879 ようこそ、ミズホ国へ『ミズホシティ編』
食後にあちこちを回った。
ジェダイトシティは観光地ではないけどね。
腹ごなしの散歩と言えば誰も疑問に思わなかったさ。
それに初めての場所というのも興味を引いたんじゃなかろうか。
実際の理由はそれだけではないのだけれど。
しばらくは学校で学んでもらうから来ることもない街だ。
とはいえ、卒業後はいずれ来ることになるだろう。
ダンジョンで賑わう街だし。
中には、ここで住むことを選択する者も出てくるかもしれない。
その時のために目印となるような施設を案内している訳だ。
1回で位置関係を完璧に覚えられるとは思っていない。
それでも来たことがあるというのは意外に重要である。
後で来た時に街に馴染みやすい。
知らない場所に来ると拒否感を抱いてしまうこともあるからな。
案内された後だと、そういうことが少ないって訳だ。
道に迷うかどうかは問題ではない。
スマホを渡しているからな。
渡したばかりで、まだ使い慣れてはいないがね。
単独で出かける訳じゃないし、戻ってくる頃にはスマホの扱いにも習熟しているはず。
それよりも今は街を印象づけることの方が大事なのだ。
そのために買い物をしたり工房を見学したりしてみた。
後は食堂の秘密を説明したり。
「──という仕組みになっている」
「「「「「………………………………………」」」」」
沈黙の時が流れる。
皆の時間が止まってしまった。
『失敗したぁ……』
城に行ってから説明すべきだったと後悔したのは言うまでもない。
復帰させるのに苦労したからね。
路上で叫ばれなかっただけマシだと思うしかなかったよ。
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明けて翌朝。
一晩だけとはいえワンクッション置いたのは正解のはずだ。
スリープメモライズで必要最小限の知識を譲渡できたからね。
それでも駅構内に入って転送門を前にした女子組が圧倒されていた。
『ケアが足りんかったのか?』
自分としては色々とフォローしたつもりだ。
昨日の昼食とその後の話で亜空間倉庫を身近なものとして認識させた。
散歩後は城に行くだけだったが、そこでミズホシティの概要についても話してある。
もちろん質疑応答も行っている。
その上でスリープメモライズを使ったのだ。
これで足りないと言うなら、今日の移動はなしになるだろう。
彼女らを見る限りでは雰囲気に圧倒されているような感じではある。
ノリのいい3人娘ですら言葉を発せずにいるのだ。
「そんなにビビらなくてもいいんだぞ」
俺がそう言ったところで、勇気全開とはならないのだけど。
「無茶を言わないでください」
抗議してきたのはフィズである。
まあ、腰が引けた感じではあるのだが。
「そんなにダメか?」
問えばフィズだけでなく、ほぼ全員から頷かれてしまった。
「こんなに厳かな雰囲気の場所だとは思いませんでした」
「そう?」
俺としては神社などに行ったときとは空気がまるで違うと思うのだが。
「まるで神の前にいるかのように感じられてしまうんですが」
そんなことを言ってきたのはジニアである。
またしても大勢から頷かれる。
「圧倒されるというか……」
女子冒険者の1人がそう言った。
「あるよね、そういう感じ」
「神殿に行ったときでも、ここまでじゃなかった」
「見た目より大きく感じるよね」
口々に賛同する意見が出てくる。
お陰で原因は分かった。
地脈から吸い上げている魔力に圧倒されていたのだ。
転送門の改良を重ねた結果、増幅系の術式が大幅に強化されたからな。
無意識のうちに存在感のようなものを感じ取ってしまっているようだ。
冒険者のボリュームゾーンより少し上程度の面々では仕方のないことだろう。
『効率を上げることばかり考えすぎてしまったな』
改善ポイントではあるだろう。
威圧的な空気を減らすか感じさせないようにするのは難しそうだ。
具体的な改良案がないので手を入れるのは後日になるだろう。
いずれにせよ今のところは女子組をミズホシティに連れて行けそうにない。
どうしたものかと思い始めていた矢先のことである。
「皆、覚悟を決める」
静まり返った空間に淡々とした声が響き渡る。
ウィスであった。
この場にいる誰よりも年上であるかのように謎のカリスマ性を見せている。
初対面の頃の人見知りな雰囲気など微塵も感じさせない。
叱っている訳でもないのにズシリと響くような何かが言葉にこもっていた。
「ウィスっちの言う通りっすよ」
「そうっすよ」
「いざ尋常にっす」
