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919 輸送機内にてあれこれ

 折り紙教室はヤクモに到着するまで続いた。

 ゲールウエザー王国でクラウドたち一行を拾っても終了とはならなかったのである。

 互いの挨拶もそこそこにクラウドたちが折り鶴やカブトを見て興味を抱いたのでね。


 その甲斐あってか、いつの間にか和気藹々といった雰囲気になっていた。


「ほう、そちらは鳥ですかな?」


 ダニエルが興味深げに声を掛けた相手は爺さん公爵であった。


「いかにも」


 上機嫌で応じる爺さん公爵。


「鶴という鳥だそうで」


「鶴、ですか?」


 確認するように聞いたダニエルの言葉に頷く爺さん公爵。


「ヒガ陛下の国に生息する鳥だと聞きました。

 我々が知っている鳥だとサギのような見た目をしているのだとか」


「ほほう、大きな鳥を模していると」


「そうなりますな」


「見事と言うほかありますまい。

 紙を折るだけで、このようなものができるのですから」


「まったく……

 あちらで女性陣が眺めているサンプルなどはもっと複雑ですぞ」


 爺さん公爵が目を向けた方ではフェーダ姫やゲールウエザーの女性騎士たちがいた。


 彼女らは色々な完成品を見て目を輝かせながら溜め息をついている。

 まるで宝石をちりばめた装飾品を目の前にしているかのようだ。

 一番人気は動物園みたいだけど。


「そのようですなぁ。

 ですが、ヒューゲル卿は初めてなのでしょう。

 それでこの鶴を折ったとは、感服いたしましたぞ」


「何を仰る。

 教わってようやくです」


「いやいや、謙虚に教わることを厭わぬことは大事ですぞ」


 ダニエルがそう言うと、2人で呵々大笑した。

 意味不明である。


『年寄りは何がツボになるのか分からんな』


 そうして、ひとしきり笑った後──


「それにしても、かようなものを思いつくとは見事と言うほかありませんな」


 爺さん公爵が俺について何やら言い出した。

 背中がムズムズする。


「ヒガ陛下は賢者でもあらせられますからな」


 ダニエルは、できて当然だと言わんばかりだし。


「おお、そうでしたな」


 納得の表情を見せる爺さん公爵。


「やはり凡人とは違うのでしょう」


 そして、トドメの一言がダニエルによって発せられた。


『やめちくりぃー』


 俺の心の声など聞こえるはずもなく……

 爺さん2人はしみじみと頷いている。

 恐ろしいほどの評価のされ方だ。

 いくら何でも大袈裟である。


「紙が高級品であった頃を引きずりすぎなんでしょうなぁ」


「それは言えておりますな」


 2人の様子を見ていると──


『輸送機内に国境なしってな』


 そんな風に思ってしまう。

 決して過言ではないはずだ。


 例えば、つい先程までカーターと話し込んでいたクラウドのオッサン。


「ハルト殿、ここはどうすれば良いのだ?」


 オッサンまで俺のことをハルト殿と呼ぶようになった。


『カーターにここまで影響されるとは……』


 年齢的には少し離れているはずなんだが短時間で意気投合していたのだ。

 カーターの人柄が大きく影響していると思う。


「いきなりバラは無理があるぞ」


 既にいくつかの失敗した残骸が並んでいるのを見て溜め息をつく。

 オッサンは不器用だった。

 明らかに細かな作業には向かないレベルだ。

 にもかかわらず無謀な挑戦をしている。


「何としても、これを覚えたいのだ」


 そして頑固である。

 フンスと鼻息も荒い。


「なんでまた……」


 面倒なことを言い出すのだろうかと思う。


「妻にプレゼントしたいのだ」


 いい年したオッサンがモジモジしながら言った。

 キモいとまでは言わないが物凄く似合っていない。

 やはり残念イケメンである。


『そのモジモジがなければなぁ』


 元がイケメンなんだから、それなりに格好良かったのに。

 周りの皆は顔をひくつかせて肩を振るわせている。

 笑っちゃ悪い感が滲み出ていた。

 どうやらモジモジがツボにはまったようだ。


「気持ちは分からんでもないが、そこで躓いているようではな」


 誰かが吹き出す前にクラウドに現実を突き付ける。

 すると、そこまで言わなくてもという空気に切り替わった。


『なんだか俺が悪者みたいだな』


 皆のことを思っての行動が俺を追い詰めるって理不尽だと思う。

 まあ、ホストがゲストを気遣って当たり前なのだ。

 後はどうにか誰もが納得いくように軟着陸する方向へ持って行くしかない。


「物事には段階というものがあるだろう。

 一足飛びにどうにかしようというのは虫が良すぎるとは思わないか?」


 クラウドはそれが分からぬ男ではない。

 故に悔しそうな表情で頷いていた。

 これで折り紙のバラを折るのは断念してくれるだろう。


 残る問題はふたつ。

 ひとつはクラウドのオッサンが感じている悔しさが未解消であること。

 もうひとつは、この場の雰囲気がやや悪化したこと。


「まあ、惚れた女に心を込めた贈り物をしたいという心意気は素晴らしいと思う」


 そこは俺も見習わないといけない。


「分かってくれるか、ハルト殿っ」


 たった一言でクラウドの機嫌が良くなった。

 なんかチョロ過ぎて拍子抜けだ。


「だから胸を張るべきだ」


「ハルト殿?」


「いま恥ずかしがっていたのは誰だ」


「いや、それはそうなんだが……」


「堂々と惚れていると言えばいいんだ。

