928 派手女と地味男
「とにかく心配はいらないさ」
ヴァンの危惧するところは分かる。
公平な勝負を求めているのであろうこともな。
本当に勝ち負けは二の次のようだ。
「どういうことでしょうか?」
怪訝な表情で聞いてくる。
説明がなくては安心もできないだろうから当然の反応だな。
「完璧とは言わないが不公平がないようにルール設定がされているんだよ」
「意味が分かりませんが?」
困惑の表情は晴れない。
ルールと言われても想像が及ばないようだ。
「体重ごとに重りの重量が変わるようになっているのさ」
そこまで説明すると──
「あ……」
理解が及んだのだろう。
ヴァンの時間がしばし止まった。
そして一気に赤面する。
『今日は赤面の連続だな』
もはや苦笑するしかない。
「申し訳ありませんっ」
ペコペコと謝ってくるのが読めていたからね。
「気にするな。
疑問に思って聞いただけなんだろ」
少なくとも俺は言い掛かりをつけられたとは感じていない。
これがアデルであれば、そう思ったかもしれないが。
「俺はゲームの詳細を説明していなかったし。
それに安全に対する意識を強く持っているのは恥ずべきことではないぞ」
むしろ誇るべきだと思う。
爺さん公爵から薫陶を受けているのだろう。
『良い騎士だ』
「恐れ入ります」
恐縮するヴァンであった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「じゃあ用意はいいか」
「いつでも行けます」
「……行けます」
アデルの反応が遅れたのは、あの後で姉に数回ほど拳骨を落とされたからだろう。
痛みの余韻が残っているようだ。
同情はしないがね。
鬱陶しいほどに、うるさかった訳だし。
そういう切り札があるなら先にやっておいてほしかったくらいだ。
何にせよスタンバイ完了の確認は取れた。
今2人はハンマーゲームの筐体を挟んで向かい合わせで掛け矢を手にして立っている。
このため相手のポイントを確認できない状態だ。
これは意図的にこういう配置にしている。
リアルタイムのゲームじゃないから相手の得点が確認しやすいと興ざめしかねない。
一発勝負ならありなんだが。
このゲームで掛け矢を振り下ろす回数は3回。
しかも、その合計ポイントで勝敗を決めるのだ。
『さて、どうなるかな』
アデルとヴァンの準備はオッケーだ。
入れ込み過ぎなアデルはブンブンと掛け矢を振り回している。
『無駄なことをするなぁ』
まるでお調子者の子供を見ているかのようだ。
余計なことをして何かしらヘマをするのがお約束なんだが。
さすがにそこまで間抜けなことにはならない様子。
あれでも少しは自重というか周囲の確認はしているようだ。
でなきゃ振り回した掛け矢を何処かに引っ掛けたりとかしているだろう。
このままゲームを始めずにいると、やらかしそうではある。
『そうならんうちに始めるか』
ハンマーゲームの筐体にコインを投入。
そして対戦モードを選択してスタートボタンを押した。
「ハンマーゲームへようこそ」
筐体からアナウンスの声が流れる。
「対戦モードが選択されました」
「待ってましたーっ!」
掛け矢を振り回すのを止めて見得を切るアデル。
『なーんか厨二病くさいんだよな』
何年か後には今日のこともプチ黒歴史になっていそうな気がするが。
今は指摘したところで耳を貸したりはすまい。
「交互に3回ずつ掛け矢でヒットパネルを叩き合計ポイントで勝敗を決めます」
「へーっ、3回の合計なんて面白いわねっ。
1回ごとに差を広げて大量リードしてあげるわ!」
アデルは自信満々に宣言した。
相変わらず根拠レスである。
下手をすると尊大と見られかねないのだが、アデルはそういうのが感じられない。
野心や欲が感じられないからだろう。
良く言えば純粋なのである。
え? 悪く言えばどうなのかって?
