927 懸念と勘違いと
さて、これで1勝1敗である。
勝負にこだわる女アデルが際どい勝負で1勝をもぎ取った結果だ。
これがゲームの合計得点で争うルールなら、余裕で負けているのだが。
『あと2回は勝負しないと決着がつかないのか』
3本勝負にすべきだったかもしれない。
今更ながらに後悔している俺である。
とにかく今は先に進めるのみ。
でないと終わらんからな。
「じゃあ、移動するぞ」
3人を連れて行く。
勝ったばかりのアデルは上機嫌で鼻歌を歌ったりしている。
それに対して姉は憂鬱そうな表情だ。
「どうした?」
ボソボソと小声で話し掛けてみた。
「いえ、妹を調子づかせる結果になったのが……」
どうやら不満らしい。
「まだ1勝1敗だろ。
先に2勝したなら話も分かるがな」
「いえ、妹はお調子者ですから」
悪夢にうなされたような表情を見せるモリー。
「あー、勢いづいて連勝しかねないと」
先の展開が思わしくない方へ進むかもしれないと読んだのだろう。
誰よりも妹のことを熟知しているが故であろう読みのように思える。
「はい……」
それを肯定する返事であった。
『さすがは姉妹ってことだな』
それを阻止する手は考えてある。
とはいえアデルを勝たせたくないという訳ではない。
俺としては最終的な勝敗はどちらであろうと構わないのだ。
モリーは妹を勝たせたくないようだが。
調子づいて天狗になると危惧しているのかもしれない。
『そこまで酷くはないだろう』
大差でアデルが勝てば話は変わってくるだろうが。
接戦になれば問題あるまい。
とにかく、どちらかが圧倒するのは好ましくないと思っている。
アデルが圧倒すれば、モリーの考えている通りになるだろう。
逆にヴァンが圧倒したならアデルがどうなるかが読めない。
荒れるくらいなら、まだマシというもの。
それこそ上の者からお目玉を頂戴することになるだろうからな。
一番の下っ端であるアデルを御するのは容易いだろう。
問題は逆方向に作用した場合である。
『こういう遊びで挫折されても困るんだが』
薬になる程度に敗北感を味わうなら良いのだが。
再起不能に近いレベルで落ち込まれると俺の責任になってしまうしな。
さじ加減は難しいのだ。
故に最初のモグラ叩きの得点差には冷やっとした。
それをリズムゲームでどうにか盛り返せたのはラッキーだと思っている。
このあたりはモリーと意見の分かれるところだ。
現状を危惧する者と想定内と見る俺と。
『果たして、どちらが正解かな』
モリーは最悪のケースを前提に考えているようだ。
身内だからこそ想定するのは悪い方ってことだな。
だが、それに凝り固まってしまうと対応がしづらくなる。
『柔軟に行こうぜ』
俺としては2勝2敗で最後の勝負を迎えることが理想である。
できれば3勝1敗は避けたいが接戦になるなら有りだと思う。
故にアデルが1勝した現時点で、この問題は解決しているようなものだ。
ただ、油断は禁物。
モリーの言うことも頷ける話ではあるからな。
勢いに乗って大差で連勝することだけはないようにお願いしたい。
とはいえ、アデルが敗北するように仕向けるなんてことはできないし。
後は運を天に任せるしかないだろう。
『果たして次の勝負はどうなるかね?』
それは俺にも分からない。
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掛け矢が立てかけられたステージの前に来た。
「ハンマー……ですか」
ヴァンが戸惑い気味に呟いた。
「ああ、そうなるかな」
認識としては間違いではない。
「正しくは掛け矢と言うんだがな」
「それにしても大きいです。
いくら木製でも、これでは殺傷力があるでしょう」
「あるだろうな」
別に安全なものだとは思っていない。
道具なんて使い方次第で凶器になるものが多いからな。
掛け矢に限った話ではないだろう。
「こんなものを使ってゲームをするなんて危ないじゃないですか」
「そうか?」
そのあたりは使い方次第だ。
ふざけて人に振り下ろすなら確かに危ないが。
そもそも、そういうことのために用意されているものじゃないんだけどな。
強いて言うなら扱いが下手な奴の近くにいると危ないか。
すっぽ抜けたりするとシャレにならない。
そうでなくても西方の一般人なら掛け矢に振り回されることは充分にあり得る。
まあ、ヴァンもアデルも一般人ではないがね。
故にそういう心配はしていないのだが。
「槌の部分が大きすぎてバランスが悪いではないですか」
ヴァンは俺とは見解が異なるようだ。
『変だなぁ。
振り回されるほど柔な鍛え方はしていないだろうに』
騎士として重装備を使いこなす必要があるのだから。
