926 ゲームで勝負
「双方とも用意はいいか」
「はいっ!」
テンションの高いハートランド姉妹の妹アデル。
ブンブンとピコピコハンマーを振り回してやる気満々だ。
「はい」
淡々と自然体で構えを見せるイケメン騎士の兄ちゃんヴァン。
5種ゲーム競技の1本目が始まろうとしていた。
初っ端がモグラ叩きというと締まりのない感じがするがね。
ただし、現代日本でお馴染みのオーソドックスなものとは規模が違う。
横幅十数メートルと走り回らなければならない。
しかも床だけでなく壁も天井も出現ポイントがある。
これを3分間の対戦モードでやるとなると相当にハードなものとなるだろう。
競い合う相手がいるといないではペース配分なども変わってくる。
対戦用のステージは相手にも見えるようになっているからな。
ギャラリーのことも考えて完全な向かい合わせではなくハの字型なんだけど。
いずれにせよ相手の得点が確認できる。
出現パターンとタイミングはランダムだが対戦相手とは同じ。
運動量などの面で公平性を保つためだ。
観客が見ていて分かり易いというのもある。
相手よりポイントが高いならミスが少なく運動量が多いという証拠だ。
ペース配分を考えると意図的にミスをする必要も出てくるだろう。
だが、相手の方が高得点であるなら一か八かの博打をする必要も出てくる。
そのタイミングも考えねば自滅もあり得るのは言わずもがなであろう。
あまりグズグズしていると相手が突き放しにかかることも考えられるしな。
駆け引きが重要になってくる訳だ。
現状でそれを理解しているのはヴァンと姉妹の姉モリーだろう。
とにかく勝つことしか考えていないであろうアデルには期待できない。
『もし、これが芝居だったら大した役者だがな』
「それじゃあ始めるぞ」
コインを投入し対戦モードのスタートボタンを押した。
「対戦モードを始めます」
ゲーム筐体の音声が流れ始めた。
「両者スタート位置についてください」
端から所定の位置にいる両者は動かない。
「セット!」
赤いシグナルが3個同時に点灯した。
「レディー……」
ひとつふたつと消えていく。
すべて消えた直後に──
「ファイト!」
青のシグナルが点灯。
対戦が始まった。
複数のポイントでモグラが顔を覗かせる。
「とぉりゃぁ─────っ!」
アデルが手近な方を叩きながら飛び出して奥へと突進していった。
『最初から最後まで全力で行くつもりか』
脳筋の発想である。
対するヴァンは手近な方を叩いた後はステージの中心で立ち止まった。
奥の方は無理をして叩いても後が続かないと判断したようだ。
それよりも中央に陣取ることで対応しようという腹積もりらしい。
さっそく方針に差が出た。
『その判断、吉と出るか凶と出るか』
ドドドドドッと駆け抜けるアデル。
飛び込むようにしてピコピコハンマーを振るった。
下がり始めたモグラの頭にヒットする。
ピコーンと得点ゲットの音がした。
「うっしゃぁーっ!」
『おいおい、その掛け声はどうよ』
見た目はうら若い乙女といった感じなのに。
誰が見ても肉食系だと思う吠えっぷりだ。
ともあれ、まずはアデルが先行する形となった。
そのまま前半の1分はアデルがハイペースでポイントを重ねていった。
が、ヴァンも大きくは引き離されない。
瞬時に見極めて着実にポイントを重ねている。
『両端の何メートルかは捨ててるな』
中盤の2分目に突入すると潮目が代わり始めた。
アデルがミスをし始めたのだ。
「しまった!」
ギリギリで届いたはずが空振りをする。
さんざん振り回されたことにより判断に迷いが出るようになったせいだろう。
この程度で疲弊するほど柔ではないはずだ。
『何個か捨てても仕切り直した方がいいな』
それでもアデルは突進する姿勢を変えなかった。
がむしゃらから堅実へ方針変更するつもりはないらしい。
『あー、集中力をどんどん欠いていくぞ』
焦りがミスを誘発する悪循環なのは目に見えているのだが。
後半の3分目に突入すると思った通り更にミスが増えた。
「───っ!」
完全に頭に血が上ってイライラしている。
むやみやたらにピコピコハンマーを振り回すようになった。
余計にミスをするだけなのだが。
一方でヴァンは確実にポイントを重ねていく。
そしてホイッスルの音が響き渡った。
ゲームセットである。
「終了ぉーっ!」
ゲームの筐体から音声が聞こえたのと同時に3分間の苦行が終了した。
アデルは息を切らし肩を大きく揺らしている。
ヴァンの方は余裕があるようだ。
乱れた息もすぐに整えていた。
「勝敗はどうなりましたか?」
そんなことを聞いてくるのはラスト30秒で得点が伏せられたからだ。
