840 メニューの攻防
話は続く。
「主催と言うと大袈裟だが、食事の用意はこちらでするさ」
そう言った途端にクラウドが飛び上がらんばかりに上半身を起こした。
条件反射もいいところだ。
『ホント、ブレないねぇ』
「あと場所の方もこちらでセッティングするから」
「よろしいのですか?」
冷静なダニエルが聞いてきた。
「輸送機で迎えを寄越せば宣伝になるだろ?」
特にエーベネラント王国サイドはな。
「それはそうですが……」
「何か都合の悪いことはあるか?」
「いえ、特には。
ですが予算などは大丈夫なのですか?
もちろん、我々の方からも負担はしますが」
どうやら自分たちの都合ではなく、こちらの心配をしてくれたようだ。
「予算は何の問題もない。
こちらの条件を全部のんでくれるなら負担もしなくていい」
「いえ、ですがそれでは……」
「その代わり変なのを寄せ付けないようにしてくれればいい」
「……なるほど。
取り次ぎは一切しないようにということですな」
「そういうことだ」
今後、他国に関わることもあるかもしれない。
しかしながら、それは商人や冒険者としてのつもりである。
国同士の関わりは積極的に行いたいとは思わない。
面倒だからな。
個人的に知り合った相手が気に入ったから友達になることはあるだろう。
たまたま、その相手が国の重鎮だったりすれば国交ができることもあるかもしれない。
「どう考えても打算だけで寄ってくるとしか思えんし。
そういう連中の相手など端から真っ平御免って訳だ」
本音で語るとダニエルに苦笑されてしまった。
「シャットアウトしてくれるなら時間をかけて宣伝してくれて構わないから」
「承知しました。
それで、どれほどの期間をいただけるのでしょうか」
「今が8月半ばだから……」
俺は顎に手を当てて考える振りをした。
「来月の下旬ごろまでだな」
「ふむ、左様ですか」
今度はダニエルが顎に手を当てて考え始める。
そして考えた末に──
「もう少し早めることは可能ですぞ」
そんな提案をしてきた。
が、これは俺にとっては都合が悪い。
「それはこちらの都合でダメだ」
そんな風に言われると何故なのか知りたくなるのが人間というものである。
「どういうことでしょうか?」
ダニエルは、ほぼ表情を変えることなく聞いてきた。
だが、その内心は何かあると警戒しているようだ。
【千両役者】で微妙な表情の変化からそのあたりを察知した。
これは隠しても意味がないだろう。
「秋祭りを開催する予定があってな。
その場に招待しようと思っている。
だから、場所も時間も招待する相手も指定することになるんだ」
「おおっ!」
俺の話に食いついたのはクラウド王であった。
「秋祭りとは収穫祭のことかな?」
前のめりで聞いてくる。
「まあ、そうとも言えるか」
「ほうほう!
では、美味しい食べ物も一杯あると?」
『やっぱり、それが興味の対象かよ』
予測できていたので呆れも驚きもしない。
「出店はやるけど、食事会とは別だぞ」
淡々と話を進めようとしたのだが。
目の前に絶望を顔面に張り付けたオッサンがいた。
「屋台のジャンクフードを食事会で出す訳にはいかないだろう」
諭すように言ってみたが効果がない。
それどころかウルウルと瞳を潤ませ始めた。
オッサンがそんなことをしても鬱陶しいだけである。
圧倒的に可愛さが足りない。
イケメンだからキモさがないだけ、まだマシだけどな。
「そこを何とかぁ~」
情けない声を出して懇願してくる。
『これで大国の王なんだよなぁ……』
溜め息のひとつもつきたくなってくる。
ダニエルが頭を振りながら漏らしていたけどな。
手に負えないって訳だ。
『そこまでポンコツ化するのかよ』
これは正論を言っても通じないだろう。
食べ物がらみになると、このオッサンは実に面倒くさい。
「そこまで言うならカーターに問い合わせてみるんだな。
了承が得られるなら、別に屋台のメニューで食事会にしてもいいぞ」
その場合は立食形式のフランクな感じになるだろうか。
俺としては格式張らないから楽でいい。
納得いかないのはダニエルである。
「そのような恥をさらす真似を許可する訳にはいきませんな」
獰猛な笑みを浮かべてクラウドを睨みつけている。
「え~、そりゃないよぉ、叔父さん」
「非公式な場とはいえヒガ陛下がおられる場で何を言うか、このバカ甥がっ」
言いながらクラウドのこめかみを両拳でグリグリし始める。
「うぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴が応接室内を所狭しと駆け回る。
反響はしない構造だが、とにかく止まらない。
本人が叫び続けているからだな。
なかなかの肺活量である。
『あー、うるさい』
