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855 想定外なのか予定通りなのか

71話を改訂版に差し替えました。

「それにしても見事に客がいないな。

 客は来ているのか?

 何かあったら、ちゃんと言うんだぞ」


「この時間帯は休憩時間のようなもの……」


 ミーンがボソッとツッコミを入れてきた。


「む?」


 言われてみれば、そうかもしれない。

 夕食には明らかに早すぎる。

 お茶をする時間としては微妙に遅いかというような時間だからな。


 そもそも西方の一般常識に午後のティータイムなどない。

 貴族であればその限りではないだろうが。

 生憎とここは街中の食堂である。


 またしても俺は「ミズホの常識、西方の非常識」をかましてしまったようだ。


「すまんな。

 ここは外だった」


 コクリと頷くミーン。


「ここに来る外国人で内の常識が通じる人は1人しかいない」


「へー、そんな客がいるんだ」


 ちょっと驚いた。


「貴族って訳じゃないよな」


 またもコクリと頷くミーン。

 ちなみにここで言う外や内とは内壁の外か内かということだ。

 内壁の外は領土的にはミズホ国の中である。


 だが、外国人を招き入れているので国民の感覚としては外なのだ。

 言ってみれば江戸時代の出島の感覚に近い。

 外国人が内壁の内側へ入ることはできないからね。

 国民の出入りは自由なので出島ほど制限がある訳でもない。


「だとすると誰だ?」


 サッパリ見当もつかない。


「おばさん」


「へ? おばさんだって?」


 意外な返事に思わず聞き返してしまった。

 ミーンが頷いたので間違いではないようだ。


 が、食堂3姉妹に血縁者はいない。

 故にここで言うおばさんは、彼女らの親の姉妹ではないことになる。


「ちょっとちょっとー」


 姉を厨房に押し込んでいたシーオが戻ってきた。


「お姉さんって言わないとダメでしょー?」


「倍以上年齢が違う」


「そりゃあ、ミーンはね。

 私らがそんなこと言ったら殺されるわよ」


 物騒な単語が出てきたが、比喩的なものだろう。


「ミーンが言うだけでとばっちりが来ることだってあるんだからー」


 プリプリと愚痴を言っているが悲壮感はないしな。


「それはシー姉が笑いそうになっているから」


「くっ」


 心当たりがあるのかシーオが反論できずにいる。

 苦り切った表情で、すごく「ぐぬぬ」の台詞が似合いそうだ。


『そこそこヒントが出たな』


 ほぼ年齢に関してだけだが。


 14才のミーンの倍以上の年齢。

 シーオが「おばさん」と呼ぶと酷い目にあうらしい。

 つまり18才のシーオからすると倍未満なのだろう。

 だとするとアラサーくらいの女性と思われる。


 そこまで考えて、あまり意味がないことに気が付いた。

 俺はこの食堂に通っている訳ではない。

 風と踊るのメンバーが常連となりつつあることも知らなかったくらいだ。


 アラサーの女性客がどれだけいるかも知らない。

 思った以上に親しい間柄のようなので常連であることだけは想像がつくが。

 そこから先の情報はあっても無くても答えに結びつくはずがないのだ。


「陛下も知っている人」


「は?」


 ミーンの意外な一言に呆気にとられてしまった。

 そのタイミングで店のドアが開く。


「いらっしゃいませー」


「いらっしゃいませ……」



 条件反射的に挨拶をするシーオとミーン。

 ヒョコッと厨房から顔を覗かせたスーが笑顔を見せた。


「こんにちは~。

 いつものですね」


 注文を聞くまでもないとは、相当通い詰めているようだ。


「あらっ、この時間帯にお客さんなんて珍しいわね」


 その声に聞き覚えがあった。


『そういうことか』


 すっかり失念していたのが情けない。

 思わず漏れそうになる苦笑を引っ込めつつ振り返った。


「あっ」


 息をのむような驚きっぷりを見せるおばさん。

 もといお姉さんだな。

 俺も「おばさん」などと呼べば殺されそうだ。


「先生、御無沙汰しています!」


 俺のことを先生と呼ぶ人間は2人しかいない。

 例え目隠しされていても、この台詞で誰だかは分かったはず。


 1人は老人だからな。

 ブリーズの街にいるはずのアーキンである。

 残る1人が目の前で頭を下げたシャーリーだ。


『確かに微妙なお年頃だな』


 見た目や声は若くて20代でも通用するとは思うのだが。

 それでもミーンにとっては「おばさん」なのだ。

 いと憐れなり。


 あまり失礼なことを考えていると感付かれそうな気がするのでこれくらいにしておく。

 おそらく【千両役者】がなければ、気付かれていただろう。


「元気そうだな」


「はい!」


 生き生きした笑顔で返事をするシャーリー。

 自然な笑顔だ。


