9 目覚めたら女神様に叱られた
改訂版バージョン2です。
唐突に目が覚めた。
見覚えのある天井はここが俺の部屋だと主張している。
日本で読み漁ったネット小説で定番の台詞は無情な現実を前にして却下された。
「知ってる天井だ」
意地になって言ってみた。
せっかく異世界に来たのだ。
しかも生まれ変わった今の俺は精神まで15才の少年である。
36才のオッサンでは困難な厨二くさい台詞で浪漫に浸りたい。
たとえ、そばに母を自称するベリル様がいても浪漫は羞恥心を超越する!
……ウソです。
ごめんなさい。
超恥ずかしいです。
「バカなこと言ってないで反省しなさい」
枕元で椅子に座っているベリル様に叱られてしまった。
だけど、その表情は凄く心配そうだ。
『確か魔法で家を作ろうとして……』
最後の方で眠気を感じたのは覚えているけど。
そこから先の記憶がない。
脳内スマホの時計を確認してみると日付が1日進んで朝になっていた。
『失神したのか』
心配される訳だ。
家が完成しているみたいだから魔法を暴走させた訳じゃないとは思うが。
とりあえずベッドの上で正座した。
「すみません。
蓄積した疲労で気を失うとは思わなかったもので」
呆れたと言わんばかりにベリル様が溜め息をついた。
それに合わせてゆるふわの銀髪が揺れる。
「ハルトくん、勘違いしているわね。
あんな無茶な魔法を使ったことが問題なの」
「へ?」
間抜け面をさらしながら、そう声を出すのが精一杯だった。
無茶な魔法なんて使った覚えがないからな。
やったことと言えば材料を用意して形を変えて家に仕上げるお手軽DIYだけだ。
街づくりの規模で魔法を使ったりはしていない。
「やっぱり自覚してなかったのね。
その調子だと私が止めたのも気づいてなかったんでしょ」
心底呆れたと言わんばかりの視線が届く。
薄紫の瞳に映る俺の姿は一瞬の身震いを見せていた。
本気で叱られていると感じたからだ。
自然と姿勢をこれ以上ないくらいに正してしまう。
「申し訳ございません。
まったく気づきませんでした」
「まったく、もう」
プリプリと頬を膨らませて怒っているベリル様。
仕草自体はおっとりした雰囲気を持つ彼女らしく可愛いものになっていた。
お怒りのトーンは半減したようである。
が、俺は地味に落ち込んでいた。
メンタル弱すぎである。
市役所の窓口で日々鍛えてたつもりなんだけど。
どうも俺はガミガミ言われるより諭すように叱られる方が応えるらしい。
なんにせよ今頃になって俺の弱点が露呈した。
自分でも予想外だが反省するにはちょうど良いのかもしれない。
そして説教タイムが始まる。
「名前を呼んでも待ちなさいと言ってもダメだったし」
呼ばれて気づかないなんて余程のことだろうに。
「魔法が暴走するって注意したのに」
耳が痛い。
気付いていないとか油断しすぎだろ、俺。
いや、集中しすぎてたのか。
「ダメって言ったのよ」
誠に申し訳ございません。
俺にできるのはベッドの上で正座のまま拝聴し、最後に土下座することだけ。
「深く反省しております」
この一言でようやくベリル様のお説教タイムが終了した。
「本当に心配したんだからね」
「ハイ……」
過ちは繰り返すなと元オッサンが心の中で呟いておこう。
「それでですね、具体的に何が良くなかったのか教えてください」
何が悪かったのか知らずして本当の反省にはなるまい。
薄紫の瞳でジッと見つめられる。
一瞬で気圧されそうになった。
「……………」
思わず背筋を正すが目は逸らさない。
自分が口にした反省の言葉が軽いものになってしまうと思ったからだ。
どのくらいの時間がたっただろうか。
ベリル様が軽く息を吐き出した。
「いいわ。
本当に反省する気があるみたいだし、教訓になさい」
「はい」
俺が返事をするとベリル様は語り始めた。
「まずは錬成魔法そのものね。
あの規模で複雑な制御をしようとするなんて……
当時のハルトくんでは自殺行為だったのよ」
どうやら暴走と紙一重だったらしい。
「失敗していたら被害規模は戦術核に匹敵したわ」
俺も無事では済まなかったってことだな。
「犬小屋を作るのとは訳が違うんだから」
そりゃそうか。
一人暮らしには余る大きさってだけでも違うのだ。
その上、形は複雑で質感も色も変更するとか要求がシビアすぎるもんな。
