920 一部王族の貨幣に対する認識がおかしい
朝食後のマッタリした時間を利用してカラーコインについて説明した。
壁面モニターも使って使用例なども説明していく。
念のために大硬貨での支払いで釣り銭が発生する事例も示したのだが。
「ふむふむ、お釣りを受け取り忘れると大損だな」
クラウドのオッサンが真剣な表情でモニターに見入っていた。
『大損って……』
大銅貨って日本円で言えば百円ほどなんだが。
本当に貨幣価値を理解しているのか心配になってくる。
そこまで考えて、ふと気付いた。
目一杯、買い食いしようとするから釣り銭の貰い忘れを恐れるのだと。
どこまでも食い意地に直結した発想である。
ダニエルが苦労しそうだ。
「お釣りを貰い忘れると大損ですか……
これは憂慮すべき重要ポイントですね」
フェーダ姫も真に受けて天然ボケをかましてくれるし。
『おいおい』
思わず心の中でツッコミを入れてしまったさ。
だが、よくよく考えればフェーダ姫は箱入り娘である。
『箱入り姫と言うべきか?』
などという脱線思考をしつつも、それならば仕方なかったのだろうと結論づけた。
貨幣経済を実地で学ぶことはできなかった訳だし。
教育者にも恵まれなかったのだろう。
この機に経済感覚をちゃんと身につけてほしいものだ。
でないと思わぬところで恥をかくことになりかねない。
『まあ、既にかいてしまった恥はどうしようもないけどな』
ダニエルと爺さん公爵が頭を抱えていた。
カーターはクスクスと笑っているけど。
他の面々は苦笑いだ。
まあ、俺がスルーしておけば大恥にはならないだろう。
そんなこんなで説明を進めていった。
「うぅむ、専用の通貨とは考えましたな」
一通りの説明を聞き終えたダニエルが唸った。
俺の方をチラリと見て目礼する。
どうやら俺の意図を読み取ってくれたようだ。
「交換上限を決めているというのが良いですな」
爺さん公爵も納得の表情でオルソ侯爵に話し掛けている。
「無駄遣いを回避できるのはありがたい」
オルソ侯爵も頷いて応じていた。
「それよりも使い方に工夫があるのが面白いね」
カーターが楽しそうに、そんなことを言った。
この調子だと俺がこれを用意した理由にも気付きそうだ。
問題はバレたときの状況である。
クラウドが暴走しないまま気付いたのであれば、大きな問題にはならない。
暗黙の了解ということになるだろう。
ただ、あからさまに暴走した状態を見せた後だと……
ゲールウエザー組は赤っ恥もいいところだ。
『まあ、俺は気にしないし困らんけど』
困るのはダニエルだ。
クラウドは気にしないだろう。
ただし、帰ってからダニエルにお仕置きされそうではあるが。
『宰相に折檻される国王ってなんだかなぁ……』
叔父と甥の関係だからあり得ることなんだろうけど。
「私は実際に硬貨を使って買い物できるのが楽しみです」
フェーダ姫は御機嫌である。
朝食前の時といい、未経験の事柄に対して強い興味を示すようだ。
『暴走しなきゃいいけど』
それとなく斥候型の自動人形をつけておいた方がいいかもしれない。
「じゃあ、納得してくれたってことでいいかな」
確認してみたが反論などはなかった。
物価などが分からないから上限についても判断がつかないようだし。
一応は庶民的な価格であることも説明したけど。
この場でそれを実感している者はミズホ組以外だとほとんどいない。
皆、戸惑い気味だったり唸ったりといった感じだった。
例外は真剣な表情で小さく頷いていたイケメン騎士の兄ちゃんである。
街中での買い物も少なからず経験しているのだろう。
『アドバイザーとして活躍するかもな』
朝食時の様子から考えると不安要素はあるけど。
その時はその時だ。
フォローは爺さん公爵とかオルソ侯爵に期待するとしよう。
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その後、施設の説明も行っておく。
当初は迎賓館でと考えていたんだけど。
時間がたつにつれて皆のソワソワした空気に押されてしまった。
少しだが時間を有効に使えたと思う。
「何か質問は?」
全員が首を横に振る。
「会場で分からないことができたら誰でもいいから聞くといいぞ」
今度はコクコクと縦に首が振られた。
「簡単なことなら渡したパンフレットにも書いてあるから有効活用してほしい」
そう言うと、パンフレットに目を落とす者が何名か出てきた。
いずれにしても期待感が瞳の輝きに表れている。
そこに老若男女は関係ないらしい。
『まあ、娯楽が極端に少ないからなぁ』
そう考えると全員が暴走しそうな気がしてきた。
そうでないことを切に願うばかりである。
「じゃあ、俺からの話はこれで終わりだ」
そう言ってから壁面モニターの映像を切り替えた。
そこに間近に迫ったヤクモが映し出される。
「「「「「おおっ」」」」」
