971 お好み焼き屋繁盛記
生き生きした様子のベリルママ。
お好み焼きが気に入ったようだ。
正確にはお好み棒だけど。
お好み焼きも込みで全種類を買ってお土産にすると意気込んでいる。
きっとお好み焼きも気に入ることだろう。
「じゃあ、行ってくるわね」
考え事をしている間にベリルママの弾んだ声が聞こえてきた。
「あ、分かりま……」
俺が顔を上げ最後まで言い切る前にベリルママはミーンやシーオの後ろに並んでいた。
「はやっ!」
思わずツッコミモードになってしまったさ。
『忍者のようにシュバッて感じじゃなかったぞ!?』
もちろん転送魔法なんて使っていない。
いつの間に、というのが正直な感想だ。
思わず出てしまった俺の言葉に──
「イエーイ!」
とか言いながらダブルピースを返してくるベリルママ。
速い上にノリノリである。
どれだけお土産を楽しみにしているのかが、よく分かるというもの。
楽しそうで何よりだ。
ただ、些か子供っぽい部分が多くはないだろうか。
『それだけ若いってことだと思うけど……』
実年齢がどうこうなんてのは考えない方が無難なのは確認するまでもない。
秋祭りの間ずっと目立つ場所で正座なんて未来が見える気がする。
そうなると決まった訳じゃないものの予感めいた何かがあるのだ。
触らぬ神にたたりなしってことだろう。
『文字通りってやつだな』
なんたって本物の神様なんだから。
地雷原と分かって安易に踏み込むなどできる訳がない。
何処かのイタズラ好きなおちゃらけ亜神様なら、やらかすかもしれないが。
あまり年齢のことを考え続けると危険だ。
感付かれたら軌道修正に追われることになるだろうし。
慌てず騒がずゆっくりと周囲に視線を巡らせる。
ふと思い立って皆の様子を確認しているように見えたら合格だ。
まあ、どう見えるかは俺には分からない。
【天眼・遠見】を使って客観的には確認できるけどね。
それでも、ベリルママがどういう印象を抱くかは別問題である。
『上手く誤魔化せればめっけ物なんだが』
「ん?」
ふと、気付けば皆の視線が一個所に集まっていた。
その先にあるのは……
『ベリルママだ』
どうやら今の一連の動きが目立っていたようだ。
それはそうだろう。
まず、忍者よりも速いことで目を引いた。
それだけでも充分に視線が釘付けになろうというものだ。
皆もきっと度肝を抜かれたことだろう。
その上、見た目に似合わぬはしゃぎっぷりを披露したのだから……
『あのアピールで更に驚かされただろうな』
およそ神様っぽくなかったし。
注目が集まったのは、むしろ当然だと言えるだろう。
俺としては苦笑を禁じ得ないところだ。
そして今度は俺が驚く番であった。
「おおっ」
徐々に人が並び出したのだ。
1人、また1人と後続ができていく。
『これってベリルママが看板代わりになったってこと?』
気付けば行列になっていた。
そうなるとお好み棒を焼いているトモさんが大変になってくる訳で。
「マジかーっ!?」
悲鳴を上げながら笑うという器用なことをしていた。
新規の注文の受付は始まっているが、まだそれ以前のオーダー分は終わっていない。
そんな訳だから、もちろんお好み棒を焼く手はノンストップだ。
型枠のセットから両面を焼き上げていくまでは動きは少ない。
ただし、1枚だけならばという条件がつく。
鉄板上に余剰スペースのない状態では常に油断のできない状況だ。
もともとサイズが小さめだから火の通り具合が早いというのもある。
「次の方、注文をどうぞっ」
フェルトもPシートで包む作業をしながら注文を取っている。
それでも追いつかない。
まあ、元々からバックオーダーを抱えた状態だったからね。
ちょっとピンチだ。
『厳しくなってきたな』
屋台の鉄板では作れる量など知れているからな。
しかも最初の試しで並んでいたときと違って皆も味を知った上で並んでいる。
ミーンたちのように、お土産として注文しようと考える者たちもいるはず。
それに他の屋台の料理も食べたいという面子だけとは限らないし。
お好み棒をひたすら食べる者も出てきそうだ。
再注文の量が最初より増えるのは、ほぼ確実だろう。
どうやら応援の必要がありそうだ。
『そんな訳で応援決定!』
とは言うものの、俺がお好み焼き屋のオヤジ2号になる訳ではない。
屋台を2軒ばかり増やして自動人形に焼かせる。
様式美を考えるならオヤジ型の自動人形を作るべきなんだろうが。
『面倒くさい』
ということで自動人形の新調はなしだ。
何よりオッサンの造形とかしたくない。
そんな訳で2号店3号店の店員はメイド型である。
服装もメイド服のままなのは言うまでもない。
「なんというミスマッチ」
両脇にできた新店舗にメイド店員が入るとトモさんも最初は苦笑した。
「だが、いいっ!」
急にいい笑顔になったんですが?
