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834 井戸の水が出た

「言葉でどうこう説明するより実演しようじゃないか」


「なんだか面白そうだね」


 カーターが乗り気なので助かる。

 こういうのは無反応で通されると引っ張る側が苦労するからな。


 とりあえず召喚魔法風に演出を入れつつ桶をひとつ引っ張り出す。

 倉の中で錬成魔法を使って即席で作ったものだ。

 西方基準で見てありふれたものになるようにしてある。


「桶なんか用意して何をするんだい」


 カーターが首を傾げるが、質問には答えず水魔法を使った。

 桶に水を注ぐだけだからな。


 周りの者たちは興味深げに見ている。

 魔法は何度も見せているので地元住民たちもあまり騒がなくなった。

 水の量が大したことないのも驚きに値しない理由ではあると思う。


 初見だったら腰を抜かす地元の人間もいたかもしれないが。

 慣れてくれたのは実にありがたい。

 この後の実演の成否に影響しかねないからな。


「下準備のために水が必要になるんだよ」


 水が注ぎ終わってからカーターに返事をする。


「そうなんだ。

 普通の水だよね?」


 確認するように聞いてくる。

 魔法で生み出したものを普通と言っていいのかは疑問だが、言いたいことは分かる。


「ああ、普通に飲めるぞ。

 魔力を込めたりもしていない」


 そう返事をすると、カーターはおもむろに桶に近寄り水を手ですくって口に含んだ。

 オルソ侯爵や司令官たちがギョッとした表情で固まってしまう。

 とっさのことで反応できなかったのだと思うが、もう少し堂々としてほしい。


 カーターが水をゴクリと飲み下す。


「んー、これは予想外だよ」


「叔父様?」


 ニコニコしているカーターにフェーダ姫が問いかける。


「水がこんなに美味しいとは知らなかった」


「そうなんですか?」


 今度はフェーダ姫が水を手ですくって飲んだ。

 途端に笑顔になる。


「ホントですね」


「そりゃ良かった」


 いちいちミネラルの含有量がとか説明していられないのでスルー決定だ。

 ちなみに飲んでも害がないようにミネラルウォーターをイメージして生成した。

 日本でいつも飲んでいたやつだから軟水である。


 なんにせよ害のないことを証明してくれた訳だから助かった。

 王族の行動としては大胆すぎるけどな。

 それだけ信用されているとは言えるのだろうが、不安にもなる。


 そのせいかオルソ侯爵などは顔面蒼白だ。

 再起動するまでには少し時間がかかるかもしれない。

 待っていられないので先に進めるけどね。


「誰でもいいから、この水をあそこに入れてくれないか」


 そんな風に言って名乗り出る地元民はいない。

 彼らは遠巻きにして見ているからな。

 身分差が骨身にしみているのだろうというのが実感できる。


「では、自分が……」


 おずおずと名乗り出たのは司令官の側近だった。


『このオッサンも貴族じゃないのか?』


 いちいち鑑定なんてしないけど、常識的に考えて爵位なしとは思えない。

 その割には腰が軽いというか何というか。

 とにかく貴族っぽさが感じられない。


 側近のオッサンは、さっそく水が入った桶を提げている。

 まあ、話が進めやすいのでありがたい話なんだが。

 オッサンがポンプの前に立った。


「ここでよろしいでしょうか?」


 オッサンの指差す先はポンプの上部。


「ああ、そこでいい。

 零さないようにゆっくりな」


「はい」


 返事をしたオッサンは両手で桶を手にして指示通りゆっくり水を注いでいる。


「あれは……どういうことなのかな?」


 カーターが困惑していた。

 その疑問も当然である。

 水を汲み上げると言っておきながら注いでいるのだから。


 注ぎ込んでいるオッサンも、どうにか表情を隠そうとしている感じだ。

 頭の中で疑問が渦巻いているのだろう。


『さすがに何の説明もなしというのはマズいか』


 ここで小難しい話をしても無駄だとは思うが。

 何の基礎もない状態ではな。

 気圧の話をしても何人が理解できるやら。

 チンプンカンプンでついて行けないのは目に見えている。


「下準備に必要と言っただろう?」


「あ、ああ、確かに」


 困惑の表情のままながら、カーターが頷く。


「あれがそうだ。

 呼び水と呼んでいる」


「……呼び水」


 カーターが呟く。

 そのタイミングで、ちょうど水が注ぎ終わった。


「ほい、ごくろうさん」


「はい」


 オッサンがペコリと頭を下げた。


「次はその斜めに下がっている棒を上下に動かしてくれるか」


「これ、ですか?」


