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918 カーターが興味を抱いたもの

 輸送機を降りるなり直に出迎えを受けるとは思っていなかった。


「やあ、ハルト殿。

 久しぶりだね。

 元気にしていたかな」


「御陰様で。

 カーターも元気そうじゃないか」


「いやぁ、万全とは言えないかもね。

 明日のために仕事を頑張ったから」


 苦笑するカーターの目元には薄く隈が浮かんでいた。


『どれだけ待ち遠しかったんだよ』


 苦笑で返しつつポーションを渡す。


「疲労と睡眠不足に効く固形ポーションだ。

 先に言っておくが、かなり酸っぱいからな」


「おお、すまないね」


 嬉しそうに受け取ると躊躇うことなく口に放り込んだ。


「おいおい」


 忠告がまるで耳に入っていないかのようである。

 途端に目が強く閉じられ口がすぼまった。


「言わんこっちゃない」


 それでもカーターはどうにか咀嚼を続けて飲み込んだ。


「これは強烈だね」


 少し涙目になりながら、それでも笑うカーター。


「当たり前だ。

 でなければ注意したりはしない」


「ハハハ、それもそうだ。

 でも興味深い味だったよ」


 カーターは興味を持ったようだ。


「後口はサッパリしているし。

 確かに酸っぱいけどレモンとも違う。

 インパクトがあるのに覚えのない味だね」


 これがポーションでなければ、お代わりを要求されていたかもしれない。


「梅干し味だ」


「梅干し?

 聞かない名前だけど」


 梅を取り出して見せてみる。


「これが原材料となる梅の実だ。

 このままでは食べられないので塩漬けとか色々処理する」


 そう言いながら梅干しを小皿に載せた状態で出して手渡した。


「へえ……」


 興味深そうに覗き込む。


「食べてみてもいいかい?」


「種を取り除いてからな」


 そうしないと口の中を怪我する恐れがある。

 種の先端って意外と鋭く尖ってるし。

 カーターが小皿に載せたフォークを手に取って梅干しを解しにかかる。


「柔らかいね」


 器用に種を取り出して梅干しを口にした。


「うぅーっ」


 唸りながら顔をシワシワにするカーター。


「あ、でも……

 こっちの方がマイルドな感じかな」


「そんなに変わらんぞ。

 カーターが味を覚えて心構えができていただけだろう」


「なるほどなるほど」


 酸っぱさを顔で表現しながらも満足そうに頷いている。


「とにかく、これはクセになる味だよ」


「そりゃあ嬉しいね。

 うちの特産品だからな」


「是非とも輸入したいが難しいね」


 うむむと唸るカーター。


「嗜好品を大量に入れられる程まだ余裕がない」


 カーターは考えることが極端だ。


「おいおい、何を錯乱しているんだ。

 万人受けする味じゃないだろう。

 輸入しても売れなきゃ大赤字だぞ」


 ツッコミを入れると心底ショックを受けたような顔になった。


「おお、なんということだ!?

 国の立て直しをしている最中に浅慮なことを……」


「我を忘れるほど気に入ってくれたってことだろ」


 指摘されて考えを改められるなら問題ないだろう。


「とりあえず帰りに土産の品を樽で用意しよう」


「なんとっ!?」


 カーターが目を見開いて驚きを露わにする。


「いいいいいのかい?」


 カーターの動転ぶりが面白い。


『どれだけ気に入ったんだか』


「落ち着けよ」


 そう言ってもカーターは落ち着きなく、しきりに頷くのが精一杯。

 どう見ても落ち着けるような状態ではないだろう。


 お陰で出発が少し遅れてしまったさ。

 まあ、余裕を見て迎えに来ているけどね。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 輸送機の中で王都の騒ぎについて話していた。


