970 食べるか否かで悩むのか……
何か言いたげに妹たちを見ているスー。
だが語ろうとはしない。
どうやら食べ終わるまで待たないといけないようだ。
「どうしようかしらね」
「食べるべきか否か、それが問題」
姉の視線には気付かずに2人は眉根を寄せていた。
その間もジーッと見ながらもぐもぐしているスー。
「半分ずつシェアしよっか」
シーオがふと思いついたように提案した。
「それでも多いと思う」
ミーンはにべもない感じで採用不可を言い渡す。
「その提案は最初の注文の時にするべきだった」
「それを言われると、どうしようもないわね」
「しょうがない。
私も思いつかなかった」
2人で沈み込んでいる。
相変わらずスーの視線には気付かない。
そしてスーは、もぐもぐ咀嚼を続けている。
さほど待たずしてシーオが顔を上げた。
「じゃあさ」
めげずにシーオが何か思いついたようだ。
「もっと小さく作ってもらうとか、どう?
一口サイズなら、そんなに負担にならないでしょ」
自信満々にアイデアを披露するシーオ。
「却下」
だが、ミーンはその提案を即座に切り捨てた。
斬り捨て御免というくらい非情なる否定だ。
慈悲はない。
「えー、なんでよぉ」
シーオが不服そうに抗議した。
これは容易に予測できたことだ。
自分の提案がナイスアイデアだと思っていたのは見ていて明らかだったからな。
「屋台でそのオーダー方法は無茶振りに等しい」
あっさりと返り討ちに遭っていたが。
「う……」
無茶振りだという自覚はあったようで、それ以上の抵抗はなかった。
スーはといえば、2人のやり取りを見て困ったような顔をしている。
『姉としては、そうなるよな』
シーオの浅慮な発言に内心で冷や冷やしているはずだ。
万が一にも実行されると火消しに回らないといけないだろうし。
ミーンが潰してくれていなかったら……
『シーオならやりかねんかもなぁ』
その後の騒動は予測がつかない。
笑い話ですめばいいが、皆で暴走状態になったりしたら。
『トモさんも悪ノリしそうだし』
一口大のお好み焼きなんて本気で作りかねない。
他の客そっちのけで試作し始めたりなんてことも考えられる。
きっと同じことをスーも危惧しているだろう。
でも、もぐもぐは続けていた。
もの言いたげな目で妹たちを見るだけである。
『意外に融通が利かないな』
こういうのは食事限定かもしれないが。
「「うーん」」
煮詰まった様子で唸るシーオとミーン。
そこでようやくスーがお好み棒を食べ終わった。
「あなたたちね」
嘆息しながらスーが口を開いた。
「「スー姉」」
今頃になって姉の存在を思い出す2人。
「そんなに食べたいなら、やりようはあるでしょ」
「ええっ、どんなっ!?」
シーオは見当が皆目つかないらしく目を丸くして驚いている。
一方でミーンは大きく表情を変えることなく沈黙を守っていた。
が、姉の発言を待っていることまでは隠しきれていない。
シーオと同様にスーが言う「やりよう」が思いつかないのは明白だった。
「持ち帰ればいいだけじゃない」
勿体ぶることなく解答を提示するスー。
「ここはジェダイトシティみたいに外国の人の目なんてないでしょ」
「「あ」」
スーに指摘されて初めて気付いたようだ。
2人して呆気にとられた表情をしている。
次の瞬間にはダッシュで注文に向かっていた。
「あ、私の分もお願いねー」
チャッカリしている長女である。
「分かった」
ミーンが返事をした。
「今度は豚玉とイカ玉で」
ちなみにスーが食べていた分はミックスだ。
欲張って両方を食べたつもりが、別々に食べたくなったらしい。
なかなかの食いしん坊さんである。
人は見かけによらぬものってことだな。
「任せてー」
今度はシーオが返事をしている。
仲の良い姉妹だ。
このやり取りを見て刺激されてしまったらしい人がいる。
「ねえ、ハルトくん」
ベリルママである。
「なんでしょう?」
「お母さんも追加注文してきていいかな?
