888 遊びの時間の問題は学校の試験とは違う
サブタイトルを念頭に置いて読んでいただけると助かります。
黒猫3兄弟は満点を得られずチェックポイントを後にした。
「3個、答えて6点ですか」
フェルトが彼らの結果をしみじみと語る。
「10点満点にするには、あとふたつじゃな」
シヅカが首を捻る。
自分でも考えようとしているが、その考え方では残りの答えは出てこない。
これは学校の試験とは違うのだ。
「いや、この問題はおかしくないかい?」
トモさんが疑問を俺たちに投げかけてきた。
「容器を45度に傾けても水が半分になるとは限らない」
「確かにそうですね」
トモさんの言葉に考え込むフェルト。
「そうじゃな」
フェルトやシヅカがトモさんの意見に同意した。
「仮にその答えが認められるとしてものう……
普通に考えれば、もう答えはないじゃろう?」
「おいおい、講師側のシヅカが答えを知らないのかい?」
驚いたようにトモさんが聞いてくる。
「シヅカは問題を作成する担当から外れたからな」
答えたのはシヅカではなく俺だった。
オブザーバーとして割り振りを見ていたので知っているのだ。
「主の言う通りじゃ」
後追いで事実だと認める。
「答えを漏らさないためですか?」
フェルトがあまり迷いを見せずシヅカに聞いていた。
ほぼ確信を持っているが、念のために確認しているといったところか。
「うむ、その通りじゃ」
「セキュリティが徹底してるねぇ。
これって遊びじゃなかったのかい?」
シヅカの返事にトモさんが苦笑しながら感心していた。
「遊びも本気で楽しむなら真剣に準備せねばのう」
「あー、それは分かるよ。
イベントの成否はそういうところで決まるよね」
しみじみした様子でトモさんが頷いている。
「じゃあ、答えは後でカーラさんに聞くしかないんですね」
フェルトは少しもどかしそうだ。
「なんだ、答えが知りたいのか?」
俺がそう言うと、一斉に視線が集まった。
「ハルさんは分かるのかいっ?」
「まあね」
45度に傾ける答えが正解になった時点で気付いた。
この時点で気付くかどうかが鍵になる問題である。
そして発想の転換が必要になる。
よく言えば柔軟だが悪く言えばズルい。
そういう発想ができないと答えは導き出せない。
トモさんは惜しいところまで来ているんだけどね。
更に踏み込むことができれば答えにつながると思う。
「ということは問題はおかしい訳ではないんじゃな」
シヅカはそう言いながらも首を捻っている。
「そうなりますねぇ」
フェルトも同様だ。
「いやぁ、それは無いだろう」
言わずもがなとといった感じでトモさんも……
どうやら3人は俺の返答に否定的な考えを捨てきれないみたい。
『おかしいとか変だと思ったら何故なのかを考えてほしかったなぁ』
この問題は否定すると始まらないのだ。
「ヒントを出すなら、無いんじゃなくて有るってことかな」
少しだけヒントを出してみた。
いきなり答えを言っても面白くないと思ったからだ。
「「「えーっ?」」」
揃って首を捻っていたけどね。
このヒントじゃ訳が分からないのだろう。
ある意味、ズルい問題だからな。
試験問題のつもりで考えていると絶対に満点は得られない。
「斜め45度にする解答が認められただろ。
普通は、そういうことができないという縛りがあると思わないかい?」
「言われてみれば、問題に縛りは無かったね」
そう言ったトモさんが困惑顔になった。
「あれ? おかしいな。
ハルさんのヒントとは正反対だ。
縛りが有るんじゃなくて無いよ?」
「つまり縛り以外の何かが有るんでしょうね」
フェルトが面白い言い方をした。
縛りが無いからこそ有ることに気付くかどうかがポイントなんだが。
「まるで、とんちじゃな」
シヅカが苦笑した。
その瞬間、トモさんが椅子から立ち上がった。
「それだ!」
同時にシヅカの方を向いて叫ぶ。
「何じゃ、騒々しいのう」
シヅカが呆れた目でトモさんを見ている。
「それってどれですか?」
フェルトは動じずに何のことか聞いていた。
「とんちだよ、とんち!