3人娘が最初に呪縛から解き放たれたようだ。
すかさずフィズやジニアも腹をくくった表情になる。
「行こう!」
フィズが言ったのはそれだけだ。
が、その言葉にはお腹の中から絞り出したような力強さがあった。
それに促されるように女子冒険者たちが表情を改める。
ミズホシティへと向かう心構えができたようだ。
どうにかといった感じだが、思ったより時間がかからなかったのはありがたい。
「じゃあ転送門を起動させるからなー」
気負わせないようにと軽い感じで言ってみたのだが。
「「「「「はいっ!」」」」」
返ってきたのは気合いの入った返事であった。
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「はい、到着」
「「「「「嘘っ!?」」」」」
女子組一同が叫んだ。
気持ちは分かる。
見た目に変化は何もないからね。
「嘘じゃないよ」
『この辺も改良ポイントかな』
駅なんだから駅名看板くらいはあってもいいはずだ。
むしろ今まで無かったのがおかしい。
上りも下りもないから行き先の表示はできないけど。
後は殺風景な壁面もいただけない。
その街の特色が掴めるようなイラストなんかがあれば違いは明確になるだろう。
イメージも良くできると思う。
もしかすると多少は威圧感も減るかもしれない。
とりあえず今は半信半疑になっている皆をどうするかだ。
「外に出れば分かる」
それしかないけどね。
そんな訳で連れ立って駅を出た。
「「「「「ふわぁ─────っ」」」」」
この驚き方は同じような状況で聞いたことがある。
『人魚組と一緒だぞ、おい』
「あっちがミズホ国の王城だ」
俺が指差す方を見た一同が目と口を丸くする。
「「「「「おっきぃ─────っ!」」」」
王城を見上げながら声をそろえて女子組が驚いていた。
『こんなところまで一緒かよ』
苦笑を禁じ得ない。
「あっちの建物も大きいっす!」
ローヌが指差す先には役所があった。
「こっちもっす!」
ナーエは病院を指差している。
「何もかもが大きいっすよ!」
そしてライネの言うことは大雑把であった。
『そうでもないんだけどな』
これでも高さ制限を設けているのだ。
大きいと言われると俺としては違和感を感じてしまう。
まあ、感じ方は個人によって違ってくるけどさ。
だとしても住宅街とかは低層の家もある。
何もかもが大きいなどと思うのは勘弁してほしい。
『そのうち慣れるだろ』
期待を込めてそんなことを考えていると、女子冒険者が首を傾げるのが目に入った。
「あの建物は何かしら?」
王城の横の方を見て呟いた。
「えっ、どの建物?」
隣にいた同じパーティメンバーらしい女子冒険者が反応する。
「あの建物じゃないかな」
別の女子冒険者が指差したのは城の隣だった。
「あー、アレかー」
「他の建物と何か雰囲気が違うねー」
「ホントだー」
「あの赤いのは門なのかな?」
「何だろうね?」
皆で首を傾げている。
「あの建物は神社という我が国の宗教施設だ」
「「「「「へぇ─────っ」」」」」
目の前にボタンがあったら連打しそうな感心の仕方をしている一同。
「赤いのは門という解釈で間違っていないよ。
あそこから先は神聖な場所になるからね」
「「「「「おぉーっ」」」」」
皆、しきりに頷きながら感心している。
それを何気なしに眺めているとウィスが目の前に来た。
「あの建物は何?」
ウィスが視線を向ける先を追う。
行き着いたのは商業地域内でも最大の施設であった。
「ああ、あれが百貨店だ」
どういうものかはスリープメモライズで渡した知識の中にあるので説明は省略した。
「あれが百貨店……」
興味が引かれたようだ。
自由行動になれば、真っ先に行くかもな。
他の面子の中にもジッと眺め続ける者たちが何名かいた。
もちろん他の場所に興味を抱く者もいる訳で。
「じゃあ、あっちは何ですか?」
その女子冒険者が指差す先は色々な建物が並び塀で囲われていた。
「あそこは皆がしばらく通うことになる学校だ」
「ほえーっ」
「あんなに大きいところでー」
「凄い、凄いっ」
みんな驚きながらもはしゃいでいる。
俺は内心で少し安堵していた。
ミズホシティを見て卒倒する者が続出するんじゃないかと危惧していたんだよな。
今までのあれこれを見てきているが故にね。
「勉強なんて生まれて初めてっす!」
「どんなことするのかドキドキっすよ!」
「でも、楽しみっす!」
3人娘の意気込みぶりも本物みたいだし。
心配は杞憂に終わったようだけど。
最後の最後で肩すかしを食らった気分である。
読んでくれてありがとう。