910 他のグループも見てみよう・ベルの場合
「じゃあ、これを踏まえて次の対戦ね」
エリスの言葉をきっかけにグループ内に動きが出る。
次の対戦者が模擬戦場へと向かう。
それに合わせて俺たちも動くことにした。
「次のグループを見に行こうか」
「分かった」
「はい」
3人でその場を離れた。
まあ、隣のグループなんで移動距離はほとんどないんだけどね。
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「うぉー、婆さんやるねぇ」
隣のグループの模擬戦を見たトモさんの第一声がそれだ。
忍者スタイルのパピシーの攻撃をベルが風魔法でそらしたのを見ての感想である。
単に風魔法で捌くだけなら即座に対応されていただろう。
だが、同時に地魔法を使って足場を崩しにかかられると簡単にはいかない。
もっとも妖精組は魔法を一切使わずに対処することにしているようだ。
特に禁止されている訳ではないのだが。
『自分に縛りを入れることでハンデにしている訳か』
それでも差は大きいので加減はしているみたいだけど。
事故が起こらないように配慮した動きを見せている。
それでもナタリーとしてはハラハラするらしい。
パピシーからモーションの大きい攻撃が来て──
「ああっ」
と声を上げたり。
その攻撃にベルが対応して飛び退ると──
「ほっ」
と胸をなで下ろしたり。
あるいはベルの顔面の脇をかすめていく突きに──
「ひぅっ」
と小さく悲鳴を漏らしてビクッと固まったり。
一挙一動にリアクションがある。
「ナタリーの方が見ていられないね」
トモさんの言いたいことがよく分かる。
まるでホラー映画でも見ているんじゃないかという反応だからな。
苦笑を禁じ得ない。
「でも、見ていて飽きないというのもある」
「同感だ」
俺たち2人で笑っていた。
身内を心配する相手に対して不謹慎だと怒られるかもしれないが。
まあ、模擬戦だからね。
「それよりもベルの戦いぶりでしょう」
フェルトが見るべきは模擬戦だと主張してきた。
「「へーい」」
視線をベルに戻す。
「さすがはベテランってとこかな」
すぐにトモさんがベルの変化に気付いた。
攻撃のさばき方が風壁を用いたものから小太刀に風を纏わせたものになっていたのだ。
「ワンパターンだと対処されると踏んだのだろうね」
「それもあるかな」
「他にもあるのかい?」
「魔法に頼らない防御技術の向上が狙いだと思うよ」
俺の返答にトモさんだけでなくフェルトも怪訝な表情を浮かべた。
「小太刀には風魔法が使われていますよ?」
「そうだよね」
奥さんのアタックを援護するトモさん。
「いきなり、上位者の攻撃をまともに捌くのは無理があるだろ」
「あー、それで受け流しやすいように風を纏わせているのか」
「そういうこと」
トモさんは納得したようだが、フェルトは首を傾げている。
「まだ何かあるかな?」
「どうして、あんな変則的な持ち方をするのでしょう?」
フェルトが聞いてきたのはベルの小太刀の持ち方だった。
「言われてみれば逆手だね」
トモさんがちょっと目を丸くしている。
「時代劇とかで見慣れているせいか、違和感がなかったよ」
元日本人ならではの感覚なのだろう。
少なくとも西方人で武器を逆手に持つ者を見たことがない。
「逆手で持つのは受けることを主体に考えているからだな」
「盾代わりということですか?」
まだ納得がいかないのだろう。
フェルトは首を傾げたままである。
「そういう発想はベルにはないだろうな」
元ネタは時代劇の動画だとは思うが。
「それをやってしまうと小太刀が持たないし」
フェルトが納得できないのもそのあたりにあるはずだ。
「あくまでも受け流すための構えだよ」
「どういうことでしょうか?」
「受け流す際の手首にかかる負担を考えるといい」
「手首……」
フェルトは呟くようにそう言うと、ベルの防御を食い入るように見始めた。
忍者パピシーの攻撃を腰を落とした構えで弾いている。
「ちょっと余裕がないね。
受け流しとは言えないような状態だよ?」
トモさんが少し声を抑えて話し掛けてきた。
フェルトの集中具合を見て邪魔にならないように配慮したみたいだな。
で、ベルの状態はトモさんが言うように余裕が感じられない。
忍者パピシーが繰り出す長剣の攻撃に翻弄されかけである。
時折、不意を突くような感じで突きが織り交ぜられていた。
これが受けを困難にしているらしい。
どうにか弾くので精一杯といったように見受けられる。
ここから受け流しできるようになるまで壁が幾つあるのやらといった感じだ。
「難易度高くないかな。
軌道がすり抜ける感じだよ」
