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955 おもてなしは簡単ではない

 カーターたちを送り届けてヤクモへ戻る。

 神官ちゃんがいるから転送魔法を使う訳にはいかない。

 ということで輸送機に乗りっぱなしだった。


 嫌ではないんだが困ったのは会話だ。

 カーターたちがいなくなると2人きりである。

 会話を盛り上げる相手がいないせいで会話が続かないのだ。


 あまり知られていない知識を披露しても──


「勉強になった」


 以上で終了。


 あるいは何気ない日常のユーモラスな出来事を話しても──


「愉快な勘違い」


 こんな感じで終了。

 場合によっては無言で頷いて会話が止まることもあった。


 そんな訳で、とにかく会話が続かないのだ。

 沈黙がこれほどまで気まずいものだとは思わなかったさ。


 だからといって神官ちゃんが悪い訳ではない。

 俺のコミュニケーション能力の低さが招いた結果なのは言うまでもない。


 ルディア様に任されたときは、もっと楽な仕事だと思っていたんだけどね。

 蓋を開けてみれば大苦戦。

 何とも情けない話である。


『誰か連れて来ておくんだった』


 マイカとかアニスあたりなら不自由なく会話を続けられただろう。

 後悔しても後の祭りなんだが。

 ゲストを送り返すだけの簡単なお仕事だと思っていたのが俺の敗因である。


 だって適当なところで転送魔法を使うつもりだったのだ。

 俺でなくたって、この状況を予想しろという方が無理だろう。


 いや、1人だけ予想していた者に心当たりがある。

 ラソル様だ。

 絶対に今の俺を見て楽しんでいる。


 この場にいたら──


「いやぁ、大変だね~」


 とか言いながら楽しそうに傍観するはずだ。

 などと考えていたら脳内スマホの方でメールの着信があった。

 相手はラソル様である。


『このタイミングでかよっ』


 ジャストタイミング過ぎてイラッとした。

 だが、メール自体を止めることはできない。

 厳重に監視されていても脳内スマホの使用は止めようがないしな。


 それは仕方ないのだが……


[タイトル:さすがはハルトくんだね~]


 まるで俺の考えていたことを読んだかのようなタイトルである。


[楽しませてもらっているよ]


