907 つくってあった『ファントムウェポン』
その晩は寝付けずに苦労する者たちが少なくなかった。
テントの中で寝返りを打つ者。
ずっと喋り続ける者。
諦めてテントの外に出て海を眺める者。
半数以上がいずれかの行動を取っていた。
キャンプファイヤーの炎が心に燃え移ったかのようだ。
消したつもりが熾火となってくすぶり続けていたのだろう。
『こりゃあ、明日に響くかな』
そこだけは大失敗だったと言える。
とはいえ魔法で眠らせるのも何か違う。
失敗するなら、学校で学んでいる間にどんどんしておくべきだろう。
実践で失敗しないためにもな。
そう思ったが、さすがに夜明けまで眠れないなんて者はいなかった。
飯ごう炊さんもキャンプファイヤーも全力で楽しんでいたからな。
程良い疲労感が眠気を誘ったらしい。
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明けて翌朝。
心配していたような寝不足さんは出なかった。
保存食を使って手早く食事を済ませることになる。
女子組にとっては訓練の時間でもあるのだが。
「全部、魔法ってキツいねー」
魔法で鍋を作って水魔法で適量の水を注ぎ、火魔法で湯を沸かす。
それをしているのは愚痴った女子冒険者だけではない。
各人が講師からの指導を受けて実行中なのだ。
「無駄口なんか叩いてると制御が乱れて失敗するわよ」
同じパーティの仲間らしき女子冒険者が注意している。
「その程度で乱れるようなら昨日の午前中でぶっ倒れてるわよ」
「減らず口を」
「へーんだ」
何だか口論っぽくなりかけているが、これが彼女らの常なのだろう。
特にいがみ合うでもなく作業を続けている。
そして湯が沸き始めたら棒状の保存食を投入して溶かしていく。
そのタイミングで別の女子冒険者たちに視線を変更してみた。
「ふわー、あっと言う間に溶けちゃった」
「トロトロのスープになったよ」
今回、用意した保存食は粉末状のスープの素に近いタイプだからな。
「凄いねー」
「なんか保存食とは思えないんだけど」
「これってお湯に溶かさなくても食べられるって聞いたけど」
何度も改良を重ねた結果できたものである。
「でも、お湯に溶かした方が美味しそうだよ」
仰る通りってやつだ。
そのまま食べた時の味は正直なところ微妙である。
何度もそのままの状態を試食したが、美味しいと思ったことは一度もない。
お湯に溶かすことを前提にしているからな。
手間をかけて味が悪かったら最悪の気分だろ?
そんな訳で急ぐときにそのまま食べる場合の味は犠牲にしている。
「えー、でも匂いはあんまりしないよ?」
「なに言ってるの。
匂いなんかしたら魔物とか獣とか引き寄せるだけじゃない」
「そうそう。
それに、これだけのものが食べられるだけでも贅沢だよ」
「う……」
とあるパーティでは約1名がやり込められていた。
ここで彼女らよりも進捗していた別の女子冒険者を見てみる。
「これは……」
「薄味なのに……」
「信じられないほどおいしいね」
「もっと塩味がきついのかと思ってた」
「これで保存食って凄すぎだわ」
「ホントだね」
「ミズホ国に来て良かったぁ」
しみじみとそんな感想を漏らす女子冒険者に仲間たちがうんうんと頷いて同意する。
『食べ物で釣ったみたいになってるな』
そんな覚えは毛頭ないのだが。
なんにせよ、女子組の魔法制御力も随分と上がった。
昨日の訓練はかなり効果的だったようだ。
ならば今日の訓練は別メニューに切り替えるべきだろう。
そのためのアイテムも作って用意してあるしな。
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「今日の訓練は対戦形式で行いまーす」
マイカの宣言に生徒たちがざわつき始めた。
女子組だけでなく古参組もだ。
困惑の度合いは同じ程度だろうか。
「はいはーい、静かに!」
パンパンと手を叩いて自分に注意を向けさせるマイカ。
「皆は強さのバランスが取れないと思ってるんでしょうけど」
そう言うと、同意するように頷く者が多かった。
「あくまで形式であって試合じゃないからね。
当然、目的は勝ち負けじゃないわ。
新人さんたちと他の者では変わってくる。
強い相手と戦って生き延びるか、相手を確実に追い詰めるか」
その発言によって皆が真剣な面持ちになった。
「いくつかのグループに分かれてもらうわ。
そこで渡される模擬武器を使って対戦してもらうから」
武器が本物でないと聞いて女子組のあたりが少しだけ安堵する。
『甘いなぁ』
この訓練の趣旨を考えれば痛みが伴わない訳がない。
痛くないと覚えないからな。
古参組はそのあたりを正確に理解しているようだ。
苦笑気味に女子組を見ていた。
「痛みがないとは言ってないわよ。
