やはりラブストーリーは突然らしい
プロローグ
例えば、神様を恋に落とすことで、願いを叶えることが出来るとする。
神を落とせば、世界を意のままに操れるかもしれない。これは良いことなのだろうか。
こんな問いは主観で変わってくるとても曖昧なもので、はっきりした答えなんてないのだろう。というかそんな問いを考えること自体無いと思うが。
俺があの日彼女から提案された契約の内容をろくに考えもせずに簡単に答えをださなければと思うと、それこそ今までの退屈な毎日はむしろ幸せだったのではないかと思う。
「私に人間が落ちるという恋を教えてくださいませんか?」
彼女が屈託の無い笑顔で俺にそう告げたあの日。俺が太陽の様な笑顔をする彼女の口車に乗せられたあの日。退屈は消え失せた。
今、もう一度、同じ提案を投げかけられたならば、答えは決まっている。
絶対に契約なんてしないんだからね!
一章 やはりラブストーリーは突然らしい
本当につまらない毎日だと思う。昼休みの終わり際に改めてそんなことを曇天模様横目に思っていた。
高校生になれば彼女くらい簡単にでき、順風満帆なリアル充実ライフをおくることが出来るものだと思うのは男子中学生なら当たり前だろう。
そんな淡い期待など潰えてはや一年とちょっとが過ぎ、日本列島には梅雨が訪れていた。
ただでさえ憂鬱な梅雨。面倒くさがりな俺には傘などの荷物が増える梅雨というものは、他の人に比べれば尚更憂鬱である。
「はああああああ」
そんな憂鬱におかされ、気がついたら長いため息をついてしまっていた。
「翠!あんたまたため息ついてんの?幸せにげるよ?」
グイっと間を詰めてくる女がいる。ふええ近いよぅ。
無駄に大きい声でしゃべりかけてくるこの女は幼馴染というかなんというかとりあえず腐れ縁の仲で幼稚園からずっと同じの桜木綾瀬だ。
こんなにパーソナルスペースを侵略してくると、こいつ俺のことの好きなのかな?なんてことを健全な男子高校生なら誰しも思ってしまうはずだ。しかし、こいつとの付き合いの長さを鑑みるにラブコメ要素が介入することはまず無い。誰ですかねぇ幼馴染こそラブコメの王道みたいなこと言ったやつ。
まあこいつの良いところは無駄に顔と成績だけがよく、無駄に世話を焼きたがる第二の母親みたいなやつだ。親以外で一番長い付き合いだろう。
そんな無駄なことを考えつつ、
「俺は俺の幸せを肺に入れちゃいねぇんだよ。」
と、ありきたりの台詞で返す。
綾瀬はまだぶつくさ何か言っていたが無視し、灰色の外を見やる。
俺の席は窓側一番後ろという、学生なら誰しもが羨む席で、暇な授業中や休み時間は机に突っ伏すよりかは幾分ましな気がして、外を見る癖がついている。
ありきたりなことだが、本当にこれは楽しいことだ。いやまじで。体育中の女の子のへそとか見れるし?体育中の女子の何がとは言わないけどバインバインしてるし?最高かよ。
そんなことはさておき、おそらく、この癖がなければ退屈なまま高校を卒業していたのだろう。
梅雨が終わる直前、窓の外、曇天の下で佇む彼女を見つけてしまうまでは。
しかし、退屈こそが幸せだったのではと思うのはもう少し先のことである。
* * *
眠い目をこすりながらリビングへと降りる。両親も弟も早起きで、物音により嫌でも目が覚めてしまう。
そんなうるさい奴らを横目に用意された朝食にテレビのチャンネルをまわしながら手をつける。まあ眠気MAXな俺の目にはたいして情報は入ってこないのだが、一つだけ耳が重要な言葉をキャッチした。
「日本の梅雨は明日が最終日!明後日からは夏到来です!」
キャピキャピとアナウンサーもどきのアイドルが言っている。
「ああ神よ。ありがとう。」
と都合の良いとき以外、神など信じないと豪語する俺がつぶやくと、
「あんた夏が来たら来たで暑ーいだの言って、家に引き蘢ってばっかじゃないの。」
と母親が言う。
言い返せないのが辛い。なんせ梅雨の時期は雨うぜえ、傘邪魔とか文句をたれる俺だが、夏がくると暑さにやられ、また文句をたれる。
夏に限らず、四季折々の文句があるので季節ごとに家では呆れられている。
旅行にきた外人を俺の横につければきっと日本の四季をとても感じることができてしまうのではないかと思う今日この頃である。
そんなくだらないことを考えている間に学校に行かなくてはいけない時間になり、適当に準備を済まし、学校へ向かうとする。
「ああ、またつまんない日だなあ」
いってきますの挨拶と共にいつもの小言を吐く。
傘を片手に学校へ向かう足はやはり重い。
* * *
「うっす。」と綾瀬に短く挨拶をする。
「本当あんたってくんの遅いよね。聖君は毎朝早くてお姉ちゃん感心しちゃうよ。ダメ兄貴と違ってちゃんとしてるもんねぇ。」