この問題は縛りがないことに気付かないとダメなんだ」
『気付いたね』
「縛りがないと、どうなるんですか?」
「条件や制限がない。
言い換えれば自由なんだよ」
「自由ですか?」
「自由じゃと?」
ピンと来ない様子の女性陣。
「どうして45度に傾けた解答が認められたと思う?」
「そこが分からないんです」
「大いに謎じゃな」
フェルトもシヅカも首を捻っていた。
「謎なんて無いよ。
そこに有るんだよ」
「あ、ハルトさんの言ったヒントですね」
「何が有ると言うんじゃ?」
「例えば立方体の容器」
「「ええっ!?」」
2人そろって大きく目を見開いていた。
想定外の言葉だったのは間違いないだろう。
「問題文の中には容器の容量が指定されていただけだ」
2人の眉根が寄った。
「用意した容器が立方体でないとは、何処にも書かれていない」
「そういうことか」
シヅカが呆れたように嘆息した。
トモさんの言いたいことが何であるか気付いたのだろう。
「でも、立方体とも限らないんですよね」
フェルトは、まだ気付いていないようだ。
「フェルトの言う通りだよ。
立方体であるかどうかは不明だ。
だけど立方体である場合も無いとは言えない」
「つまり、限定的とはいえ有るという訳じゃ」
シヅカが頷きながらそう言った。
「有るなら解答として成立するのう」
「そんな……」
真面目な性格をしているフェルトには衝撃だったのだろう。
愕然とした表情を見せた。
「常に成立する訳ではない答えですよ」
「この問題は縛りが無いからの。
そういう場合が有り得るのじゃ。
常に成立する答えを求めてはおらんじゃろ?」
「……………」
フェルトが固まってしまった。
驚きの声すら上げられないようだ。
「そんなフェルトさんに良くない知らせです」
トモさんが抑揚のない喋り方をしている。
なるべくショックを与えないようにしようと配慮しているのだろう。
「……なんでしょうか?」
どうにか立ち直って聞く体勢になるフェルト。
「この問題は色々と有るんだよ」
残念そうに告げる。
「他にも解答があるんですよね」
溜め息をつくと同時に諦めの表情を見せる。
「それなんだが、残された回答は本当にとんちなんだ」
「どういうことですか?」
「問題を思い出してごらん」
そう言われたフェルトが一瞬、呆気にとられた。
が、すぐに目線を上に向けて記憶をたぐる。
「確か……
池の前に5リットルと3リットルが量れる容器がある。
これらの容器だけを使って4リットルの水を確保せよ。
だったと思うのですが」
「それで間違いない」
トモさんが頷きながら言った。
映像ログを確認してみたが異なる部分はない。
俺もフォローするべく大きく頷いた。
「この問題の中に出てくる数字に注目しよう」
「はい?」
意味が分からないとばかりにフェルトがキョトンとした表情になった。
「5と3と4じゃな。
これに何か意味があるのかの?」
シヅカもトモさんの意図が読めないらしく首を傾げている。
「変だと思わないかい?」
トモさんの問いかけに怪訝な表情となるシヅカ。
「変……ですか?」
フェルトも真剣に考え始める。
2人が考えることしばし。
「まさか……」
シヅカが唸った。
「何か分かったんですか?」
フェルトの問いに頷くシヅカ。
「トモがとんちと言うのも道理よ。
とんちで大人を言い負かす小坊主のような発想が必要になるのじゃ」
シヅカは呆れたように苦笑している。
「意味が分かりませんが……」
困惑の表情を見せるフェルト。
「フェルトよ、問題をよく思い出すのじゃ。
何処に容器がひとつずつという文言があるのかの?」
その問いかけを聞いた途端にフェルトの目が大きく見開かれる。
「まさか、そんな……」
唖然としつつも、フェルトが考え込むことしばし。
「……あ」
その声を漏らしたかと思うと表情が驚愕のそれへと塗り替えられていく。
「容器については[これら]としか……」
「そう、容器がいくつかも指定されていないんだ」
トモさんが頷きながら言葉を続ける。
「何個だろうと[これらの容器]なんだ。
だからハルさんは無いんじゃなくて有ると言ったんだよ。
容器が幾つも有るケースなんかも考えられるからね」
「そんな……」
気が抜けたようにフェルトが大きく息を漏らしながら脱力した。
読んでくれてありがとう。