821 皆が寝てる間に……
66話を改訂版に差し替えました。
皆の様子を確認してみたら気を失っていた。
「マジか……」
四つん這いで失神ってどういう状況だろう。
かなり体に力が入っていたようだ。
目覚めても、すぐに体が動かせるか疑問である。
この際だから見られていない間に灌漑工事も終わらせるのが吉かもしれない。
ガーッとやって速攻で終わらせれば残るのは結果だけだ。
過程を見せずに済む。
ただ、途中で目を覚まされると面倒だ。
「……よし、眠ってもらおう」
ついでにバフをかけて、俺が開墾した時の心理的影響を減らしておくことにした。
さすがに記憶操作とかはやりすぎだと思うので、そこまではしない。
『あっ、でも、ひとつだけ!』
神の使いとか天使なんて異名で呼ばれるのは勘弁願いたいのでね。
俺がその呼び方を嫌がっていることだけスリープメモライズだ。
仕事が終わるまで眠らせるのも決定事項だし、ちょうどいい。
人数は多めだが問題なく完了した。
「これで良し」
いや、一部は灌漑工事の邪魔になるか。
そのまま水路とか作るのも不可能ではない。
水路になる地面を沈下させるのではなく、横に分ければ上の人間ごと移動するだろう。
ただ、それだと目を覚ました時に転落する恐れが出てくる。
水は塞き止めておけば溺れることはないが、転落ダメージもバカにできない。
水路がさほど深くなくても寝ぼけた状態だと反射的な防御が不能だからな。
打ち所が悪くて最悪の結果に、なんてのは御免被る。
そう考えると、転落防止柵の類が必要か。
「……………」
柵では子供とか落ちそうな気がする。
子供ってのは、こういう場所で遊びたがるからな。
で、手や足を滑らせてドボン。
水路の水深を低めに抑えても状況によっては良くない結果を招きかねない。
『埋設するか』
暗渠にすれば落ちることはない。
が、それでは大がかりすぎる。
しかも農作物への水の供給が目的だ。
埋めてしまうと水をすくい上げる設備も必要になるだろう。
もっとシンプルなのがいい。
そう考えて思い出したのはグレーチングだ。
側溝なんかで使われる格子状に組まれた金属製の溝蓋である。
中にはFRP製もあるそうだが、俺は見たことがない。
いずれにせよ、そう重くないので水路の清掃で大きな負担にはならないのだが。
『金属は高価だから盗まれるか』
安くて破損しにくいものというのは絶対条件となる。
そう考えると石か木しかない。
この近辺だと石は豊富にあるようだから、それを採用するか。
割れないように考えると重くなるが仕方あるまい。
その分、1枚を小さめにするだけだ。
水路の幅も絞るとしよう。
『どうせなら側溝みたいにするか』
細長く切り出した岩をコの字型に削り出して上向きで設置してつなげていく。
連結部となる端の部分は斜めに切り落として互い違いに接するようにするか。
水の流れに逆らわない向きにすれば目地で埋めなくても水漏れの心配は少ないはず。
ただ、あまり精度が高すぎると補修の時が大変だけどな。
そのあたりのバランスを考慮しつつ手作り感あふれる側溝の作成を倉の中で始めた。
時間短縮のために【多重思考】でもう1人の俺を大量に呼び出す。
『なあ、俺』
『何だよ、俺』
『こんなに呼び出す必要があるのか?』
『そうだぞ、軽く4桁は超えているじゃないか』
『どう考えても無駄だろう』
『俺もそう思う』
『俺も』
『俺も』
『俺も』
エンドレスでもう1人の俺が賛同していく。
しかも一斉にではなく、出現順に。
俺の話す余地はない。
連続攻撃しているかのごとく隙がないのは意図的かと思うほどだ。
実際、意図的にやっているはず。
俺のやることだからな。
読めない訳がない。
『だーっ!!
止まれ、俺!』
俺は大声でストップをかけた。
『興奮するのは良くないぞ、俺』
『そうだぞ、俺。
ここは冷静に話し合うべきだ』
真顔で言われると腹が立つ。
わざとかと思うと余計にイラッとした。
『あのなぁ、俺に答える隙がないから止めたんだろうがっ』
『なるほど。
それは了解した、俺』
『だが、吠えるのは良くないぞ、俺』
『そうだぞ、俺』
『そうだぞ』
『そうだぞ』
『そうだぞ』
また始まった。
今度はすぐに止める。
『はい、ストップ、ストップ!
