936 リクエストとリミッター
爺さん執事がミニチュア列車を楽しんでいるなら俺が留まる理由はない。
むしろ逆だろう。
「邪魔をしたな」
「いえいえ、そのようなことは決してございません」
慌てた様子もなく落ち着いて返事をする爺さん執事。
そんな風に言われると返す言葉が難しいのだが。
「まあ、なんだ……
存分に楽しんでくれ」
このミニチュア列車はフリー乗車券で乗るタイプである。
切符を購入すれば当日中は乗り降りし放題。
それだけではなく列車も好きなだけ乗り換えられる。
ミニチュアの景色を隅から隅まで楽しむだけで終わらないようにしたつもりだ。
「ありがとうございます」
またしてもシュールなお辞儀の礼を受けた。
内心で苦笑するばかりである。
「じゃあ、また後でな」
そう言い残して軽く跳躍。
「はい」
ふわりと跳んでいる間に爺さんとすれ違う。
推奨できない途中下車の方法だ。
良い子は真似をしてはいけないとか言われそうである。
誰に言われるのかは分からないが……
本来は駅で乗り降りすべきだからな。
どの列車も駅に来れば停車するようになっているんだし。
『各駅停車の超特急なんて、ここでしか見られないだろうな』
まあ、速度は超低速なんだがね。
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続いてやって来たのはアニマルカーのコーナー。
俺が爺さんと話をしている間にカーターたちも同じジャンルの方へ来たようだ。
アニマルカーとはデフォルメされた動物の乗り物である。
小さめの遊園地ではお馴染みの代物だ。
有名どころはライオンと虎と熊だろうか。
一番の有名どころはパンダだと思う。
異論は認める。
実は詳しいことは知らないのだ。
乗ったことがないのでね。
それどころか幼い頃には現物を生で見た覚えがない。
昔はデパートの屋上なんかにもあったというが。
それでも古い記憶の中に存在しているのはテレビなどで見る機会があったからだ。
もうすぐ閉園を迎える遊園地のニュースなんかはインパクトがあった。
寂れた感じがとても物悲しく感じてね。
それを象徴するかのようにアニマルカーが取り上げられていたのだ。
「寂しいですね」
従業員にマイクを向けるレポーターの女性は寂しい顔などしていないのだが。
「ええ、子供の頃によく遊びに来ていたんです」
従業員は涙を必死に堪えながら答えていた。
「そうだったんですかー」
無神経にも大袈裟に驚くレポーターにイラッとしたのを覚えている。
「長い歴史を刻んできた、この遊園地もあと1週間で幕を閉じようとしています」
このコメントにも怒りを覚えたさ。
無神経のコンボ技だもんな。
泣きそうになっている従業員の前でするようなコメントかと思ったもんな。
この時は殺意すら感じたぜ。
報道の世界から消えろとは思ったさ。
生憎としぶとく生き残り続けたけどな。
ちなみに、このレポーターは何年後かに自身の不倫問題で業界から追放処分されている。
そのせいでニュースの記憶が掘り起こされたんだけどね。
で、件の乗り物の記憶が残っている間にクイズ番組で取り上げられたのには驚いたさ。
とあるマニアがコレクションしている珍品が何かという問題だった。
その時の出題者がやたら明るくアニマルカーのことを取り上げていた。
ニュースの時とは逆の印象でコミカルに見えたのが不思議だった。
手入れが行き届いていて実際に何台も同時に動いていたからというのもあると思う。
その時に初めて乗り物の名前がアニマルカーだと知ったのだが。
さすがに乗りたいと思うような年齢ではなくなっていたものの妙に記憶に残った訳だ。
その後も動画などで見たりすることがあった。
デザインの微妙なのや珍しいキリンのものなどもあって意外に奥が深い。
今回はそれに合わせて色々なアニマルカーを用意してみた。
プレオープンでは機能が制限されているのでゲストにも手軽に扱えるようになっている。
『本来は幼児向けの遊具だからな』
徐行以下のスピードでしか動かないものだし。
それをリミッターを解除すれば馬よりも速く走らせることができるようにした。
操縦に慣れれば乗馬のように障害物を越えるジャンプまで可能だ。
上級者だと2足歩行というか走行もさせられる。
その状態だと熟練すればスピンターンなんかもできたり。
え? もはやアニマルカーじゃない?
