95 ぼっち同士の決闘
改訂版です。
俺を身元引受人にするのは悪くないアイデアだと思う。
当人の意思を無視しているのでなければね。
もちろん俺だけでなくルーリアも含まれる。
「人の都合も聞かずに話を進めるなよ」
ジト目でゴードンを見るが平然としている。
面の皮が厚いとは、まさにこのこと。
ケニーはそこまでの余裕がないようで頬を引きつらせていた。
「で、2人はどうなんだ?」
「私は構わない」
ルーリアの返答は意外なものだった。
ソロだから誰かと深く関わりたくないのだと思っていたのだが。
「いいのか? そっちは目的があってこの街に来たのだろう」
主導権がこちらにあるから行動が著しく制限されると暗に匂わせてみた。
「構わない。目的も理由もなく流れ着いたからな」
即答だった。
「居場所がないから旅を続けているだけだ」
さっき天を仰ぎ見て落胆したのはそういうことか。
ここもルーリアにとっては居場所になり得なかった訳だ。
「何処に行っても居場所がなかったと?」
「生まれ故郷で何かが違うと感じ新天地を求めて旅に出たが……」
ルーリアは寂しそうに笑みを浮かべ小さく頭を振った。
「そのうち旅を続けることが目的になってしまった」
結局、ルーリアが欲しているものは場所ではなかったということだ。
「だから何処に行こうと構わない、か」
ルーリアが静かに頷く。
それを受けて彼女は俺と同類だと気付かされた。
他人との接し方が分からなかった故か過去がそうさせるからなのかまでは分からないが。
つながりを求めていながら当たり障りなく接することしかできない。
なまじソロで活動できる強さと孤独への耐性があったことがルーリアの不幸だった。
おそらく物心が付く前から疑問を持たずに修行に明け暮れてきたのだろう。
それで強さを手に入れた反面、他人との距離感を上手くつかめなくなってしまったと考えられる。
結果として周囲には孤高の人と思われていたのではないだろうか。
ぼっちになるしかなかった訳だ。
ゴードンはそういうことまで見抜いている気がする。
その上で俺に押しつけようという判断をしたのだとしたら老獪な一面を持っているな。
チラリとそちらを見ると態とらしくそっぽを向かれた。
俺の読みを予想し、その上で提案を断らないと踏んでいるはず。
ギルド長を任されるだけあって老獪というか嫌らしいジジイだ。
エロジジイという意味ではないがムカつく。
こちらの事情などお構いなしなのが特に腹立たしい。
俺がルーリアの身元引受人になるということはミズホ国に連れ帰らなきゃならなくなる。
つまり国民として迎えることが前提の話になってしまう訳だ。
事情を明かす訳にもいかない状況で本人の了承を得るなど逆立ちしたって不可能だ。
ダメならガンフォールに相談してどうにかしてもらおう。
「乗りかかった船だ。身元の保証はしよう」
「助かる」
「ただし、本人の承諾が必要だ」
俺の言葉にゴードンが待ってましたと乗ってくる。
調子のいいジジイだ、まったく。
「もっともだな」
目線でルーリアにどうするのかと、問いかけていた。
「牢屋から出るには了承するしかないのだろう?」
ケニーの方を見ながら問うルーリア。
「すまないことだがね」
「ひとつ条件がある」
「条件とは?」
「賢者殿と差しで勝負がしたい」
「良かろう」
返事をしたのはケニーではなくゴードンだった。
勝手なことを言ってくれるクソジジイだ。
これ以上は目立ちたくないっていうのに。
警告がわりに睨みをきかせておく。
これでも調子に乗るなら路地裏にでも連れて行ってOHANASIするしかないかもな。
「賢者殿もそれでいいか?」
黙り込んだゴードンにかわってケニーが問うてきた。
「しょうがないかな」
どうしてこうなった、とは思うが仕方あるまい。
あんな条件を出してくるからには手抜きをすれば怒るだろう。
納得するまで付き合うしかなさそうである。
「おいおい、ここでまさかの決闘か?」
「冗談だろう」
「だよな。あのヒョロッとした兄ちゃんじゃ瞬殺されるぞ」
「大丈夫なのか? なんか賢者とか呼ばれてるけどよぉ」
「尚更、話にならねえって」
「せめて戦士系ならなぁ」
野次馬の諸君、心配してくれてありがとう。
心配無用であると言いたいところだけど問題がない訳じゃない。
勝負の決着をどうつけるかで後々の影響が変わってきそうで実にやりにくいのだ。
とりあえずゴードンには勝手なことした罰として審判をやってもらおうか。
どさくさに紛れて一発殴るとかはしない。
が、間近にいる以上は冷やっとする場面があってもおかしくはないだろう。
勝負は刀身に革を巻き付けた木剣を用いて行うことになった。