体幹が貧弱な者に騎士は務まらない。
それはアデルにしてもそうだ。
が、向こうは端からそんな心配をしているようには見えない。
『ヴァンが慎重になりすぎているのか?』
そういう部分を払拭しないとダメそうだ。
「正確に振り下ろせるかが鍵になるだろうな」
丁寧に扱えば事故も起こらないという意味を込めたつもりの発言だった。
そして、これから行うゲームの勝敗の鍵を握っているとも言える。
「危険すぎです」
ヴァンが頭を振って抗議してくる。
何故こうも必死になるのだろうか。
意味が分からない。
思わず首を傾げてしまった。
「相手に当たったらどうするんですか」
ヴァンが苛立たしげに言ってくる。
その言葉で理解した。
ヴァンが何のゲームであるのか理解していないと。
でなきゃ相手に当たるなどと考えたりはしない。
『無理ないか』
何のゲームかはまだ説明していない。
殴り合うと誤解されても不思議ではない。
『けど、もう少し考えてほしかったな』
ピコピコハンマーの存在はモグラ叩きで知ったはずだ。
殺傷力がないことも理解している。
もし、殴り合うならピコピコハンマーかリズムゲームのバットもどきを使うさ。
そのあたりに想像が及ばなかったのは残念である。
「別にこれで殴り合うわけじゃないぞ」
「えっ!?」
案の定な反応だった。
「次にやるのは、このハンマーゲームだ」
ハンマーで叩いて重りを打ち上げるゲームである。
それを説明するとヴァンは赤面した。
「失礼しましたっ」
「いや、いいけどね」
恐縮することしきりの兄ちゃんに苦笑を禁じ得ない。
「よぉーしっ!」
そんなのは知ったことではないとばかりに気合いを入れ直すアデル。
「連勝するわよぉ!」
鼻息荒く宣言する。
姉が危惧するのも頷ける態度だ。
が、モリーはこのゲームをやると決まった時点で落ち着きを取り戻していた。
それはそうだろう。
今の説明だけでは、どう見てもアデルに不利だ。
ヴァンの方が上背がある。
それに体重差も更にあるはず。
骨格を見れば、それは明らか。
ヴァンもムキムキなタイプではないので圧倒的な差はないがね。
アデルはまるで気にしていなかったが。
「あの、すみません」
むしろヴァンの方が気にしている様子だ。
恐縮した状態から復帰するやいなや──
「いくら何でも、これは不公平ではないでしょうか」
問題ありと言ってきた。
「負けるのが怖いの?」
フフンと鼻を鳴らしてアデルが挑発してくる。
少しも不利だと思っていない様子だ。
姉の態度からすると怪力自慢というわけでもなさそうなのだが。
ヴァンも特に返事をせず残念な人を見る目をしていた。
「ちょっとぉー、私が負けるとでも思ってるの!?」
敏感にそれを察知したらしいアデルが憤慨する。
『挑発した人間が怒ってどうするんだよ?』
そのツッコミは言葉にはしない。
すれば余計にややこしいことになるのは明白だからだ。
「最初の勝負でちょっといい点を取ったからって調子に乗らないでよねっ」
『どっちが調子に乗ってるんだよ』
このツッコミも封印である。
ヴァンも同じようなことを思っているのかノーコメントを貫くようだ。
「あーっ、マジで調子に乗ってるわねぇっ!」
兄ちゃんは何も言ってないのに突っ掛かってくる。
何も言わなきゃ言わないでアデルにとっては燃料を投下しているようなものらしい。
ヴァンは困った顔でオロオロしていた。
「絶対に負けないんだからぁっ!」
相手の様子などお構いなしでビシッと指を突き付けるアデル。
『なんか生意気な妹に反撃できないシスコン兄の構図に思えてくるよな』
ただ、ヴァンは決してシスコンのような気持ちを抱いてはいないだろう。
兄妹どころか血縁関係など微塵もないのだし。
きっと面倒くさいことだと感じているに違いあるまい。
他人の立ち位置である俺からしても、そう思うくらいだし。
『愛されないタイプの妹キャラを相手にしているのに辛抱強いよな』
デレ要素がまったく無いんじゃどうしようもない。
『さて、どうしたものか』
そう思ったその時、ゴスッと鈍い音がした。
それは姉が実の妹の頭を殴った音だ。
「痛ぁーい!」
抗議するが聞き入れてもらえない。
「愚妹がっ、恥を知れ!」
それどころか叱責を受ける始末。
モリーの堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。
見ている俺や兄ちゃんからするとドン引きするような姉の対応ぶりだった。
アデルを黙らせてくれたことには感謝するけどね。
このまま独演会が始まるようなら、どうしようかと思っていたところだから。
とにかく、これでゲームの説明ができるようになったさ。
読んでくれてありがとう。




