837 結盟の相談?
「まったく、何と言っていいのやら」
ダニエルが帰りの輸送機の中で溜め息をついた。
「別にコメントは求めてないぞ。
ヒューゲル卿からも聞いてはいるだろう?
それでは不足するであろう話をしただけだ」
ヒューゲル卿と言うのはどうにも違和感があってムズムズする。
まあ、俺が勝手に爺さん公爵と自分の中で呼び続けていたせいなんだが。
それでも呼び方を変えることはできそうにない。
「あまりにも不足部分が多すぎます」
「そりゃあヒューゲル卿がずっと気を失っていたからだな」
「それは本人から伺っております」
爺さん公爵は自分の恥をさらすことに躊躇いはなかったようだ。
簡単にできることじゃない。
地位のある人間は周囲の目もあるから特にな。
おまけに話した相手は友好国とはいえ他国の人間だ。
面子の問題は更に上乗せされるのは想像に難くない。
おそらく隠し事をすることで信用を失うことを恐れたのだろう。
自国の問題とはいえ他国を併合した話も絡んでくるからな。
直に話を聞いていないので俺の推測が正しいとは言い切れないけれど。
「ですが、それにしてもです」
ダニエルの様子からすると無理やり聞き出したようにも見えない。
普段なら、そういう部分を隠し果せるのだろうが。
今はその余裕が見られない。
俺から聞いた話が大き過ぎるからだと思われる。
「ヒューゲル卿から聞いた話でさえ大概だというのに」
ここで言葉を句切ってダニエルは頭を振った。
「ヒガ陛下の話は、どれも無茶苦茶な内容ではありませんか」
口調は激しいものではない。
が、ダニエルの表情は穏やかとは言い難いものであった。
恨みがましいとまではいかないものの、「何してくれたんだ」的な目をしている。
「そんなことを言われてもなぁ……
俺としては最善を尽くして最悪の結果を回避しただけだし」
今回に関しては自重もかなり遠くに置き去りにしてしまったようだし。
まあ、どれもやらかした後で結果的に知る形となったんだけど。
『西方の常識に関しても情報収集した方がいいかな』
できれば現場で。
商人としてならシャーリーに話を聞くという手もある。
食堂3姉妹に肩入れしているし、ある程度は込み入った話もできるだろう。
『というか、スカウトしてもいいか』
今まで実行しなかったのは何故だろうというくらいスルーしていた気がする。
3姉妹のためにブリーズの街を出たくらいだ。
ギルド長も退任しているとなれば、障害になることは何もない。
『今度、ローズを連れて誘いに行ってみるか』
不合格の判定はされないと思うが、念のためである。
商人や一般の常識は、それで何とかなるだろう。
もし、ダメだったとしてもスカウトしたての人材がいる。
ベルとナタリーの婆孫コンビだ。
2人の場合は一般常識に限定されるか。
商人の方は別口の伝を探す必要ができてしまうのが難点だが。
そうなった場合はエリスに聞くしかないだろう。
自力で冒険者ギルドの元ゲールウエザー本部長にまでなったくらいである。
人脈なんかは期待できそうだ。
相手との話に気を遣うことになるだろうがな。
場合によってはエリス自身が商人のこともある程度は知っているかもしれない。
問題があるとすれば感覚が既に一般人から離れてしまっていることだろう。
微妙にずれた常識になりかねないのが怖いところだ。
シャーリーのスカウトが上手くいくことを祈ろう。
後は冒険者の常識だが、これもエリスに期待するしかないだろうか。
一般的なことなら月狼の友の面々でも大丈夫だとは思う。
これもズレた常識になる恐れはある。
『そのあたり現場で確認する必要があるかな』
とりあえずはジェダイトシティのダンジョンで問題がないかチェックしよう。
それで大丈夫そうなら他所のダンジョンも行ってみるべきだろう。
ゲールウエザー王国の王都にあるダンジョンとかも候補のひとつだな。
そういや俺はあそこのダンジョンには行ったことがない。
冒険者ギルドには行ったことあるのにな。
時間がなかっただけなので次は余裕を持って行ってみたいものだ。
こんな感じで俺があれこれ考えている間、ダニエルは「ぐぬぬ」状態であった。
俺もやらかしちゃいるが、ダニエルは文句を言える立場でもないしな。
せいぜい苦情が言えるかどうか。
しかしながら、今回の件は俺たちが動いたからこそ解決できた。
ゲールウエザー王国だけで対応していた場合は相応の被害が出ていたはずだ。
それがあるから強くは言えない訳で。
自画自賛の格好になってしまうから俺から強くアピールしたりはしないけどな。
「国元に帰って報告する義務があるだろう?」
こう言うだけで充分だ。
ダニエルは大きく息を吐き出した。
「済んだことを、あれこれ言っても始まりませんな」
そんなことを言っている割には憮然とした表情を崩そうとはしない。
せめてもの抗議といったところだろう。
「それよりも今後の関係性の方が問題になりましょう」
「今まで通りじゃダメか?」
「我々は良くても他国は現実を受け入れられるかどうか。
ただでさえ我が国による併合が続いているのです」
「バーグラーの件はすまんかったと思っている」
「いえ、あの国は問題が多すぎましたからな」
