933 オッサンたち集う
次の報告を受けてみた。
『ストームの奇行が1位なら次は誰の何だ?』
[該当する事件情報なし]
「は?」
ちょっと訳が分からないんですけど。
いや、報告の意味は分かるんだ。
ワースト2位が存在しないということ。
ただ、それだけだ。
『だぁかーらぁっ、そっちの方が異常事態だろぉっ!!』
思いっ切り叫びたくなった。
我慢したけど。
1人で絶叫なんてしてたら変な人になっちゃうよ。
ベンチの前で正座してニマニマしていた王太子のことを変だとか言えなくなるって。
「まずは少し落ち着こう」
すーはーと深呼吸をする。
「よしっ」
とりあえず衝動的に叫びたい感じは失せた。
まだ混乱している気もするが、それは仕方あるまい。
状況を整理するとしよう。
報告が異常だった。
それは間違いない。
では、なぜ異常だったのかを考え原因を突き止めよう。
今回の報告を受けるにあたって自動人形たちに新たな条件を与えた。
故にストームの奇行が事件情報として報告されたのだ。
現代日本であの状況だったら職務質問ものだぞ。
されずに済むとしたら警察官に目撃されなかったか通報されなかったか。
『アイツの場合は影が薄すぎてあり得そうだな』
俺や自動人形だから把握できただけだ。
おそらく今回のゲストたちに目撃されることはないだろう。
奇行で目立つはずなのに目立たないとは、これ如何に。
『いやいやいや、そうじゃないんだよ。
いま注目すべきは影の薄いあの男ではないんだ』
それは解決したんだ。
したのか?
していない気もするが……
確かに奇行は続いている。
続いているが、問題行動に発展するとは思えないのも事実。
誰かに目撃されてドン引きされたとしても自己責任だ。
彼なら、そういうことにはならないだろうからスルーした。
『大丈夫なはず……』
意外と父親には影の薄さは通じないとか弱点があったりして。
だとすると、アレを見られることになる訳で。
『ま、まあ、親子だからノープロブレムだよな?』
それにクラウドのオッサンが公園のあたりに近づくとは思えない。
隠れ潜むような場所がないからな。
追われている身なら、まず逃げ込まない場所だろう。
そう、クラウドは逃走中である。
ダニエルが本性丸出しで追跡しているのだ。
『逃げ回っていれば事件として扱われるはずなんだ』
そういう風に条件設定し直したからな。
だからこそ驚愕の度合いが大きかったのだ。
条件に該当しないなどあり得ないと思ったが故に。
『現実は受け入れよう』
何かしら条件を潜り抜ける状況になっているのだ。
すでに逃走劇が終焉を迎えたと考えるのが妥当なところか。
『ダニエルの執念が実って逮捕とか』
ありそうだ。
が、このケースは報告されるはずである。
逃走の恐れありということで事件情報として報告されるだろう。
クラウドが諦めるなら話は別だが。
『それは無いな』
天地がひっくり返ってもない。
あの食い意地王が屋台ゾーンの料理の数々を前にして闘志を燃やさないはずがないのだ。
ならば逃走し続けていると考えるべきだろう。
しかしながら、それも矛盾がある。
逃走中という事件情報が上がってこないのがおかしい。
隠れ潜んで一時的に鎮静化している状況でも潜伏中として報告されるのだ。
『どうなってる?』
訳が分からない。
乗り物ゾーンで遊んでいるとか?
あるいはお土産を購入中とか?
