963 ハルトはイジられ新人は……
食い入るように見入ってくるシーニュさんである。
「おいおい、俺だけじゃないって」
そのプレッシャーに負けてこう言ってしまったのはミスだろう。
クワッと目を見開いて固まってしまった。
『なんというか、前から思っていた以上に表情が豊かだな』
そうさせているのは俺たちなんだがね。
どうでもいいことを考えて現実逃避している場合じゃない。
「おーい」
「っ!」
呼びかけただけで、すぐに気が付いたのはラッキーだ。
復帰した途端に食い入るように見てくれるから、そうとも言い切れないか。
別にこの程度で俺のライフがどうこうはしないがね。
そこまで豆腐メンタルじゃないさ。
居心地は微妙に悪いけど……
「頑張ってレベルアップしていれば、そのうちエルダーヒューマンになれるさ」
「ホントに!?」
驚愕の表情で聞いてくるシーニュ。
「ルーリアとかはその口だからな」
俺へのロックオンを外したくて誘導してみたのだが外れない。
「ヒガ陛下は違う?」
『そこに気付くかよ』
気付いて当然なんだけど。
でも、何もすぐに気付かなくてもいいだろうにとは思う。
別に秘密にしたい訳じゃないんだけどね。
今このタイミングで尋問されるのってどうなの?
『天国のようで地獄なひとときを乗り切った俺を責めないでおくれよ』
「その辺の話は、また今度な」
強引に話を切り替えることにした。
「今日はお祭りで遊ぶ日だから」
都合のいい言い訳もあるしな。
シーニュは一瞬だけ不満そうな表情を見せた。
が、すぐに何かに気付いたような顔をする。
『なんだ?』
「分かった」
コクリと頷くシーニュ。
「帰る必要がなくなったし時間はたっぷりある」
確かに言う通りだ。
シーニュの帰るべき場所はミズホ国となった。
「そうだね。
歓迎するよ」
『だから獲物を狙う肉食獣のような目は勘弁してくれませんかね?』
まあ、心の中で頼み込んでも意味はない。
「何処で住むかを決めてもらわないといけないから考えておいてくれ」
「分かった」
頷きはするものの、依然としてロックオンされたままだ。
『なんでそんなに俺ばかり見るのさっ?』
興味があるからだ。
そんなのは百も承知である。
だからこそプレッシャーがかかるのだ。
神官ちゃんからではなく奥さんたちから。
「へえー」
ニヤニヤと笑うマイカ。
「モテモテね、ハル」
実に楽しそうに言ってくれる。
人のことをイジッて遊ぶ気なのは明らかだ。
『面倒くせー』
これを回避したかったが、間に合わなかった。
「ホントだねー」
同意しつつもジトッとした視線を送ってくるミズキ。
ストレートに嫉妬してくれるだけ、まだマシである。
後で御機嫌取りはしないといけないだろうけど。
「まあまあ、仕方がないじゃない」
これまで静観していたエリスが間に入ってくれた。
「新人さんがハルトさんに興味津々になるのはいつものことなんだし」
「しょうがない、勘弁してやるかー」
俺との掛け合いが消えたことで急に興味を失うマイカ。
「えー、そこはもっと粘ってほしかったなー」
レイナが唇を尖らせている。
「「ハルトさんが困った顔をするのはレアだもんねー」」
双子ちゃんたちも、それに同意するようなことを言っていた。
「旦那は困っても顔には出さぬからな」
ツバキがしみじみした様子でそんなことを言うのだが。
『要するにそれって見たいってことだよな』
更にABコンビが頷いているし。
「主は意地っ張りじゃからの。
見られるものなら見てみたいものじゃ」
シヅカまで同意するとは……
『君は奥さんであると同時に守護者でもあるでしょうがっ』
「見たいですね」
「同感です~」
追随するカーラとダニエラ。
頷きはしないものの他の奥さんたちも興味深そうな目になっている。
「ちょっと、アンタたちねぇ」
皆を注意しようとしているリーシャまでもが、俺をチラ見してきたからな。
真面目組の面子も例外たり得ない。
例えばルーリア。
期待感のこもった目で俺を見ている。
本人は無自覚だろうけど。
だからこそ視線が本音を代弁しているのは明白だ。
レオーネやリオンは困った感じで俺を見てくるし。
俺を困らせたくはないが、困り顔は見たいというジレンマを抱えているのだろう。
一方で遠慮などないのがエリスである。
「私もそれは見たかったわね」
イタズラっぽい笑みを浮かべてそんなコメントをくれたさ。
「もしもしぃ?」
「冗談よ」
クスクスと笑われてしまった。
が、あの笑い方をするということは冗談百%とは考えられない。
確実に本気成分が何割かあるはずだ。
『まったく……
油断も隙もあったもんじゃない』
遊びに行く前から疲れているんですが?