 本文これだけ。

 だからこそ、からかわれているのがよく分かった。


『殴りたい』


 今の俺の心境である。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 ヤクモに到着。

 どうにかこうにかといった感じで気まずい時間を乗り切った。

 この時点で心境的にはヘトヘトである。


 だが、それを見せる訳にはいかない。

 神官ちゃんも立派なゲストだ。

 招いた以上は喜んでもらいたい。


 少なくともクラウドやカーターたちと同じくらいにはね。

 本人がどれだけ満足するかは知らないが目一杯な感じで楽しんでほしいものだ。


 後で記憶を消すことになるからこそ余計にそう思う。

 中途半端なことをするのは、あまりに失礼だ。


「では、降りようか」


 輸送機のハッチを開きスロープを下る。

 そして迎賓館の庭に降り立った。


「ミズホ国ヤクモへようこそ」


 言いながらボウ・アンド・スクレイプ。

 堅苦しくならぬよう手をヒラヒラと舞わせたけどね。


 神官ちゃんも正式なものではないと認識してくれたようだ。

 コクリと頷くに留めている。


 しかしながら、その表情はやけに真剣であった。

 まるで敵襲があると言わんばかりだ。


『おろ?』


「ここは安全だから警戒する必要はないぞ」


「違う」


 シーニュはややぎこちない感じで頭を振った。


「違うのか?」


「緊張している」


「えっ?」


 想定外の言葉であった。

 いつも飄々とした感じでいるように見えていたから、まさかって感じだ。


「1人で国外に出るのは初めて」


 理由を聞けば納得がいったけどね。


「おお、そうだったのか」


 言われてみればジェダイトに来た時もABコンビがいたりした訳だし。

 こういう緊張感を感じるのも無理からぬところなのだろう。


 俺自身としては久しく感じていない感覚ではある。

 日本人だった頃も1人が趣味だったしな。

 見知らぬ場所へヒョイヒョイ出かけていたものだ。


「言葉は通じるから心配はいらんよ」


 首を傾げるシーニュ。


「方言がきつい地域?」


 勘違いされてしまった。


『そういや西方は共通の言語だったんだよな』


 これは俺の説明不足が招いたことだろう。

 思わず苦笑が漏れそうになった。


「そうじゃないさ」


 俺は日本語で「こんにちわ」を言った。


「今のはミズホで挨拶を意味する言葉だ」


「聞いたことない」


 シーニュが目を丸くしている。


「変わった言葉。

 方言でもない。

 まるで違う。

 面白い」


 次々に捲し立てる。

 食い気味な感じだ。


『もっと早くに気付いていれば』


 色々と話も拡がったことだろう。

 であれば会話で苦戦せずに済んだのだが。


「これはミズホ語というミズホ国だけで通じる独自の言葉だ」


「ミズホ語……」


 シーニュはよほど気に入ったのか何度も繰り返し呟いている。


「心配しなくても連絡を入れておいた。

 ゲストの前で喋る者は誰もいない」


「分かった」


「方言の方も心配はいらんな。

 クラウドたちも普通に会話が通じていたし」


 でないと屋台で注文できないからな。

 ゲームコーナーの音声だって共通語だし。


「少しは緊張がほぐれたかな」


 頭を振るシーニュ。


「意思の疎通に不安を感じていなかったと言えば嘘になる。

 だけど、それは緊張していたことには結びつかない」


「あ、そうなんだ」


「おばあちゃんが言ってた」


 何処かで聞いたような台詞だ。


「何を?」


「南には恐ろしい魔人たちの国がある、と」


「あー、それな」


 思わず苦笑が漏れた。

 リーシャたちも似たようなことを言っていたのを思い出したからだ。

 ちょっと懐かしくなってしまった。


「心配しなくても、ここにいた魔人どもは滅んだから」


「っ!!」


 今までにないほど驚きを露わにするシーニュ。


「おばあちゃんの言ってたことは本当だった……」


『そこかよっ』


 魔人に脅威を感じているのかと思ったら違った。

 大いに肩透かしを食らった気分である。


 だが、おばあちゃん子だったらしいシーニュにしてみれば重要なのはそこなのだろう。

 俺もツッコミは入れられなかった。

 噛みしめるように言葉を紡ぎ出していたしな。


 あの調子だと、おばあちゃんの話を信じたのはシーニュだけだと思われる。

 特に銭ゲバと呼んで嫌っている両親は欠片も信じなかったのだろう。


 でなければ幸せそうな空気を発散させながら固まったりはしないはずである。

 いま俺が話し掛けても声が届くか怪しいところだ。


 結局、幸せオーラの放出が終わるまで半時間ほど待たされることとなった。


『その程度で終わるとはラッキーだったな』


 充分に長いとは思ったけど。

 それだけ幸福感が強かってことだ。

 本人が自重していなきゃ半時間どころか日が暮れても同じままだったかもしれん。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 どうにか輸送機から離れることができた。

 その気になれば、すぐにでも迎賓館に向かうことはできたんだが。


 まあ、放置したまま先に行ってしまう訳にもいくまい。

 神官ちゃんもゲストなんだし。


『なんといっても特別ゲストだしな』


 筆頭亜神様の御招待だからな。

 もちろんラソル様に対する嫌みだ。

 本人がいないところで嫌みを言っても意味はないがね。


 ただ、シーニュに対しての他意はない。

 全力で楽しんでもらいたいものである。


「では、行こう」


 頷きを受けて迎賓館の玄関へと向かう。

 残り数歩でドアノブに手が届くというところで、ノブが回った。


 向こう側から誰かが明けようとしている。

 気配で感じていたので驚きはない。


 ガチャリと音がしてドアが開いた。

 シュバッと躍り出てくる複数の影。

 あっと言う間に俺は幼女まみれになった。


「お帰りニャー」


 頭にしがみついたミーニャ。


「お帰りなの」


「お帰りー」


 左右の腕にぶら下がるルーシーとシェリー。


「「お帰りです」」


 両脚にしがみつくハッピーとチー。

 文字通り、頭の上から爪の先までといった感じだ。


『初っ端からこれか』


 さしもの神官ちゃんも呆気にとられるばかりである。


読んでくれてありがとう。

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