お土産にすることまで考えてなかったんだけど」
ウズウズした感じで今にも注文に行ってしまいそうである。
「いいんじゃないですか」
少なくとも俺には止める権利も必要性もない。
だからそう答えたのだが。
「いいの?」
一瞬にしてパアッと笑顔になっていた。
『どんだけ食べたかったんだ?』
もしかして食いしん坊キャラだったのかと思ったほどである。
でも、普段はそういうところがないし。
どうやら俺が思った以上にお好み棒がお気に召したようだ。
この調子だと普通のお好み焼きも気に入ってもらえるんじゃなかろうか。
『薦めてみるのも悪くないかもしれないな』
そんなことを考えていると席から立ち上がろうとしたベリルママが途中で動きを止めた。
固まったままの時間はほんのわずかだったけどね。
『なんだろう?
気になるな』
何かに気付いたように感じたんだが。
異常事態の発生とかじゃなきゃいいんだが。
「どうしたんです?」
「大したことじゃないのよ」
俺の方を見てフワリと柔らかい笑みを浮かべるベリルママ。
作為的なものは感じない。
どうやら深刻なことではなさそうだ。
「お土産用なら普通のお好み焼きにするのも悪くないかと思っただけだから」
「ああ、そういうことですか」
何か重大なことに気付いたのかと心配してしまった。
考えてみれば、そういう事態になっているなら俺だって気付けるはずだ。
『情けない。
そこまで頭が回らんとは……』
ホストとして持て成さなければと過剰に気合いが入りすぎた結果だろうか。
自分自身では、そんなつもりはなかったのだが。
「だから言ったでしょ。
大したことじゃないって」
「そうでもないですよ」
「ハルトくん?」
「シンプルなお好み焼きの味も味わってみないことには分からないじゃないですか」
一瞬、ベリルママがキョトンとした表情になった。
すぐに苦笑していたけど。
「そうね、ハルトくんの言う通りだわ。
何事も考えるだけじゃ本当のことは分からない。
それはお好み焼きの味においても変わらないわね」
大事なことだと言いたげに真面目な顔で頷いているベリルママ。
ただし、微妙に笑みがこぼれそうになっていた。
何か嬉しいことがあったけど押し隠しているような感じだ。
『なんだろう?』
皆目、見当がつかないのだが。
自分でも気付かぬうちに首を捻っていた。
「ああん、もうっ!
ハルトくんが立派なことを言うものだから嬉しくなっちゃうじゃなぁい!」
バシーン! と背中を叩かれてしまった。
「ぶほぉっ!」
どつき漫才のツッコミかと思うくらい激しい一発だ。
さすがにHPへのダメージは入ってはいないがね。
あ、でも他の国民だったらノーダメとはいかない者もいたかもしれない。
新人さんたちなら確実に骨折していただろう。
「ゲホゲホッ」
俺もツッコミの衝撃の大きさのせいで変に咽せ込んだしな。
『食べ終わってて良かった』
お好み棒を食べている途中だったら大惨事だったろう。
食べ物を粗末にしてはいけません、となるところだった。
ちなみに言うほど立派なことを言った覚えはない。
どう考えてもベリルママの贔屓目である。
「あっ、あらっ!?」
俺の様子を見て慌て始めるベリルママ。
力加減をミスったとか思っていなかったのだろう。
恐るべし、無意識の一撃。
「ごめんなさい……
ハルトくん、大丈夫?」
「問題ありません。
ちょっと咽せただけです」
「本当に?」
「はい」
迷うことなく返事をしているのにジーッと俺の目を見てくる。
信じてもらえないらしい。
俺がやせ我慢でもしていると思っているのだろうか?
「もう咽せてないでしょ。
本当に大丈夫ですから」
そこまで言って、ようやくベリルママも安堵した様子を見せてくれた。
親バカ恐るべしである。
「まずは買わないと始まりませんよ」
「そうよね」
「そうですよ。
お好み焼きを買ってお好み棒との違いを堪能するのも悪くないでしょう」
俺がそう言うと、ベリルママが何かに気付いたようにパアッと笑顔になった。
「いいわね、それ。
食べ比べで味わえる数が倍になるわ」
「え?
もしかして両方買うとか」
「いいえっ、全種類よ!」
妙に力が入っている。
「マジですか……」
「もちろんよっ」
この調子だと堪能するために全種類を複数枚ずつ注文しかねない。
『どんだけ食べるつもりなんだ?』
一瞬、そう思ってしまったさ。
よくよく考えれば状態保存の倉庫を使えば長期保存も問題ない。
それで少しずつ小分けにすれば、いいだけのことだ。
読んでくれてありがとう。