そういうのを見ると気遣ってくれる人もいるんだけどね。
「しょうがないなぁ」
ミズキが言いながら大きく嘆息した。
「後で埋め合わせしてもらうからね」
こう言ってくるということは許してもらえるらしい。
「ははー、ありがたき幸せー」
両手を伸ばして深くお辞儀する。
上半身だけの土下座スタイルとでも言えば良いか。
おふざけな感じを出して毒気が抜かれればラッキーという発想によるものである。
『本当に土下座してしまうと引かれるだろうしな』
これでもバランスは考えているのだ。
奥さんたちの追及から逃れられるなら、これくらいはするさ。
これが功を奏したのか皆の興味が収束していってくれた。
どうにか逃れられそうでなによりである。
しかしながらホッとしたのも束の間のことであった。
「モテモテ……」
ボソリと神官ちゃんが呟いた。
「はうっ」
心臓を掴まれたかと思ってしまったさ。
『まだロックオンしてるしー!』
「もう許して……」
結局は困り顔を披露することになってしまった。
「アハハ、イジるんはそんくらいで勘弁したりぃな。
代わりと言ったらなんやけど、うちらがハルトはんのあれこれを教えたるで」
『あれこれって何さ!?』
心臓の休まる暇がないったら。
いや、心臓は年中無休だけどな。
それでも警戒態勢のまま休みなしなんてできるはずもない。
気分はやつれきってゲッソリである。
「分かった」
アニスの言葉にあっさり納得してロックオンが外されるのであった。
『俺の努力って一体……』
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
結局、シーニュとは別行動することになった。
主にアニスの尽力によって。
「ほな、行ってくるでー」
「行ってきます」
「おう、また後で会おう」
シーニュはアニスに背中を押されてお祭り会場の方へと向かった。
月影の面々も一緒だ。
きっと仲良くやってくれるだろう。
国民になったはいいが、ぼっちなんて可哀相すぎるしな。
アニスたちが友達宣言してくれたのは本当にありがたいことである。
そんなことをボンヤリ考えているとベリルママの前に進み出てくる者たちがいた。
「落ち着いたかしら」
「はい、どうにか」
苦笑するベル。
「自分はまだドキドキしています」
目をパチパチ瞬かせているナタリー。
『婆孫コンビは何をしたんだ?』
いや、この2人だけではない。
今まで遠巻きにする感じで離れていた者たちが集まってきた。
元小国群ドワーフの王だった爺さんたち。
食堂3姉妹もいる。
そして風と踊るを初めとした女子組の面々。
女子組は何故か疲れた表情をしている。
『この面子で何かやらかしたというのか?』
繋がりが見えてこない。
腕を組んで考えてみるが出てくるのは溜め息ばかりだ。
「なによ、溜め息なんかついちゃって?」
マイカが聞いてきた。
「アイツら、何やらかしたんだ?
ベリルママに叱られている感じじゃないし。
その割には元気のないのもいるみたいだけど」
「何って、いつものやつじゃない」
『あ……』
いつものでピンときた。
というか定番過ぎて気付かなかった俺が鈍いと言わざるを得ない。
「土下座かよぉ」
「そゆこと」
全員、ベリルママとは初対面だからな。
『そりゃあ、やってしまうよなぁ……』
誰も逃れることはできない。
慣れれば大丈夫なんだけど。
言わば、初回限定のお約束のようなものである。
読んでくれてありがとう。