またエンドレスになってるじゃないか』
『冗談だ』
『少しは精神攻撃に強くならんとな』
『そんなこと言ってるが、ダメージを受けるのは俺たち全員だろうが』
『うむ、この方法はイライラするな』
『同感だ』
『賛同するのはいいが、続けるなよ』
『『『『『これ以上は疲れるからやらない』』』』』
『だったら最初からするな』
『『『『『ハハハ、それもそうだ』』』』』
大勢の自分の相手をするのが、これほど疲れるとは……
『『『『『それで、俺たちが多すぎなのはどうしてなんだ?』』』』』
『分かっているのに聞くのか』
『出番が少ないからな』
どういう理由なんだか。
いや、気持ちは分からなくもない。
俺だからな。
出突っ張りの俺が羨ましい訳だ。
そりゃあ、からかいたくもなるか。
『で、俺たちで微妙に形状に差があるものを量産するって?』
いきなり本題に入った。
それなりにストレス解消して満足したようだ。
『ああ、そうだ』
『そこからランダムで組み合わせて設置する訳だな』
『ズレがある時は削って加工していくと』
『それにしたって多いと思ったら、カーブ用のバリエーションを増やすためか』
『芸が細かいというか』
『我ながら神経質というか』
『いやいや、そこは慎重で当然だ。
画一的すぎると後で変に思う奴が出てくるかもしれんからな』
『だったら量産時もランダムな偏差を入れるべきだろう』
『それは端っからの決定事項じゃないか』
『言わないと、忘れている俺がいるかもしれないだろ』
『『『『『んな訳ねーっ』』』』』
訂正しよう。
まだまだ満足していなかったようだ。
分かりきった会話を続けている。
『とにかく、俺は加工した岩を埋める溝を掘っていくからな』
『『『『『おうよ、岩の加工は任せろ、俺!』』』』』
まったくノリのいいことで。
俺もそっちのチームに参加したくなるじゃないか。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
周囲に人の気配がないことを確認する。
眠らせた者たち以外には誰もいないはずだが。
そこは念のためだ。
外部から人が来ることだって無いとは言い切れない。
ギリギリの状態になる前なら行商人が来ていたかもしれないし。
現状だと商売にならないから来るとは考えにくいが。
冒険者も来ないだろう。
この近辺にはダンジョンもないからな。
まあ、これからは冒険者も訪れるようになると考えられる。
活動を止めていたダンジョンが復活したからだ。
実は俺の小型爆炎魔法による絨毯爆撃の影響だったりする。
何かしら影響がないかとログを確認していたら嫌なメッセージを見てしまった。
[停止状態のダンジョンが活動を再開しました]
それを見た時は「マジかっ!?」と吠えたくなったさ。
ダンジョンがあるとは思っていなかったし。
活動再開とかタイミング良すぎだろと思ったら俺のせいだったし。
[広範囲の魔法使用により、当地域の魔素が活性化しました]
魔素と言えば、魔力の元になるものだ。
人間は利用できないが迷宮核が取り込んで魔力に変換する。
言わばダンジョンの餌の材料だ。
そんなものが活性化すれば、どうなるか。
止まっていたものが動き出す切っ掛けになったとしても何の不思議もない。
[活性化した魔素の迷宮核への流入を確認]
そして再起動したという訳だ。
念のため近辺を地下レーダーで確認したので間違いない。
ダンジョンは近い場所にあった。
湖の中にある岩で構成された小島が出入り口だ。
そして動き出し始めてしまった。
規模はさほどでもないのが、不幸中の幸いか。
いずれにせよ定期的に魔物を間引く必要性ができてしまった訳だ。
当面は軍に対応させるしかないだろう。
後でカーターに相談だ。
今はこれにばかり気を取られている訳にはいかない。
「始めるか」
そんな訳で地魔法を駆使して水路を作っていく。
人目がないのを確認した後なので遠慮せずに地魔法をガンガン使う。
まずは再生させた作物が植わっている農地の方へ向けて水路を形成していく。
こちらは湖から直接的に水を送り込む形になる。
網の目のようにと言いたいところだが、そこは程々にした。
やり過ぎると清掃などの手間が大きな負担になるからな。
そして流れ着く先は川だ。
地形を計算に入れた設計だと言える。
完了したら、今度は開墾地の方だ。
こちらは川から引き込む形になる。
開墾地が広いので数カ所から水路を引くことにした。
どのポイントも最終的には川へと戻っていく。
川が大きく湾曲していることを利用した。
「よし、完了っと」
倉の様子を確認すると作業はとっくに完了していた。
コの字型に削り出した岩もフタとなる石板も綺麗に積み上げられている。
『見事なもんだ』
惜しみなく称賛するが返事はない。
いつの間にか、もう1人の俺たちがいなくなっていた。
登場時とは打って変わって慎み深いことだ。
読んでくれてありがとう。




