895 本日の困ったちゃんたちは自罰的?
次の瞬間、光の魔方陣からポトリと落とされる物があった。
慌てて受け止める女子組。
紐のような極細チェーンの輪と、それに繋がれている小さなトロフィー。
ペンダントである。
チェーンの部分に装飾性はないからネックレスとは言えないだろう。
「こう来るとはな」
ちょっと意表を突かれた。
「そう来ましたか」
フェルトが感心している。
「この形にするとは今の彼女たちには丁度いいかもしれません」
女子組はまだ亜空間倉庫を使えないからな。
そこまで魔法の制御が上達した訳じゃない。
それでもわずかな時間でレベルアップは常人の領域を超えている。
だからこその賞なのだろう。
露骨なネーミングだけど駄洒落じゃないし嫌悪感を抱く者もいないと思う。
「サイズはかなり小さいけどデザインはトロフィーだね」
トモさんが確認するように言った。
トロフィー部分のデザインは細長のシンプルなものだ。
サイズは確かに小さい。
持ち主が手元で確認する以外では分かりづらくなるようにしている。
そこまで小さいと紛失の恐れも出てくるのだが。
首から提げることにより、それを防止しようってことなんだろう。
まあ、受け取った時点で持ち主登録と同時に名前の刻印がされているはずだ。
そうなれば自動で手元に戻ってくるようになる。
故に紛失や盗難はあり得ないんだけど。
そんなこととは夢にも思っていないのが女子組である。
受け取ったトロフィー型ネックレスを大事そうに手の中に包み込んでいた。
「辛いときや苦しいときは、それを見て今回の臨海学校を思い出しなさい」
『なるほどなぁ』
今のところギブアップする者は誰1人としていないが、かなりきついのも事実。
精神的にはダンジョンで閉じ込められた時の方がキツかったかもしれないが……
なんにせよ女子組の表情を見ればモチベーションが急上昇したと分かる。
『ここまで計算のうちか』
エリス、恐ろしい子っ。
……俺より年上のお姉さんなんだけどね。
年齢のことは、あまり言わないでおこう。
年上も嫌いじゃないとだけ。
怖い思いはしたくない。
とにかく、エリスの作戦勝ちというような状態になっていた。
黄金パターンというか。
まずは子供組を褒めて雰囲気に慣れさせる。
緊張を解して油断させるための布石だ。
これをしない場合は次の手で必要以上に畏縮していたのではないだろうか。
エリスならそこまで考えているはず。
で、下準備をしてから突き落として底を見せる。
女子冒険者チームが恥ずかしいタスキを掛けさせられて皆の前で正座したのがそれだ。
これも次の手のための布石になる。
下がりきってしまえば、後は上がるだけになるからね。
そして底からグンッと上げて喜ばせる。
今のレベルアップ賞の発表がそれだ。
そして反省を促された女子冒険者たちも解放された。
レベルアップの影響もあって痺れて動けないなんてことにはなっていない。
ただ、タスキを回収しようとABコンビが近づくと──
「これは今日1日つけさせてください」
リーダーらしき女子冒険者が懇願してきた。
「「「お願いしまっす」」」
残りの面子もガバッと頭を下げる。
「どういうこと?」
「意味が分からないんだけど?」
アンネとベリーが困惑の表情で顔を見合わせた。
「自分たちは皆さんに御迷惑をおかけしたっす」
「これくらいで許されるようなことじゃないと思うっす」
「本当なら、このまま正座を続けたいところっすけど」
「無理なのは分かるっすから」
チームの面々の喋りが3人娘みたいになっている。
同じ村の出身なら方言や訛が似てくるのだろう。
それはともかく、必死な様子で頼み込んでいる。
あまりの気迫にABコンビは気圧されていた。
それだけではない。
比較的そばにいる者たちなどは、たじろぐ格好となっている。
場にいた全員が固唾をのんで見守っていた。
『飯ごう炊さんの間ずっとそれか』
静まり返った状況の中、ABコンビはどうしたものかと視線を他の講師陣に向けた。
「うちはええと思うで」
「そうね。
冗談でやるんじゃないみたいだし」
真っ先にアニスが答え、レイナが同意した。
「本気で反省しているみたいだし良いのではないか」
ツバキも同じ考えのようだ。
「くくぅ!」
承認っ! とか言ってる人もいますよ。
いないと思ったら何時の間にか帰ってきているし。
『何してたんだ、ローズは?』
謎の行方不明だったのが気にならなくもない。
マリカのように講師陣のアシスタントをしているなら分かるんだけど。
俺にもよく分からないとは珍しいこともあるものだ。
まあ、追及するのは面倒くさそうだ。
聞いても答えないだろうから、やめとこう。
「本人たちが希望するならいいんじゃないかしら」
そしてエリスも賛同した。
しばらく待っても反対の意見は出てこない。
ただ、こういう時に何か言ってきそうなマイカは無言だ。
何故か俺の方を見てくるんだけど。
『もしかして俺が決めろってこと?』
目で問うと頷かれた。
ミズキを見ると同じく頷いてくる。
『マジかー』
「ハルさんが謎のアイコンタクトをしているね」
気付いたトモさんが指摘してくる。
「指示待ちされているのではないですか?」
何気に鋭いフェルト嬢である。
静まり返った状況では他の妻たちにも聞かれてしまう訳で。
周囲がざわつき始める。
気が付いたときには全奥さんからの視線を浴びていた。
どうするのかと全員から問われている訳だ。
「オブザーバーの俺に決定を委ねるなよぉ」
唇を尖らせて言ってみる。
たぶん無理だとは思うんだけどね。
多勢に無勢って言うだろ?
