854 待ち合わせ場所へ
俺たちは冒険者ギルドの前まで戻ってきた。
「じゃあ、俺はこっちな」
ここからは別行動である。
「「はい」」
返事をした婆孫コンビはドルフィンやハリーと一緒にギルドの中へと入っていく。
ベルやナタリーは戦闘で得た獲物を一部売却する予定だ。
こういったことも経験して慣れておいてもらわないとね。
そしてドルフィンたちは付き添いである。
ただ、ドルフィンは寡黙なため手続きでは付き添いとして役に立たないがね。
そういうのはハリーの仕事って訳だ。
ドルフィンの仕事は勧誘よけである。
巨漢戦士がいるだけで周囲にプレッシャーがかけられるからね。
魔法使いは少ないから他所のパーティに勧誘されることが少なくないのだ。
まあ、婆孫コンビだけでも排除は楽々コースなんだけど。
余計なトラブルを引き起こさないという点においてはドルフィンに軍配が上がる。
圧倒的な存在感は、それだけで変なのを寄せ付けない。
俺がいなくても心配はいらないだろう。
誰だ? 俺がいた方が心配だなんて言う奴は。
そんな訳で俺は風と踊るのメンバーと待ち合わせしている場所に向かった。
言うほど離れた場所にある訳じゃないんだけどね。
分かりにくい場所を待ち合わせにするのはナンセンスだし。
俺が選んだのはギルド近くの食堂だ。
出資者は俺。
というよりミズホ国だな。
表向きはガブローが責任者ってことになっている。
ただ、国営ということは伏せているけどね。
歩いてすぐのところに目的の食堂が見えてきた。
表には2人の若いドワーフがドアの脇に立っている。
どちらも成人して間もないくらいだろうか。
彼らも食堂の関係者である。
有り体に言ってしまえば用心棒なんだけどね。
聞こえのいい言い方をすれば警備員だろうか。
彼らは常駐ではなく警備関係の部署からシフトを組んで派遣されている。
今日は若い2人が担当だ。
この2人も別の日は門番に回されるはず。
「「あっ」」
俺に気付いた2人が必要以上に姿勢を正した。
ハッキリ言ってガチガチだ。
ただ、緊張した面持ちからは畏縮した空気は伝わってこない。
『ビビっている訳じゃなさそうだな』
緊張する程度ならば頭の中が真っ白ということもないだろう。
正直、ありがたい。
下手に「陛下」とかの単語を大声で口にされると困るしな。
内壁の外だから外国の人間も多いし。
まあ、食事時から外れた時間帯なので人通りも少なめだが。
2人の反応を見て魔法で俺たちの周囲から音が漏れないようにはしておいた。
保険をかけておくのは大事である。
「そんなに緊張しないでくれよ」
「ももも申し訳ありませんっ」
「お会いできるとは思っていませんでしたので」
ペコペコと頭を下げ始めたので幻影魔法も追加だ。
これで周囲の目は気にしなくて良くなった。
が、それでも心臓にはよろしくない。
2人はどちらも新人らしく見えるからだ。
どうにも危なっかしく感じてハラハラさせられる。
『1人はベテランをつけた方がいいんじゃないのか』
それだけでも少しは余裕ができるだろうに。
「お仕事、御苦労様」
どうにか落ち着いてくれと願いつつ声を掛けてみる。
「「ありがとうございますっ」」
一声かけただけで最敬礼までする始末では望み薄だが。
「声を掛けていただけるなんて光栄であります」
「光栄でありますっ」
『これが若さというものか』
明らかに経験不足から来るプチパニック状態だ。
何が原因かは不明だが。
とにかく、これを解消するのは骨が折れそうである。
約束の時間より早めに来た自分を褒めたいところである。
『こんなところを風と踊るの面々に見られたら……』
考えるだけでも面倒くさい。
「大袈裟だ」
「「そんなことはありませんっ」」
2人して必死な様子でキッパリと否定する。
ガチガチだった今までの様子からは、ちょっと信じられない。
そのギャップに驚いていると──
「自分の家族はネイルの横暴に苦しめられていました」
「自分もです」
「あー、そう言えばいたね、そんな奴」
とにかくキレやすい奴だった。
ガンフォールの友人だと言われていたはずの俺にも喧嘩を吹っ掛けてきたくらいだ。
そこいらじゅうで色んな人に迷惑をかけていたのだろう。
「ある日、アイツが檻に入ることになったと聞きました」
俺が奴をぶちのめしただけでは終わらせず終身刑を提案したからだろう。
「それも死ぬまで二度と出られないって」
どうやらガンフォールは俺の案を採用したようだ。
思わぬところで奴の処遇が判明したな。
アレがどうなろうが知ったことではないので確かめていなかったのだが。
「最初は信じられなかったけど」
「本当だと分かって……」
「凄く嬉しかったです」
俺が黙らせる形になったから恩義を感じているということなのだろう。
「自分は泣いてしまいました」
