ではなくあちらに選択権がある。俺達は与えられた仕事をするだけだ」
「そうですね。根回しまでして手に入れたこの仕事を果たしましょう」
始まりはゴールデンウィーク最終日の、5月8日お昼12時のことだった。
突然、岐阜県のほぼ全体を覆う形で白い壁が現れ、県境の交通の一切が遮断された。それと同時に岐阜県内のネット、テレビ、電話等の情報媒体、通信連絡手段が機能しなくなり、県内だけでなく県外との連絡手段も失い、情報は途絶した。
◯高山市西部、旧清見村地域
「ママ〜テレビうつらなくなちゃったよ〜」
29歳で結婚6年目の牛丸明里は、5歳になったばかりの娘、さやかの声に調理中の手を止め、台所から居間へ移った。
「また、リモコンで遊んだで・・・あら?本当に映らないわね」
「だからそう言ってるのに〜」
さやかの少し勝ち誇ったような声を聞き流しながら、明里はテレビの電源を入り切りしたり、リモコンを弄ったりしていたが、何をしてもテレビが映らないことに納得すると、諦めて娘に声をかけた。
「ママじゃよくわからないから、パパが帰ってきたら調べてもらいましょ。さ、テレビは諦めてお昼ごはんよ。今日はオムライスよ〜」
二人がオムライスを食べていると、窓の外から何か騒いでいる声が聞こえてきた。
明里が窓から外を見ると、近所の中学生とその友人が高山市街の方向を見ながら、やけに興奮した雰囲気で騒いでいた。そして自転車に飛び乗って高山市街方面へ走っていった。
「ママ、な〜に〜?」
「さぁ?何だろうね。ちょっとお外に出てみようか」
明里は興味を掻き立てられ、さやかと二人で玄関から出てみると、見慣れた山々の上に白い壁が空高くそびえ立っているのが見えた。
「何かしら・・・あれ?」
余りにも異質な光景に、明里は先程の中学生達の事を忘れ、その壁を凝視しながら目線を上へと上げていくと、白い壁が空をも覆っているのが確認出来た。
明里が呆然とその光景を見ていると、さやかが明里の手を引きながら言った。
「ママ、おっきな風船!おおきいね〜」
娘の声に反応して、そちらを見てみれば高山市街辺りの上空に、巨大で綺麗な涙滴型の黒い物体が浮かんでいた。
「・・・さやか、あれは風船じゃないと思うよ」
明里がさやかの手を握りながら、その非現実的な光景を呆然と見続けていると、黒い物体から何かが高山市街に降り注いでいるのに気が付いた。
「さやか、あの黒い物から何か降ってない?」
「ん〜さやかには、パパが好きなお人形さんみたいに見えるよ」
そう言われた明里は、いつも玄関に置いてある野山散策用のリュックの中から双眼鏡を取り出し、覗いてみた。
「さやかよく見えたわね。本当にパパが好きそう感じの・・・ロボット?アンドロイド?・・・パワードスーツ?みたいなのに見えるね」
「そうでしょ!パパが見たら喜ぶね。さやかも見たい。双眼鏡貸して!」
「そうね、パパに教えてあげなきゃね。落とさないようにしっかり持つのよ。」
明里はさやかに双眼鏡を渡し、夫に連絡を取る為に携帯電話を取り出した。
この頃には明里は茫然自失の状態からは抜け出してはいたが、考えても何が起きているのか解らないという事が解った程度で、娘のパパ発言があるまで、夫の智行に相談するという事を思い付きもしていなかった。
「あれ?繋がらない。・・・圏外になってるし何で?」
明里は今更ながら、白い壁に黒い浮遊物体という非現実的な事、映らないテレビ、繋がらない電話という現在の状況に不安を覚えた。
「さやか、今から白川のおじいちゃんの家に行くから、部屋に戻ってお出かけ用の鞄を取ってきなさい」