むしろ、かなり痛いと思っていいわね」
マイカから追加の説明が入ると、やや弛緩していた女子組の空気は凍り付いた。
「怪我はしない仕様だけど」
その補足説明が耳に届いても顔色は悪いままだ。
『昨日の訓練と照らし合わせて痛みの程を想像してしまったのかもな』
それは正しい認識だ。
俺が用意した模擬武器ファントムウェポンは痛みをかなり正確にフィードバックする。
もちろん魔道具だ。
起動しない状態の見た目は短い棒でしかないのだけど。
これが剣の柄や槍などの柄の一部になると誰が思うだろう。
魔力を込めて起動すると初めて武器の形になる。
ただし、半透明の状態でだ。
実体を伴わない幻影魔法で形成される訳だな。
だからこれで斬られても怪我をしないのは道理だろう。
もちろん、それだけでは模擬武器としては不都合が多すぎる。
まず当たった感触がないのは致命的だ。
これでは訓練に使える訳もない。
劇なんかだと重宝されるだろうけど。
その場合は半透明な部分をどうにかする必要があるがね。
それに鍔迫り合いもできない。
あるいは盾での防御も似たような状況が発生しうる。
実体を伴わないのだから当然だ。
同様に長柄の武器でも実体のない部分の柄が掴めない問題がある。
これでは本来の使い方ができなくなってしまう。
そんな訳で、これらの問題は理力魔法の術式で調整してある。
人に当たる場合のみ怪我をしないように素通りする訳だ。
当てる側には感触なんかがフィードバックされるようになっている。
この時、受けた側は当てられても感触がないのが問題となるのだが。
そこは痛みとしてダメージの代わりとした。
具体的に言うと静電気でバチッと来た時のような感じだ。
攻撃の具合によって痛さは変化する。
かすり傷相当ならそれほど痛くないだろう。
後にダメージが残るということもない。
深手を負うのと同等の場合は一般人なら気絶してもおかしくない痛みが走るはず。
そして後々まで痛みが続く。
致命傷に近いものなら決着がつくか審判が止めるまでは痛みが続くことになる。
え? 過保護な俺らしくない?
逆だよ、逆。
過保護だからこそ痛みを教えるんだ。
実戦で初めて痛みを知るようなことだけは無いようにしたいからな。
怪我を負っても痛みを堪えられれば立て直すことは不可能じゃないだろ?
「グループの振り分けはメールで送っておいたから確認してね」
「「「「「はーい」」」」」
同じタイミングで返事をしているのに2種類に聞こえてしまう。
古参組は普通。
女子組は陰鬱な感じ。
後者は明らかにお通夜のように重苦しい雰囲気だ。
喪服を着せて並ばせたら何も知らない相手にはきっと勘違いされると思う。
別の見方をするならお仕置きされる直前ってところかな。
『別に罰する訳じゃないんだが』
そうは思ったものの罰ゲーム的ではあるかもしれない。
誰だって痛いのは嫌だ。
そういうのが好きって人種は除く。
もしくはレベルが高いと痛覚耐性も高いので痛みも感じにくかったりするんだけど。
『俺も試作品で何度も試したさ』
思い返すと遠い目をしたくなる。
痛みを繰り返し感じたからではない。
重症レベルのはずの痛みが受けても受けてもチクッとする程度だったからだ。
途方に暮れたのは言うまでもない。
完成させるために誰かに手伝わせるのは本意ではないからな。
訓練のためならともかく試作品の段階で何度も痛みを味わわせるとか無理。
しょうがないので脳内シミュレートだけで仕上げた。
『実はぶっつけ本番なんだよな』
もう1人の俺を多数動員したけど不安は拭えなかった。
故に痛みの感じ方を3段階で調整できるように仕様を追加してある。
「そんなに暗くならなくても大丈夫だって。
最初は、痛みを8割カットする状態で始めるから」
マイカの言ったカット率はファントムウェポンの初級モードで実現できる。
さすがに8割カットの言葉は重みが違うようだ。
女子組全体を覆っていた暗く張り詰めた空気が緩んだのが分かったからな。
「様子を見て4割カットにしていくけど」
戻りかけた明るい雰囲気が萎んでいく。
まあ、それでも沈みきった状態よりは遥かにマシだった。
「質問はあるかしら?」
すかさず挙手する女子冒険者が何人かいた。
マイカが指名する。
「痛いですか?」
ガクッとズッコケた。
冗談かと思ったけど結構マジだ。
「痛いかどうかは自分で確かめなさい」
マイカに答えるつもりはないようだ。
「「「「「ええーっ」」」」」
マイカの返事に手を挙げていた女子冒険者たちからブーイングが起こる。
『全員、同じことを聞きたかったのかよっ』
どんだけ痛いのが嫌なんだろうな。
まあ、変態でない限り嫌なのは分かるんだけど。
「痛いのが嫌なら工夫しなさい」
マイカの言ったことに尽きると思う。
俺には頑張ってくれとしか言えない。
読んでくれてありがとう。