さして気にした風もなくダニエルが答えた。
「後はブレット王国と協力関係にあった小国群か」
真っ先に思い浮かんだのが毒を盛られ続けたせいで【毒耐性】持ちになった王太子だ。
ブレット王国以外の3国を含めても詳しくないのがバレバレである。
4国ともバーグラーから独立を宣言した辺境伯たちが興したことくらいか。
後は国としての歴史が150年ほどしかないということ。
なんにせよ、併合を選択したことは間違っていないと思う。
正解かどうかは現地住民が今後、決めることだ。
「その他にもバーグラーの西隣の国もです」
「そりゃあ他の国は気が気じゃないだろうなぁ」
「受け入れる側としては大変なのです。
ええ、本当に大変で大変なのです!」
『強調して3回も言ったよ、この爺さん!』
大事なことだから2回言いましたとか軽く凌駕しているとでも言いたいのか。
まあ、こんなお約束を知っている訳ではないからな。
ただの嫌みだろう。
その割にはねちっこいが。
『ストレスたまってるなぁ』
ちょっと壊れかけかもしれない。
原因は間違いなく俺だけどな。
その割には罪悪感とかがあまり湧いてこない気がする。
相手が野郎だからというのも無くはない。
ただ、今回に関してはメインの理由とはならないだろう。
俺自身が振り回されたからということの方が遥かに大きい。
「この上、エーベネラント王国でも併合です。
それもバーグラーの次に腫れ物扱いされていたスケーレトロですぞ」
「泡を食って早まった行動に出るバカが出るかもしれないと?」
「そういうことも無いとは言えませんな」
ダニエルが勿体ぶった話の持って行き方をしてくる。
お陰で何が言いたいのかは何となく想像がついた。
「あー、そういうこと。
バカが暴走する前に同盟でも結ぼうって腹だろ」
「うっ」
いきなり答えをぶつけたせいか、ダニエルが怯んでいた。
大国の宰相にしては脆すぎないだろうか。
『その前のジャブが効きすぎてたってことかな?』
後は隙を見せても大丈夫な相手と認識されているというのも少しはあると思う。
飢饉対策で奔走したのは無駄ではなかったということだ。
信用や信頼を積み重ねることは一朝一夕では無理だからな。
そのくせ、崩すのは一瞬で充分だ。
理不尽な気もするが、世の中そんなものである。
「俺としては賛成できないがな」
「なっ……!?」
驚きに目を見開くダニエル。
「理由を伺ってもよろしいですかな?」
「そんな大層なことじゃないさ」
先にそう言って予報線を張っておく。
「馬鹿でない連中を面倒な行動に走らせかねないからだ」
この言葉だけでは何を言っているのか見当がつくまい。
ダニエルも黙って聞いている体勢のままだ。
「頭のいい奴なら同じ手段で対抗してバランスを取ろうとするだろう。
それなりに手間がかかることだが、不可能という訳でもあるまい」
「それはどうでしょうな」
ダニエルは懐疑的だ。
向こうの方が国際情勢には通じているだろう。
それ故に否定する言葉は自信に満ちたものであった。
「並みの頭をした連中なら威嚇されただけで考えるのをやめるだろうさ」
「む?」
「頭のいい奴が善人とは限らない。
詐欺師はバカには務まらないものだ。
悪知恵を働かせる輩ほど考える時間を惜しまないだろ?」
「むう……」
俺が反論し始めると、ダニエルの自信も揺らぎ始める。
「敵は強大であるにも関わらず手を取り合ったとか何とか言えば不安はあおれるぞ」
「う……」
ダニエルが先程からまともな単語を喋れていない。
俺は威圧などしていないのだが。
「更にはゲールウエザーが世界征服するための布石とか言い出しかねないな。
でもって、言葉巧みに相手の焦りを利用して味方になろうとする振りをする。
話を持ちかけた相手を油断させられれば戦争などせずとも飲み込むことは可能だろ?」
「なっ!?」
「これはあくまで仮定の話だ。
が、世の中に絶対はないのも事実」
「……………」
ダニエルがとうとう言葉を発さなくなった。
「そういう国に心当たりでもあるか?」
「いえ、そういう訳では……」
質問をしてようやく答えるような有様だ。
そして唸りながら考え始める。
「こちらが先手を打てば過剰反応する者を増やしかねないということですか」
「まあ、そういうことだな。
下手に強固な同盟を結ぼうとするより緩くつながった方がいい」
「緩く、つながる……ですか?」
「例えば関税を大幅に下げるとかだな。
商売人の行き来は確実に増えるぞ」
そうなれば戦争もしづらくなる。
商売人にそっぽを向かれると物資の調達にも苦労するだろうからな。
「ですが、それは……」
ダニエルがやや否定的な反応を見せた。
「国内産業の停滞を招くか?」
無言で頷くダニエル。
「俺は関税の撤廃とは言ってないぞ」
「え?」
「損をしない程度に他所よりも下げるだけでいいんだ。
その見極めは難しいだろうが、やるだけの価値はあると思うぞ。
商人に得をすると感じさせるだけで経済が回るようになるからな」
まあ、そう単純ではないが間違ったことを言っている訳でもない。
「うぅむ」
重苦しく唸るダニエル。
結局、あれこれと考えた末に俺の案を採用することにしたようだ。
読んでくれてありがとう。