綾瀬のお願い
いろはを綾瀬の家に住まわせて欲しいとお願いしたところ綾瀬が動かなくなった。 ただの屍のようだ。
実際無理はない。俺もいきなり綾瀬が神様連れてきて、家に住まわせろと言ってきたら同じ反応をするだろう。しかしそんなことを言っている場合ではない。俺は説明を続けることにした。
「まあ意味わからないのは百も承知だ。でも信じてくれ。この人は神様なんだよ。そんでもってこの人に一つ依頼されて、その依頼を遂行するうえで、住む家が必要なんだ。綾瀬の家はでかいし、俺の家からも近い。だから住まわせてくれないか?」
自分で言っといてかなり論理が破綻している気がするが伝わるだろう。
「本当に困っているのです。協力してくれませんかね?」
俺の後ろに隠れていたいろはがヒョコっと顔を恐る恐る出しながら言う。
「翠 あんた神様とか都合のいいとき以外信じてないじゃん。そもそもこの人が神様なんて証拠が無いじゃない。」
「それもそうだな。いろは 証明できることを少しやってみてくれ。」
「むー わかりました。でもなにすれば信じてくれますかね。」
「じゃあ、綾瀬 どんなことすれば信じる?」
「信じるためのお願いに私的なお願いもあり?」
「善処します!でもお金持ちにしてくれとかはダメですよ!」
え、私的なお願いアリなのかよ。俺もアニメのブルーレイBOXくださいとかお願いにしとけばよかったぜ。
「そんなことお願いしないわよ。最近雑誌で見た髪型がかわいくてその髪型にしたいんだけど、長さが10cmくらい足りないの。だから髪を伸ばして欲しいなーっていうお願いなんだけど」
「おおー!年頃の女子高生らしいお願いですね!それぐらいならおやすい御用です!しかしながらお二人さん。今回叶えるお願いっていうのは私が神であることを証明する為であって、普段からお願いを叶えるわけではありません。それだけは気をつけてください。」
いろはの最後の台詞には計り知れない重みがあった。ただの美少女高校生ではないことを改めて気づかされ、少し鳥肌が立つ。
「わ、わかったよ」
心なしか俺の声音は弱かった。綾瀬もうなずいて了解する。
「お分かりいただけたなら幸いです!じゃあいきますよ!」
すると、綾瀬の髪がみるみるうちに伸びていく。綾瀬も口をあんぐりとあけたまま目をまんまるにして自分の髪を眺めていた。普段強気な綾瀬がこんなに純粋に驚いているのを見るのは少し新鮮な気がした。
「すごい!本当にすごい!」
理想の髪型になれた嬉しさと身に起きた出来事への驚嘆が相まり、テンションブチアゲもいいところである。
「やっぱりすごいな。つか綾瀬が髪長いの見るのは初めてかもしれないぞ。でもやっぱ俺は短い綾瀬のほうが好きだな。」
スポーティな綾瀬はショートの方が似合う気がする。実際は見慣れていたからかもしれないが。
「女の子がイメチェンしたときは素直に褒めとけばいいのよ女心がわかってないわね!」顔を赤くし、声を荒げる。
「とりあえず、信じていただけましたよね?では本題に戻りましょう!私はこの家に住まわせていただけるのでしょうか?」
「私は楽しくなりそうだから悪い気はしないんだけど……翠はどう思う?」
「待て待て。そもそも俺が頼んでるんだぞ。これで俺がやめとけなんて言うとおもってんのかよ。あほか。」
「あ、そっか!」あははと綾瀬は笑うが時々綾瀬はどこか抜けているのでお兄ちゃんすごく心配になる。ほんとに!
「だいたい許可を出すのはおじさんとおばさんだ。昔からの付き合いだしわかるがおじさんはおばさんに甘甘だろ?だからおばさんが許可すれば万事解決だ。おばさんが帰ってきてからが本丸になる。」
しかも、綾瀬の母親は綾瀬以上に抜けていて、綾瀬は受け継いでいるんだなあDNAすげえなあっていつも思う。そんな抜け抜けなおばさんが許可するのは余裕だろう。
そんな会話に談笑を交えつつ幾分か時間が経った。すると玄関からただいまと声がする。本丸の登場だ。
「あら、翠君いらっしゃい!と、かわいいこがいるわ!綾瀬のお友達?」
「ども、お邪魔してます。こいつは俺の知り合いの神谷いろはって娘です。」
「初めまして!神谷いろはです!」
「初めまして〜本当顔整ってるわね!外人さんみたい!あ、お茶用意しなくちゃね。」
「おかまいなく。今日はおばさんに頼みたいことがあってきたんすよ。さっそく聞いてもらえませんかね。」
普通ならいきなり頼み事をするなど不躾極まりないが、長年の付き合いだしそこは気兼ねしなくていいだろう。
「あらあらどうしたの?でもその前に着替えだけさせてね〜」
そう言いながら別の部屋に消えていき、すぐに和服に着替えたおばさんがでてくる。和服ってこんな早く着れるものなの?はや着替え大会あったら絶対優勝できるレベル。しかしながら流石は綾瀬の母親だ。和服の似合い方が尋常じゃない。大和撫子ここに極まれり。いろはもほえーとどこからでているのかわからない声で感心していた。
「さて、翠君の頼み事聞かせてもらおうかしら」
ラブにこっと微笑むおばさんは麗しい。は、ハラショー
「お願いっていうのはこのいろはを綾瀬の家にホームステイさせてほs「いいわよ〜!こんなかわいい娘大歓迎よ!あ、じゃあ歓迎パーティの準備しなくちゃいけないわね。買い物いってくるわね!腕が鳴るわ〜!」」
ええええっ まだ最後までお願いして無いのに。
「いや、説明しなくていいんですか?」
「そんなのいいわよ。翠君のお友達ならなんの問題もないわ。じゃあ買い物いってくるわね!」
その言葉を聞き終えるころにはおばさんの姿は見えなくなっていた。せっかちにも限度があっていいと思うのは俺だけなのだろうか。
そんなことはなかったみたいだ。綾瀬は頭を抱え、いろはは引きつった笑いを浮かべている。
「ま、まあこれで問題解決だな。」
「お母さんは本当考えなしに行動するからなあ。でもなぜか毎回それがうまくいくの。だからこれでいいんだと思うよ」
綾瀬はか細く言う。
「いろは、迷惑かけないように生活しろよ。」
「こんなにうまくことが運ぶとは思いませんでしたね。でも、とりあえず綾瀬さん!よろしくお願いします!」
「こちらこそ あ、あとで一つお願いがあるんだけど……」
「証明する為のお願いだったのですからもうダメですよ!」
「家に住む契約料として!さっきとあんま変わらないから!」
「む!ずるいですよ!」
「後で話すから!ね?お願い!」
「聞くだけ聞いてみましょう。住めなくなるのは嫌ですからね。」
綾瀬が何をお願いしたのかはわからないが仲良くなれそうならそれでいいだろう。
この後はいろはの歓迎パーティでおばさんの手料理に舌鼓をうち、激動の一日は終わりを迎えた。
神様が突然現れ、変な契約を持ちかけられ、お隣さんになった。文章にするとわけがわからないな。普通に聞いてもわけがわからないが。
でも退屈だけはしなそうだなと一日はやく明けた梅雨の夜、星を見ながら思っていた。
名前も知らない一際輝く星が凶星ではないことを願いながら俺は床に就いた。