838 暇って訳じゃないんだよ
結局、どことも同盟を結ぶことはなかった。
他所の国を必要以上に刺激するのはよろしくないという意見で一致したからだ。
そのかわり食事会をしようとゲールウエザー国王のクラウドから提案があった。
3国で仲良しアピールすれば他国への適度な牽制になるだろうってさ。
別にうちはそこに入ってアピールする必要はないんだが。
併合で目をつけられるのはゲールウエザーとエーベネラントだし。
うちも大山脈南部のドワーフ小国群をすべて併合はしたけどさ。
でも中部地域ならともかく南部はゲールウエザー王国としか接していない。
それに向こうからの要望で吸収した形なので軍事行動を起こした訳でもないし。
国際的に注目されたりはしないのでアピールに関してはピンと来ない。
ゲールウエザーやエーベネラントとは事情が違うからな。
バーグラーやスケーレトロが関わっている時点で悪目立ちしてしまうのはしょうがない。
前者は確実に俺が原因なので申し訳ないとは思うのだけど。
後者も派手に関わってはいるが向こうの自業自得だし、気にしないことにしている。
「この話、何とかお受けいただけないでしょうか」
護衛隊長であるダイアンが俺の前で深々と頭を下げる。
俺がジェダイトシティにいると聞きつけるや送り込んできた。
クラウドのオッサンはなかなかの策士だ。
弱い立場の女の子を使ってお願いをしてくるなどズルいにも程がある。
『旧スケーレトロでの後始末も終えたばかりだというのに』
まあ、片付けたのはうちの面々なんだが。
だからといって俺が暇だった訳ではない。
真っ先に実行したのは吸収したドワーフの国々を巡ること。
元国王たちと面談して領主として任命したり。
街の改造をしてみたり。
主に区画整理や城壁の守備力強化とかだな。
ジェダイトシティで経験済みなのでサクッと終了だ。
「まさか、これ程とは……
まるで箱庭を作り替えているかのようですな」
なんてことを改造終了後に言われたりした。
行く先々で別の言葉であったが、感想としては概ね似たような感じだ。
驚かれはするのだが、思ったほどではなかった。
仰天されるかと思っていたので、拍子抜けである。
ほとんどの者が唖然とはしていたけれども。
いや、どちらかというと夢うつつに近い感じか。
『なんかガブローの時とは反応が違うなぁ』
青い顔していたガブローのことを思い出す。
それよりはマシな反応とも言えるが、何かが違うとも感じていた。
驚いた後は比較的すぐに復帰するあたりが違和感を感じたところだろう。
言い換えるなら手応えがないというのが適当か。
「見事なお手並み、お見それいたしました」
こんなことを言ってくる余裕さえあるのだ。
何かおかしいと思っていたら──
「ガンフォール殿から聞かされた時は、ここまでとは思いませんでした」
新領主の1人から予期せぬ種明かしがあった。
余計な騒ぎにならぬようガンフォールたちが根回しをした結果だったのだ。
お陰で余計なパニックなどは引き起こされずに済んで助かった。
実にありがたいことである。
あんまり驚いてもらえなくて、ちょっと残念に思ったのは内緒だが。
こんな感じで街の改造は淡々と終了した。
もちろん駅の設置は内壁側で行っている。
後は新しい街の名前を考えたり。
まあ、王国の部分をシティに置き換えるだけで終わらせたけどね。
元の住民にしてみれば愛着のある名前だろうし。
そんな訳で新しくミズホ国に吸収されたのが次の6つの街である。
アズライトシティ。
ラリマーシティ。
クリソコラシティ。
マラカイトシティ。
ターコイズシティ。
アンバーシティ。
規模はどこもジェダイトシティと同じだ。
決して大きいとは言えないが、数が集まれば話は別。
国力が増した実感があって感慨深いものがある。
それと同時に喫緊で解決しておくべき懸念材料もできてしまった。
『秋祭りの会場、どうしようかな』
できれば皆に楽しんでほしいし。
そうなると1日で終わらせる訳にはいかなくなる。
3日くらいが良いだろうか。
で、情報が漏れない場所となるとミズホ本島かヤクモしかない。
どうするか悩んだが最終決定はもう少し先でもいいだろう。
それよりも片付けるべき問題が目の前にあったからな。
新しい街ができたことによるセレモニーをどうするか。
新領主たちから提案されたことである。
『そういうの考えたことなかったなぁ……』
ジェダイトシティの時はやらなかったし。
言われてみれば、やった方が良さそうに思えてきた。
ドワーフたちにしてみれば式典というよりは宴の意識が強いようだが。
つまり酒宴である。
祝い事だし、それでもいいかとは思ったのだが。
この時はまだ旧スケーレトロの件で皆が奔走中だったのだ。
故に事情を説明して延期してもらうことにした。
「悪いけど、落ち着いてからで頼むよ」
「いえ、そういうことでしたら仕方ありません」
