914 帰るまでが臨海学校ですと言いたくなった
昼食の片付けが終わったら自由時間である。
特にイベントは用意していない。
皆がどう行動するか見てみたかったからね。
そういう意味では古参組はフリーダムだった。
海へ漁に出かける者。
「魚介ゲットだぜ!」
「「「「「おーっ!」」」」」
『どこかで聞いたような台詞が……』
気にしてはいけない。
そして砂浜でオブジェを作って遊ぶ者。
「海辺と言えばグランダムの水陸両用機との戦闘でしょう」
「基本はスゴークとゴッヅだね」
「いやいや潜入戦に出てきたマッカイも外せないよ」
「マッカイを作るなら熊谷さんの方がいいなぁ」
「それは派生作品のプラモバトルのやつでしょうが」
何だか揉め始めたぞ。
作業を中断して議論が始まってしまった。
それを尻目にサーキットのミニチュアを作る集団もいる。
ただし、普通のコースではなくアニメに出てきそうな立体的な感じの代物だ。
コース上には……
「多段ブースト!」
「なんの、人型に変形してアタック!」
複数の作品のメカが走っている設定らしい。
カオスである。
そんな中でテンションも高く温泉へまっしぐらな者。
「お風呂へGO!」
「「「「「おーっ!」」」」」
魔道具の作成や改良に励む者。
「「「「「………………………………………」」」」」
『黙々と作業してるな』
邪魔しちゃ悪いので、そっと場を離れたのは言うまでもない。
ポーションをせっせと作って小遣い稼ぎを目論む者。
「西方で売るなら、もっと薄めないと」
「あんまり薄めると持ちが悪くなるよ?」
「そこは保存性の高い材料を入れる」
「原価がアップするよ?」
「配合バランスで調整しよう」
秋祭りに向けて屋台料理の研究に余念がない者。
「ハンバーガーの具材どうする?」
「お祭り用に増やしたいよね」
「トマトの厚切りスライスとか、どう?」
「水っぽい気がするけど」
「ジューシーな感じで悪くないんじゃないかな」
「アボカドが入ると面白そうだよ」
「アクセントになりそうだね」
「じゃあ両方試してみよっか」
「「「「「賛成ーっ!」」」」」
模擬戦で気付いたこと教わったことを復習しつつ鍛錬する者。
「とりゃあっ!」
「踏み込みが浅いよ」
「でぇいっ!」
「上半身が泳いでる」
「たあーっ!」
「腰が入ってない」
仲間同士で注意し合う形で修正していた。
本当に様々である。
女子組は鍛錬一択だったけどな。
ただ、古参組のような緩い雰囲気はなく目の色が違った。
必死すぎて鬼気迫るものがあるというか。
気持ちは分からんでもないんだけどね。
模擬試合は兎にも角にも濃密な時間だったからな。
取りこぼさないようにと焦りにも似た思いを抱くのも無理はない。
「どうにもならんだろうなぁ」
思わず愚痴ってしまう。
『怪我だけはしてくれるなよ』
治癒魔法があるから関係ないとか言われそうだけど。
明日の朝イチで帰る予定である。
ここでケチがつくのは嫌なものだ。
だからといって皆を縛り付けたりはしたくない。
せっかく意欲的になっているのだし。
ジレンマである。
「何がどうにもならないのよ?」
背後から声を掛けてきた者がいた。
レイナである。
振り返ると月影の面々がそろっていた。
まあ、気配で気が付いてはいたけど。
「おっ」
ススッとノエルが近づいてきてピタッとくっついた。
無言で俺の服の裾を掴みつつ見上げてくる。
一見すると無表情なのだが、見慣れた者には上機嫌なんだと分かる表情だ。
『うはー、たまらんなぁ』
可愛すぎて内心で悶絶してしまう。
誰だ? YESロリータNOタッチなんて叫ぼうとしているのは。
くれぐれも言っておくが俺はロリコンではないぞ。
ノエルのいじらしさにグッと来ただけだ。
今まで仕事を優先して俺のそばに居たいのを我慢していたからな。
裾を握って離しません状態をキープされようが気にならない。
というか、これがグッと来るポイントだ。
で、そんな感じで俺がノエルに気を取られた隙に──
「だいたい想像つくで」
とアニスが横入りしてきた。
しかもフフンと鼻で笑っている。
が、その笑みは柔らかい。
あからさまなドヤ顔であればイラッとさせられたのだろうが。
幸か不幸かそういう感じはしなかった。
見透かされているようで居心地が悪くはあったけれども。
「そうなの?」
それを見たレイナが質問の矛先を俺からアニスに変えた。
「大方、新人の子らが根を詰めすぎやとか思て心配しとるんや」