理由は不明。
メイドが特に好きって訳でもなかったはずなんだが。
「さすがはハルさん、分かってるぅ」
「なんでさっ!?」
余裕がない状況なのに何を言ってるのだろう。
脊髄反射的にツッコミを入れていたさ。
「これからの時代はメイド喫茶ならぬメイド屋台だっ!」
「もしもしぃ?」
何かおかしなことを言い始めたぞ。
トモさんのテンションがおかしくなってきた。
『忙しすぎてハイになったか?』
「メイドの増員で通常の3倍のスピードだっ」
グランダムネタまで入ってきたんですが?
それに物量が3倍であってスピードが3倍ではない。
まあ、加速しようにもお好み焼きを生焼けにする訳にはいかないしな。
「このスピードで焼けるズワクなんてありはしませんよ」
焼いているのはお好み焼きだ。
「嘘だと言ってよ、ダウニー!」
初代ネタどころか箱庭の中の戦争のネタまで入れてきたぞ。
さすがに子供の声を真似るのは無理があるので、物真似はしていないが。
「何故だっ」
そこは無理やりにでも寄せるべきだろうに。
とっさにそこまでは考えられないのかもしれない。
バックオーダーのカウントをしながらだしな。
いくら【並列思考】のスキルを持っているとはいえ状況はハードだ。
「坊やだからさ」
こんな時でも定番ネタを忘れないのは、さすがではあるけど。
「御主人様ぁ、お帰りなさいませ~」
トドメは妙に作った声でメイドになりきっていた。
「……………」
インパクトがあり過ぎる。
思わずトモさんのメイド服姿を想像しちまったじゃないか。
それなら子供の声を頑張ってくれた方が良かった。
『だいたいグランダムは何処へ行った?』
とにかく、もう無茶苦茶である。
トモさん自身は壊れ気味だからかもしれない。
お好みを焼く手際は完璧なのにね。
終わりが見えないから現実逃避しているものと思われる。
『どうしてこうなった』
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
そして戦争は終わる。
オーダーのことごとくをこなしきったのだ。
繁忙のピークを乗り切るまでは、まさに修羅場であったがな。
今はマッタリした空気が流れている。
「あー、ハルさんや」
伸びをしながらトモさんが呼びかけてきた。
「メイド部隊の増援、助かったよ」
「気にすることはないさ」
返事をしながらメイド屋台を撤収させる。
ちなみにメイド屋台と命名したのはトモさんだ。
『こういうネーミングはすぐに思いつくのになぁ』
苦笑が漏れそうになった。
まあ、人間は誰しも得手不得手があるものだ。
「むしろ投入が少し遅かったみたいで申し訳ない」
タイミングの見極めが甘かったのは明白。
スペースの都合により物量作戦が使えなかったからな。
「いいって、いいって。
こっちが楽しんでやってたことだからさ」
苦笑しながらもドサッと丸椅子に腰を落とした。
「ふぃーっ」
まるで温泉に浸かった時のような声を漏らすトモさん。
その後は微動だにしなかった。
が、満ち足りた表情をしている。
燃えつきた状態だ。
『真っ白な灰に、とか言い出さないだろうな』
そこまで疲れているとは思えないんだが。
もしかすると気疲れはあったか。
ほぼ豚玉だけだった最初と違って注文がバラバラだったしな。
「なんにせよお疲れー」
声を掛けて様子を見る。
「おーう」
目を閉じて項垂れたままだったが、返事はしっかりしていたので大丈夫そうだ。
一方でオープンテラス席では別の戦いが始まっていた。
一部の者たちが己への挑戦を始めていたのだ。
そう言うと格好良く聞こえるかもしれないが単なる大食いである。
積み上げたお好み焼きタワーに挑戦する者たちが何人かいた。
道理で焼いても焼いても終わらない訳である。
『あー、調子に乗ってるなぁ』
セーブできていそうにないのが何人かいる。
「おいしー!」
「クセになる味だね」
「豚もイカも捨てがたいよぉ!」
こんな風に絶賛されているので無理からぬところはあるようだ。
フードファイターが続出していないのが、せめてもの救いか。
チャレンジャーたちは後で引っ繰り返るのが目に見えているからな。
『しょうがないなぁ』
今日はお祭りだから羽目を外すのも有りだ。
自業自得とは言うまい。
動けなくなるまで食べた者には胃薬魔法ディジェストを使うとしよう。
読んでくれてありがとう。




