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897 臨海学校の趣旨を考えよう

「誰と組むことになるかは我々講師陣にも分からない。

 だが、常に同じメンバーで活動できるとは限らないことも忘れずに取り組んでほしい」


 ルーリアがそう言うと皆一様に神妙な表情になっていた。


『ちょっと真面目すぎるかなぁ』


 不真面目になれと言ってる訳じゃない。

 ただ、皆の反応に余裕がないのが気にかかる。

 生真面目に考えすぎなのだ。


 中でも余裕がなさ過ぎると感じるのは顔色を悪くさせた約1名。

 誰と組むか不明という話を聞いた瞬間からこの有様。

 言わずと知れたウィスである。


 まあ、余裕を失う理由が皆とは違う訳だし無理からぬところではある。


「勘違いしないでほしいのだが」


 そう言って見渡すように皆を見るルーリア。


「これは訓練ではない」


 その一言に皆が困惑の表情を浮かべる。

 ザワつくところまではいかないが、じゃあ何だと言いたげにルーリアを見ていた。


 そんな中でトモさんが──


「繰り返す。

 これは訓練ではない」


 とか仕事用の声で呟きながらほくそ笑んでいる。

 相変わらずサービス精神が旺盛だ。

 ただし、今回のように誰に向けたものかが謎なことが少なくないけどね。

 お陰でフェルトはどういうことかと真面目に考え込んでしまっていた。


「トモさんは冗談でボケただけだから気にしなくていい」


「あ、はい」


 幸いにも、すぐに復帰できる程度ではあったが。

 その間にもルーリアの話は続く。


「先程のウォークラリーと同じようにイベントの一種だと思ってほしい」


「「「「「おー……」」」」」


 感嘆の声が漏れてきた。

 みんなイベントという言葉に弱いらしい。

 それだけで、あっさり納得した顔になった。


 いくら何でもチョロ過ぎないか?

