表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
860/1785

849 気が付いたら終わっていた

 ビルが攻撃を繰り出してくる。

 左右の手に握られた木剣を振るう突く。

 そのことごとくを俺は弾いてみせた。


 が、ビルは動揺しない。

 負けて元々という意識があるのかもしれない。

 そして捨て身の攻撃を仕掛けてくるほど投げ遣りになっている訳でもなかった。


『ほう』


 思わず感心させられた。

 徐々にだが全体のつなぎの甘さが無くなってきているのだ。


 俺がそろそろ指摘しようかと思っていたところでこれとは恐れ入る。

 ちょっと出鼻を折られた気分だ。

 だが、それが心地よい。

 人が成長するところを特等席で見られたのだからな。


『過去形にするのは気が早いか』


 攻撃のテンポも今まで以上に良くなっていく。

 振るう突く振るう振るう振るう突く。

 突く突く振るう突く振るう突く突く突く。


 攻撃パターンも考えている。

 それでいて息継ぎも考慮した動きで長期戦を視野に入れているらしい。


『ヤバい、ちょっと楽しくなってきた』


 あまりワクワクした気分が続くと見極めや指導ではなくなってしまいかねない。

 そろそろ指導の時間だろう。


 とはいえ大したことをする訳じゃない。

 無駄な動きを見せた時に単発で反撃を入れるだけだ。


 追撃を入れないのは、そこで終わってしまうから。

 簡単に終わらせては指導ではなくなってしまう。

 最初はビルも大きく体勢を崩した。


「ほら、動きに無駄が多いからだ。

 追撃をくらったら死んでるぞ」


「くっ」


 始める前は及び腰だったビルが負けん気を見せている。


「その意気だ」


 体勢を立て直したビルが再び攻撃を再開した。

 当たるか当たらないかのタイミングで弾く。


 向こうがひたすら攻撃するなら、こちらはひたすら弾くのみ。

 時折、不意を突く形で反撃を入れる。

 すべてビルが隙を見せた時だ。


 それを繰り返していると、徐々に俺の反撃もさばけるようになってきた。

 難易度が高いと吸収率も上がるのだろう。


「やるじゃないか」


 声を掛けたが返事はない。

 返ってくるのは荒い呼吸の音だけ。

 ビルには余裕がないようだ。


 まあ、ずっと動きっぱなしだからな。

 疲労の色も見えて当然というもの。

 それでも最初のぎこちない状態よりは随分とマシになった。


『ちょっと時間をかけすぎたか』


 ビルの攻撃をさばきながら試験が行われていたであろう方を確認してみた。

 ベルやナタリーの姿は既にない。

 ただ、何人かの冒険者が集まって何やら盛り上がっている。


「あの婆さんと姉ちゃん、凄かったなー」


 どうやら婆孫コンビのことを話題にしているらしい。


「ああ、試験官が無茶なことすると思ったら軽々とクリアしやがった」


「俺たちが弓矢でアレをしろと言われても無理だぞ」


「だよなぁ」


「単発でも投げた的に当てるなんて難しいぞ」


「的、いくつ投げてた?」


「皿みたいなのが2枚と球が2個、それと棒が2本だな」


「同時に放り投げた時は試験官の正気を疑ったぜ」


「弓矢の試験だって普通は順番に投げていくもんだからな」


「何人も試験官がいて変だと思ったんだよ」


「あれは反則だよなー」


「まったくだ」


「でも俺は、あの2人の方が正気かよって思ったぞ」


「あー、言えてる。

 スゲー魔法だったよなー」


「地面に落ちる前に全部凍らせるとか怖いよな」


「ゴトンゴトンとか音立てて落ちたときは何事かと思ったぜ」


「言えてる」


「俺、氷の魔法なんて初めて見た」


「俺も俺も」


「見たって言えるのか?


 凍る瞬間しか見えなかったぞ」


「そうだよなー。

 範囲魔法じゃなかっただろ、アレ。

 あんなの、どうやったらできるんだよ」


「個別に凍らせたんだろ?」

「だからどうやってさ?

