911 他のグループも見てみよう・フィズとジニアの場合
フィズとジニアが組んで模擬戦を戦っていた。
対戦相手は子供組のミーニャとルーシーとシェリーだ。
『ローズも酷なことをするなぁ』
2対3で実力は3人の方が格上という状況。
トモさん風に言えばSっ気が感じられる組み合わせだ。
「これはすぐに終わるんじゃないのかい?」
「ですよね」
トモさん夫婦はローズの狙いを考慮することなく結論づけた。
「そんな単純でもないだろう」
俺は反論するが、トモさんたちは首を傾げている。
「ウィスの時とは違って囲まれているよ」
「いくら何でも脱出は困難でしょう」
フィズとジニアは2人の言うような状況に追い込まれている。
背中合わせで死角を減らすようにするのが精一杯なのが現状だ。
「行くニャ!」
ミーニャが振り回していた鎖を突き出すように投げ放った。
一直線に先端の分銅が飛んで行く。
「しっ!」
短く鋭く息を吐いて小太刀で弾くジニア。
重い一撃だったのだろう。
「ぐぅっ!」
ジニアが呻く。
左手を刀の峰に添えていたにもかかわらず、この有様だ。
片手でどうにかしようとしていたら小太刀は間違いなく弾き飛ばされていただろう。
それだけの攻撃を受けたにもかかわらず小太刀にダメージは見られない。
ジニアが地魔法を使っていたからだ。
鉱物も地の産物である。
だから小太刀に流し込むことで強化することが可能だ。
ただ、ジニアの使った魔法の術式を見る限り普通の強化ではない。
小太刀に靱性を持たせたまま強化するなどという高度なことをしている。
ただの強化より数段ほど制御難易度が上がるはずなんだが。
『よくそんな真似をしようと考えたな』
ましてや、この小太刀はファントムウェポンである。
本物の刀身や刃がある訳ではない。
鉱物でもないものに地魔法を流しても発動する訳はないのだ。
故に普通ならベルのように風魔法を纏わせるなどして防御力を上げようとするはず。
それをせず直に地魔法を流し込もうとしたのには驚きを隠せない。
どう考えてもジニアの実行した方が難易度が高いし。
制御が難しくて受けに集中しきれなかったのは見え見えだった。
そこまでするなら理力魔法を使っても大差なかったと思う。
「器用なことするねぇ」
トモさんも感心している。
「ですが、よくファントムウェポンが地魔法を受け付けましたね?」
フェルトが聞いてきた。
「自動人形の思考術式を組み込んであるからね」
「ああ、そうでしたね」
思い出したとばかりにフェルトがポンと手を叩いた。
「流し込まれた魔法を解析してシミュレートしているんだね?」
トモさんが確認するように聞いてきた。
「そうだよ。
ジニアが仕様を聞かずに実行するとは思わなかったけど」
「ハハハ、そりゃあ無意識にそうしてしまうほど出来がいいってことじゃないかな」
トモさんが笑う。
「でも、刀身は半透明だからね」
気付いても良さそうなものだが。
それだけ余裕がないとも考えられるか。
現にジニアは受けた右手をしきりに気にしている。
痺れを感じているらしい。
「防御に失敗したようだね。
あの状態では次の攻撃は厳しいな」
「そうだね」
少なくとも今のままでは小太刀では受けられない。
「あれは治癒魔法を使った方がいいですね」
フェルトが呟くように指摘するが、ジニアには聞こえるはずもない。
「だが、ジニアは気付いていないな」
「あのままでは次で詰みですよ」
そうは言えども気付かないことにはどうにもならない。
このあたりは今まで魔法が使えなかったことが影響している。
考えないと魔法という発想につながらない訳だ。
「これもまた経験だな。
おそらくローズが後で指摘するだろう」
俺がそう言うとフェルトやトモさんも頷いていた。
担当者がいるんだから口出しは控えた方がいいことに気付いたようだ。
そして俺たちが会話している間に反対側でも攻防が始まろうとしていた。
いや、睨み合いが続いていたので実際にはとっくに始まっている。
シェリーがわずかでも動くとフィズがピクリと反応。
少しでも攻撃の兆候を逃すまいとしていた。
『そういうのって長続きしないんだけどなぁ』
格上が相手だと、そうも言っていられないのだとは思うが。
そんな中で──
「こっちも行くよー!」
シェリーが可愛らしく攻撃を宣言した。
おまけにモーションが大きい。
隙だらけである。
「なっ!?」
虚を突かれて唖然とするフィズ。
だが、すぐに表情を引き締める。
本来なら隙を突いて先制攻撃と行きたいところだが、フィズは動かない。
ジニアに背中を預けられている以上は受けるしか選択肢がないのだ。