俺もそうは思うんだがトモさんのリクエストだからな。
某アニメ作品に登場する2足歩行兵器のような走行感を味わいたいって。
友達の要望には応えたいじゃないか。
「ハルさんもアームズトレーラーの走行感を味わってみたいと思わないかい?」
そんなことを言われて心が動いたというのもある。
「えー、アームズトレーラーって速攻騎兵ボトルズの人型兵器だろ?」
タフすぎる上に寡黙な主人公が戦場で生き残っていくという異色のアニメ作品である。
喋らない主人公って何それと思うかもしれないが作品にマッチしていて渋いのだ。
割と古いアニメだが幾つもの続編や外伝が作られている。
息は長いと言えるだろう。
そして外伝には復讐ものが多い。
本当に異色の作品だ。
「そうそう」
トモさんが上機嫌で返事をした。
『本当に好きだよな』
全高が数メートルの重厚感のある人型兵器で白兵戦をするのがたまらないんだと。
ただ、外伝の中にはアームズトレーラーには乗らず生身で戦うものもあるがね。
「いくら何でもサイズが違うだろう」
「でも、あの体型が似てるんだよなぁ」
「うーん……」
肯定も否定もしづらいところだ。
体型は確かに近いものがあると思う。
とはいえ無骨さと可愛さで相反するものもあるのだが。
『まあ、グランダムでも熊谷さんとか出たからなぁ』
「やってみようか?」
「本当かい?」
そんな風に期待に満ちた目で見られると、もう断れない。
お陰で変形させたりバランスを取ったりするのに苦労させられたさ。
何と言ってもアニマルカーは4足歩行の乗り物だからね。
アームズトレーラーとはサイズが違うし。
いくら何でも乗り込むのは無理である。
そこは割り切って操作性だけ味わえる感じにはしたけど。
傍目には違和感しかないだろう。
ゆるキャラに負ぶさるような乗り方になってしまったし。
その上、胴体に腕を突っ込む感じにせざるを得なかった。
そこまでするくらいなら別のものを用意すれば良かったと思ったほどだ。
完成してからだけどね。
ただ、実際に走らせてみたら、これが楽しいんだ。
不安定だからこそ操る楽しさがあるんだよね。
あえてオートバランサーは組み込んでいない。
慣れるまでは立たせるだけでも苦労すると思う。
それだけに達成感がある。
思わずドヤ顔をしたくなるほどに。
物凄く似合わないけどね。
可愛い顔した縫いぐるみ風のデフォルメアニマルキャラに負ぶさるから。
しかも2足で地面を滑るように走るんだぜ。
キュイーンとか甲高い音を発しながら時には足元で火花を散らしたりもする。
まあ、音も火花も単なる演出なんだけど。
誘いに乗って作ったら、とことんまで味わいたくなったんだよ。
少しだけだがやり過ぎたとは思う。
しかしながら反省も後悔もしない。
やるからには徹底的にやらんと面白くないもんな。
とはいえ、今日のゲストにそれは刺激が強すぎる。
安全性も確保できないし。
故に大幅なリミッターをかけて小さな子たちでも無理なく楽しめるようにしている。
大人が乗ると傍目にはシュールな絵面になるんだけど。
「叔父様ーっ」
妙に可愛いライオンに跨がったフェーダ姫が手を振りながら旋回している。
片手で乗っても大丈夫なスピードに制限してあるのだが……
「あー、危ないよ」
パンダに乗ったカーターが注意している。
にやけながら言っても説得力はない。
更には──
「ちゃんと前を見なさい」
なんて言っているが、それはお互い様だ。
フェーダ姫の横を通り過ぎたために振り返る格好になったからね。
『ハンドルを握ったままで急に振り返るなよ』
心の中で警告する。
声に出さなかったのは意地悪ではない。
「おおっ、曲がってる曲がってる!」
こんな具合にカーターが泡を食うのが予見できたからだ。
慣れていないが故に意図しない動きに焦るのは簡単に予測できた。
「どういうことだーっ!?」
カーターは完全に混乱していた。
低速でも一度パニクると冷静に対処できないのは仕方ないだろう。
慌てた様子でハンドルを戻す。
『おいおい、急ハンドルは良くないぞ』
事故にはならないように作っているとはいえ危ないことにかわりはない。
「あららっ、今度は左だっ」
「何してるんですかー、叔父様ったら」
苦笑しながらフェーダ姫が見ている。
あの様子だとカーターの慌てぶりを把握できてないな。
「そんなこと言ったってだねーっとっとっと」
またも慌てて急ハンドル。
「おおっ、右っ右っ右じゃないんだぁっ」
こんな調子で右に左にグイングインと激しく動いていた。
文字通りの右往左往である。
『まるで泥酔した人間が歩いているみたいだな』
単なる蛇行運転なんだが、何故かそう思った。
そしてアニマルカーのコーナーを区切る柵が迫る。
「うわわっ、止まってくれぇー!」
『止まってくれじゃないだろう』
アクセルのボタンから足を離せば止まるのだ。
制動距離はゼロである。
そのくらいのスピードしか出ていない。
あるいはハンドル操作で回避できるはず。
それでもパニック状態のカーターには無理であった。
おまけに体がガチガチに強張ってしまっている。
あれではまともな操作などできるはずもない。
「叔父様ーっ!」
慌てて追ってくるフェーダ姫。
ようやく状況を把握したようだ。
だが、間に合うはずはない。
同じ速度だからな。
読んでくれてありがとう。