明里はさやかに指示しながら、自分も非常用の持ち出し袋、数日分の着替えや手近にあったアウトドアグッズを車に積み込んだ。そして、今頃友人の結婚式の為に名古屋に居る智行に、白川の義父の所に向かう書き置きを居間のテーブルの上に残した。
さやかの祖父こと明里の義父である牛丸忠良は、明里の学生時代の剣道の先生であり、今は猟師としてライフルを持って山々を駆け巡っていて、明里にとっては、密かに夫である智行よりも頼りとしている人物だった。
「ママ、準備できたよ〜。おじいちゃんとこにまた遊びに行くの?」
さやかの問いかけに明里は一瞬、嘘の答えをしようとしたが、正直に答える事にした。
「今、何が起きてるかよく解らないでしょ?だから何が起きているか解るまで、おじいちゃんと一緒にいたほうがパパも安心するだろうし、ママも安心する。だっておじいちゃんは大きな猪を倒すような人だからね〜」
「うん!おじいちゃんってすごいもんね!また猪のお肉食べれるかな?」
「さやかが良い子にしてれば、おじいちゃんが食べさせてくれるわよ。さあ車に乗って!」
明里は車を高山西インターから高山清見道路へ乗り入れ、そして飛騨清見インターから東海北陸自動車道を白川村方面へ北上した。
途中の対向車線では、路肩に車を停めて高山方面を見ている人がちらほらいたが、それ以外ではいつもと変わらない風景で、明里は肩透かしを食らった気分になっていた。
「ん〜ちょっと心配しすぎの焦りすぎだったのかなぁ」
明里が思わず言葉を零すと、さやかが首を左右に振りながら答えた。
「そんなことないよぉ。おじいちゃんが言ってたよ。ママの良い所は即断そっけの行動派なところだって!」
明里は娘の言い間違いと義父の評価に思わず笑みを浮かべ、「そっけじゃなくて、即決ね」と間違いを訂正した。
ここで明里はラジオを確かめてなかった事を思い付き、いつも車中で流している、娘が好きなアニソン集を止めてラジオに切り替えてみた。
どの周波数にしても雑音しか聞こえず、テレビと同様の結果となった。
東海北陸自動車道を北に向かって走ると、左手には家で見た時よりも白い壁が近くに見えた。
「ママ、あの壁って・・・」
白い壁に近づいた事に不安を覚えたのか、さやかが明里に聞いた。
「さあ?ママにも解らないわ。見た感じだと県境あたりにあるみたいね。おじいちゃんの所に行けば、もっと詳しい事が解るかもね。ただ、さっきの空に浮かんでた黒いのや、あの白い壁は、今まで誰も見た事も聞いた事もないような不思議な事なのは間違いないわね!」
さやかはその答えを聞くと、物珍しそうに白い壁を見続けた。
出発してから1時間弱で東海北陸自動車道の白川郷インターに着くと、これ以上北上して富山県へ行けないように交通規制がされて、職員がインター出口へと車を誘導していた。
明里は元々ここで自動車道を降りるつもりだった為、素直に誘導に従い出口へと向かい、義父の家へと車を走らせた。
白川村と言えば合掌造りで有名だが、義父の牛丸忠良の家はそんな事はなく、庭の池で鯉を飼っている程度には広い庭を持つ、普通の二階建ての民家だった。そんな家に明里達は到着した。
明里達は玄関を開け、家の中へ声を掛けた。
「こんにちは〜明里です。「さやかだよ〜」いらっしゃいますか〜」
すると、家の奥から忠良の妻である房江が出てきた。
「あらあら、二人ともいらっしゃい。久しぶりって程じゃないけど、来てくれて嬉しいわ。さあ上がって上がって。でも急にどうしたの?」
明里達は居間へと場所を移し、今までのあらましを説明した。