 何を恥ずかしがることがある。

 その気持ちは他の何にも負けぬと断言できるのだろう?」


「もちろんだとも!」


 オッサンは男であることが証明された。

 一国の王としてはどうなのかという意見も出てくるだろうがね。


 そういうのは国王としての仕事をしていない人間に言えばいい。

 クラウドはやるべき仕事はちゃんとやっている。

 故にこれぐらいは言っても罰は当たらないと思う。


「ならば自分の作るものでは自信がないとか不安だとかどうでもいいんじゃないか」


「む?」


「今の自分にできることで精一杯やってみせればいいだろう」


「ワシにできること……」


「バラは難しくても折り鶴ならどうにかできると思うぞ」


 クラウドの不器用さだと、これでも苦戦は必至なのだが。


「まずは折り鶴をマスターするところからだ。

 数をこなせば指が紙の扱いを覚えるだろうよ」


「おおっ、いずれはバラも折れるようになると?」


「それは努力次第だな」


 苦手なものでも数をこなし経験を積めば人並みにはできるようになるものだ。


「うむっ、ワシはやるぞぉ!」


 悔しそうにしていたときとは打って変わってやる気に満ちた表情を見せるクラウド。


「明日に差し障らんよう程々にな」


 折り紙に夢中になって完徹されてはたまらない。

 ダニエルの方を見れば頷きを返してくれたので対処してくれるだろう。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 機内泊で夜を明かした。

 夜中に到着しないよう輸送機の速度を調整したのは言うまでもない。


 朝食を用意したのはゲールウエザー組であった。

 今回は専用の使用人を連れて来ておらず、護衛騎士部隊が代わりに働いている。

 女男爵であるダイアン以下の面々の手付きは慣れが感じられた。


「フェーダ姫に我が国の伝統的な朝食を食べてもらおうと思いましてな」


 ダニエルがドヤ顔で説明している。


「なるほど、それは助かりますな」


 返事をしたのは爺さん公爵であった。

 王太子と婚約しているからこその返事だと言える。


 将来を見越しての気遣いだと思ったことだろう。

 決してクラウドを暴走させないよう普段の食事を出しているなどとは思うまい。


『化けの皮が剥がれるのは時間の問題だがな』


 ちなみに話題にされた当の本人は興味深げにダイアンたちの仕事ぶりを見ていた。

 今回はオープンキッチンにしてあるので席に座ったままでも丸見えである。

 普段は見られない厨房作業が見える状況。

 それだけでもワクワクするようだ。


『上げ膳据え膳の暮らしが普通の王族だからな』


 こういうのも秋祭りを盛り上げる演出になればと試してみたのだが。

 俺の想定以上に食い付きがいいようだ。


 フェーダ姫だけでもと思っていたら他にも何人かが興味を示している。

 完全に見とれているイケメン騎士の兄ちゃん。

 護衛の仕事が頭から綺麗に抜けていそうだ。


『大丈夫かな』


 誰も指摘しないところが不気味である。

 爺さん公爵やダニエルは完全に気付いている。

 他の面子は騎士ダファルを見ていないので何とも言えない。


 まあ、爺さん公爵に見つかっている時点で結果が明るいものにはならなさそうだ。

 この場で叱責を受けないのは爺さん公爵が周囲へ配慮しているだけだと思われる。

 騎士ダファルがもっと腑抜けた表情になったり姿勢が崩れたりすればアウトだろうけど。

 何にせよボーッとするのは朝食の間だけだと思いたい。


 他に強い興味を抱いているのは爺さん執事のボーネ氏だ。

 こちらは護衛騎士の面々の動きを注意深く観察している風である。

 時折、真剣な表情で頷いているのは感心しているからだろうか。

 何かを呟くこともないので心中は読み切れない。


 後はオルソ侯爵も頷きながら見ている。


「騎士といえども……」


 ほとんど聞き取れないような声で呟いていた。


「さすがは大国の……」


 どうやら仕事ぶりに感心しているようだ。

 それからクラウドも眺めるような感じで見ている。

 早くできないかなとか思っていそうに見える表情だ。


『暴走しないよな』


 対策しているはずなのに不安を抱かせてくれるオッサンである。

 少しは息子を見習ってほしいものだ。


 そう、今回は王太子ストームが同行している。

 外見は前に聞いていたようにクラウドに似ていると思う。


 ただし──


『影、薄っ!』


 思わず内心でツッコミを入れたくらい存在感がない。


 これについても聞き及んではいたが……

 まさか、ここまでとは思わなかったさ。

 具体的にどれくらいかというと隣に座っているフェーダ姫がその存在を失念していた。


『婚約者なのにいいのか?』


 これで破談になったりしなきゃいいんだけど。

 それくらい存在感がないんじゃ誰も文句を言わないかもしれない。

 王太子以外は。


『そうなったとしても気にとめてもらえなかったりしてな』


 もっと言えば、自己紹介後は誰とも喋っていない。

 もちろん話題になってもいない。

 当人は一向に気にした様子もなく淡々としていたが。


『くーくぅくくっ、くー!』


 忍者向きの人材、発見! とか念話で報告してくる人もいますよ。

 ローズの方が目立つから余計に影の薄さがなんてことも考えたさ。

 でも、ローズがいなくても結果は変わらないと思う。


読んでくれてありがとう。

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