823 いざ湖のダンジョンへ
どうにかこうにかオルソ侯爵を説得した。
まあ、説得したのは俺じゃなくて叔父姪コンビなんだけど。
それも数分では終わらなかったがね。
これだからオルソ侯爵の頑固モードは厄介なのだ。
疲れるオッサンである。
とにかく多少の時間はかかったが、面倒事は片付いた。
現在は湖の辺に移動済み。
ダンジョン探索のため、さっそく小島に向かおうという訳だ。
『善は急げと言うしな』
この程度のダンジョンなら裏技を使えば半日も時間は必要ないし。
今は現場組に待機命令を出している状況だ。
俺が探索する間に皆が待機で休めば時間的なバランスがとれると考えた。
そんな訳で皆が休憩している間に終わらせるつもりだったのだが。
ひとつだけ誤算があった。
俺の探索が終わったら忙しくなると言ったら急に訓練を始めたのだ。
どうやら俺が帰ってきたら、さっそくダンジョンに潜るつもりらしい。
『なんだかなぁ……』
俺は騎士たちにダンジョンへ潜ってもらうことになりそうだとは言った。
相応の覚悟をしてほしかったからだ。
だから彼らがパーティを組んで訓練をするのは分かる。
が、兵士までもが自発的に訓練へ参加していた。
地元の連中が発奮するのは、まあ分かる。
自分たちの住んでいる地域で被害が出るかもしれないからな。
それをどうにか食い止めたいと思うのは自然なことだろう。
実力が明らかに足りない場合は止めるしかないがね。
だが、今から釘を刺すのは早計だ。
やる気を削いでしまいかねないし。
それで探索の結果が兵士たちにも充分に対応可能だったら勿体ない。
仮にそうなったとしてもダンジョンに行けるとか説得するつもりはないが。
面倒だからな。
もっと面倒なのは暴走されることだ。
『根拠も示さずダメと言われると先走る奴は必ず出てくるからなぁ』
子供じゃあるまいし。
そうは思うが、反発心の強い人間なんて何処にでもいるものだ。
そんな連中の面倒を見る気はない。
場合によっては事故になりかねないが自業自得だと思う。
とにかく探索の結果が出る前から変に刺激する必要はないだろう。
やる気になって暴走しないんなら大いに訓練してくれと言いたい。
しかしながら他の地域出身の兵士たちまでやる気になるのは理解不能だ。
強制的に徴兵された面子は地元に返す方針なのだが。
『いや、だからこそか』
彼らの地元にもダンジョンがあると考えれば合点もいく。
ここで訓練に参加しておけば地元へ戻った時に慌てなくて済むとか考えていそうだ。
ただ、元からダンジョンがあるなら冒険者ギルドが対応している。
ここのダンジョンは地元民にすら忘れ去られた状態だったのでギルド支部さえないが。
そのせいで冒険者は寄りつきもしないから呼び寄せる必要がある。
騎士たちにダンジョンへ行かせるのは、このための時間稼ぎなのだが……
もしかして兵たちは冒険者やギルドのことを失念してはいないだろうか。
専門家が地元に常駐していることに気付いたら、どうなるだろう。
すこし気になったのでオルソ侯爵に聞いてみることにした。
現場の人間のことなら司令官に聞くべきだと思うが、相変わらずビクビクされるのでね。
胃に穴が空いたら可哀相だ。
ストレスで倒れられたらかなわんし。
「訓練をやめろとは言わないが、地元民以外は無駄にならないか?」
「地元に帰っても職があるとは限りませんからな」
「農業じゃダメなのか?」
「農閑期があります」
「ああ……」
「農業に従事しつつも冒険者として農閑期に稼げるようにしておきたいのでしょう」
誰かに問い合わせるまでもなくオルソ侯爵は即答した。
国の実情を把握していたからこその答えだと思う。
「なるほど」
それならば納得もいく。
ここでパーティの連携を確かなものにしておけば、ぶっつけ本番にならずに済むしな。
何より大人数ならではの利点がある。
まず、仮想敵には困らない。
それと自分たちが仮想敵になった場合は他のパーティの良い点や悪い点も確認できる。
そこから学習したり改善したりすることも可能な訳で。
致命的な怪我を負うことなく経験が積めるならそれに越したことはない。
「それなら尚のこと訓練せずに休んでろとは言えんな」
「はい」
何にせよ納得したなら、さっさと出発するに限る。
「それじゃ、行ってくる」
カーターたちに手を挙げ合図した。
そのまま、さあ行こうと思ったのだが……
「戻ってくる予定はどのくらいになりそうだい?」
カーターが何気ない感じで聞いてきた。
ちょっとガクッときたのは内緒である。
あと、何故か悲壮感を漂わせ始めたオルソ侯爵は何なのかと言いたい。
今し方の話をしていた時とは、まるで雰囲気が変わってしまったのだが?
