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959 天国と地獄?

 迎賓館の庭園に出た。

 輸送機の発着場と化している方とは建物を挟んで逆側の日本庭園が拡がる場所だ。


「ごめんなさい」


 サプライズを台無しにしたマイカがベリルママに謝っている。


「いいのよ、誰にでもミスはあるわ。

 素直に謝っているのだし、こんなことで目くじらを立てるつもりはないわよ」


 ベリルママがそう言ってニコリと微笑んだ。


「ありがとうございますっ」


 ブンと空を切るような音が聞こえそうなお辞儀で礼を述べるマイカ。

 安堵の表情を浮かべているのは言うまでもない。

 少し下がった場所でミズキがうんうんと頷いていた。


『それはいいんだけどさ』


 秋祭り本番の初っ端からケチがつかなかったんだから。

 ただ、俺の方が問題ありの状態になってるんですがね。


 具体的に言うと──


「ふごふごっふがぐごっふごふごふががっふごー」


 こんな感じ。

 え? 余計に分からん?

 それはスマンかった。


 だけどな、羞恥プレイで公開処刑されている気分なんだよ。

 まともに思考するのにも苦労するような状況ということだけは言っておこう。


 普通の人間だったら、とっくに窒息からの失神コースだと思う。

 柔らかくて感触的には天国なんですがね。

 その代わり声に出して喋るのは物凄く不自由なのだよ。


 ちなみに「そろそろ解放してくれませんか」と言っているつもりである。

 胸元に顔を埋めるような感じで頭を抱き込まれるとこんな感じになってしまう訳だ。


 あと、柔らかさが俺の思考を奪ってくれる。

 だって衣服の布地越しとはいえ弾力があってすっごく柔らかいんだぞ。


 ただ柔らかいだけじゃなくて、いい匂いがするし。

 これ以上の癒やしがあるだろうか。

 いや、ない。

 などとバカなことを考えてしまうくらい思考を奪ってくれる。


『こんなことじゃダメだ』


 衆人環視の状況だしな。


 そうじゃなければベリルママが納得するまでジッとしてたかもしれない。

 見られているせいで俺の羞恥心ゲージがブーストポッドを作動させてしまっていた。


 できれば逃げ出したいくらいだ。

 許可なくそんなことをしたら泣かれてしまいそうだけど。

 罪悪感ゲージまでスタンバイ完了とかハードル高すぎ。


 そんな訳だから絶対に逃走はできない。


「あら、ハルトくんはお母さんの抱っこが御不満?」


 そんなことを言われたら王手である。

 選択肢はひとつしかない。


「ふごご」


 頭を抱え込まれた状態で不自由ながらも頭を振ろうとした。

 ちなみに「いいえ」と言っているつもりである。


「ぅー……」


 余計に頭が谷間に埋もれただけだ。

 そして呻くことしかできなくなってしまった。

 アホである。


『どう考えてもとばっちりなんだがな』


 誰かさんがベリルママのサプライズを潰したお陰でこうなっているんだし。

 ベリルママが待っているという日本庭園側に出たら──


「ハルトくん、こっちにいらっしゃい」


 真っ先に呼び出された。


「はい」


 取るものも取りあえずベリルママの真正面へと進み出る。

 そしたら、いきなり抱きつかれたのだ。

 ガード不能だったのは言うまでもない。


 格闘ゲームの吸い込みを喰らった気分である。

 その後は投げ技につながらなかったけどね。


「ムギューッ」


 とか、およそ悲鳴らしくない悲鳴を上げてしまったさ。

 回避はしようと思えば不可能じゃなかった。


 が、それをしたらベリルママを泣かせていたと思う。

 サプライズが不発な上に俺から避けられた格好になるからね。


 どうあっても受けるしかない状況だった訳だ。

 そもそもサプライズが成功していれば抱きつかれなかった可能性が高い。


『可能性がゼロと言い切れないのはアレだが……』


 おそらくは俺がどれだけ驚いたか次第なんだと思う。

 それが選択の余地なしにされてしまったのはサプライズがなくなってしまったからだ。

 そこだけは間違いないと断言できる。


 サプライズの成功という満足が得られないことに不満を抱いたのは確実だからね。

 怒ってはいないのが不幸中の幸いと言えるだろう。


 ただし、それはマイカにとってはの話だ。

 俺には抱きつきコース一直線でしかない。

 とばっちり以外の何物でもないだろう。


 え? 贅沢だって?

 確かに感触的には癒やしで天国気分を味わっているさ。

 それと同じくらい羞恥心で地獄気分を味わわされているけどな。

 皆に見られるとか恥ずかしすぎるだろ。


『視線が痛すぎだっつーの』


 ベリルママ側では顔なじみの面々が勢揃いしているし。

 腹が立つのはラソル様である。


「アハハハハ、まるで赤ちゃんみたいだね」


 イタズラが成功したときのように笑い転げている。

 【天眼・遠見】を使っているので丸わかりだ。


 え? 見なきゃいいのにって?

