889 遊びの時間の問題から学ぶこともある
感想欄に書いてくださった皆さんの解答を使わせてもらいました。
勝手に使ってすみません。
フェルトはすぐには話ができそうにないような状態だ。
『気持ちは分かるさ』
俺もとんちだと気付いた時は、内心でガックリきたからな。
だから肩を落とした状態からすぐには復活できずにいても、しょうがないと思う。
どうにか復帰してきたのに合わせてトモさんが口を開いた。
「もう分かったと思うけど」
トモさんがそう言い始めたところでフェルトが頬を膨らませた。
「酷いですっ」
「そうだね」
トモさんが困ったような感じで苦笑する。
「例えば容器が2個ずつあったとしよう。
それぞれ5リットルから3リットルに流し込む。
2リットルずつ余るから、それを合わせれば4リットルになる」
「幾つでも答えが作れるじゃないですか」
フェルトの抗議に俺たちは全員そろって頷いた。
無限にとはいかないが何パターンかはできるからな。
「3リットル3個で9リットルじゃな。
それを5リットルに流し込めば合計で4リットル余るのう」
シヅカも自分なりの解答を口にした。
「あるいは立方体の容器3リットルで三角錐になるよう水を残すのはどうじゃ。
底面積が半分になるように残せば2個で1リットルになるであろ?
3個目の3リットルと合わせてしまえば、これも4リットルになるのう」
しかも連続で解答するし。
「無茶苦茶です」
「とんちが利くかが求められる問題だからね」
まあまあとフェルトをなだめるトモさんである。
「ちなみに容器を1個だけ使って終わらせる方法もあるぞ」
俺がそう言うと──
「「「ええっ!?」」」
3人そろって驚きながら俺の方を見てきた。
「いくら何でも無理じゃないのかい?」
「そうじゃな、4リットルにできるとは思えぬ」
トモさんやシヅカが怪訝な表情で問うてきた。
フェルトは無言で抗議するような目を向けてくる。
何かトンデモな方法だと思っているようだ。
「ちゃんと4リットル確保できるよ」
そう言うと、トモさんとシヅカの目の色が変わった。
「ちょっと待った、ハルさん。
答えを言うのは少し待ってくれるかい」
「そうじゃ、妾も少し考えてみたい」
「いいけどね」
俺が返事をすると2人は嬉しそうに笑った。
「よっし、検討会だ」
「望むところじゃ」
どうやら相談して決めるようだ。
砂浜に図を書き込んだりして、あーでもないこーでもないとやり始めた。
「フェルトはどうするんだ?」
「私はいいです」
頭を振って参加しない姿勢を見せた。
『かなりショックだったみたいだな』
だが、だからこそ出題の意図を知れば肝に銘じてくれるとも思う。
「制限時間は次のチームが来るまでだからね」
2人が下を見たまま片手をあげて了承の意を示した。
時間制限をつけたことで、こちらを見て返事をする時間も惜しいと言うことなのだろう。
「たかが遊び、されと遊びだな」
思わず苦笑が漏れる。
制限時間を設けなかったら答えを導き出すまで延々と考えていたかもしれない。
真剣に取り組む姿勢は嫌いじゃないがね。
「だから5リットルに入れるのは前提だと思うんだ」
トモさんが地魔法で作った砂の棒で砂浜のキャンバスに大と小の立方体を描き込む。
そして小の方に大きなバツ印を上書きした。
「3リットルの容器がひとつでは4リットルの水はくめぬからの」
シヅカが同意する。
「どうやって1リットルの水を流し出すのかが問題だね」
「3リットルの容器が使えるならのう。
三角錐で計測すれば良いのじゃが」
「それだと容器が2個になるんだよなぁ」
ぼやきながら嘆息するトモさん。
「それが問題じゃな」
シヅカが唸って腕組みをする。
ムニュンとした特定部位の動きが目の保養である。
が、凝視する訳にもいかない。
フェルトの目もあるからな。
チラ見して映像ログで楽しむことにする。
『んー、至福の時間だね』
とはいえ、それも長続きはしない。
カーラの元に次の挑戦者がやって来たからだ。
「はい、時間切れー」
「ダメだったかー」
天を仰ぎ見るようにして無念そうにしているトモさん。
「仕方あるまい。
主の解説を聞くとしよう」
シヅカも残念そうであったが、とにかく答えが知りたいようだ。
「数学的に考えすぎだね。
これはとんちだということを忘れてるよ」
「「うっ」」
たじろぐ両名。
「ちなみにパッと考えつく方法でも3種類ある」
「「「なっ!?」」」
唖然愕然とする3人。
検討会に加わらなかったフェルトもトモさんやシヅカと同じくらい大口を開けていた。
答えはひとつだけだと思っていたらしい。
「そんなにあるのかい?」