 片手で軽く握って俺の方を振り返ってくる。


「そうそう」


「分かりました」


 引き続きオッサンが俺の指示で動く。


「ガチャ……」


 力加減や動かす範囲が分からないままなので動きがぎこちない。


「コン……」


 下におろす時も不安が滲み出ているかのようにゆっくりだ。


「もう少し速くていい。

 それを繰り返してくれ」


「は、はい」


 オッサンは緊張した面持ちでレバーを上下させる。


「ガチャ、コン……

 ガチャ、コン……

 ガチャ、コン……」


 本当に少しだけ速くなった。

 そんなに重いものではないのだが。

 どうにもゆっくりだ。


『もしかして高価なものだと勘違いしているのか?』


 魔道具ではないと言ったはずがこれだ。

 ただ、高いとも安いとも言っていないのも事実。

 そう高価なものでもないんだがな。


 これ以上の指示は暴走の引き金になりそうな気がしたのでやめておく。

 後でキースにでもやってもらえば適切な動かし方は覚えられるだろうし。


 で、そのキースは桶の置く位置を変えていた。

 出てくる水を受けるためらしく裏方に徹している。


「ジャバッ」


 何度目かのレバー操作で水が流れ出てきた。

 桶の中に流れ込む。


「っ!」


 オッサンの動きが止まったので水はすぐに出なくなったが。


「そのまま続けてくれ」


「はっ、はひっ」


 オッサンは再びレバーを上下させ始めた。


「ガチャ……コン……」


 動きがぎこちない感じで遅くなってしまった。

 顔面だけだった緊張が体全体に行き渡ってしまったかのようだ。

 それでもジャバジャバと水は流れ出る。


 水が桶一杯になる前にキースが新しい桶に入れ替えた。

 その桶を用意したのは俺だけどね。


「いつの間に……」


 苦笑しながら呟くカーター。

 皆がポンプに気を取られている間に十数個の桶を用意したからね。


「つい今し方だよ」


「そっかー」


 と言いながらも、既に空の桶の方に注意は向いていない。

 ポンプから流れ出る水に視線は釘付けだ。


『気付いたか』


 注いだ分より多い水が出ていることに。

 2個目の桶になっても水が出てくる勢いは衰えないから気付いて当然なんだけど。


 カーターに遅れて桶の半分ぐらいまで水が溜まったところで周りがざわつき始めた。

 最初に気付いた様子を見せたのは少し離れた場所にいた兵士だった。


「へ、変じゃないか?」


「何がだ?」


「上から注ぎ込んだのは桶ひとつ分の水じゃないかよ」


「おおっ、そうだった」


「魔法か?」


「魔道具じゃないって王様が言ってただろうが」


「それにあの棒の部分を動かしてるのは司令官補佐だろう」


「あの人が魔法使えるなんて聞いたことないよな」


「じゃあ、なんで水が出てるんだ?」


「分かるかっての」


「それよか、上官に下働きみたいな真似させていいのかね?」


 今更である。


「それを言うなら騎士様だって動いてねえぞ」


「「「「「俺ら、ヤバくね?」」」」」


 本当に今更である。

 まあ、俺の知ったことではない。


 3個目の桶に変えるタイミングでオッサンは御役御免とした。


「御苦労さん」


「いえっ……」


 御役御免となったにもかかわらず緊張したままだ。

 何だか悪いことをした気になってしまう。


 まあ、特にフォローはしないけどな。

 放置しておけば、そのうち落ち着くだろうさ。


「次、キースな。

 レバーを上下させるペースがどれくらいかお手本を見せてくれるか」


「心得ました」


 さっそく水を汲み出しにかかるキース。


「ガチャコンガチャコンガチャコン」


 オッサンより滑らかな動作でレバーを上下させている。

 瞬く間に桶が一杯になった。

 キースは手を止めて桶を空のものと交換する。


「カーター、やってみるか?」


 ずっと興味津々で見ていたからな。


「いいのかい?」


 前のめりな感じで聞いてくる。

 つい、どこかの王族コンビのことを思い出してしまった。

 そういう少年のような一面は共通して持っているようだ。


『一緒に会食したら話が弾んだりしてな』


 近いうちに実現させるとしよう。

 とりあえず今はポンプの売り込みだ。


 灌漑用の方はレバー式じゃないのを考えているからな。

 ここでの受けが微妙だと、普通のポンプを設置することになってしまう。

 それは地元で農業に携わる者たちにとって不幸以外の何物でもない。


「もちろん」


 俺の返事でカーターは満面の笑みを浮かべた。


読んでくれてありがとう。

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