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930 シーソーゲーム?

「後攻のターンです。

 交代してください」


 筐体の声に促されたアデルが振り返って無言で戻ってくる。


『マジか……

 どういう心境の変化だ?』


 今までのようにギャアギャアと喚くことがないのが不気味ですらある。

 表情は真剣そのもので何かを考え込んでいるようだ。


 崖っぷちで集中力が高まっていると考えるのが妥当だろうか。

 分からない。


 が、聞いても返事があるかどうかは怪しいところだ。

 それよりもヴァンがどういう選択をするかが見物である。


「1回目の距離を選択してください」


 アデルと入れ替わりにヴァンが前に進み出た。

 ヴァンのフリースロー1回目である。


 距離の選択はアデルと同じ位置。

 ただし、ルーチンワークは俺の真似ではなかった。


『既に自分の中で消化しているのか?』


 姿勢を落とした状態で、しきりにダムダムダムとドリブルを繰り返す。

 ボールの感触を確かめるためではないだろう。

 もし、そうであるなら違和感の修正に手こずっていることになる。


 表情からはそういった雰囲気は読み取れない。

 むしろリングに意識が集中するあまり周囲が見えていない感じだ。


 単にリングとの距離を測っている訳でもないだろう。

 そこに己のシュートイメージを重ねているはずだ。

 成功へ持っていくために修正に次ぐ修正をしていると見た。


 より完璧に近づけたいという思いは伝わってくる。

 これまでのゲームと違って、それと分かるほど意欲を見せていたからな。


 勝ち負けではなくシュートを決めたい。

 ただそれだけを願う。

 大事なことだ。


『雑念は失敗を呼び込む元だからな』


 そういう意味でも考えすぎだと言える。

 いくらイメージを自分のものに変換すべきといえども限度があるのだ。


 ダムダムダムダムダムと更にドリブルの音が周囲に響いている。

 ボールが跳ねるごとに誤差修正が行われているような気がしてきた。


『適当なところで切り上げないと、かえって思わぬ誤差になってしまうぞ』


 俺の内心が警告になったかのようにドリブルが止まった。

 ようやくシュートする気になったようだ。


 ゆっくりとした動作で両脚を開いていく。

 しっかりと腰を落とした。

 相撲取りが四股を踏んだかのようだ。


 この体勢からではオーソドックスなシュートはできない。

 それに合わせるようにボールの持ち方も異なっている。

 両手で挟むようにガッチリとホールドしていた。


 振り子のように振り上げてボールを投げるスタイルだ。

 手本を見せたときに一度だけ見せた。


『これを選択するとはな』


 距離感は掴みにくいが左右へのブレが少なくなるはずだ。

 まあ、下手くそが投げるとブレブレになるんだけど。


 ヴァンが上下に腕を振った。

 下半身はそのままだが上半身は腕の動きに合わせて揺れる。

 腕の力だけだとブレが生じやすくなるから、これは正解だ。


『それにしても決断後は早いのな』


 やたらと長いシンキングタイムだったのに。

 決めたらあっさりボールがヴァンの手から放たれた。

 ボールはフワリと高い弾道で宙に舞う。

 滞空時間の長いシュート。


『なるほどな』


 シュート体勢に入るまで、やたらと時間を掛けた訳が分かった。


『リングに弾かれるのを気にしたのか』


 浅い角度だとリングに弾かれやすくなると考えたのだろう。

 決して間違いではないが、距離は余計に読みづらくなる。

 それが長考につながった理由だ。


 ボールがリング目掛けて落ちてくる。

 が、生憎と寸分違わずとはいかなかった。

 わずかではあるが右にそれていたのだ。


 ボールはリングの右側を直撃するコースで落ちてきた。

 そして当たる。

 右に傾くリング。

 それとは裏腹に弾かれたボールは左へと飛んでいった。


「距離はほぼ完璧だったんだがな」


 そこは大したものだと思う。

 あれだけの長考をして読み違えなかったのだから。


 ヴァンがさっさと戻ってきた。

 失敗した後もずっと見ていたアデルとは対照的にサバサバしている。

 しくじったイメージが脳内に定着しないようにしているのだろう。


 入れ替わりでアデルが2回目のフリースローに向かった。

 距離の選択は先程と同じままだ。

 成功するまで同じ位置で通すつもりなのかもしれない。


 いや、距離だけではない。

 ルーチンも先程とほぼ同じ。

 違いは姿勢とリズムが変わったくらい。


 硬さがあった先程と違って肩の力が抜けている。

 どちらも微妙な変化のため、ヴァンは気付いていないかもしれない。


 さすがに姉のモリーは何か気付いている風ではあったが。

 そんな中でアデルは迷うことなく2回目のフリースローの体勢に入る。

 伸び上がる姿勢からボールを押し出す手の動きは1回目よりも自然なものになっていた。


『学習能力が高いな』


 ボールの描く放物線も俺の手本と一致する。