 思わずツッコミを入れたくなったさ。


 オレオレ詐欺とかの被害を心配してしまうレベルである。

 帰ったら国民全員にそのあたりも指導した方が良さそうだ。

 順番に学校に集めて授業することになるだろうか。


 普通に考えると学校で教えるようなことでもないとは思うのだが。

 そのあたりは日本とは違ってミズホ国の基準ということにしておこう。


「イベントなのにバラバラになるのー?」


 感嘆の余韻から抜けると素朴な疑問を抱く者もいたようだ。

 ルーシーである。


「皆と一緒の方が楽しいよー?」


 シェリーが追随してきた。


「っ、そういう意見もあるだろう」


 ちょっと慌てたようにルーリアが2人を手で制しながら言った。

 そうしないと子供組の全員から畳み掛けられると思ったのかもしれない。


 あながち間違いではないだろう。

 残りの子供組の面々が前のめりにつんのめっていたからな。


『そこで、ずっこけるのか……』


 ここにもサービス精神あふれる面子がいたようだ。


「だが、これは臨海学校のイベントだということを忘れていないか?」


 その問いかけに皆が気付かされたような顔になる。


「学校というのは学ぶ場所だ。

 特に臨海学校では新しいことを学んでもらうのを目的としている」


 フンフンという頷きが返された。

 子供組はもちろん、他の面子もだ。

 ルーリアの言ったことは事前に説明してあるから当然の反応と言えるだろう。


「慣れた仲間同士の連携を強固にするのも大事だが、それは他の時でもできる」


「「「「「おおっ」」」」」


 皆が軽い驚きに包まれている。

 失念していたことに気付かされたと言った具合か。


「だからこそ今は交流の少ない相手と親睦を深めてもらう。

 そこから学ぶことも多々あるはずだと我々講師陣は期待している」


 ほうほうと頷く者たちがそれなりにいた。

 ルーリアが何を言いたいのか薄々気付く者たちが出始めたようだ。


「だが、あくまで親睦が目的だ」


 その言葉を受けたお陰か、聞いている皆の表情も少し和らいだ気がする。

 ホッとした安堵感が漂っているし間違いないだろう。


 俺なんかは班分けをするのだったら競わせても面白そうだと思ったんだがな。

 ただ、見知らぬ同士で組ませて競うのは軋轢を生みかねない。

 そのあたりを失念していたのは失敗だ。


「ピリピリしたムードの中で食事をしたくはないだろう?」


 ルーリアのその言葉に参加者たちから軽く笑いが起きた。

 これを見ても分かる。

 俺に配慮が欠けていたのは明白。

 講師陣はそのあたりもちゃんと考えていたようだ。


『気配りって大事だよな』


 参加者たちは学ぶという言葉を思った以上に重く受け止めていた。

 俺がそれを見抜けなかったのは気配りを忘れていたからだ。

 ちょっと落ち込んでしまった。


 まあ、自業自得なんだけど。

 皆が笑ったことで、ちょっと救われた気がする。

 ひとしきり笑ったところでルーリアが話を再開した。


「ウォークラリーと同じように遊びの延長だと思ってくれていい」


 更に和やかな雰囲気になった。

 あちこちで笑顔が見られる。

 今から楽しみだと言っているかのようだ。


「とはいえ火や刃物を使う以上は限度はあるがな」


 ちょっとだけルーリアが引き締めにかかった。

 気の早いことに夕飯をネタにした私語がチラホラと聞こえ始めていたからだ。

 そういった面々がハッとして前に向き直る。


「ふざけるなど以ての外だが失敗しても深刻にならずとも良い。

 そんなことで諸君らに点数をつけたりはしないので安心してくれ」


 軽い引き締めの後は、ちょっとしたジョークを交えて空気を戻す。


『ルーリアも言うようになったな』


 始めて出会った頃などは、もっと堅苦しい感じだったけど。

 月影の面々を初めとした国民の皆が良い影響を及ぼしたのは間違いなさそうだ。


『成長したんだなぁ』


 感慨深いものがある。


「皆に問うが……」


 ここで言葉を句切って参加者を見渡すルーリア。

 皆もルーリアを見返している。

 注目が集まっていることを確認した上でルーリアは再び口を開く。


「このイベントは臨海学校の趣旨に沿うものだとは思わないか?」


 皆に問いかける形で説明を終えた。


『なかなか効果的な問いをするものだな』


 各人に考えさせるつもりなんだろう。

 そうすることで、より強く趣旨を意識付けさせるのが狙いって訳だ。

 思わず感心させられてしまった。


 ほとんどの者がルーリアの問いかけに頷き納得している。

 まあ、ウィスのような例外もいるがね。

 未だに青い顔をしたまま半ば固まった状態でいた。


 ルーリアの話そのものには理解も納得もしているはずなんだけど。

 だが、理解はしてもそれはそれ。

 受け入れがたいものがあるから体が拒絶する。

 高所恐怖症の人間に断崖絶壁の上が集合場所だと言っているようなものなのだ。


『……………』


 ちょっと例えが極端すぎる気もするが。

 そう思う時点でウィスの心境を本当の意味で理解できていないとは思う。


『何らかの形でフォローするか』


 オブザーバーがあれこれ口出しするのはルール違反だとは思うがね。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「それではクジ引きアプリを起動してくれるか」


 ルーリアの呼びかけに皆が準備を始める。

 古参組は慣れたものだ。


 一方で女子組はアタフタとしている者たちが多い。

 ゴソゴソとポーチからスマホを出してきて画面に触れて操作している。

 空間魔法が使えない現状では仕方あるまい。


「講師陣は番号付きの旗を持って所定の場所へ」


 女子組の準備が整うまでの間を利用して指示を飛ばしている。


「ハルくん」


 離れた場所にいたミズキが俺の所まで来た。

 その手には複数の旗がある。

 旗の部分はさほど大きくはないが竿はそれなりの長さがある。


 ゴルフでホール位置を示すピンフラッグがイメージに近そうだ。

 パッティングの時にキャディさんが引き抜くアレだね。


「はい、これ」


 1と数字の書かれた旗を渡される。

 思わず受け取ってしまっていた。


「トモくんも」


「俺もっ!?」


 俺と同様に渡された旗に記されたのは2の数字。


「フェルトちゃんもね」


「私もですか?」


 更に3の数字が入れられた旗を渡されたフェルト。


「俺はオブザーバーなんだけど?」


「知ってるけど、人手が足りないのよ」


 そんなことをミズキは言う。

 が、班分けするときの人数しだいで融通は利くはずだ。


 各班をなるたけ少数にしたいのか。

 俺たち3人が増えたくらいじゃ大した差にはならんと思うが。

 それでも確実にばらけさせる自信はあるようだ。


 アナログのクジなら人数分のそれをランダムに引くから偏りが出る恐れがあるのだが。

 チームメイト全員が再び同じチームになることだって無いとは言えない。

 確率的には恐ろしく低くなってしまうがね。

 だが、全体で見れば誰かが同じチームになることはあり得るだろう。


『アプリを使うならバラけさせるのは可能か』


 ウォークラリーのチームごとにクジを配布すればな。

 最初からチームが分散するように被らないクジを割り当てる訳だ。

 どのチームを引き当てるか、クジを引く前の段階で決まってしまうがね。

 その段階でもランダム性は持たせているはずだが。


『クジひとつに面倒くさいロジックパターンを考えるなぁ』


 それに全員がバラバラに分散するなんて逆にインチキくさい。

 俺たちを増やすのは、それを誤魔化す意味合いもありそうだ。


「飯ごう炊さんの間だけ助けると思って、ね」


 両手を合わせて説得されてしまった。


『くっ、あざといじゃないか』


 ミズキはあまり使わない手だが、それだけに破壊力は高い。

 それに関係性の薄い相手同士で親睦を深めるという目的を考えれば間違ってはいない。


「分かったよ。

 飯ごう炊さんの間だけだからな」


「ありがとー」


 旗を渡された以上は所定の位置とやらに行かねばならないのだろうが。


「ハルくんたちは、そこでいいわよ」


 そう言い残してミズキはさっさと移動してしまった。


「慌ただしいな」


「そりゃあクジ引きの結果が出てるからだろうね」


 見れば、何人かが俺たちの方へ向かって来る。

 その中には明らかに安堵したウィスの顔もあった。

 1のクジを引き当てたらしい。


『いや、違うな』


 ウィスだけは最初から1を割り当てられていた訳か。

 クジとしてそれはどうかと思うが、これは救済策なのだろう。

 無下にできるはずもない。


『皆もけっこう甘いよな』


 俺だけを過保護なんて言わせたくない気分だ。


読んでくれてありがとう。

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