綾瀬はケタケタと意地悪く笑っている。
「うっせーな。あいつはサッカーの朝練あるから早いんだよ。だいたい、いつからあいつの姉貴になったんだよ。なになに。あ、もしかして遠回しのプロポーズ?そっかぁお前もう結婚できる歳だもんな。俺はまだ出来る歳じゃないからもう少し待っててな。」
「はあああ!?なに言ってんの!待つとか意味わかんないし!マジできもいんだけど!」
シミ一つ無い綾瀬の頬がほんのり赤くなる。
うるさい、うるさいよぉ綾瀬さーん。低血圧な俺に朝っぱらから怒鳴らないで!お願い!つか、からかって来たから返しただけなのに、なに本気でキレてんだよ。疲れないのかよ。面倒くさいやつだなぁ。
「だいたい幼稚園の頃なんて、綾瀬ねー! 翠君のお嫁さんになるの! が口癖だっだろうが。」
「ああああああああ!本当やめて!黒歴史なんだから抉らないでよ!」
もういいや。うるさいから放置しよう。とりあえず、一限の準備をして、寝たふりしてればばもうOK。ついでにイヤホンをすれば綾瀬からの罵詈雑言もシャットアウトでき、完璧だ。俺だけの世界の完成。THE至福
いつの間にか担任が来て、HRを始めていた。授業をやり過ごせば今日もまた終わりだ。いつも通り授業を適当に聞き流し、昼休みに入った。
別段モテる訳でもモテない訳でもない普通な俺は友達も困らないほどにはいる。本当に仲がいいといえるのは少人数なのだが、これもまた普通のことだろう。
昼休みになるといつもつるんでいる連中と俺ら二年のフロア階段の前にあるベンチ前に集合する。連中といっても俺を含め三人しかいない。昼食をとり始めると、無駄に身長が高く、痩せ形の晃正が妙な噂話を目を輝かせながら口にする。
「おい!お前ら聞いたかよ!なんか最近いろんな高校の正門に一人の超絶美少女が立っていて、その高校の男に声かけてるんだってよ!うちの高校にもこないもんかねえ。」
すると、もう一人の昼食仲間である治臣が茶々を入れる。
「来たところで美少女がお前に声かけるかよ。鏡みてこいよ。」
「うるせーなー。俺のラブコメが始まるかもだろ?つか、まだ続きがあんだよこの話。その美少女が声かけるのって、絶対につまんなそうにしてるやつなんだって。だから翠のところにくんじゃね?」
「確かにそれあるかもしんないわ!」
晃正と治臣はヘラヘラ笑う。
「じゃあ俺にもやっと春がくるのね。嬉しいことこのうえないですう」
俺は適当に答えながら卵焼きを口に運ぶ。ん?今日のうまいな。塩っけが絶妙だ。つか俺そんな退屈そうにしてんのかな。
そんなこんなでいつもの談笑と昼食を済ませ、午後の授業も終わり、帰りのHRの時間である。相変わらずの曇り空で、今にも雨が降りだしそうだ。
いつもの様にボケーっと外を眺めていると、ふと校庭横の正門に目がいく。そこには、腰までのびた黒髪の少女が傘を二本携え立っている。顔までは見えないが、その姿はどこか物憂げとか儚げとかそんな言葉では形容できない佇まいだった。そんな姿に目を奪われていると、肩をどつかれる。どつかれた方を向くと綾瀬がいた。いや、まあわかっていたけども。
「何だよ」
「いや、今日も傘忘れたし、なんかすぐ降りそうだからまた一緒に帰ろうよ。」
「はあ?また?友達と帰ればいいじゃねえか。」
「あんた家隣なんだから別にいいでしょ!いいから早くかえるよ!」
と綾瀬はいうと俺に有無も言わせず、俺の袖を引く。つか、HR終わってたのかよ。
* * *
下駄箱で外履きに履き替え、傘をとり、二人で玄関を出る。梅雨特有のまとわりつく様な湿度は本当に不愉快極まりない。綾瀬にまたツッコまれないよう小さくため息をつく。
「あんたさあ。変な噂きいた?いろんな高校の前にとんでもないくらいかわいい女の子が立ってて、その高校の男の子に声かけるってやつ。」
「あー そういや今日晃正が昼休みに言っていたな。それがどうした。」
「いや、なんかそれっぽい女の子が門の前に立ってるからさー」
そういや美少女かはわからないがさっき俺も正門に立っている女の子見たなと思いつつ、目をやる。
やはり綾瀬が言ってたのはさっき見た女の子だ。
そしてめちゃくちゃ美人だった。めちゃくちゃ美人だ。大事なことなので二回。
「まあ確かにかわいいが、いや、めちゃくちゃかわいいが、傘二本持っているし、彼氏でも待ってんじゃん?」
「なぜ言い直したし。まあいいや。でもあんなかわいい子と釣り合う男なんてうちの高校にいたかなあ」
「さあ? 先輩とかにはいそうだけどな、先輩とは絡みないから知らんけど。」
そんな会話をしつつ、正門を通る際にその女の子をチラっと見た。いや本当に変な下心なしにね?ホントダヨ?