控えめに表現すると単純ってところか。
ストレートに言うと、どうなるかは言わずもがなであろう。
それを本人に言えばアデルもきっと怒ると思うぞ。
「先攻の人はスタンバイしてください」
「よぉーしっ!」
掛け矢を持ち直して気合い充分なアデル。
だが、視野狭窄がひどい。
「先攻はダファルだぞ」
俺がそう言うとアデルがズッコケた。
「なぁんでですかぁ!?」
抗議するように聞いてくる。
「よく前を見ろ。
なんて書いてある」
促されたアデルが己の目の前の画面を見た。
「へ?」
そこに書かれている文字は[後攻]である。
「ぬわんどぅわってぇーっ!?」
『今頃、気付いたのか』
目線の高さの画面だというのにこれとは開いた口が塞がらない。
「言っておくが後攻が先に叩いてしまうとファール扱いになるぞ」
「それって、どういう……」
恐る恐る聞いてくるアデル。
言葉尻が徐々に尻すぼみになっていた。
今までの強気ぶりが嘘のようである。
それだけ嫌な予感がするのだろう。
『その通りなんだよなぁ』
「このハンマーゲームでのファールは厳しいぞ」
内容を言う前からアデルの表情が強張っていた。
『待ちきれなくて叩いてしまうところだったか』
アデルならやらかしそうだ。
叩いてもノーカウントくらいに思っていたものと考えられる。
それでは練習し放題になってしまうことを意味する訳で……
そんなのを看過してしまうと、後攻が圧倒的に有利となってしまう。
掛け矢でぶっ叩くとうるさいから妨害にもなるし。
こういうセコ技を認めるわけにはいかない。
「それをすると叩く権利を1回失うからな」
「えっ?」
よほど意外な答えだったらしい。
アデルは驚きの表情のまま固まってしまった。
「しかも何ポイントに相当する当たりだろうが記録は無効だ」
「ええっ!?」
愕然という言葉がピッタリの反応だった。
反則行為だという自覚はあるのかと言いたくなったさ。
0ポイントで叩いたことにされるのも同然ということに意識が向きすぎていると思う。
「反則扱いなんだから当然だろ?」
そう問いかけると──
「ぐぬぬ……」
と悔しそうに唸っていた。
「余計なことをしなければ何も問題はないはずだぞ」
アデルのように前のめりなタイプには、それが難しいだろうけどな。
そんな中、アデルの側の画面に変化があった。
[アナタの番です]
ヴァンが地味に終わらせていた訳だ。
俺は気付いていたけどね。
ちなみに得点は91点。
満点まであと9点だ。
部外者用に調整したとはいえ大したものである。
この得点はアデルには確認できんが、お構いなしのようだ。
「来た来たぁっ!」
確認できなくても、いちいちうるさい女である。
待ってましたとばかりに掛け矢を振り上げ──
「どっせぇーいっ!」
渾身の力を込めて振り下ろす。
『無駄が多いフォームだな』
そんなだから大きな杭を模したボタンに当たりはすれども芯がズレて命中した。
画面横の得点ゲージが下から上へと駆け上がっていく。
最初のグイグイした感じが徐々に失われ完全に止まった。
[1回目、アナタの得点は78点です]
「……………」
アデルの顔が引きつっていた。
百点満点だということは理解しているからな。
本人にとっては微妙な点数だったのだろう。
ミスヒットである自覚はあるのか、文句や愚痴は言わなかった。
何はともあれ、これであと2回。
アデルが勝利するためには14点以上を引っ繰り返さねばならない。
『ほぼ絶望的だな』
ヴァンがミスしない限り逆転は望めない点差だ。
アデルの態度から、そのあたりを察知したのだろう。
自分の順番になったヴァンは慎重に狙いを定め掛け矢を振るった。
最初と変わらぬ何の面白みもない一撃。
[2回目、アナタの得点は89点です]
記録は少し落ちたが確実性があった。
それで充分に引き離せる。
ヴァンの澄まし顔はアデルにはどう映ったのか。
顔を真っ赤にして鼻息を荒くしている。
現時点での負けを痛感しているといった感じだろう。
自分の番となったアデルは先程よりも大きく振りかぶった。
『力むと碌なことがないんだけどなぁ』
「でやああああぁぁぁぁぁっ!!」
相変わらずうるさい。
ドンと杭型ボタンにヒット。
今度もポイントはズレている。
1回目と似たようなあたり方をした。
それでも得点は83点あった。
5点の加算は振りかぶりを大きくした分だろう。
だが、アデルは不満顔である。
芯を外しているからな。
こうなるとヴァンに焦る要素はない。
対戦相手の得点が伏せられているとは言え、ほぼ正確に状況を把握していた。
これまでのアデルの態度を鑑みれば難しいことでもないだろう。
成功なら怪気炎を上げていてもおかしくないからな。
そんな中でヴァンは淡々と掛け矢を振り下ろす。
[3回目、アナタの得点は90点です]
着実に得点を重ねる男である。
結局、270対236と大差がついてしまった。
アデルの起死回生を狙った一撃が失敗したのは言うまでもない。
何にせよヴァンの勝利である。
これで2勝1敗となった。
読んでくれてありがとう。