「あれを考えたのはフェーダ姫だったのかぁ」


「どうせなら賑やかにした方が楽しいじゃないですか」


 本人はそんなことを言いながらクスクスと笑った。


「まあ、祭りに行こうかという時にパニックを起こされるのも縁起が悪いしな」


 縁起が悪いだけならまだいいだろう。

 暴動なんかに発展したら目も当てられない。

 混乱に乗じて盗みまで横行しそうだしな。


 そうならないよう衛兵を桜にする発想は平和的な解決方法だと思う。


「はい、そう思います」


 満面の笑みで返事をされた。

 まるで身内を相手にしているかのようだ。

 王族が簡単に気を許しすぎだろと思わなくもなかったが。


『よくよく考えると命の恩人なんだよな、俺』


 身内のように感じられても不思議はない訳だ。


「ところで、ヒューゲル卿」


「何でしょうか」


 俺が呼びかけると姿勢を正して爺さん公爵が応じた。

 こちらは緊張しすぎである。


「本当にこんな少人数で良かったのか?」


 一瞬だけ虚を突かれたような表情を見せたが、すぐに真剣な面持ちで頷きを返してきた。


 護衛や使用人などの人員は20名くらいまでなら受け入れる予定だったのだが。

 ファックスで連絡を取った時は[その枠内で収めます]という返事だったし。


『確かに枠内だけどさぁ……』


 護衛は見覚えのあるイケメン騎士の兄ちゃん1人。

 使用人は爺さん執事のみである。


『確か兄ちゃんがヴァン・ダファルで、爺さん執事がクレーエ・ボーネだったな』


 後の面子はオルソ侯爵だけだ。

 他に貴族を連れて来なかったのを見ると一応は護衛枠なんだろう。

 本来は属領の責任者と言うべき立場ではあるが。


「我々はヒガ陛下を全面的に信頼しております」


「おいおい……」


 ここにも丸投げ主義者がいたようだ。

 まあ、一晩で戦争問題を解決してしまったからな。

 他にも色々やらかしたし。


 好意的に解釈すれば頭数が多いほど足手まといになると考えたのかもしれない。

 なんにせよ自国ではここまで無防備にならないと思いたい。


「それよりもハルト殿」


 会話に一区切りがついたと見たのだろう。

 ここでカーターが話し掛けてきた。


「この飛行機なる乗り物は本当に凄いね」


 梅干しの時よりはマシだが興奮気味である。


「前にも乗ったじゃないか」


「あの時は今のような余裕はなかったよ」


 カーターが穏やかに笑う。

 確かに戦争になるかもしれないという緊張感があるような状況だった。


『その割に悲壮感とか、あまり感じなかったんだが……』


「冷静に考えてみると信じられないよ」


「そうかい?

 なら、面白いものを見せよう」


「面白いもの?」


 俺は普通紙を取り出すとテーブルの上で折り始めた。


「紙だよね」


 カーターが俺ではなく爺さん公爵の方を向いて確認を取ろうとしていた。


「紙ですな」


 2人とも俺が何をしているのかを食い入るように注視している。


「大したことはしないぞ。

 魔法を使わなくても……」


 折り上がった紙飛行機を軽く肘と手首の動きだけで投げる。


「「「「おおっ!?」」」」


 男連中が衝撃を受けたらしく驚きの声を上げた。


「まあ、不思議」


 フェーダ姫も軽く目を見張っている。


「紙の軽さと自然現象が組み合わさると、こういうことができるんだ」


 返事はない。

 ゆっくりと大きく旋回する紙飛行機にエーベネラント組の目が釘付けになっている。

 完全にロックオン状態で紙飛行機の動きに合わせて首を巡らせる一同。


『初見だと大人でもこうなるのか』


 それは紙飛行機が床へと滑り込むように着地するまで続いた。

 直後、一斉に俺の方へと振り向くエーベネラント組。


「凄いですねっ。

 ただの紙片が宙を舞いましたよ。

 こんなの生まれて初めて見ました」


 楽しそうに感想を述べるフェーダ姫。


「ハルト殿、本当に魔法じゃないのかい?」


 瞳をキラキラと輝かせながらも信じ切れないカーター。


「使ってないぞ」


 俺は即答するも、理解できないとばかりにカーターは頭を振る。


「猛禽類が飛んでいるところを見たことがないか?」


 そう問うと──


「鷹とかワシのことだよね。

 あるけど、それが何か?」


 不思議そうに問い返されてしまった。


「奴らは羽ばたかずに飛んでいる瞬間があるだろう?」


「あるね。

 グルグル回ってることが多いかな」


「あれを滑空と言うんだが、魔法を使っているか?」


「いいや、鳥が魔法を使うとは思えないな」


「なのに飛び続けているよな?」


「む……」


 そう言葉を発してカーターは考え込んでしまう。


「あまり深く悩まなくてもいいぞ。

 紙飛行機が飛ぶ理由が分からなくても政に影響はしないからな」


 俺はそう言って深く悩ませないように促した。

 説明するのが面倒だから逃げたとも言う。


『科学知識に馴染みのない相手だからなぁ……』


 クッタ・ジュコーフスキーの定理とか地球の人間の名前を出す訳にもいかないし。


「それもそうか」


 あっさりと乗ってくれて内心でホッと胸をなで下ろす。


『いや、油断は禁物だ』


 目先をそらさないと、いつ逆戻りするか分かったものではない。


「それよりも紙が安価で手に入るようになったんだから知育的なことを覚えてみないか」


 言いながらカラフルな正方形の紙を用意する。


「お、何だい?」


 興味を持ってくれたなら成功だ。


「これは折り紙と言ってな……」


読んでくれてありがとう。

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