947 妙だと思ったら
暗い海の底の方から泡を纏って浮き上がってくるカニども。
ギガという名を冠するだけはあって尋常じゃない大きさである。
映像では、その迫力は伝わりづらいかもしれないが。
現にダイアンなどは映像と睨めっこ状態だ。
腕組みをして眉間に皺を寄せている。
「茶色?
いや、赤褐色か」
『何かと思えば……』
色を見極めていたようだ。
ビビりっぱなしの男性陣とは異なり冷静である。
彼女だけでなく女性陣はガチガチにはなっていない。
「あれがギガクイーンクラブだ」
「ドンドン大きくなっていますよ?」
その疑問はフェーダ姫である。
「下から浮いてきているからな」
「お、大きくないですか?」
顔を引きつらせて騎士のミリアムが聞いてきた。
大きさに引き気味の様子ではあるが顔色が悪いようには見えない。
男性陣ほどの恐怖を感じてはいないようだ。
「5体がまとまって向かって来るからだろ」
群れると大きく見えるの法則である。
数が少ないけど、元々が大きいからね。
「それだけとは思えませんが……」
イザベラが指摘してきた。
誤魔化しは通用しなかったようだ。
できればオッサンたちのビビりを悪化しないようにと思っての発言だったのだが。
『空気は読んでくれないのね』
俺だって何としてでもと思っている訳ではないけどさ。
「そりゃあワイバーンよりはデカいからなぁ」
「そんなのが5体も来るんですか!?」
些か慌てた様子で姉妹騎士の妹アデルが聞いてきた。
ようやく事の重大さを知ったかのような反応だ。
今更である
「船は大丈夫でしょうか?」
恐る恐る聞いてくる。
『さすがにビビったかね』
「問題ない」
「はあ……」
俺が太鼓判を押すと生返事が返された。
「本当に大丈夫なんですか?」
疑り深く聞いてくるアデルである。
討ち漏らして攻撃されることを懸念しているのだろうか。
万が一にも、そういう事態にはならない。
ギガクイーンクラブに相対しているのは子供組なのだ。
仕留め損なうなどありはしない。
「うちの精鋭はあの程度の相手にヘマなどせんよ」
「あ、いえっ……」
アタフタと慌てた様子を見せるアデル。
「決してそのようなことを言っているのでは……」
実際、そのあたりを疑っている訳ではないだろう。
漠然とした不安を感じているようではあるが。
「仮にこの船に奴らの攻撃が届いても傷ひとつ付かんから安心しろ」
念押しするように言ってみたが浮かない表情をしている。
『これ以上、何がある?』
こちらが迎撃しなければ襲ってくるのは間違いないが……
「言っとくが船は引っ繰り返ったりしないぞ」
それぐらいしか思いつかない。
が、それは迎撃せず無防備であったとしてもあり得ない話である。
こちらの方が明らかに大きいのだ。
それに船は空間魔法を用いて亜空間と繋いである。
力任せではビクともしない仕様なんだが、そこは説明できないのが辛いところだ。
「え?」
呆気にとられた表情になるアデル。
『マジか……』
どうやら転覆するかもしれないと危惧していたようだ。
船が傷つかなくても引っ繰り返れば中の人間は大変なことになりかねない。
そう考えていたらしい。
その辺の対策もしてあるけどね。
まあ、それを言うと『やっぱり引っ繰り返るのか』なんて考えかねないから言わんけど。
不安を抱えている人間にとって万が一なんてのは次の瞬間に起こる出来事だからな。
「あの程度の魔物に横倒しにされたりするほど安い作りはしてないんだよ」
そう言うと、アデルはようやく安堵した表情を見せた。
ほう、と大きく息をつく。
まるで一件落着したかのような空気を発散しているんだが……
『おいおい、まだ始まったばかりだっての』
この様子を見るだけでも子供組の心配はしていないことは明白である。
それだけ信頼しているのだろうが。
だったら、俺が作った船のことも信用してくれと言いたい。
「この程度でどうにかされるなら皆を乗せたりしないさ」
「アハハハハ……
申し訳ありません」
誤魔化すように照れ笑いするアデル。
妙に焦っているように見える。
『んー?』
違和感を感じた。
安堵したり焦ったりと世話しなさすぎるだろう。
『これはもしかして……』
「泳ぐのが苦手か?」
「ぴゃっ!?」
俺の質問に対する返事とは思えない奇妙な声を出しながらアデルが飛び上がった。
「はうはうっ」
焦った様子で手をワタワタさせる。
間違いないようだ。
「なるほどなぁ。
それは不安にもなるか。
転覆したら自分で泳がにゃならんし」
「あううううっ」
変な唸り声を出したかと思ったら涙目になった。
「だぁーっ!」
両手を前に突き出して静止のポーズをする。
突っ込んで来る相手は止められるだろうが……
そんなことで泣かせずに済むなら苦労はしない。
潤みかけた瞳が更にウルウルになっていく。
「分かった、分かったから泣くなっ」
女の子に泣かれるのが何よりも堪えるっての。
それに他所の女の子を泣かせたとか奥さんたちに知られたら──
『考えるのは予想……
じゃなくて止そう』
くだらない駄洒落が出てしまうくらい動揺してしまった。
つまり恐ろしいことになるということだ。
え? 具体的にはどうなるかって?