鬱陶しいので耳を塞ぐ真似をした。
俺の近くでボリュームが落ちるように風魔法は使っていたけどね。
これはダニエルに対する抗議だ。
鬱陶しいからやめろというのをジェスチャーで行っている。
「痛い痛い痛い痛い痛いたいたいたいたいたいたいたいたいっ!」
こんな風に叫ばれていたら俺が口頭で注意してもダニエルの耳には届かないだろう。
大声を出せば話は別だろうが、そこまでする気はない。
労力は少ない方がいいよな。
最悪、殺気立てば静かになるだろうと思ったら絶叫が止まった。
「処刑タイムは終わりか?」
「失礼、お見苦しいところをお目にかけました」
ダニエルが深々と頭を下げて謝罪する。
その横でクラウドが頭を抱えてゼイゼイと息を荒げていた。
『そりゃあ叫びっぱなしだったもんな』
「うるさくなければ面白い見世物だったな」
「お恥ずかしい限りです」
「それはともかく食事会のメニューをジャンクフードにするのは悪くないかもな」
ダニエルが眉をしかめた。
「祭りの雰囲気からすると格式張った食事はそぐわないぞ」
「う……」
もっともらしい理由をつけると言葉に詰まっている。
一方でクラウドの耳がピクリと動く。
ダメージから復活できていないようで、頭は押さえたままではあるがね。
「手軽で仲良しな雰囲気をより演出できるしな」
更にクラウドの耳がピクピクと動いた。
「いや、しかしですな……」
どうにか反論しようとダニエルが口を開くが──
「そもそも部外者をシャットアウトするってことを忘れているな」
俺が言葉を上から被せ、その先を続けさせない。
「口裏を合わせれば後でどうとでも言い繕うことができるぞ」
「むう……」
反論の余地を潰されて微妙に悔しそうである。
クラウドの方は痛みも残っているだろうに、いい笑顔をしていた。
「もちろん、カーターやフェーダ姫が了承すればの話だぞ」
「そ、そうです。
先方に失礼があってはいけませんからな」
ダニエルの勢いが戻ってきた。
もっともらしいことを言っているが、どうやらジャンクフード否定派のようだ。
過去に何か苦い経験でもしたのかもしれない。
「そんな訳だから、クラウドは手紙を書くべし」
俺の言葉にコクコクと忙しない感じでクラウドが頷いた。
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「そんな訳で、これがクラウド王からの親書だ」
封蝋された手紙をカーターに手渡した。
「その日のうちに飛んで来たのかい?」
苦笑しながら受け取った手紙を開封するカーター。
「まあね」
カーターの言うように輸送機で飛んで来た。
俺1人だからパーソナルジェットでも良かったんだが。
今回は堂々とした訪問なので目立った方がいいだろうと判断した。
カーターが国民に対して周知したので、どっちでも良かったんだけどね。
とにかく大きな混乱もなく訪れることができた。
まあ、初見だから騒ぎにはなったけどね。
これに関しては俺もさすがに慣れてきた。
「ふむ、秋祭りね……」
手紙を読み進めるカーターが呟いた。
「興味深いね」
カーターの表情が実に楽しそうに見える。
クラウドのオッサンは文章で人を引き付ける才能があるようだ。
俺は手紙に何が書かれているかは知らないんだけどな。
それでも人を笑顔にさせる手紙を書ける人間なんてそうはいないだろう。
そう考えると些か不安にならない訳ではない。
『何がなんでも屋台飯を食べたいが故に情熱溢れる文章になったとかじゃないよな』
無いとは言い切れない。
ただ、カーターの反応が苦笑とかの類でないのが救いである。
「是非ともクラウド王が推薦する屋台料理での会食をしてみたいものだよ」
『カーターならそう言うと思った』
行動を共にしている間はずっと食事を提供していたからな。
回転寿司のようなファーストフードも出した訳だし。
ジャンクフードにも抵抗がないようだ。
「言っとくが、うちで出すものは一般的じゃないぞ」
「そうなのかい?」
「回転寿司なんて聞いたことあるか?」
「おおっ、言われてみれば無いね」
「そんな感じで他所では見ない料理ばかり出すからな」
イカ焼きなんて材料から手に入らないだろうしな。
「あれを標準的な屋台とは思うなよ」
俺の言葉にカーターが目をキラキラさせ始めた。
「それはそれで!」
いかにも期待していますって顔をして答えてきた。
そんな様子を見てしまうと誰かに似ていると思ってしまう。
まるで、どこかの食いしん坊なオッサンを目にしているかのようだ。
『同類だったか』
「あー、クラウド王と話が合うだろうよ」
「それも楽しみだね」
間違いなく食事会が上手くいくと確信できた。
阻む要素は何もないみたいだしな。
読んでくれてありがとう。