 瞬間的に凍らせるとかできんのか?」




「俺に聞くなよ。

 魔法のことなんて分かる訳ないだろう」


 ワイワイと話していた冒険者たちが一瞬にして静まった。

 そして一斉にローブ姿の若い女性冒険者を見やる。


「ちょっとぉ、無茶な期待しないでよっ」


 女冒険者はたじろぎながらも吠えた。

 気が強いタイプなんだろう。

 まあ、男女に関係なく気弱な人間に冒険者は続けられないとは思うが。


「魔法使いなら何でも分かると思ったら大間違いなんだから」


 どうやら女冒険者は魔法使いのようだ。

 ようだというか、見たまんまだな。

 ローブ姿でそれっぽい長杖を持っているし。


「なんだよ、使えねえババアだなぁ」


 1人の冒険者が舌打ち混じりに文句を言った。

 その瞬間、その冒険者の周囲に空きスペースができる。

 まるで結界に押し退けられたかのように。


「な・ん・で・すっ・てぇ~っ!」


 杖の先からボッと炎が吹き出した。


「うわわわわぁわわっ」


 それを見てようやく己の失言に気付く冒険者。

 慌てて逃げ出し始めた。


「待ちなさーいっ!」


 女魔法使いも後を追う。


「待てと言われて待つ奴がいるかよ!」


 男の方は必死である。

 だが、仲間と思しき連中は助ける素振りすら見せない。


「究極のアホだな」


「アイツにバで始まる3文字とか禁句だって分かってるだろうに」


「アレはかばえないよな」


「巻き添えはゴメンだぜ」


 一斉に頷く一同。

 その後は訓練場で繰り広げられる追いかけっこなど関係ないとばかりに話を再開させる。


「結局、氷の魔法については謎のままか」


「そうでもない」


 ボソリと呟いて否定する者がいた。

 フェイスペイントをした弓使いらしい男だ。


「どういうことだ?」


「俺、見た。

 あの2人、氷の礫を飛ばしてた」


「礫だって?」


「そんなの見えなかったぞ」


 そう言った男が周りを見回すが、他の冒険者たちも頭を振るのみだった。


「豆粒みたいに小さい。

 そして俺の矢より速く飛んだ」


「マジかよ……」


「でもコイツの目の良さはピカイチだからな」


「確かにな。

 間違いないんだろうよ」


「あれは魔法。

 間違いない」


「お前のこと疑ってる訳じゃねえって」


「違う。

 氷の礫、虫みたいだった」


「「「「「はあっ!?」」」」」


 冒険者たちが一斉に素っ頓狂な声を出して首を傾げた。


「氷が虫?」


「羽根が生えたとか?」


「訳が分からん」


 自分たちで考えてみるも答えは出ない。

 再びフェイスペイントの冒険者に視線が集まった。


「矢は落ちながら飛ぶ。

 あの氷、違う。

 的を追いかけた。

 獲物を狙う虫のよう」


 独特の喋り方で分かりづらいが、どうにか伝わったようだ。

 全員が「マジかよ」という顔で絶句している。


『氷弾弐式を使ったのか』


 禁止した訳ではないから問題はないが、派手にやったものだ。

 いや、見えづらくするために氷弾をチョイスしたのだろう。

 ならば地味にやったと言うべきか。

 まさか初見で見切れる奴がいるとは思わなかったが。


「そりゃあ、確かに魔法じゃないと無理だよな」


「もっと分かり易い魔法にしてほしかったぜ」


「そしたら俺らにも見えただろうしな」


「それ、意味ない」


 フェイスペイントの冒険者の言うことは至極もっともだ。

 ベルやナタリーは見せるつもりがないから氷弾を使ったのだ。

 派手にやると騒がれて面倒なことになりやすいと事前にアドバイスされていたからな。

 ちなみにアドバイスしたのは俺ではなくエリスである。


「なんでだよ」


「獲物に矢を見せる、下手な狩人」


 フェイスペイントの返事に何人もの冒険者が首を捻っていた。


「攻撃手段を見せなかったことで試験の評価を高めたと言いたいのか?」


 そんな中で、冒険者の1人がフェイスペイントに己の推論をぶつけた。


「それ、正しい」


 返事を聞いて全員が脱力していた。

 フェイスペイントと話すのは疲れるようだ。


『うまく試験を乗り切ったようだな』


 冒険者たちの様子から察するに終わってからまだ間がないようだ。

 いずれにせよ試験が終わっているのは事実である。

 今頃はギルドカードの発行手続きに入っているはず。


 あまり長引かせるわけにもいかないようだ。

 ビルの攻撃もかなり鈍くなってきているしな。

 ずっと俺がさばき続けていたから無理もない。


 これがキッチリ受け止められるよりも消耗が激しい。

 今や肩で息をするような状況だ。

 外野の話に夢中になるあまり、引っ張りすぎてしまったようだ。


「終わらせる」


 俺はノーモーションで不意にビルの懐に入り込んだ。

 武術で言う無拍子ってやつだな。

 次の瞬間、ビルの首に木剣をあてがった状態で止まった。


「終わりだ」


 ビルが目を見張っている。

 終わりを告げられて初めて気が付いたらしい。


「なっ!?」


 次の攻撃のためのモーションに入りかけた状態でビルは固まっていた。


読んでくれてありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