「へぇ〜そんな物が高山の空にねぇ。こんな時に智行は名古屋なんて、間の悪い子だねぇ。こちらもテレビやラジオ、電話もダメね。それにあの白い壁のおかげで、どうやら富山県にも石川県にも行けなくなってるみたいでね。忠良さんはその件で村の集まりに出かけてるけど、そろそろ帰ってくるんじゃないかしら。その話を聞いてからどうするか考えましょう」
話が一段落したところで、暇そうにしていたさやかが房江に話しかけた。
「おばあちゃん、鯉に餌をあげてもいい?」
「いいけど、窓からあげるんだよ。餌はいつもの所にあるからね」
「は〜い」
さやかが鯉に餌を与えに席を立つと、房江は明里に質問した。
「黒い物体ってUFOだと思う?」
明里は今まであえて、さやかの前でしなかったこの話題を、このタイミングで出す房江のさやかに対する心使いに感謝した。
明里が入院した実母の看病と、母が不在になる実家の切り盛りの為に泊まりで数日間、実家がある岐阜市に帰省していた事があった。
その間、夫の智行がさやかと一緒に、人に卵を産み付ける宇宙人?の有名な映画シリーズや、人や前述の宇宙人?を狩って楽しむ宇宙人のこれも有名な映画シリーズを一気見していた。
そのせいで、この世の中で宇宙人が一番怖い存在になってしまったさやかの事で、この義父母と共に智行を叱ったのは数ヶ月前の話だ。
「はい、UFOだと思います。自然物には見えませんでしたから。それに降り注いでいたのが、人型の機械なのは間違いありません。まるで映画かアニメのワンシーンを見てる感じでした。異星人という言葉が連想できる光景でした」
明里が淡々と語ると、房江は不安そうな顔しながら外を見て呟いた。
「そして同じタイミングで現れた白い壁。嫌な感じね・・・」
三人は忠良の帰宅をさらに4時間程待つ事になった。
「お〜い、帰ったぞー。智行達が来てるのか?無事か?」
帰宅した忠良の声に、一番に反応したのはさやかだった。
「おじいちゃん、おかえり〜」
忠良は走り寄って来たさやかを、嬉しそうに抱き上げた。そして、さやかに続いて出迎えに現れた明里に目を向けた。
「先生、お帰りなさい。智行さんは名古屋に行っていて、私達二人だけで来たんです。」
明里は結婚してからも、学生時代の呼び方を変える事が出来ず、義父の事を先生と呼んでいた。忠良も明里にお義父さんと呼ばれるのが照れ臭いのか、先生呼びで良いと宣言していた。
「二人だけでも無事で良かった。智行はまぁうん、大丈夫だろう。」
忠良はそう言って、さやかを抱き上げたまま居間へ向かった。
「先生、無事って言いましたけど、何か知ってるんですか?」
明里が忠良に続いて居間に入りながら聞いた。
忠良はそんな明里の質問に、質問で返した。
「二人は何時こっちに?黒いのは見たかい?」
「黒い物体を見てからこちらに向かって、4時間ちょっと前ぐらいに着きました。ご存知なんですね?」
明里はまだ忠良には話してないうえに、ここ白川からでは山に阻まれて見えない黒い浮遊物体の事を、忠良が知ってる事から、何か情報を持ってると判断して断定口調で聞いた。
忠良はさやかに一瞬目を向けると、「えー、んー」と口籠もった。
明里は忠良のその仕草で、さやかに聞かせるべきか迷っていると思い「さやか、ママはこれからおじいちゃんとお話しがあるから、ゲームで遊んでていいわよ」と、さやかにゲーム機を渡そうとした。
しかし、その忠良から待ったがかかった。
「いや、これからどうなるか解らないから、さやかちゃんも聞いておいたほうがいいと思う。明里ちゃんが良ければだが」
「先生がそう言うのなら・・・でも大丈夫でしょうか?」
「そう変な話をする訳じゃないさ」
居間に四人が集まり、忠良の話が始まった。