黙秘権を行使する(キリッ)。
というのは冗談で、奥さんによって対応が変わってくると思う。
無視されたりとかが一番シャレにならん。
特にノエルあたりにシカトされると深海より遥かに落ち込みそうである。
殴られる方が遥かにマシだ。
痛くないけど叱られてる感が凄くするので、やはり落ち込むんだけど。
そんな訳でアデルを泣かせないために全力投球。
その間に子供組が充分に引き付けたギガクイーンクラブを仕留めにかかっていた。
「メタルワイヤーwith絶縁の理力魔法ニャッ!」
ミーニャが極細ワイヤーを射出する。
下手な金属鎧より頑丈なギガクイーンクラブの殻をいとも簡単に貫くワイヤー。
が、その程度で絶命するほど柔な相手ではない。
カニの方もワイヤーを抜いたりはできないけどね。
それ以前に知能の低い魔物なので単純に暴れるだけなんだけど。
偶発的にハサミが引っ掛かろうと引きちぎったり切れたりはできない。
理力魔法でガードしているからな。
結果、どちらにとっても決定打にかける均衡状態が作り出される訳だ。
ならばミーニャの目的はカニを釣り上げることだろうか。
ワイヤーを巻き付けてしまえば、それも可能だろう。
が、絶縁なんて言っている時点でそうでないのは明白。
「ライトニングストライクにゃ~」
脱力しそうな声で魔法を使うミーニャさん。
ニッコリ笑って写真でも撮ろうかと呼びかけているように見えてしまった。
まあ、使った魔法は本来は雷を放って相手にくらわせる物騒なものだ。
今回の敵は水中にいるため、そのままでは相手に届かないけどね。
が、絶縁したワイヤーと組み合わせれば──
「電気ビリビリにゃー。
中身に届いてイチコロにゃー」
という訳である。
ギガクイーンクラブは奇妙なダンスを披露し……
やがて動きを止めた。
それを見ていたルーシーが──
「面白そうなの」
と言い出して真似をした。
ルーシーだけではない。
「お手軽だね」
シェリーもそんな理由でワイヤー&電気ショック攻撃をする。
「「濡れずに済むー」」
ハッピーやチーまで真似をする始末だ。
いや、別に何も悪いことはない。
お手軽で濡れないのだから合理的ですらある。
そんな訳で、あっと言う間にけりを付けた。
「大勝利なのー」
「デカけりゃいいってもんじゃないのニャー」
「まだ終わってないよー。
ちゃんと回収しないとぉ」
浮かれるルーシーとミーニャを注意するシェリーさん。
「了解ニャ」
「分かったの」
そうしてワイヤーをカニに巻き付け引き上げ体勢に入った。
相手はデカくて重いが、既に無抵抗。
子供組のパワーなら楽々と引き上げられる。
ワイヤーが絡まって苦労するなんてこともない。
俺がアデルを泣かせないために必死なのとは裏腹である。
子供組がギガクイーンクラブを回収するまでの時間でどうにか宥めることには成功した。
泣かせてないならギリセーフだろ。
ドッと疲れてしまったけどさ。
『やれやれ』
溜め息をつきたいところだったが……
男性陣が震え上がっている。
「陛下!」
ダイアンが駆け寄ると青い顔をしたクラウドがすがり付く。
まるでお化けを恐れる子供である。
他の面子も似たような有様だ。
「叔父様、大丈夫ですか?」
フェーダ姫に手を握ってもらうカーター。
声も出せず、ただただ震えている。
爺さん公爵とオルソ侯爵は肩を抱き合ってガタガタ震えていた。
ヴァンは背中を丸め俯いている。
少しでも耐えようと踏ん張っているようだ。
そして爺さん執事は姿勢良く座っていた。
が、意外でも何でもない。
失神していただけである。
『どういうことだ?』
読んでくれてありがとう。