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987 無心の天然は最強?

 中断はしたが、俺たちの組も一巡はした。

 騒動の始まった瞬間にレオーネが蹴っていたのだ。


 それにしても他の組よりスローペースである。


『まあ、ノンビリやってたからな』


 逆にマイカたちの組は異様なハイペースだった。

 まあ、罰ゲームありでやっていたからこそなんだろうけど。


「次はリオンの番じゃないのか?」


 動かないリオン。


「あの……」


 困ったような表情で、こちらを見てくる。


「私のボールが無いんです」


 その申告を受けて俺はレオーネの方を見た。


「15番はポケットインしましたが」


「私のです」


 リオンの言葉にレオーネが上を仰ぎ見た。

 最初の一蹴りで妹のボールを落とすとは思わなかったのだろう。


「あー、ごめんなさい」


「ううん、ゲームだもの」


 互いに苦笑し合っている。

 こうしてリオンが脱落した。


 残るはクリス、ツバキ、レオーネの3人である。

 落ちたボールはまだ3個だけなのに、もう半数が敗者だ。


『2回に1回は誰かが脱落してるな』


 ほとんど運で決まっているような状況だと言える。

 俺の場合は自爆だけど。


 なんにせよツバキが望むような読み合い展開にはほど遠い。


「クリスちゃん、頑張れー」


「はーい」


 リオンが抜けたことで次はクリスの番である。


「行きまーす」


 挙手をしながら宣言するクリス。


「行きまーす」


 トモさんが高めの声で後を追う。


「初代の主人公かい?」


「そうだよ」


「好きだねぇ、グランダム」


 などと言っている間にクリスが手玉を蹴った。

 後ろ回し蹴りだ。


「今度はツバキの真似か」


「模倣は上達の礎だよ」


 特に誰かの真似をするでもなくトモさんが言った。

 常にサービスタイムという訳ではないのだ。

 こういう緩急をつけてくるので不意を突かれたりもするし。


 それはともかく、ボールの行方だ。


 手玉はひとつ目の的玉を弾いて別の的玉へと向かった。

 弾かれた的玉が別の的玉に当たり、それぞれが別方向へと転がっていく。


 その間にひとつ目がポケットに向かって進んで行くも届かなかった。


『惜しいな。

 他のボールはどうだ?』


 その時、ゴトンと音がした。


「おっ」


「サイドにポケットインしたね」


 更にゴトンと音がする。


「今度はコーナーポケットか」


 さらにゴトン。


「おーっ、3個も落ちたか」


「サイドに落ちたのが7番だね」


「で、2個目が11番と」


「最後は?」


「5番だよ」


 ミズキが教えてくれた。


「今度は誰も脱落しないようね」


 エリスがちょっと残念そうにしている。


「そうそう連続しないですよ」


 苦笑しながらツッコミを入れるマリア。


「クリスのことだから自分のボールを落とすかと思ったんだけど」


 エリスが笑いながらそんなことを言った。


「それは……」


 マリアも今度はツッコミを入れられない。

 あり得ることだと思ったのだろう。


『まあ、今日のクリスは特に天然ちゃんだしな』


 先程もマッセの模倣をすることだけに意識を奪われて狙わずにボールを蹴ったばかりだ。


 であるなら、さすがに注意するだろうと思うところだが。

 それは当たり前というか普通の発想である。


 が、それが通じないのがクリスの天然ボケモードだ。

 何をしでかすか分からないからな。


 幸いにして今回は、そういうことがなかったようだが。


「凄いわね」


 レオーネが戻ってきたクリスに声を掛けた。


「はい、そうですね」


 まるで他人事である。

 自分が成し遂げたことなんだが。


「もっと、いっぱい当てたかったんですけど」


 やはり天然モードが抜けていない。

 勝ち負け度外視で楽しんでいると言った方がいいのだろうか。

 遊びだから完全に気を抜いているのだろう。


 そういう意味では俺と同じだ。

 ただし、結果は大違いだけどな。


 片や3個もの的玉を落としたクリス。

 片や自爆で早々に敗退した俺。


 なんだか惨めな気分になってきた。

 悔しいとか思う以前の問題である。


「当たった数は少ないんですけど……

 ここまで落ちるとは自分でも予想外でした」


 おまけにクリスはこんなことを言っている。

 無欲の勝利という訳だ。


『まだ、勝敗が決してはいないけどさ』


 現に順番が次のツバキが手玉の方へ向かっているし。


「これだから天然はやりづらいのだ」


 とか、ぼやいているけどな。