そういうのを心から楽しんでいるとすれば条件を回避できるかもしれない。
実に考えにくいことだが。
『あのオッサンが食い意地より優先するものがある?』
とすれば奥さんだろうか。
土産物でどうこうと、こだわりを見せていたし。
無いと断定はできない訳だ。
念のためにオッサンの現在位置を報告させた。
買い物ゾーンではない。
『どうなってる?』
現在地は屋台ゾーンだ。
推測が完全否定された格好になる。
「移動は……」
【地図】スキルでリアルタイムの状況をマップ表示させてみる。
クラウドの光点に動きはない。
「していないな」
『隠れているのか?』
それにしては光点の位置がおかしい。
マップで示される位置はオープンテラスとして席が並んでいる場所だった。
上手くテーブルや椅子の影に隠れれば遠目には発見されないかもしれない。
が、接近されれば違和感を感じるのは明白。
それで注視されれば一巻の終わりだ。
せせこましい場所なので逃げるには適していない。
普通に考えれば潜伏先としてあり得ない場所だ。
『盲点を突いて逃げ込んだか?』
だとしても賢い選択とは言い難い。
あまりの猛追ぶりに一時避難したとも考えられるが。
この場合も、よほどタイミング良く逃げないと捕まるだろう。
『とうとう追い詰められたのか?』
そんな風に考えるが、やはりおかしい。
逃走中もしくは潜伏中として事件情報があげられないはずがないからだ。
逮捕されてもいない。
『ダニエルが諦めたとしたら?』
執念を燃やしていたから、それは無いだろう。
『怪我をして一時休戦とか?』
それも無い。
そんなことになったら真っ先に自動人形から報告があるはずだ。
本当に訳が分からない。
とりあえずダニエルの爺さんが何処にいるかを確認した方が良さそうだ。
場合によっては合流して……
「ぬわにぃーっ!?」
岩塚群青さんの物真似ではない。
思わず大声になった結果だ。
意外や意外、クラウドとダニエルの光点がほぼ同じ位置にある。
マップを拡大表示させて確認してみた。
どうやら同席しているらしい。
「どうなってんだ!?」
マジで一時休戦しているのだろうか。
何か特殊な事情もなく、自然な流れでそうなったとは思えないのだが。
「しょうがないなぁ」
俺はひとつ溜め息をついた。
そしてマップの表示範囲を縮小し視野外領域の片隅に追いやる。
動きがあっても確認できるようにしておけば対応できるだろう。
「行ってみるか」
この場で悶々と考え込むより、よほどマシである。
思えば、事件情報なしの段階で移動すべきだったのだ。
それをあれこれ考える振りをして忌避していた。
対応するのが面倒だと感じていたからなのは言うまでもないだろう。
より面倒なことになっていそうで、更に嫌気が差すのだが。
問題が発生しているなら放置するわけにはいかない。
「ホストらしい仕事をしないとな」
何が嬉しくてオッサンとジジイの仲裁をしなきゃならんのかとは思うがね。
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オープンテラスの席が見え始めた。
オッサン軍団が集まっている。
『どういう状況だ?』
クラウドとダニエルだけでなく、爺さん公爵とオルソ侯爵がいる。
爺さん執事は、この場にはいない。
ヴァンと同様に休暇として別行動を言い渡されたようだ。
で、この4人が同席している訳なんだが。
「こちらの丸いのも旨いですぞ」
爺さん公爵がクラウドたちに、たこ焼きの船皿を差し出した。
「ほう、どれどれ?」
爪楊枝でたこ焼きをすくい上げるように取ったのはダニエルだ。
こういう時に真っ先に手が出そうなクラウドはシュークリームに夢中である。
ただ、視線はたこ焼きにロックオンしていたが。
「熱いから気を付けられよ」
爺さん公爵が、たこ焼きを口へと運ぶダニエルに注意を促すが……
「おお、これは御丁寧にっ、熱っ」
結局はダメージを受けたようだ。
それでもハフハフしながら、どうにか食べている。
「これは熱々ですが旨いですな」
たまらずといった様子でクラウドがたこ焼きに手を伸ばす。
シュークリームはまだ咀嚼中である。
その状況でお構いなしに、たこ焼きを口に放り込んだ。
瞬時に両目が見開かれる。
熱かったのだろう。
首から上を奇妙にくねらせ始めた。
そして数十秒が経過した。
どうにか咀嚼して飲み込みが完了。
「うん、旨いっ」
大満足という表情でクラウドが頷いている。
『旨いんかいっ!?』
口腔内でシュークリームとブレンドされていたはずなのに。
それとも右と左で分割して味わっていたとでも言うのか?
仮にそんな真似ができても別々に味わうなんて器用な真似は俺にはできそうにない。
それ以前にしたくはないがね。
何はともあれ、屋台料理を味わいながら談笑しているようだ。
和やかなムードが漂っている。
追いかけっこをしていたときのような殺伐とした雰囲気がない。
俺的には「どうしてこうなった?」と言いたいところだ。
だが、事件情報がなしであることには納得がいった。
『4人でシェアリングか』
種類を増やしつつ量を減らすとは上手いことを考えたものだ。
これならクラウドも度を超した食べ過ぎの状態にはならないだろう。
全部食べられないことに対してどう思っているかは不明だが無茶はしていない。
種類を多く食べられることが満足度を高めているのは確かなようだ。
『問題がないなら、それでいいか』
読んでくれてありがとう。