その女の子は近くで見るととんでもなかった。とりあえず本当にとんでもなかった。大事なk(略
雪の様に白い肌で、つけまつげでもしてるのかと思うくらいまつげが長い。凛とした鼻筋は三角定規でも入ってるのではないかと見紛うレベル。
自分の表現力の無さに絶句していると、いや最初から全部脳内だが。吸い込まれるように黒く大きな瞳から発せられる視線とぶつかってしまった。
が、それまでなのである。
俺みたいな一高校生と表現されるにふさわしいモブは目が合うだけであり、それで終わりなのだ。むしろ、目が合っただけでも幸運と言えよう。
これがラブコメの展開ならその少女がここの生徒の○○って人を知りませんか?とか聞いてきて、話をしていくうちに新たならぶすとーりー|()が始まるのでしょう?突然ですもんね。らぶすとーりーってやつは。
現実に打ち拉がれながらトボトボと正門を抜けると名前を呼ばれた。
「音無君!」
「なんだよ 綾瀬 お前が苗字で呼ぶなんて気持ち悪いぞ。」
「私じゃないから あの子だから」なぜか不服そうな面持ちで綾瀬が答える。
「え、マジで突然なの?ラブストーリー始まる?」
「は?何言ってるの?キモい 呼ばれてんだから早く答えてあげなよ。」
「おお それもそうだな」
とりあえずその子の方に体を向け、軽く会釈をしながら返事をする。
「音無ですけど 何か御用でしょうか?」
「あ、あのぉ 二人で少しお話できないでしょうか?」
うわあ うわあ マジで来たよ俺の春 アオハルにライドしちゃうぜ
「綾瀬。帰れ!今すぐにだ!」
「なっ!あんたが傘持ってるから一緒に帰るんでしょ!」
「あっ!ならご心配無く 音無さんの為に持ってきた分が余っていますので、よろしければこちらを使ってください。」
「え、いや、でも悪いし、翠のこと待ってるよ。」
「綾瀬。お言葉に甘えなさい。ついでに俺の傘も持っていきなさい。」
はやく雨降れえええええええそうすりゃ相合い傘が…デュフフッと心の中で雨乞いをしていると何か寂しげに綾瀬が答える。
「わかったけど、早く帰ってきなさいよ。本当に」
「へいへい じゃあまた後でなー」
綾瀬と別れの挨拶を済ませると同時に、問題に取りかかるとしよう。
「で、話っていうのは?」
「大変申し上げにくいのですが…私は神なのです… それでですね、天界のほうから長年こちらの世界を観察していたところ、人間誰しもが落ちる恋というものがわからないのです。目に見えないそれは何なのか気になってこの世界に降りてきました。ですので音無君さえよろしければ御教授願いたいのですが… もちろんただとは言いません! もし私に恋を教えてくだされば、願いを一つ叶えて差し上げます。」
「なるほどなるほどー あなたは神様で、恋がなんなのか教えてほしいと?」
「はい!」
「で、それを教えることができたならば、なんでも願いを一つ叶えてくれると?」
「はい!」
「ほえー 神様って本当にいたのかー は?」
ラブストーリーは本当に突然みたいだ。