さっき使われていたのは実際の剣に近い重さのもので主に素振りで使うものらしい。
訓練用の武器を各種用意しているのは感心させられる。
「ん?」
ルーリアは2本の小剣を使うのかと思ったが長剣型の木剣を手にしていた。
「それでいいのか?」
「武器は別に何でも構わない」
そう言うだけあって軽く素振りをする姿は様になっている。
「じゃあ、俺も同じものを使うとするか」
手に取って革の部分に触れてみるとフカフカしている。
中に詰め物をしているようだ。
これなら不幸な事故もそうは発生しないだろう。
試しに振ってみると重心バランスを工夫してあるようで思ったほど違和感がない。
「そっちはどうだ」
「問題ない」
俺の呼びかけにルーリアが即答した。
木剣を握った時から戦う準備はとっくにできていたと言いたげに見える。
俺も問題ない。
「では、これよりヒガとシンサーとの模擬試合を行う」
ゴードンのよく通る大きな声で宣言された。
「どっちがヒガだ?」
「さあ?」
「そんなもん勝敗が決まったら分かるだろうが」
「それじゃあ応援できんだろうが」
「そんなもん賢者と姉ちゃんでいいじゃねえか」
「で、どっちに賭ける?」
「そりゃあ金髪の姉ちゃんだろう」
「大穴で賢者の兄ちゃんだな」
おいおい、賭けが始まったぞ。
衛兵のいる場所で堂々と賭博とかスゲえと思ったがスルーされている。
どうやら、この程度の賭け事は禁止されている訳ではないらしい。
後で知ったことだが、賭ける金額や賭博行為の連続性によって変わってくるらしい。
カジノなんかは国が許可を出さないとアウトだし規制や衛兵の監視が厳しいようだ。
逆にこういう現場で自然発生するものは黙認されるみたいだな。
適度なガス抜きってことなんだろう。
禁止されているんじゃなければ、とやかく言う筋合いはない。
あー、衛兵とかうちの面々まで参加してるよ。
「用意はいいか」
ゴードンの呼びかけにルーリアが頷く。
「いつでもいいぞ」
俺の返事に頷きを返したゴードンが右手を高く上げ──
「はじめっ!」
開始の掛け声と同時に振り下ろした。
中段に構えるルーリアに対して棒立ちの俺。
周囲がざわついている。
「おい、始まってんだぞ!」
「うわー、俺そっちに賭けちまったー」
「御愁傷様」
あちこちで悲鳴が上がる。
思ったより俺に賭けた野次馬が多かったようだ。
まあ、大穴狙いとかなんだろうけど。
いずれにしても嫌われていないようで何より。
それだけで変なトラブルに巻き込まれる確率は減るからな。
ならば礼がわりに賭けてくれた面々には儲けてもらうとしよう。
まずは様子見だ。
ルーリアが近づいてくる気配がないのでね。
向こうが動こうとするタイミングで対応するように動いているせいではあるが。
あからさまな動作ではなく周囲に気付かれないような微妙なものだ。
それだけならルーリアも止まったりはしなかったろう。
が、動きに合わせて威圧を瞬間的に乗せている。
向こうからすれば幻の打ち込みがされているように感じるはずだ。
現にルーリアの表情が徐々に険しいものになってきている。
既に何十と見えない打ち込みを放っているからな。
「どうして動かないんだ?」
「知るかよ」
「もしかして賢者がスゲー達人とか?」
「んな訳ねえだろ。棒立ちなんだぞ」
「それにしちゃあ雰囲気あるけどなぁ」
俺が見えない攻撃をしていることに気付いている者は少ない。
野次馬の中にはほぼいないと言えそうだ。
一方でうちの面々やハマーは気付いている。
間近で見ている審判のゴードンも分かっているな。
ボルトとケニーは確信が持てないものの気付いているっぽい。
では、俺の方から動き出せばどういう反応をするかな?
試しに無造作に一歩踏み出してみた。
ルーリアが反応して半身になる。
同時に剣も切っ先を下げながら後ろへ流していく。
一見すると防御を捨てて己の身をさらしたように見えるがそうではない。
熟練度MAXの【剣術】スキルが間違いないと太鼓判を押している。
こちらの攻撃を逆袈裟切りで切り払うつもりだ。
不用意に斬りかかれば初手で小手を潰されるだろう。
運良く逃れたとしても斬撃は空振りに終わるので体勢が崩れる。
向こうは織り込み済みなので返す刀で、という訳だ。
とはいえ簡単にできることではない。
タイミングが少しでもズレれば己が大ダメージという諸刃の剣なのだ。
しかも俺が狙いに気付いていることも承知しているはず。
それを証明するようにピリピリとした緊張感が伝わってくる。
だが、焦りのようなものは一切なく場数を踏んでいることがうかがえた。
さて、どうしたものか。
読んでくれてありがとう。