「無灯火の自動車で夜の高速道路を逆走するよりシビアだと言えば分かるかしら」
奇跡が多重連鎖しないと生き残れないだろ、それ。
ベリル様が止めようとする訳だ。
せっかく生まれ変わったのに数日で死亡とかアホすぎる。
「それから魔力の消費量ね。
尋常じゃなかったのよ」
錬成魔法はもともと燃費が悪い。
それをバカみたいにあれもこれも実現させようとしていた。
膨大な魔力が必要になって当然である。
「普通なら魔力が枯渇して途中でキャンセルされていたんだけど」
それなら魔法も暴走せずに終わっていただろう。
だが、終わらなかった。
「枯渇しているのに無理やり魔力を引き出すような形になっていたわ。
ハルトくんが極限まで魔力を練り上げていたせいよ。
この制御が失敗していたら、あっと言う間に干涸らびていたんだから」
半分ゾンビ状態で死にかけたのに次はミイラとかシャレにならん。
やり過ぎましたスミマセンのレベルじゃないっての。
改めて次からは無茶な行動を慎もうと思った。
「……………」
にもかかわらず奇妙な感覚がある。
次は失敗しないという根拠のない自信のようなものが。
『反省していない?』
そんなはずはない。
肝に銘じているはずだ。
ヤバいと骨身にしみる一方で、同じことにはならないと確信を持ってしまうのだ。
自分でもよく分からずに首を捻ってしまう。
うんうんと唸り始めた俺にベリル様から声が掛けられた。
「その様子だと気づいたみたいね」
「えーと……
何がでしょうか?」
「自分の変化によ」
確かに錬成魔法を使う前と今では違う気がする。
「いまひとつ実感はありませんが」
そう返事をするとベリル様が見覚えのある姿見の鏡を出してきた。
ベッドや椅子と同じく家にあったやつだ。
そこまで再現した覚えはないが、神様なら余裕で用意できるか。
「これで確認なさい」
無茶した代償が外見にも現れているようだ。
見るのに覚悟がいりそうである。
『ミイラっぽくなってたらヤバいなぁ』
そんな風に思いながらも視線は下に向けたままでベッドを下りる。
できれば見たくないところだが……
ずっと見ないままという訳にもいかないだろう。
意を決して正面を見た。
「なんじゃ、こりゃあ─────!?」
『誰だよっ、このイケメン!?』
別にナルシストになった訳でも冗談を言っている訳でもない。
目の前にいたのは自分の面影をわずかに残した別人だったのだ。
知り合いに写真を見せても俺とは分からないだろう。
事実を告げても詐欺的なまでに画像加工したと思われるのがオチである。
飛賀春人だった頃の野暮ったさを感じさせるフツメンの残滓など微塵も残っていない。
ベリル様の面影がより強く上書きされた感じだろうか。
髪の色もお揃いの銀髪になってしまったし。
生まれ変わってさえ黒髪だったのに。
しかも短髪だったはずが肩近くまで伸びている。
一晩でここまで伸びるとは驚きだ。
『あ……』
ひとつベリル様と違う点を見つけてしまった。
瞳の色だ。
濃紺に銀が混じったような不思議な色。
俺のものでもベリル様のものでもない。
首をひねっているとベリル様から解説が入った。
「これが無茶した反動よ。
異世界転移の時より負荷がかかっていたと言えば想像がつくかしら」
「そんなにですか!?」
「いくら魂が体に馴染んだと言っても完全に定着したわけじゃなかったわ。
今回の魔法で強引に定着してしまったけれど、一歩間違えば死んでいたのよ」
『俺、どんだけヤバい魔法を使ったんだよ……』
今更ながらに冷や汗が出てきてしまった。
「異世界転移はハルトくんにとって外的な衝撃だから緩和するのは難しくなかったの」
「車に乗った状態でシートベルトやエアバッグが作動したような感覚ですか?」
「そうね、その解釈でいいわ」
「ということは……」
「そう、ハルトくんの魔法は内的な衝撃だったのよ」
「血圧が急上昇して脳動脈瘤が破裂する感じとかでしょうか?」
「そんなところね」
だとすると、どんな安全な車に乗っていてもアウト。
シートベルトでもエアバッグでも防げない。
「下手に私が手を出すと、生死云々を言う前に存在が消えてしまう可能性もあったのよ」
神様が手出しできないとかヤバすぎる。
たぶん魂が定着しきっていなかった影響なんだろうけど。
一歩間違えば死ぬとかいうレベルの話じゃなかったようだ。
読んでくれてありがとう。