前のめりになってトモさんが聞いてきた。
「気持ちは分かるが落ち着かぬか。
主が解説できぬであろうが」
すかさずシヅカがツッコミを入れた。
「君のとこの慶次やニャン太師匠みたいになってるよ」
俺も後追いで入れておく。
「おおっ、いかんいかん。
つい高ぶってしまった」
引っ込みながらも照れ笑いで誤魔化すトモさんである。
「それで、どんな解答なんですか?」
さすがにフェルトも興味を引かれたらしく聞いてきた。
「まずは5リットルの容器が立方体である場合」
3人がフンフンと相槌を打つ。
「定規を用意して5分の4の高さを計測し目盛りを入れて4リットルにする」
「そうか、縛りがないんだった!」
「それは迂闊じゃったな」
「確かに定規を使ってはいけないという文言がありません。
それだと最初から目盛り付きの容器を用意するのも答えになるのではないですか?」
「おおっ、マイワイフが凄いっ」
トモさんが喜んでいる。
「やりおるわ」
「フェルトもやるじゃないか」
「いえ……」
褒められた本人は複雑な心境らしい。
一瞬だけ嬉しそうな顔になったが、その後は表情が曇り気味である。
相変わらずとんちの解答に納得がいかないようだ。
「次は次は?」
トモさんに催促されたので次の解説に入る。
「重さを量るんだよ」
「「「ああっ!」」」
『綺麗にそろうなぁ』
さっきといい今といい、示し合わせているのかと思うほどだ。
「でも水の重さは1リットルがほぼ1キロですよ。
4キロを量っても4リットルちょうどになる訳じゃありません」
フェルトがそんなことを言ってきた。
確かに気温などで微妙に変わってくるしな。
「そこは5リットルの重さを量って5分の4にすればいいだけだよ」
トモさんの言う通りである。
容器の重さを先に引いておく必要があるけどね。
「あ、そうでした」
ションボリするフェルト。
「いやいや、落ち込むことはないさ」
慌ててフォローに回るトモさんである。
「最後の解説をするよ」
そう言うと3人とも俺の方に向き直った。
「5リットルをくむ、以上」
「「「はあっ!?」」」
素っ頓狂な声を上げて大きく目を見開いている一同である。
訳が分からないと言いたげに俺の方を見てきた。
「4リットルは確保してるよね」
「そうだね」
「そうじゃな」
「そうですね」
何を当然のことをと言いたげな目で見返された。
「これはとんちだよ」
更に怪訝な表情を向けられるが……
「あっ」
フェルトが何かに気付いたように声を上げた。
「なんじゃな?」
「どうしたんだい?」
シヅカとトモさんは気付かなかったようだ。
「5リットルの水をくんだ時点で終わっています。
ジャスト4リットルを確保するという問題ではありません」
「「……あ」」
2人も気付いたようだ。
「してやられたわ」
シヅカが苦笑する。
「確かに4リットル確保されておる」
「大は小を兼ねるという訳だね」
トモさんが両手を挙げて降参の意を示した。
「いやぁ、この解答が一番とんちが利いているね」
感心したように笑っている。
「ですが、こんなに正解があると収拾がつかなくなるんじゃありませんか?」
フェルトが未だに納得がいかないと言いたげな様子で聞いてきた。
「この問題がとんち的な解答を要求していることを指摘できればいいんだよ。
もちろん正攻法の解答も答えて初めて満点として扱われるだろうけどね」
そう言ってみたが、フェルトの仏頂面は晴れない。
「これはカーラが皆に対して発した警告みたいなものなんだ」
俺がそう言うとフェルトは何かを感じ取ったらしい。
「どういうことでしょうか?」
そう聞きながらも表情が真剣味を増していく。
そしてトモさんもシヅカも言葉は発しなかったが頷いていた。
「ズルいと思っただろ?」
「はい」
フェルトが即答した。
あれだけ納得してなかったのだから当然と言えるだろう。
「騙されたとも思ったよな?」
「……はい」
この問いには少しの迷いを見せた。
率直に答えるのが、はばかられたようだ。
「西方にはズルい奴や人を騙す奴がそこらじゅうにいる。
常に注意深く、そして柔軟な発想で騙されないようにしろってことだ。
相手の顔を見てズルいか騙そうとしているのか判断できる訳じゃないからな」
「なるほどねー」
トモさんが嘆息しながら言った。
「これは教訓になりそうだ」
「そうじゃな」
シヅカも同意して頷いている。
フェルトを見れば、呆気にとられたような表情で固まっていた。
「確かに……」
やがて、そう呟きながらフェルトはゆっくりと頷く。
次の瞬間には今までとは打って変わってスッキリした表情をしていた。
読んでくれてありがとう。