どの新領主と話しても、こんな感じだったのはありがたかった。
宴会と言えば酒。
酒と言えばドワーフ。
そんな風に思っていたから意外だった。
よくよく考えたら節度を守って飲む者が大半だったのを忘れていた。
ザルも同然ではあるのだけど。
そこを思い違いしていたのは良くないことだ。
俺は心の中でドワーフたちに詫びた。
直接、謝ると向こうも訳が分からないしな。
事情を説明して回りくどい真似をするのもどうかと思ったし。
そのかわり秋祭りにセレモニーを組み込んで盛大にすることにした。
これならジェダイトシティも含めることができる。
「代わりと言ってはなんだが、秋祭りには期待してくれよな」
「秋祭り、ですか?」
どうやらドワーフたちには、そういう習慣がないらしい。
酒好きが多いのに農耕そのものには興味が薄いようだ。
「豊作なんかを祝ったり願ったりするために始まったものなんだが」
植生魔法で農業をしているミズホ国では秋である意味合いが薄いのだけどね。
「事情があってミズホ国では初めて行う」
建国して間がなかったしな。
気付いていれば昨年に実施しても良かったのだが。
「初めてですか」
「なんにせよ、うちでは祭りの目的は少し違う」
「ほう、どういった目的になりますかな?」
「神への感謝と国民の慰労だ」
「それも豊作に負けず劣らず大事なことですな」
頷きながらアズライトシティの新領主ヴァイス・アズライト・バスが言った。
「ふむ」
顎に手をやってヴァイスが考え込む。
「秋祭りと言うからには、しばし先になるか……」
ブツブツと独り言を呟き始めた。
「その頃には状況も落ち着いていると……」
本人は俺に聞こえないようにしているつもりの極小ボリュームである。
「なるほど、それで陛下は期待してほしいと仰ったのか……」
が、エルダーヒューマンの耳は地獄耳。
ばっちり聞こえてしまっている。
そうとは知らずにヴァイスが佇まいを正した。
何かを言おうとしているのだろうが、俺が先手を打つ。
「考え込んでいたようだが結論は出たか?」
「は?」
目を丸くするヴァイス。
しかしながら、すぐに頭を下げた。
「申し訳ありません。
考え込んでしまいました」
「いや、気にしていない。
それより結論の方は聞かせてもらえるのか?」
「結論と言いますか、推測の域を出ない拙い考えです」
ヴァイスが謙遜する。
「へえー、で?」
「秋祭りの中でセレモニーを同時に行うのではないでしょうか」
「そのつもりだ。
現状では3日間を予定している。
初日の初めの方で新領主の紹介を兼ねてやろうとは考えている」
「まとめて実施すれば無駄が減りますな」
さすがは元国王。
俺の狙いなどは簡単に読まれてしまっているようだ。
なんにせよ理解が早くて助かる。
「他の街と合同でとなると盛大になりそうですな」
にんまりと笑う。
もうひとつの狙いもバッチリ読まれている。
「今から楽しみでしょうがありませぬ」
ヴァイスからしてみれば、こちらの方が本命のようだ。
「そう言ってもらえると嬉しいね」
気合いを入れて企画せねばなるまい。
そんな訳で色々と考えたり新国民の婆孫コンビの特訓をしていたのだが。
そろそろ仕事を任せた皆が戻ってくるかなというタイミングで使者が来た。
それがダイアン女男爵だったという訳だ。
ハッキリ言わせてもらうと仕事くさい食事会など面倒くさい。
故に嫌だと断ったんだがな。
『こんなことならダニエルの報告に付き合うんじゃなかった』
その場の思いつきのような気軽さで──
「ヒガ殿、3国のトップで食事会をしようと思うのだが」
などと誘われたからな。
「私も良い案だと思いますぞ」
ダニエルまで乗り気だったし。
面倒くさいとは思ったけど俺も一応は考えたさ。
デメリットが大きいと、そんなこと言ってられないからな。
そしらた別に不利益はないんだよ。
「だが、断る」
メリットとか考える前に口が動いていた。
「ゲールウエザー王国とエーベネラント王国だけでやればいい。
国際的に目立つのは2国だけだろうに。
王太子と向こうのお姫様の顔見せも兼ねておけば、なお良しじゃないか?
婚約が流れたとか変な噂を流そうとしている連中を牽制できるだろうしな。
そういうアピールの場に俺がいると話題が分散してしまうから良くないだろ」
妥当な理由もつけたのにクラウドは信じていなかったようだ。
「本音は?」
こんなことを聞いてきやがった。
「面倒くさい」
どうせ何を言っても無駄だろうと、そう言って逃げてきたのだが……
『こんな手を使ってくるとは』
強かな男である。
ただの食いしん坊だと思っていた俺が甘かった。
まあ、食いしん坊なのは間違いないんだが。
食事会を開催する動機も半分以上は俺の飯が目当てだろうし。
「いいだろう。
ただし、こちらの指定する条件はすべて飲んでもらうぞ」
読んでくれてありがとう。