『へえ、以前よりも丸くなったな』


 ブリーズで商人ギルド長をやっていた時は常に緊張を強いられていたのがよく分かる。


「先生がこちらにいらっしゃるとは思ってもみませんでしたわ」


「知り合いの話を聞くことになってな。

 待ち合わせをしたのがここなんだ」


「そうでしたか。

 その方はもう来られるのですか?」


「いや、少し早い」


「それでしたら、お茶でも御一緒しませんか」


「そうだな」


 近況などを聞いてアポを取るには都合がいいかもしれない。

 今ここでスカウトするのは性急すぎるだろう。


 説明も必要だろうし結論を出すのに時間がかかることも充分に考えられる。

 現在の時刻からするとトントン拍子に話が進んでもタイミングが微妙なところだ。


 時計を持たない風と踊るの面々とはおおよそで待ち合わせているからな。

 バッティングすると説明が面倒だし。


「では、こちらに」


 何故か店員ではなくシャーリーに案内されて席に着くことになった。

 カウンターで隣り合わせになる形だ。

 シャーリーから誘ったにしては不自然である。

 普通は向かい合わせではないだろうか。


「まさか指定席とか言わないよな」


 座りながら聞いてみる。


「あ、すみません。

 つい何時もの癖で座ってしまいました」


 どうやら指定席化しているようだ。


「おいおい、他の客と揉める元だぞ」


「大丈夫です。

 この時間帯はガラガラですから。

 それに先客がいるなら違う席に座りますよ」


 固執している訳ではないようだ。

 にもかかわらず自然に座るということは入り浸っている証拠である。


『それだけ3姉妹が心配ってことか』


 ギルド長を辞して新天地に来るくらいだからな。


「賢者様、注文は何」


 ミーンが注文を取りに来た。


「ミズホ茶、濃くしてくれるか」


 コクリと頷いて厨房へと入っていくミーン。


『スゲー接客だな』


 内心で苦笑してしまう。

 日頃からこの調子のはずだ。


 これが日本の飲食店だったら、とっくに首になっているだろう。

 個人経営のところなら分からないが。

 意外と人気があったりしてな。

 クール系ロリ店員とか言われたりして。


「通ですね、先生。

 迷わずミズホ茶を選ばれるなんて」


「自分の国の茶だからな」


「ええ─────っ!?」


 椅子をガタガタと言わせて横に仰け反るシャーリー。

 その勢いは飛び上がらんばかりであった。

 カウンターテーブルにしがみついて、どうにか倒れるのを防いだ感じである。

 まるでお笑い芸人がコントでわざと驚いたかのような反応だ。


「ちょっとぉ、大丈夫なの?」


 シーオが慌てて駆け寄り助け起こした。


「ありがと、シーちゃん」


「どういたしまして。

 これくらい大したことないわよ」


 こうして見ていると、2人は血縁のように思えてくる。

 若い叔母と姪っ子みたいな感じ。

 あるいは年の離れた従姉妹か。

 スカウトしたら3姉妹も喜ぶのではないだろうか。


『その勢いで縁組みとかしそうだな』


 ベルとナタリーという前例もある。

 特に拒む理由はない。

 関係性についてどうするかは俺には読めないが。


 まあ、養子縁組だけはないだろう。

 シーオがシャーリーを「おばさん」と呼べないそうだし。


 日本の場合は縁組みするなら、それしか選択肢がないんだけど。

 それではスカウトしづらかろうとミズホ国ではそういうことがないようにしてある。

 叔母と姪でも従姉妹でも好きに選べばいい。

 そこは俺が強要することじゃないからな。


 それよりも──


「驚くようなことを言った覚えはないんだが?」


 そちらの方が気になる。


「だだだだって、先生がミズホ人なんて聞いてませんよぉっ」


 今度は俺の方へと詰め寄ってくる。


「それがどうしたって言うんだ」


「私もミズホ国の人間になりたいのですっ」


 美人に目の前十数センチのところで力説されると怖いものがある。


「是非とも先生のお力添えをっ!」


 更に距離が縮まった。


「ええーい、近すぎるっつーの」


 顔面を押し退けるが、シャーリーはめげない。

 手を離すと再び迫ってきたので俺は躱すように席を立った。


「あうっ」


 つんのめって倒れそうになるが、カウンターテーブルに手をついて堪えるシャーリー。

 忙しい女である。


「考えておくから頭を冷やせ」


「よろしくお願いしますっ!!」


 シャーリーも席を立つと必死すぎる表情で頭を下げた。

 そこまでしなくても、ローズの審査は通っているし決定だ。

 頭を冷やさせるために今すぐは教えないけどな。


『3姉妹よりシャーリーの方が大喜びしそうだな』


読んでくれてありがとう。

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