トモさんはベルが苦戦する理由をちゃんと見抜いていた。
「その方が内容の濃い練習になるよ」
「常にギリギリで訓練した方が上達が早いってことかい?」
「そういうことだね。
無茶すると武器の負担が大きくなるから練習にはもってこいだよ」
「ということは、あのファントム小太刀は下手な受け方をすると……」
「曲がるか折れるかするよ」
「そこまで再現するのかい?」
「リアル志向だからね」
俺がそう返事をすると、トモさんは何かに気付いたように目を瞬かせた。
「ということは試合が終わったら元通りになるということでいいのかな?」
「そうだね、ファントムウェポンは使い捨てじゃないから」
「損傷は擬似的なものってことなんだね」
「ああ、そうだよ」
使い捨て発想の訓練用武器も考えたんだけど採用はしなかった。
なんか勿体ない感じがしたんだよね。
貧乏性なのかもしれないけど。
「でも、どうやってファントムウェポンに試合終了を認識させるんだい?」
凄く不思議そうに聞かれてしまった。
ちょっと意外である。
てっきり気付いていると思ったのだが。
「既存の技術の応用だよ」
「え?」
想像がつかないらしく、トモさんは驚きながら考え込んでしまった。
「そんな悩むようなことじゃないよ」
ちょっと泡を食ってしまった。
慌てて思考の海に没入しかけたトモさんを引き戻す。
「自動人形の思考術式を簡素化して組み込んでいるだけだって」
「……………」
微妙な沈黙の間が訪れる。
トモさんは無表情だったが、無理にそう装おうとしているように見えた。
どうやら気付いて当然のことだったと思っているようだ。
『まあ、仕様とかは見せているしなぁ』
これがマンガやアニメのシーンであったら滝のような汗を流していることだろう。
そして──
「ガーン」
わざとらしい驚愕の表情を見せた。
口で「ガーン」とか言ってる時点で照れ隠しなのは見え見えだ。
「まあ、そういうことだから融通が利くんだよ」
とりあえずスルーしておいた。
「な、なるほどぉ……」
それでも意図的に動揺している様を見せてくる。
思った以上に復帰できていないようだ。
とりあえず時間が必要なようなのでベルの模擬戦に注目してみる。
フェルトが集中して見始めてから数分といったところだが。
『あー、ギアを1段上げたな』
もちろん忍者パピシーの方が、である。
ただ、パワーもスピードもそのままだ。
それでもベルが防御しきれずにジリジリと後退している。
「攻撃がSっ気のある感じになったね」
トモさんらしい表現が聞こえてきた。
『横を向いたら本調子に戻りますか』
「別の表現にしないと誤解されるよ」
「では、テクニシャンな感じでどうかな?」
それはそれで似たような雰囲気が漂っているのだが。
「……………」
これ以上は不毛な会話が続きそうな気がする。
『本調子じゃなくて動揺したままなんだな』
どうしたものかと頭を抱えたくなったところで救世主が現れた。
「ハルトさん」
フェルトがこちらに振り返ったのだ。
さすがのトモさんも自分の妻の前で暴走はしないだろう。
そう思いたい。
何にせよ今は避難するのみである。
「それだけ観察しても、まだ納得がいかないかな?」
手首の負担は逆手の方が少ないことに気付いても良さそうなものだが。
「いえ、順手に持った状態をイメージして見ていたんですが……」
脳内でシミュレートしながら見ていたってことか。
『同時進行でなんて器用なことをするなぁ』
「この短い攻防の中で3回は小太刀を弾かれていたと思います」
そういう見切りができるとはね。
戦闘のセンスがある証拠だ。
「それ以前に順手で受けていたら早い段階で手首を痛めている恐れもあります」
フェルトもちゃんと人体構造を理解しているな。
ただ、それを言った本人の表情はやや険しい。
フェルトの言いたいことは分かる。
順手で受けた時に手首を痛めかねない攻撃をするのは苛烈すぎるってことだろう。
「先に言っておく」
だから先手を打つ。
「順手の場合ならあの攻撃はしていない」
「え?」
フェルトが目を丸くする。
予想外の言葉だったようだ。
「妖精組は俺やローズが最初に戦い方を仕込んだんだぞ」
この一言で呆気にとられた状態からすぐに復帰した。
「そうでした」
そして苦笑する。
「じゃあ、次はローズが担当するグループに行ってみるか」
「はい」
それから間もなく、ベルが首筋に剣の切っ先を突き付けられ模擬戦は終了した。
充分に収穫は得られたらしく納得の表情で頷いている。
一方で、ナタリーは腰が抜けたようにへたり込んでいた。
『心配しすぎだよ』
え? 過保護なお前が言うな?
確かにそうだね。
読んでくれてありがとう。




