847 再会記念
ビルが大きく溜め息をついた。
それで表情が引き締まったところを見ると気持ちを切り替えたようだ。
少なくとも表面上はな。
『さすがはベテラン冒険者』
まあ、まだ26才なんだけどね。
それでも10年近いキャリアはあるようだからベテランと言えるだろう。
ひょっとすると冒険者歴は更に長いのかもしれないが。
とにかく自己制御ができるのは強みである。
ダンジョンじゃ目まぐるしく状況が変わることがあるからな。
動揺しっぱなしでは、まともな判断を下せるものじゃない。
切り替えができる者は生存率も高いのだ。
俺が感心していると──
「こいつは返すぜ」
ビルが手鏡を返そうとしてきた。
が、俺は受け取らない。
「なんだよ?」
怪訝な表情をするビル。
「再会記念だ。
取っておくといい」
「はあっ!?」
ビルが呆気にとられて固まってしまった。
「それを使えば髭の処理が楽になる」
鏡なしでは髭剃りも綺麗にはできないからな。
床屋はあるから金さえ出せば、サッパリできるんだが。
「そうすりゃ少しは老けて見られなくなるぞ」
「む、無茶苦茶だろぉ……」
ドヤ顔の俺に対してビルは引き気味である。
「こんなの盗んでくれと言ってるようなものだぞ」
それは盲点だった。
「なるほど、強盗なんかもあり得るか」
ビルの言う通りかもしれない。
夜道で背後から襲われたんじゃ対処は難しい。
「雑貨屋に数を卸しても意味はないだろうしなー」
取り扱いが可能な数に限度があるからね。
所詮は雑貨屋レベルである。
商人が希少品として目をつけて他所で売りさばく未来しか想像できない。
もちろん差益が恐ろしく高額になるのは言うまでもない。
「雑貨屋で売れる値段なのかっ!?」
ビルが驚愕していた。
どうやら俺が想定していた値段よりも遥かに高くなるようだ。
『ミズホの常識、西方の非常識ってな』
「ああ、材料なんて弱い魔物だからな。
高額な物ならホイホイ渡そうとしないよ。
渡された方だって迷惑するだろうしな」
ようやく合点がいったのか、ビルが肩を落とした。
「とにかく返す。
こんなの持ってたら強盗だけじゃなくて商人とかも集ってきそうだ」
ウンザリした表情である。
「分かった」
そういう理由じゃしょうがない。
俺も苦笑しながら受け取った。
ついでに掌の上で魔法を使って瞬間的に炎で包み込む。
炎が消えると手鏡は跡形もなくなっていた。
焼却に見せかけた分解の魔法による完全処分である。
「「「「「おおっ!」」」」」
ギルド内がざわめいた。
一瞬で手鏡が消滅したことに対する驚きが大きいのだろう。
「き、消えた!?」
「夢でも見ているのか……」
「なんだよ、あれっ」
驚愕しているのは最近ジェダイトシティに来た連中だな。
「魔法だろ」
少しは俺のことを知っているらしい冒険者が新参者の疑問に答えていた。
うちの国民も何人かいるようだが、そちらは何も言わない。
「にしたって消し炭も残さないとか普通じゃねえぞ」
「そっ、そうだ。
燃やして灰も残らない魔法なんて尋常じゃない」
新参組は泡を食ったように早口で捲し立てている。
『そんなに興奮することじゃねえだろー』
俺なんかはそう思うのだが、新参組には刺激が強かったようだ。
「知らないのかよ」
ここでは古株となるのであろう冒険者が溜め息をついた。
「あの銀髪の賢者様は暴風のブラドが一目置いてるんだぜ」
「「「「「マジかよっ!!」」」」」
新参組が一斉に仰け反るほど驚いていた。
俺も驚きだ。
髭爺が思った以上に有名なことに。
『それと俺の知らぬ間に変な二つ名がつけられているじゃないかよ』
こっちがマジかって言いたい。
戦う賢者よりはマシだけど。
「肉弾ゴードンも軽くあしらわれるくらいだからな」
「「「「「ウソだろ……」」」」」
新参組がビビっている。
こっちもウソだろって感じ。
ゴードンも有名なようだ。
この話を皮切りに、あちこちで新参組によるヒソヒソした話が始まる。
どうやら俺はヤバい奴で認定されたようだ。
それが狙いなので願ったりではあるのだが。
強盗も商人もしつこそうだからな。
相手をするのは面倒だから少し派手目にやっておいた。
牽制になればいいのだが。
ならないときは犠牲者が出るだろう。
強盗はともかく普通の商人を消すのは問題があるがね。