『何なのさ?』
直に話し掛けると引き止められそうだから聞かないけどね。
堂々巡りの面倒くさい会話はしたくない。
「とりあえず昼過ぎくらいかな」
オルソ侯爵はガン無視でカーターの問いに答える。
「遅くても日が暮れるまでには一度もどってくる」
この返事にオルソ侯爵がカーターの後ろで愕然とした表情になっていた。
『もしかして俺が何日か潜ると思っていたのか?』
ダンジョンを初めて調査する場合にそこまでする冒険者はいない。
安全第一だからな。
命大事に、は冒険者の基本中の基本である。
ただ、冒険者の常識に疎いのは仕方がないのかもしれない。
貴族という立場であれば冒険者と接触する機会も多くないだろうし。
俺の場合は一通り回ってくることができるんだけど。
そこを言う必要はないだろう。
話がややこしくなる。
「じゃあ昼ご飯は一緒にとはいかないね」
カーターはどうやら俺がすべての探索を終わらせると思っているようだ。
オルソ侯爵とは正反対である。
「そうなるな」
「では、夕食は御一緒しましょう」
フェーダ姫もカーターと同じことを考えていそうだ。
「わかった」
なんにせよオルソ侯爵のフォローは2人に任せることにする。
何も言わなくても、大丈夫だろう。
「じゃあ、今度こそ行ってくる」
俺は余計なことは言わずに小島に向けて飛んで行った。
転送魔法ほどではないが、すぐに到着である。
『手漕ぎの船だと時間がかかりそうだな』
地元民用に橋を架けた方が良いだろうか。
ダンジョンの外に放出される魔物のことを考えると橋はない方が無難だとは思うが。
利便性と安全性のバランスが難しいところだ。
『なら、跳ね橋にするか』
保守や維持のコストがかかりそうで微妙なところだ。
まあ、それを考えるのは探索を終えてからにしよう。
今はダンジョン探索である。
小島に移動してしまえば、入り口はすぐに分かった。
岩場に囲まれているせいで湖の辺からは確認できないようになっている。
「まるで隠しているみたいだな」
思わず呟いてしまったくらい絶妙な岩の配置だった。
何時までも感心している訳にはいかないので、さっそく入っていく。
特に気配を感じないので何気ない感じでスルッとね。
入ってすぐの所からボンヤリと薄明るい通路が続いていた。
人の手が加えられている訳でもないダンジョンだ。
『光る苔とかだろうな』
そんな風に推測するまでもなく側面や上の岩場にビッシリと生えていた。
足元には苔が生えていないのが謎だ。
歩きやすいから助かるけど。
後で現場組が入ることを考慮して【天眼・鑑定】で光る苔を確認しておく。
魔物だったりしたら不意打ちを受けかねないからな。
『うん、ただの苔だ』
【諸法の理】でも確認しておく。
光る苔に擬態するような魔物はないようだ。
確認が済めば先に進む。
徐々に下っており広間っぽい場所に出た。
「へえ」
自然と感嘆の声が出た。
光る苔のお陰で何やら幻想的な空間になっていた。
キラキラと光が降っているように見える。
そこかしこで滴が落ちているからだろう。
『湿度が高いのか』
だが、蒸し暑くはない。
場を支配する空気がヒンヤリとしているからだろう。
言うなれば鍾乳洞に入ったような、そんな感じだ。
光る苔があるために見た目の印象はまるで違うのだが。
「さて、俺は観光客じゃないんだよ」
いつまでも見とれている訳にはいかない。
気持ちを切り替えて先に進むことにする。
事前に地下レーダーの魔法を使ったお陰で構造は把握している。
が、それでマッピングが完了する訳ではない。
魔物の分布状況や罠の類は未確認だからな。
ある程度は記載しておいた方が被害も出にくくなるだろう。
ただし、あまり詳細に仕上げたりはしないように注意する。
意地悪でそうするのではない。
情報の信頼性が高ければ高いほど人は過信するからな。
つい注意を怠ったりしてしまう。
せっかく罠情報があるのに確認し忘れで引っ掛かるなんてことも無いとは言えない。
むしろ、ありがちなミスと言えるだろう。
その結果が自分たちの命で支払うことになるのでは割に合わないはずなのだが。
『程良く加減してレポート作成か』
これまた難しいところだ。
情報が少なすぎても犠牲者が出かねないからな。
人の命に関わることなので面倒くさいとも言っていられないし。
だが、面倒くさいものは面倒くさいのだ。
その最たるものが魔物のリポップパターンだろうか。
これは一度で確認できるものではない。
場所も種類も数も種々様々だ。
魔物の種類に関しては傾向なんかがあるとは思うが。
こういう岩場だと獣系は少ないような気がする。
『虫系の魔物ばっかりだったら嫌だなぁ』
もっと嫌なのがゾンビ系などの臭気を放つタイプだ。
そういう、あからさまに不穏な気配は感じないので大丈夫だと思うが油断は禁物。
特定の階層や、もっと絞り込まれたゾーンにのみ出現するパターンもあるからな。
フロアは全部で25階層。
絶対にアンデッドはいないとは言い切れない。
そして面倒なことに、ここに罠の情報も加える必要がある。
魔物よりもランダム性が低いとはいえ、似たようなものだ。
とにかく常に一定でない以上は少なくとも数回の調査を必要とするだろう。
しかも1本道ではないのが嫌らしい。
同じ階層でも別のルートから出ないといけないパターンがある。
『そこで対抗策だっ!』
無意味に意気込んだりするが、やることは自動人形を複数引っ張り出すだけだ。
そして各階層に監視付きで複数送り込む。
もちろん【多重思考】でもう1人の俺を何人も呼び出して行う。
『ついさっき呼び出したばかりだからなぁ』
俺使いが荒いと言われても反論できる余地はない。
幸いにして文句は言われなかったが。
読んでくれてありがとう。




