932 影が薄いが故に目立つこともある
サドンデスに突入したロングフリースローのゲームは呆気ない幕切れを迎えた。
俺の提案した背面投げのオリジナルルールによってと言っても過言ではなかろう。
『コツを掴むまで入らないと思ったんだがな』
いや、よくよく考えれば振り子スローを使っていたヴァンに有利だったかもしれない。
フォームを崩さずに済んだからな。
変更したのはリリースポイントだけ。
アデルには酷な提案をしてしまったかもしれない。
本人が了承したとは言えどもね。
もう少し注意を払うべきだっただろう。
だが、既に済んでしまったことだ。
ここで俺が物言いをつけてもヴァンではなくアデルが納得しないだろう。
そんな気がする。
なんにせよゲームは終了し勝敗は決したのだ。
故に──
「これにて決着。
3勝1敗でヴァンの勝利」
表情を変えることなく淡々と告げた。
【千両役者】のアシストを受けるまでもない。
そして負けが確定すると、アデルはヴァンに頭を下げた。
「誠に申し訳なく」
やけに素直だ。
最初の言い掛かりをつけていた時とは大違いである。
仕事モードだからかもしれないが。
「いや、気にしていない」
ヴァンは大人の対応である。
何にせよ決着がついて何より。
これで俺もようやく解放される訳だ。
「妹が申し訳ありません」
「いえ」
「本当にすみません」
何故だかアデルよりモリーの方が謝りまくっていた。
「大丈夫ですから」
ヴァンはペコペコしっぱなしのモリーに苦笑するしかない様子である。
「元はといえば、この愚妹が──」
云々かんぬん。
いきなり始まった謝罪という名の独演会。
「えーっと……」
ヴァンは口が挟めず引き気味である。
『それじゃあ言い掛かりと同じだぞ』
そのツッコミは内心でストップだ。
こちらに飛び火して足止めなんかされたくないからな。
アデルとヴァンの勝負は決着がついたのだ。
となれば巻き込まれる前に退散するのみ。
え? ここからトラブルになったらどうするつもりかって?
そこは遠巻きに潜んで様子を覗っている面々に任せるさ。
勝負の間中ずっと見てたのは気付いていた。
本人たちは上手く気配を殺して隠れていたつもりらしいけど。
不意に背後を振り返って意味ありげに視線を送っておく。
「「「「───っ!」」」」
慌てて物陰に引っ込む4人組。
ダイアンを筆頭にした護衛騎士たちだ。
『女男爵とか女準男爵が覗きって外聞が悪くないか?』
さっさと出てくれば良かったのに。
まあ、タイミングが悪かったのは分かる。
俺が来た時にはミリアムやイザベラがダイアンたちを呼びに行った後だったようだし。
いざ、呼んできたら勝負が始まっていた。
どういうことか状況を把握できずに隠れて様子を見始めたのが真相らしい。
間に俺が入っているので口出ししづらかったのもあるだろう。
本当に何かがあったときには飛び出すつもりでスタンバイしていたっぽいが。
『アデルは後で大目玉だな』
そこまで俺は関知しないがな。
面倒くさいのは御免被る。
この後のことについてまで口を挟む気はない。
3人で行動しようが別行動になろうが自由だ。
まずはダイアンたちが合流するだろうけど。
「じゃあ、俺は行くぞ」
モリーの話など無視して、俺はその場を去った。
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買い物ゾーンに来た。
特に目的があった訳ではない。
騎士たちから距離を取ろうとしたら、ここに来ていただけのことだ。
「さて、他はどうなってるんだ?」
自動人形たちからの報告はない。
大きなトラブルが発生していない証拠なのだが。
『条件を緩くし過ぎたか?』
クラウドのオッサンとダニエルの爺さんの追いかけっこを除外したからな。
少々の口論くらいでは報告されないはずだ。
『とりあえず問題行動を順位付けしてワースト上位から見ていくか』
そうそう問題を起こされても困るがね。
それでもヤバそうなのから片付けていかないと悪化しかねないし。
とにかく自動人形たちに評価付けした上で報告させることにした。
俺の予想でワースト1位は王族の追いかけっこである。
未だに続いていて両者共にヘロヘロになっていたらドン引きだ。
普通にありそうだけど……
全力ダッシュで持久走とか苦行もいいところだろうに。
下手をすれば帰ってからの職務に影響しかねない。
まあ、疲労回復ポーションで解決できる問題だけどさ。
何にせよフォローが必要な状態になっていそうな気がするのだ。
後はバンジージャンプで誰かが失神したとか。
絶叫系の乗り物で他人には言えないようなお漏らしをしたとか。