 そっちの方が想像力が働いて余計に恥ずかしいんだよ。

 こういう時は妄想力が豊かな自分が恨めしくなる。


『どうせ生まれ変わったときに0歳児になりましたよ』


 心の中で愚痴るしかできない。

 何かしらリアクションを起こそうにも身動きが取れないからな。


 動こうとすると谷間に埋没していくしかないという実に歯痒い状況だし。

 ルディア様は瞑目して渋い表情を浮かべるばかり。


 見ているこちらが恥ずかしいという心境なんだと思われる。

 目を閉じてるから見てないんだけどさ。

 手出し口出しができないのはベリルママが泣くかもしれないと危惧しているからだろう。


「恥ずかしゅうおますなぁ」


 そう言ったエヴェさんは、ちょいポチャの体を震わせて苦笑している。

 ラソル様と違って腹は立たなかったけどな。

 視線というか表情が同情的だったからね。


 代わりに物凄く恥ずかしくなったさ。

 もうやめて、俺のライフはゼロよ。


 残るは3人。

 背丈の順にアフさん、フェム様、リオス様である。


『相変わらず階段みたいだなぁ』


 とか、不敬でどうでもいいことを考えてしまう。

 そうでもしないと羞恥心は膨れ上がるばかりだからな。


「若者よ、頑張るのだ」


 意味不明なことを言って鼻息を荒くしているのはアフさんだ。

 何故か熱血モードが入っている様子。


『何をどう頑張れと?』


 問うても答えは返ってこない気がする。


「同情は禁じ得ないがどうすることもできないな」


 哀れみのこもった目で見てくるフェム様。

 もうやめて、俺のライフはマイナスよ。


 そしてリオス様なんだが。


「親子水入らずにしてあげた方がいいんでしょうか?」


 アフさんとは別の意味でコメントが謎である。


『この人も天然なんだよなぁ……』


 ガクッとくるようなことを言わないでほしい。

 今から2人きりにされたら更に恥ずかしくなる。


 だって、見られた後なんだぞ。

 絶対にあれこれ言われるに決まっているんだ。


『どんな羞恥プレイだよ』


 思わず内心でツッコミを入れてしまったさ。


 で、これで終わりじゃないんだよな。

 うちの面子が大勢いる。

 俺のそばにいるのは主に守護者たちと妻組だ。


 他にもいるけど、それ以上は気にしていたらパンクしかねない。

 羞恥心には大人しくしておいてほしいものなんだが。


 そんな些細な願いも、ぶち壊してくれるのがさっきから俺の周りを漂っている。

 しかも無神経にもゴロ寝スタイルなんだぜ。


 言わずと知れた霊体モードなローズさんである。

 驚くべきことに、これでも気を遣っているつもりなのだ。

 心配そうに見るのは俺が羞恥心を増加させる一方だと気付いているからなんだが。


『それでゴロ寝ってどうなんだ』


 恥ずかしくは感じないが腹が立つと思わんのか。

 そんな訳はない。

 夢属性の神霊獣カーバンクルだぞ。


『くっくくぅくーくうくっくっくくっくー』


 腹立たしい方が恥ずかしさが薄れるよー、だってさ。

 タイミングを計ったように念話を入れてくるとは……

 雑なようで細かい相棒である。


 以下、省略だ。

 唐突だが同情の視線に耐えられない。


 一部は不思議そうに見ているけどな。

 マリカと子供組だ。


『小首を傾げているのが可愛い……じゃないんだよっ』


 いったい何時までこうしていればいいのか。

 ベリルママが堪能するまでの時間を誰か教えてほしいものである。


 秋祭りの方は特に挨拶とかしない方針だったので勝手に始まってるけど。

 この場にいる面子が祭りに参加できないままで日没コースってのは問題あるだろう。

 秋祭りは今日だけで終わらないから参加できませんでしたってことはないんだが。


 とはいえ、さすがに日没コースはないはずだ。

 ベリルママもそこまで常識外れのことはしないだろう。


『2人きりならやりかねないけどな』


 過保護スイッチが入っているっぽいし。

 それについては俺も人のことは言えないんだが。


『ベリルママの場合はそこに母性スイッチが加わっているからなぁ』


 数分程度では終わらない気がする。

 できれば、それくらいで終わってほしいのだが。


 下手な真似をすると逆効果なことになりそうだし。

 仮に納得してくれたとしても満足度が下がってしまっては意味がない。


『何のために招待したのか分からなくなるからな』


 本末転倒なことにはなってほしくない。

 そもそもベリルママに楽しんでもらおうと思って企画したことなんだ。

 本人の楽しさが半減しては意味がないだろう。


『やっぱり思いっ切り楽しんでもらわないとな』


 そう思うと諦めるしかないのだろう。

 羞恥心に打ち勝つための修行だとでも思うしかなさそうだ。


『無我の境地に至れってか』


 これもまた無理難題だ。

 妄想好きの人間にはハードルが高い。


『ならば別のことを考えるか』


 そう考えた時のことである。

 引っ掛かりを覚えた。


『はて、なんだろう?』


 何か忘れていることがある気がするのだが……


読んでくれてありがとう。

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