 スポッとボールがリングに入った。

 まるで吸い込まれていったかのようだ。


『これで3-12か』


 先に得点したことでヴァンに対するプレッシャーとなったことだろう。

 アデルは1回目とは違ってすぐに戻ってきた。


 淡々とした態度だ。

 吠えるようなことはない。

 ガッツポーズもしない。


 だが、鋭い眼光はそのままだ。

 闘志を内に秘めている感じだが、今までがアレだっただけに違和感が拭えない。


『本当にどうしたんだ?』


 そう思ってモリーの方を見た。


「本気になったんでしょう」


 俺の意図を察したのかモリーが何も聞かなくても答えてくれた。


「今までが本気じゃなかったと?」


 全力を尽くしているようにしか見えなかったのだが。


「そういう訳ではありません」


 モリーは困ったような表情を浮かべた。


「質が違うと言いますか……」


 言葉を探しているような感じで言い淀む。

 だが、質という言葉でなんとなく分かった。


「仕事の時の精神状態になったってところか」


 スイッチが入ったとかモードチェンジとか、そんな感じ。


「そうです、そうです」


 モリーが頷いた。

 どうやら推測は正しかったようだ。

 今までは休暇中ということで普段の地を見せていたが切り替わったと。


 何が切っ掛けなのかは、サッパリ分からないが。


『伊達に護衛を務める騎士ではないってことだな』


 その気になれば冷静に対処できるって訳だ。

 だったら最初からそうしてくれと言いたい。

 今更ではあるんだよな。


 そんなことを考えていると──


「シュート決まりました」


 という筐体の音声が聞こえてきた。

 正面のボードが[3-12]と表示。

 ヴァンもキッチリ決めてきた。


 ここからは3回目だ。

 このフリースローが勝負の分かれ目となるだろう。


 より確実にポイントを取りに行くなら距離は変えるべきではない。

 狙い方も力加減も変わってくるからな。

 まして、このゲームは今回が初めて。

 練習を積み重ねてきたのであれば誤差の修正も蓄積された経験で対応できるだろうが。


『情報プールが何もないに等しいからな』


 2投分のデータしかないのでは困難だろう。

 そして経験という意味ではヴァンも同じ条件だ。


 ならば成功している距離で着実にポイントを重ねるのが無難である。

 成功すれば、それだけで後攻のヴァンに再びプレッシャーをかけられるはず。

 連続して成功することの意味は大きいはずだ。

 そう思ったのだが……


「ポイントを決定しました。

 それでは健闘を祈ります」


 アデルは先程よりも確実に後ろへと下がっていた。


「勝負に出たわね」


 モリーが唸った。


「完全にそうとも言い切れない」


「え?」


 下がったのはハーフコートの半分ほどの距離だ。

 目一杯、下がったわけではない。


「本当に勝負するなら限界まで下がるはずだ」


「言われてみれば、確かに……」


「あの位置取りは自分が修正可能と判断したギリギリの距離なんだろうよ」


 更に下がればミスをする確率が跳ね上がるって訳だ。

 ヴァンへのプレッシャーを可能な限り強めたいという計算もしている。


 さすがは仕事モード。

 バランスを考えて判断するなど冷静そのものだ。


『後は成功するかどうか』


 失敗すればヴァンは圧倒的に有利となる。

 当然だ。

 距離を変えなくて良いのだから。


「えっ?」


 モリーが戸惑うほど、あっさりとアデルがシュートした。

 もっと慎重に狙うと思っていたのだろう。


『やはり学習能力が高いな』


 しかも修正も込みの高度な状態で。

 方向は完璧だ。


「ああっ、遠い」


 モリーが叫ぶように言った。

 ボールの軌道はリングに入るコースよりも奥だ。

 このままではボードに当たるのは確実。

 だから失敗したと思ったのだろう。


 ボールがバンッと音を立ててボードに当たった。

 そして跳ね返ったボールが半分ほど埋まるような格好でリングに当たる。

 リングが前倒しに傾くとボールを上に弾いた。


「ボールが……」


 モリーが呆気にとられたように、その動きを目で追っている。

 弾かれたボールが真下に落ちてリングを潜った。


『たまには、こういう偶然もあるか』


 少しでも左右にズレていればリングに嫌われていただろう。

 距離は間違えたが正確なコントロールのお陰で運が味方した格好だ。


「シュート決まりました」


 正面のボードが[3-19/6-31]とポイントを表示した。

 これは大きなアドバンテージになるだろう。


 ヴァンがどう判断するか。

 次以降で失敗することを想定して距離を変えない選択肢もないではない。

 同じ位置から投げても失敗する確率が高いと思われるからな。

 今回のアデルのように運任せとなったのでは失敗の方に天秤が傾いてもおかしくないし。


『さて、どうする?』


読んでくれてありがとう。

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