フォローができるものだと、そんなところではないかと思う。
他にもあるかもだけど。
それについては報告を受けてから判断すればいい。
場合によってはフォローできない系が発生していそうなのが頭の痛いところだ。
追加の両替は受け付けていないのにカラーコインの使いすぎたとかね。
そういうので困っているとか言われても知ったことではない。
『一番、可能性がありそうなのがクラウドのオッサンなんだよなぁ』
もちろん屋台ゾーンで赤と緑のコインがスッカラカンというパターンだ。
それだけなら大人しい方だろう。
場合によっては手持ちの黄色コインを誰かとトレードしかねない。
最有力候補は息子のストームだろう。
親子なのに嗜好が一致しないからな。
親父は旨い食べ物に目がないし。
息子はグッズ系に瞳を輝かせていた。
『魔物をフィギュア化したら嬉々としてコレクションしそうだ』
ふと、そう思った。
それはそれで悪くないかも。
王太子のことではない。
フィギュアだ。
コレクション性のあるものだと貴族や大商人には売れるだろうか。
工夫しないと難しいかもしれない。
愛着が持てるよう自分で着色できるようにするとか。
そうなってくるとプラモデルとして売り出すことも考えるといいかもしれない。
それとも何か適当なゲームの駒としてセット販売するとか。
どれも国内だけなら売れそうな気はする。
輸出に関してはストームにしか売れないかもしれない。
『後でガンフォールたちに相談してみるか』
作ることについては食いついてきそうだ。
細かい作業とか好きだし。
国内販売も反対しないだろう。
輸出については慎重になるとは思うがね。
そんな風にあれこれ考えていると、自動人形たちからの報告が上がってきた。
「ん?」
思わず目が点になった。
「ワースト1位がストームだって!?」
自動人形たちが注意を払うべきとして監視体制を強化していると報告してきた。
『何をやらかしたんだ、アイツ?』
さっそく自動人形からの映像を受信する。
「うわっ」
四方八方の映像が一気に送られてきた。
上から俯瞰するような映像もいくつかある。
「完全包囲じゃないかよ」
どんだけヤバいことをしてるんだか。
「頭が痛くなりそうだ」
ぼやきながら場所を確認する。
休憩スペースにしようと思って設置した公園の片隅だ。
「で、何をしてるんだ?」
ベンチの前に正座して座っている。
「は? なんでベンチに座らないんだ?」
別の角度から見てみる。
ベンチの後ろ側からの映像だ。
背もたれの向こうにストームの顔が見えた。
「うわぁ……」
満面の笑み。
いや、にやけ面と言った方がいいだろう。
『ベンチに向かって正座してニヤニヤするって何なんだ?』
紛うことなき奇行である。
ハッキリ言って不気味だ。
「そりゃ監視体制も強化するか」
何をしでかすか読めないぞ、アレ。
既にやらかしているからこその表情なのかもしれないが。
『で、何やってんだよ』
何もせずに、あの状態なら怖すぎだ。
再び映像を切り替える。
今度は音声も拾ってみた。
「フッフッフ~、収穫収穫ぅ~」
上機嫌であることがよく分かる弾んだ声だった。
何が収穫なのか。
その正体はベンチの座面に広げられていた。
扇子や団扇、それと小物などの数々である。
『ベンチをテーブル代わりにしてるのか』
それならテーブルのある所へ行けばいいのだ。
屋台ゾーンならいくらでもある。
「ここは落ち着くなー。
誰も来ないから騒々しくなくていいし」
『……………』
それだと屋台ゾーンはお勧めできそうにないな。
クラウドとダニエルが走り回ったりしているはずだし。
さすがに誰かを巻き込んだりはしないと思うが、落ち着けないのは間違いあるまい。
「これが母上でー」
パチリと広げていた扇子を閉じて横によける。
「婆やはこれかな」
少し大きめのビー玉を小さな巾着袋に入れてよけた。
「メイドたちにはこれっと」
匂い袋各種を同様によけていく。
『人騒がせな……
お土産を吟味していただけかよ』
まあ、優しい気遣いのできるいい奴だというのは分かったさ。
「おおっと、フェーダ姫へのプレゼントもあったな」
そう言いながら横によけたのは自分の母親への土産とは絵柄の異なる扇子だった。
『意外とまめだな』
存在感が希薄なのに。
「そぉ・しぃ・てぇ~」
言いながら体をくねらせるストーム。
更に笑みを深めていた。
視線の先には残った小物の数々。
お土産やプレゼントより多いのは御愛嬌といったところか。
凄く楽しそうだ。
『はい、解散』
あの様子なら特に害はないだろう。
おそらく集合時間まであのままじゃなかろうか。
満足しているなら、とやかく言うつもりはないさ。
読んでくれてありがとう。