全裸で縛り上げて広場で晒し者にすれば充分だろう。
そこまですれば商人としては抹殺されたも同然だ。
「相変わらずハンパない魔法の腕前だな」
ビルが苦笑する。
「これぐらいしておけば集ろうとする有象無象を減らせるだろ」
「まあ、な……」
理由を知って神妙な面持ちになった。
「細かい話はどうでもいいんだよ」
「いいのかよっ」
ツッコミを入れられてしまった。
なかなか面白い奴だ。
「それよか、これからのことだ。
ここをホームにするのか?」
単刀直入に聞いてみた。
ビルなら今すぐでなくてもスカウトすることがあるかもしれない。
その時に居場所を把握していれば探す手間も省けるしな。
「さあ、どうだろう。
ここには昨日着いたばかりでな。
髭爺から話を聞いて面白そうだから見に来たんだ」
「なんだ、観光気分なのかよー」
この様子だと根を下ろす可能性は低いかもしれない。
「ハッハッハ、賢者様は上手いことを言うよな。
確かにそういう感覚がなかったと言えば嘘になる」
楽しそうに笑いながら言ったビルが真顔に戻った。
「だが、しばらくはここで稼ぐつもりだ」
ポンと腰に下げた片手剣を手のひらで軽く叩いた。
「気に入ったら骨を埋める気になるかもな」
「ソロでやるのか?」
「そうだな、当面は誰とも組むつもりはない」
その選択は無理からぬところだろう。
ゲールウエザー王国の王都で酷い目にあって間もないのだ。
人を信用できないのは当然だと思う。
「それなら武器を変えた方がいいな」
「ええっ?」
怪訝な表情を向けられた。
「ついて来な」
そう言って俺は歩き出した。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
俺たちは屋外訓練場に来た。
見れば離れた場所にベルやナタリーもいる。
どうやら、これから実力チェックの試験を受けるようだ。
向こうは俺に気付いていない。
付き添いのドルフィンやハリーはチラ見してきたけれど。
『2人とも、まだまだだな』
背中を向けていて距離があるとはいえ、これくらいは気付いてほしかった。
特に気配を消しているわけでもないのだから。
そのあたりは後で鍛えるべく指導するとして……
『今はビルなんだよ』
黙って付いて来たビルであったが──
「こんな場所で何しようってんだ」
とうとう我慢しきれなくなったらしく声を掛けてきた。
「まさか決闘とか言わないよな?
アンタの実力は嫌と言うほど知ってるから御免だぞ」
「決闘じゃないから安心しろ」
俺は壁面に掛けられている2本の木剣を手に取ってビルに放り投げた。
「おわっと」
1本なら支障なく受け取れたのだろうが、2本同時だと簡単ではない。
それでもビルは落とさずに木剣を手に取った。
不格好な感じではあったがね。
「おいおい、いきなりだな」
「いいから盾を置いてこい」
「なんなんだよぉ」
情けない声を出しながらも言う通りにした。
「二刀流は初めてか?」
訓練場の空きスペースに移動しつつビルに聞く。
「何だ? その二刀流って」
ビルは知らないようだ。
「2本の剣で戦うスタイルだ」
「へー、知らんかった」
能天気に感心するビル。
「で、どうなんだ?」
「実戦でやったことはないな」
「ほう?」
どうやら経験がない訳でもないようだ。
「もう10年以上前のことだよ」
ビルは懐かしそうにしみじみと語る。
「田舎を出る前に訓練でそれっぽいことはした」
「それっぽい?」
妙なことを言い出すものである。
「田舎の村に盾なんて置いてると思うか?」
逆に聞き返されてしまった。
「あー、盾を使う訓練代わりに棒を2本持って振り回していた訳か」
「そういうことだ」
『どうりで……』
上級スキルの【二刀流】を持っている訳だ。
熟練度も初心者を脱したくらいになっているし。
せっかく持っているスキルを生かさないってのは勿体ないよな。
「少し練習すれば実戦で使えるぞ。
そっちの方が盾を使うより合っているだろうな」
「マジか?」
「こんなことでウソ言って、どうすんだよ」
「いや、そうなんだけどさ。
本当に使い物になるのか?
村での訓練なんて子供のお遊びみたいなもんだったぞ」
「やってみりゃ分かるさ」
シックリくるはずだ。
こちらを再開記念の代わりにさせてもらおう。
読んでくれてありがとう。