 レオーネもクリスに称賛の声を掛けるだけで敗北宣言はしていない。


「蹴ってから的玉の位置関係が気になったくらいですから」


「おいおい……」


 トモさんが苦笑している。

 ツッコミを入れたいが言葉がないと言ったところか。


「えー、また狙ってなかったの!?」


 ミズキが目を丸くして聞いている。


「とりあえず10番に当てることだけしか考えてませんでしたー」


 アッケラカンとした様子でアハハとクリスが笑う。


「つまりポケットは狙っていなかったと?」


 呆れた様子でエリスが聞く。


「はいっ」


「それは笑顔で肯定することじゃないでしょう」


 指摘しながらもエリスは「しょうがないなぁ」という顔をしている。


「だって、たくさん当たると楽しいんですもの」


 いいながらクリスがニコニコと笑っている。


「おいおい」


 トモさん2回目の「おいおい」である。

 別に大事なことだから言いました的なアレではない。

 今度もツッコミを入れたかったが、やはり言葉が出てこなかったようだ。


「それはボールがポケットに入ることよりも?」


 その代わりという訳でもないだろうが、エリスが聞いている。


「そうですね」


 クリスは姉の質問にも迷いなく答えた。


「ボールが入るのも楽しいですけど、たくさん当たる程ではないです」


 ポケットビリヤードの根幹を揺るがすような発言である。

 これが四つ玉なら、その発言も頷けなくはないのだが。


『まあ、あれはあれで爽快感なんか無いんだけどな』


 おそらくクリスはボールが当たるときの音や弾ける動きが気に入っているのだろう。

 そうなると連続で当て続けることを目的とした四つ玉とは相性が悪い。

 上級者になると、とにかく動きを小さくするからな。


 派手に弾ける時の音や動きなんて望むべくもない。

 故にクリスは四つ玉で遊ぶことはないだろう。

 そう考えると、ゲームの目的を分かっているのかと言いたくなるところだ。


 が、俺はこういう楽しみ方もありだと思う。

 勝ち負けにこだわりすぎるとギスギスして面白くないしな。

 先程のマイカたちのように異様な雰囲気になってしまう恐れもあるし。


 今日はお祭りで遊びに来ているのだ。

 賞品や名誉がかかった大会って訳じゃない。

 楽しんでくれているなら、それでいいのだ。


「次も10番を基点にいっぱい当てますよ~」


 楽しげに気合いを入れるクリス。


 困惑が一同に拡がる。

 まさに今、手玉を蹴ろうとしていたツバキまでもが動きを止めたほどだ。

 しかも気になったのか振り返ってきた。


 クリスが固執する理由が思い浮かばないのだろう。

 まあ、俺もそうなんだが。


「何故10番なの?」


 それを聞いたのはリオンだ。


「えっ、狙いやすいからですよ?」


 ガクッとズッコケた。

 他の皆も一斉にガクッといったさ。

 もちろんツバキも。

 皆を見守っていたベリルママでさえも苦笑と共にズッコケた。


 クリスがこの答えに至ったのは何も考えずに楽しんでいるからこそだろう。

 気を抜いていないときであれば、こんなトンチンカンなことは言い出すはずもない。

 だからこそ誰も予測できなかったのだ。


『恐るべし、無心の天然……』


 一方で──


「えっ、ええっ!?」


 クリスは俺たちがズッコケた理由が分からずに困惑している。


「気を抜きすぎよ、クリス」


「はい?」


 エリスの言葉に首を傾げるクリス。


「どういうことでしょうか?」


「今のボールの位置関係は確かにアナタの言う通りよ。

 でも、蹴るのは1人1回じゃないの。

 アナタは蹴り終わった後でしょ。

 次の順番が回ってきたときに10番が残っているとでも思ったの?」


 エリスが具体的に指摘すると、ようやくクリスが気付いたようだ。


「ああっ!」


 驚きのあまり叫んでしまう。


 だが、少々タイミングが悪かった。

 ツバキが手玉を蹴る瞬間だったのだ。

 わずかにではあるがバランスを崩す。


 そんな状態で手玉を蹴ってしまえば軌道にズレが生じるのも当然というもの。

 どうにか的玉に当たりこそしたもののポケットとは無関係な場所に転がってしまった。


 結局、ボールの配置が換わっただけで終了。

 そんな訳で落としやすくなっていたはずの10番も位置を変えて残った。


『クリスは引きが強いなぁ』


 10番は手玉とも距離ができてしまったし。

 次のレオーネ次第では、もしかすると手玉が近くに転がるかもしれない。

 実現すれば天然の有言実行だ。


『無心の天然、恐るべし』


読んでくれてありがとう。

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