1人などは今も泣きそうになっている。
「そのとき誓ったんです。
絶対に恩返しするんだって」
泣きそうになっているドワーフは涙を堪えながら同意するように頷いていた。
ちょっと重いが、嫌ではない。
「事情は分かった。
君らの気持ちは嬉しく思う」
それだけで感極まりそうになった2人だが──
「ただ、もう少し周囲を見てくれると助かる」
この言葉で我に返ってくれた。
「「あっ」」
2人が焦った表情になってオロオロしだした。
自分たちが街中でも人通りの絶えない場所にいることを思い出したようだ。
「心配しなくても、魔法で誤魔化してるから大丈夫だ」
そう言うと、ホッと胸をなで下ろす。
気付いていなかったのは無理もない。
一定の距離から外の音は遮断していないし。
その内側からだと外に見せている幻影は見えないからな。
「気持ちはよく分かった。
だけど今は客として来ているからいつも通りに頼むな」
「「は、はいっ」」
その後、他愛もない雑談で彼らと言葉を交わした。
言うまでもなく彼らの緊張を解すためだ。
ガチガチのまま表に立たれるのは不安でしょうがない。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
食堂のドアを開けた。
それだけで、ようやくだと感じてしまう。
まだまだ待ち合わせの時間には余裕があるのだけど。
店の前で油を売ってきたせいだな。
まあ、無駄なことをしたとは思わないが。
店内に足を踏み入れると──
「いらっしゃいませー」
良く通る元気な声に出迎えられた。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた雰囲気の声が続く。
「いらっしゃいませ……」
最後はか細い感じの声がした。
全員、若い女の子である。
2人は俺より少しだけ年上なんだけど。
何故そんなことが分かるか。
それは顔見知りだからだ。
そう、彼女らはスー、シーオ、ミーンの食堂3姉妹である。
「「「あ」」」
俺に気付いた3人がトテテと目の前までやって来た。
「よう、元気そうだな」
「御陰様で」
テヘヘとはにかむ次女シーオ。
「御無沙汰しています」
丁寧にお辞儀する長女スー。
「視察……?」
いきなりそんなことを聞いてくる末っ子ミーン。
いらっしゃいませを言ったから挨拶はそれで充分とか考えてそうだ。
思わず苦笑してしまう。
「今日は客だよ。
悪いが待ち合わせで使わせてもらいたい」
「相手の方は、お1人ですか?」
スーが聞いてきた。
それで案内する席を変えようというのだろう。
「いや、風と踊るという冒険者パーティのメンバー6人だ」
「彼女たちでしたか」
「なんだ、知ってるのか?」
「初めて来た時に酔客に絡まれたんです。
それ以来、良く来られるようになりました」
「へえ、そうだったのか」
普通は寄りつかなくなると思うのだが。
だとすると、よほど気に入ったのだろう。
「絡まれた件は特に問題はなかったようだな」
「はい、警備の人が取り押さえてはくれたんですが……」
スーが尻すぼみに言い淀む。
『何かやらかしたのか?』
少なくとも風と踊るの面子は被害者だろう。
特に問題行動があるとは思えない。
むしろ嫌なことがあっても、めげずに通ってくれる上客である。
それだけ、この食堂を気に入ってくれたのだろう。
トラブルを避けるために時間をずらして来るようになっただけじゃないのか?
「酔っ払いも団体だったから危うく他のお客さんを巻き込んじゃうところだったわ」
「皆で魔法を使って黙らせた」
シーオとミーンが長女の言い淀んだ部分を暴露した。
『なんだ、3姉妹も捕縛に協力しただけか』
相手が大勢で客に絡んでいたなら、むしろそうして当然だ。
「申し訳ありません」
ガバッとスーが頭を下げた。
いきなりのことで何のことやらサッパリだ。
「なんで謝るんだ?」
とりあえず理由を聞いてみたのだが。
「え?」
顔を上げたスーが訳が分からないと言いたげな顔をしていた。
『訳が分からないのはこっちだよ』
「だから言ったでしょ、姉さん」
シーオが呆れたように溜め息をついた。
「正当な行為なんだから叱られたりしないって」
「だ、だってー……」
どっちが姉か分からないやり取りである。
「心配しすぎ……」
「あうぅ」
末っ子のミーンにまで追撃を受けてスーは撃沈状態だった。
「とにかく席に案内してくれないか?」
「ああっ、すみません」
普段おっとりした感じのスーがアタフタすると面白い。
「ほら、フロアの仕事は私達に任せて」
「スー姉は厨房に戻る」
「はうぅ」
妹たちに促されて奥へと下げられる長女であった。
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