どよめきに包まれる機内。
図らずも、ちょっとした演出になったようだ。
「あれがヤクモということでいいのかな?」
カーターが聞いてきた。
「ああ、そうだ」
「何処までも続く水面に囲まれていますね」
ほぅと溜め息を漏らしながら呟いたのはフェーダ姫である。
「あれが海というものですか?」
「その通り」
「果てが見えませんねぇ」
それを説明するとなると時間がかかってしまう。
今日は勉強の日ではなく遊びの日なので曖昧に笑って誤魔化しておいた。
日本人の得意技はこういう時に便利である。
「広大な農地ですな」
爺さん公爵はそれが気になるようだ。
「あれを維持管理できるとは……」
オルソ侯爵も同様である。
『無理もないか』
新エーベネラント王国は農業に弱みがあるからな。
亡国となったスケーレトロを併合した結果である。
俺も手助けはしたから、今後は少しずつ改善していくだろうけど。
「ハルト殿、あとどれくらいで到着するのだ?」
クラウドのオッサンは待ちきれない様子である。
ススッとその背後にダニエルが回り込む。
輸送機から降り立つと同時に飛び出すことは回避されたようだ。
「着いても、すぐに自由行動じゃないぞ」
「なんですとぉっ!?」
愕然とした表情で詰め寄らんとするクラウドのオッサン。
だが、ダニエルが無言でクラウドの服を掴んで止めた。
カックンと急ブレーキをかけられた格好になったオッサンがつんのめる。
「ゲホッゲホゲホ」
そして首が絞まって咽せた。
『ナイスだ、グッジョブ!』
思わず心の中でサムズアップである。
「説明しただろう。
各施設を一通り回って確認するって。
自由行動はその後だぞ。
時間的には昼食前になるだろうな」
「ゲホゲホ……」
咽せながらも「ぐぬぬ」状態のクラウドである。
昼食と夕食は自由行動の時間に済ませるようにと言ったはずなのにこれだ。
自由行動になれば好きなタイミングで食べられるというのに。
待ちきれないにも程があるだろう。
『この調子だと、あっと言う間にカラーコインを使い果たすぞ』
少しは人目を気にしてセーブするかと思ったんだけどな。
本人はまるで気にした様子がない。
その執念を感じさせる様子に呆気にとられるエーベネラント組であったが──
「待ち遠しくて我慢できないんだとよ」
俺がそう言うと、皆なるほどという表情になった。
その後には苦笑がついて来たがね。
ダニエルは無表情でスルーしているものの内心は穏やかではないだろう。
怒りゲージが加算されたのは疑う余地もない。
『帰ってからのお仕置きが追加されるぞ、こりゃ』
同情を感じなくもなかったが、これ以上のフォローはしない。
所詮は他人事である。
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無事に到着。
まあ、何かが起きても迎撃するまでなので何の問題もない。
輸送機の後部ハッチが開いた。
俺が先頭に立って皆を誘導する。
ぞろぞろとスロープを下っていく一同。
俺のすぐ後ろに来るのが両国の王族のためかバラバラ感がある。
『まるでツアー旅行みたいだな』
だとすると俺のポジションはツアーコンダクターってところか。
そう考えると少し不思議な感覚だ。
いつも案内される側だったからだろうか。
「変わった建築様式ですな」
「これがミズホ国の建物なのでしょう」
ダニエルと爺さん公爵の宰相コンビが迎賓館について話し合っている。
「はいはい、立ち止まらずに」
カーターやクラウドも物珍しげに周囲を見渡しているせいで歩みが遅い。
迎賓館の玄関前まで歩いた俺について来たのはフェーダ姫ぐらいのものだ。
「もう、叔父様ったら」
フェーダ姫が溜め息を漏らしながら愚痴る。
「珍しいんだろうよ」
【諸法の理】で調べても西方では似た感じの建物はないからな。
「私も珍しくは感じていますが、あまりにも酷すぎませんか?」
フェーダ姫が呆れている。
まあ、一部の男どもがフリーダム過ぎるのは事実か。
イケメン騎士の兄ちゃんと爺さん執事は巻き添えを食った格好だ。
護衛と側仕えという立場の違いはあるけれど。
ちなみにゲールウエザー組の護衛は俺の近くにいる。
王太子のストームがいるからとかではなさそうだ。
立ち位置的に見ても護衛する感じではない。
「仕事しなくていいのか?」
だから聞いてみたのだが。
「ここまで来れば護衛など必要ないでしょう」
隊長であるダイアンが俺の問いに答えた。
『ぶっちゃけた!』
他の面々も頷いてるし。
「宰相閣下からも休暇だとの言質はいただいております」
「そういうことか。
なら、とやかく言うのは野暮だな。
今日は存分に楽しんでいってくれ」
「「「「「はいっ」」」」」
護衛騎士たちが生き生きした表情で返事をしてくれた。
これはホストとして頑張らねばなるまい。
読んでくれてありがとう。