バレバレである。
苦笑しながら嘆息するしかないような状況だ。
「その通りだよ」
それしか言えない。
「さすがに心配しすぎだろう」
そう言ったリーシャに苦笑されてしまった。
いや、苦笑したのはリーシャだけではない。
月影の皆に苦笑されていた。
「だが、それが我らの夫だ」
ルーリアが恥ずかしがることもなく真顔でそんなことを言ってくれましたよ。
月影の面々が同意するように、うんうんと頷く。
『みんなニヨニヨしてるんだけど』
視線で突かれているような不思議な感覚だ。
どうにもムズムズする。
「難儀な性格ですね~」
珍しくもダニエラに弄られる始末だ。
「ホントです」
「でも、それが私達の旦那クオリティなのです」
メリーとリリーの双子にはコンボ技を使われてしまったし。
土下座したくなってきた。
『もうやめてください。
俺のライフはゼロよ』
死んではないけどね。
定番のボケをしないと居たたまれないのだ。
まあ、現実逃避したところで逃げ切れるものではない。
逃走しようにもノエルに掴まれたままだし。
『いっそのことノエルを抱えて……』
無駄だな。
後で余計に弄られるのがオチだ。
「しょうがないだろ。
この調子で怪我でもされたらと思うとな」
直球勝負で正面突破するしかない。
「ホントに過保護なんだから」
レイナに迎撃されてしまった。
「そうは言ってもな。
誰も怪我することなく終わってほしいんだよ」
これは偽らざる気持ちだ。
まあ、あれこれ禁止して締め付けた上で怪我がありませんでしたじゃ意味がないけど。
「家に帰るまでが臨海学校なんだからさ」
明日は朝イチで帰るんだし。
何か事故や問題が発生するとしたら、このタイミングだろうしな。
さすがに夕飯や就寝している時まで逐一心配するほど過保護じゃないつもりだ。
「心配性ねぇ」
リーシャに苦笑されてしまった。
「少しはドンと構えてほしいものだ」
ルーリアには手厳しい一言をいただいてしまいましたよ。
「「そうだよ、王様だもんね」」
双子ちゃんたちには追い打ちをかけられるし。
「そもそもですねー、新人さんたちも簡単には怪我をしなくなってますよぉー」
ダニエラには根本的なツッコミを入れられてしまった。
「うぐっ……」
それを言われると弱い。
「せやせや、あの子らかてレベルアップしてるやん」
アニスには追い打ちをかけられるし。
もはや火だるま状態である。
「いつまでもヒヨッコのままやないねんで」
「ぬぬぬっ」
確かにアニスの言う通りなのだ。
この臨海学校で女子組も成長した。
彼女らが普通に学校に通っていたなら、ここまでの成果は得られなかっただろう。
それは女子組だけではない。
一部の臨時生徒たちにも言えることだ。
レベルだけでは表しきれない経験をして成長したはずである。
どう考えても反論の余地がない。
俺、撃沈である。
『誰か助けて……』
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結局、誰も怪我をすることはなかった。
しかしながら夕食の準備をする時にはヘロヘロ状態になっていたけどね。
自由時間だからと監督者なしで自主的に修行させたら、この始末である。
女子組はミズキから小言と疲労回復ポーションを貰ってショボンとしていた。
で、固形ポーションを口に放り込んで顔をしわくちゃにするんだけど。
『お約束の展開は外さないね』
その後は御飯を食べて風呂に入って少し早い目の就寝となった。
特別なイベントは用意してなかったのでこうなった訳だが。
ただ、何もなかったとは言いがたいかな。
「逃げないからトイレにまで付いて来るのは勘弁してよ」
その原因は俺の服の裾を握ったまま離さなかったノエルさんである。
どうにかトイレだけは勘弁してもらったけどね。
え? 風呂はどうしたのかって?
一緒に入ったよ。
他の奥さんたち全員と一緒でなかったら犯罪的な絵面になったかもね。
「……………」
誤魔化すのはよそう。
誰が一緒でも犯罪的に見えたのは間違いない。
まあ、ノエルとは婚約してるからセーフだってことにしておこう。
なんにせよ甘えん坊な子供の部分をまだまだ残しているノエルであった。
この調子でビタッとくっついたまま添い寝もされたしな。
YLNTな紳士諸君には八つ裂きにされそうなことの連続だった訳だ。
別に疾しいことは何もしてないんだけどね。
ホントだよ。
読んでくれてありがとう。