「とーっ」
気の抜けたような間延びした掛け声でシェリーが投擲する。
分銅の軌道はミーニャの時と同様に突くような直進であった。
「せいっ!」
フィズが鋭い掛け声と共に小太刀を薙ぎ払う。
普通に考えれば武器破壊コースなんだが、それはフィズも自覚していたようだ。
小太刀を振り始めた瞬間に水魔法を纏わせていた。
あれなら水の抵抗が分銅の勢いを削ぐだろう。
更に水の重さが小太刀に加わる。
飛来した分銅の重みに対抗しようというのか。
ただ、そのまま振り切ると水魔法の重みが腕に負担をかけてしまう。
そこは衝突の衝撃で振りの勢いが落ちることも考慮していそうだけど。
『果たして、そう上手くいくかな』
「水をまとわせすぎだね」
「アレでは振り切った後が……」
トモさんやフェルトも俺と同意見のようだ。
確かに水量が多いほど分銅の攻撃は防ぎやすくなる。
現に分銅の軌道をそらすことに成功。
が、問題は直後に発生した。
「ぎっ!」
俺たちが懸念した通りにフィズは肩を痛めた。
それでも小太刀を下に落とさなかったのは根性だろう。
「あー……」
フェルトの方が痛そうな顔をしている。
「やっちゃったかー」
トモさんもそれに続く。
「しょうがないよ。
無茶したんだから」
状態は明らかにジニアより悪い。
それだけに治癒魔法を使うことはすぐに思いついたようだ。
歯を食いしばりながらフィズはどうにか集中していた。
痛みのせいで制御効率が落ちる。
通常よりも時間をかけ、ゆっくりと治療していく。
『実際の戦闘ならアウトだな』
魔法の制御に気を取られすぎである。
ジニアの背中を預かる身としては致命的な隙を作ってしまっていた。
子供組は気配を紛らせて待機状態で見守っている。
攻撃の意図はないようだ。
ダメ出しくらいはしないのかと思ったが、止めているのはローズの指示だった。
『後で指摘するつもりか』
見学している同じグループの面々に説明する都合もあるのだろう。
待つことしばし。
どうにか肩を治癒し終えたようだ。
「ふぅ……」
安堵して大きく息を吐き出すのも無理からぬところだが。
『模擬戦中だぞ』
いくら何でも気を抜きすぎだ。
まあ、それだけ子供組の気配の紛らせ方が巧みであるとも言えるのだが。
既にローズは待ったをかけていない。
そうなると──
「油断大敵なのー」
待ってましたとばかりに今度はルーシーが上から叩き付けるように鎖を振るった。
ゴウッと風を切る音がして分銅が2人の頭上に迫る。
「うわぁっ!」
「嘘ぉっ!?」
フィズとジニアには想定外の攻撃だったようだ。
悲鳴を上げながら、なり振り構わず身を投げ出すように飛び退いていた。
それが功を奏したらしい。
どうにか回避は成功した。
ただし、その一撃のみを躱すしかできないような躱し方だ。
後が続くはずもない。
追撃を受ければひとたまりもないだろう。
「「………………………………………」」
沈黙の間が続いた。
だが、いくら待っても分銅が砂浜にめり込む音がしない。
ミーニャやシェリーからの追い撃ちもない有様だ。
砂浜にダイブした状態から2人が恐る恐る顔を上げた。
怪訝な表情を浮かべている。
そこから何故という言葉が読み取れた。
2人は顔を見合わせるが、それで答えが出る訳もない。
どういうことかと自分たちが背中を合わせていた場所を見る。
分銅は2人が立っていた場所で宙に浮いていた。
立っていた時の頭より少し上の位置で。
飛び退かなくても当たってはいなかっただろう。
「あ……」
「理力魔法……」
2人も気付いたようだ。
真っ直ぐに伸びた鎖がジャラジャラと音を立てながらルーシーの手元まで戻っていく。
「ひとつの攻撃に気を取られすぎなの。
今のが当たってたら大ダメージなの」
『なかなか手厳しいなぁ』
幼女は辛辣である。
いや、親切と言うべきか。
追撃もしなかったし。
確かにルーシーが言うように、その前の攻撃はそれぞれ単発だった。
とはいえ、今の2人が防御するには難易度が高かったのも事実。
「「うぐっ」」
指摘を受けた2人が呻く。
「後のことを考えなさ過ぎニャ」
「そうだねー。
ダイビングして逃げたら、そのままで固まってちゃダメだよー」
「追い打ちのことも考えないとダメなの」
「「あうっ」」
模擬戦中にもかかわらずダメ出しが始まる。
ローズが注意しないのかと見てみれば、腕組みをして同意するように頷いていた。
何だかグダグダになっている。
『まあ、いいか』
試合じゃないんだし。
こういう模擬戦もありだとは思う。
読んでくれてありがとう。