接戦だとそういう演出がされる仕様になっている。
ドラムロールの音が鳴り始めた。
ポイントを表示していた電光掲示板風のボードが高速で数字をカウントする。
まずは末尾の数字が表示された。
だが誰も動じない。
ポイントは10ずつカウントされるからな。
表示されるのは双方共に0だ。
次の数字が表示された。
アデルが4、ヴァンが1だ。
が、これも次の3桁目が判明しない限りは単純に喜べない。
ここで大きな数字でも上の桁で負けていれば意味はないからな。
ドラムロールの方も続いている。
これで勝敗が判明するとあって、緊張の一瞬だ。
そして数字のカウントが止まる。
アデルのそれは8だった。
全部で840点。
つまりヴァンの3桁目が同じ8だと810点で負けになる。
こちらの数字は0。
「え、10点?」
訝しむように呟いたのは俺の隣で見ていたモリーであった。
いくら何でも10点なんてことはない。
「ほう、千点超えか」
ヴァンの得点には4桁目があったのだ。
合計得点1010点。
自身が先程更新した記録を塗り替えての勝利だ。
「キィ──────ッ!」
立ち上がったアデルがダンダンと地団駄を踏んで悔しがる。
「やめなさい、アデル」
姉が注意するが聞く耳を持たない。
『あー、面倒くさいなぁ』
先勝したヴァンは落ち着いたものだ。
勝ち誇るでもなくアデルの方を見るでもない。
俺には刺激しないように心を砕いているように見えた。
『大人の余裕ってやつか?』
それを言ってもアデルが過剰反応するだけなので、俺もスルーである。
「ほら、次の勝負だ。
何時までもそのままだと不戦敗にするぞ」
この言葉はさすがに効果的だったようだ。
アデルの悔しがりパフォーマンスがピタリと止まった。
『ごねてもこの手を使えば静かにさせられそうだな』
「次は踊るリズムゲームだ」
現代日本だとステップを刻むタイプのものを連想するだろう。
だが、これも違いがある。
モグラ叩きのように走り回ったりすることはないけどな。
回転を要求されたり手振りも必要だったりするのだ。
あと、妨害要素もある。
バットのような柔らかい棒で叩かれると減点されるので回避しないといけない。
跳んだり、しゃがんだりもしないといけない訳だ。
場合によっては上半身を後ろに反らしながら前後ステップなんて状況もあり得る。
「次は負けないわっ!」
コンパクトなガッツポーズで根拠のない勝利宣言をするアデル。
その自信はどこから来るのだろうか。
なんにせよ筐体のところへ向かう。
そして2人が対戦用のステージの上に並び立った。
とはいえ筐体の都合で少し離れた位置になってしまうのだが。
「じゃあ用意はいいな?」
こちらに背を向ける形なので2人とも手を挙げて了解の意を示してきた。
両者共に呼吸の乱れは治まっている。
いつまでも息を荒げたままでは騎士など務まるまい。
そんな訳で遠慮なくゲームをスタートさせる。
このゲームは選んだ曲によってプレイ時間が変わってくる。
長さで難易度が変わるほど単純ではないがね。
そこそこ長めで激しい動きが要求されるものを選んだ。
難易度はもちろん最高レベルである。
『俺も容赦ないな』
曲が始まり、さっそくバットの洗礼があった。
バシッと殴られる両名。
「痛っ」
そんなはずはないのだが痛みを口にするアデル。
「くっ」
ヴァンは唸るだけだったが、いきなりの攻撃が躱せなかったのは悔しそうだ。
その後も激しい動きを要求される中でバットが振るわれる。
時には連続でバットが襲いかかってくることもあった。
躱せたり躱せなかったり。
どちらであっても約1名がうるさい。
「てやーっ!」
これが躱せた場合の一例。
「くぉんのぉーっ!」
こちらが躱せなかった場合の一例である。
「おのぉれぇーっ!」
で、これがバットに当たったときだ。
法則性があるのかどうかは不明だが、とにかくうるさい。
タンタンとステップを刻みながらだと本当に難しいのは分かるのだが。
いきなり最高難易度でチャレンジしても、こなせるものではない。
2人ともどんどんミスを重ねていく。
「うぎゃあああぁぁぁぁぁ!」
アデルが連続ミスをした。
『選択をミスったな』
得点にもそれが表れている。
満点なら千点を余裕で超える曲を選択したのだが。
曲のラストに差し掛かっているのに半分にも満たない状況だ。
ただ、かなりの接戦で最後まで勝敗は分からなかった。
そして曲が終わる。
「いやったぁーっ!」
アデルが飛び上がって喜んだ。
510対500という接戦だったのだが。
『まあ、勝ちは勝ちか』
合計得点で競っているわけではないからな。
読んでくれてありがとう。