なし崩しに押し切られる未来が見えるかのようだ。
「決定じゃなくて意見を求めてるんだよーだ」
マイカがそんなことを宣ってくれましたよ。
『嘘つけぇ』
2人きりなら声に出して言っているところだ。
うちの奥さんたちだってマイカのうそぶいた言葉を誰も信じちゃいない。
月影の一同は、そんなこと言うんだってジト目で見ているし。
他の面々は苦笑している。
ミズキに至ってはマイカの背後に隠れて俺に両手を合わせて申し訳なさそうにしてるし。
「じゃあ、俺の意見を言うぞ。
あくまで参考意見だからな」
「あー、はいはい」
適当に流した感じの返事をするマイカ。
イラッとするのは俺だけではあるまい。
「イデデデデデッ!」
ちょっとキレたくなったところでマイカが飛び上がって痛がった。
何事かと皆の注目を浴びる中でマイカは太もものつけ根近くをさすっている。
そんなことをするのは背後にいたミズキにつねられたせいだ。
「もうっ、ミズキったら何すんのよぉっ」
プンスカと怒るが、場の雰囲気に流されて言っているだけだ。
本人の意思としては引き気味だと思われる。
逃げたいとすら思っているかもしれない。
「調子に乗ってると怒るわよ」
ミズキにしては珍しくドスの利いた声でマイカに迫っていた。
静かな殺気が立ち上る。
それは無闇に発散することなくマイカにだけ向けられていた。
たとえ、そうでも迫力は伝わるのだろう。
誰も口出しできない空気が伝播していった。
一瞬で水を打ったようにシーンとなる。
まるで居合い切りの演武を見ているかのようだ。
わずかでも動けば斬られるのではと錯覚してしまう何かがあった。
『怖えーっ!』
本気で怒らせるとミズキほど怖い女はいないからな。
「うひ─────っ!」
恐怖に表情を歪めたマイカが悲鳴を上げた。
本気で怒ったミズキの怖さを誰よりも理解しているが故に。
もっと女の子らしい悲鳴にしてほしいところだが……
そんなことを気にしている余裕もないはずだ。
「ゴメンしてゴメンしてゴメンしてゴメンしてゴメンして」
壊れてしまったのかってくらい連呼しているし。
「だったら真面目にやろうね」
ババババババッと風を切りながら超高速で頷くマイカ。
『つくづくアホだな』
調子に乗るからである。
「そんくらいにしとけ。
もう何とも思ってないから」
俺がそう言うと、ミズキから立ち上っていた静かな殺気が消えた。
「ふぃ────────っ」
マイカは支えを失ったように、へたり込んでしまう。
そこまでフォローする気はないので放置するが。
「で、俺の意見は言った方がいいのか?」
尋ねてみれば、反応したのはミズキだった。
「あ、ごめんねー。
お願いしていいかな、ハルくん」
つい先程までとは打って変わって穏やかでいつも通りなミズキさんである。
「タスキは持っていてもいいが掛けたままは良くないな」
「えっ、どうして?」
聞いてきたミズキだけでなく他の面々も同じように意外だと言わんばかりだ。
「罰を望むならそんなものに頼っているようではダメだ」
皆、聞き入っている。
言葉の意味は理解できても俺が何を言いたいのか理解できないといったところか。
「反省なんて他人に見せびらかすものか?」
そう問いかけると、ハッと表情を改める者たちが出てきた。
「まして見られて悦に入るようなものじゃないしな」
畳み掛けたが、これは言ってから失敗したかもしれないと思ってしまう。
正座組がションボリしてしまったからだ。
が、だからこそ彼女らの反省が本物だとも確信した。
「見られていなくても真摯に考えるのが本物の反省ってものじゃないかな」
そう言って締め括ったが誰も何も言わない。
静けさが場を支配する状況が俺を途方に暮れさせる。
『どう考えてもエリスの策をぶっ壊してるだろ』
本来なら今頃は盛況で成績発表がされていたはずなのだ。
エリスもたったひとつのイレギュラーで策が封じられるとは思わなかっただろう。
まあ、偶然なんだけどね。
読んでくれてありがとう。




