819 欲しくないのに手に入るもの
「やった、やったぞぉ」
「これなら育つ」
「育てられるっ」
「おお、神よ」
「神の使いだ」
「天使様だ」
弱った作物たちが活力を取り戻しただけで農民たちはハイになっている。
歓喜しながら号泣しているし。
錯乱したのか、妙なことまで口走っているし。
凄いことが起こると思わせて、これである。
何気なくサラッと終わらせていたら、どうなっていたことか。
考えるだけでも恐ろしい。
そんな訳で俺の気分は農民たちとは正反対でゲンナリだ。
「あー、オルソ侯爵」
「は、はっ」
呆気にとられていたせいで反応が遅れていた。
『そんなに衝撃的かな』
カーターたちを見るが──
「事前に聞いていても凄いものだね!」
「想像以上でした!
ヒガ陛下が見た方が早いと仰ったのも分かります」
驚きを隠す様子もない。
その上で笑っている。
喜ぶのはいいとしても普通に驚いているのが俺には誤算だった。
『あの2人で、これか』
慣れてきたから、もう少し地味な反応かと思っていたのだが……
「あの……」
戸惑うオルソ侯爵の声で現実に引き戻された。
「後でいいから訂正よろしく」
「と、申されますと?」
オルソ侯爵には農民たちの声は届いていなかったようだ。
「農民たちがね、なんか俺のこと神の使いとか天使なんて騒いでいるんだよ」
「ええっ!?」
慌てた様子で振り返り、オルソ侯爵は農民たちの方を見た。
「ありがたや、ありがたや」
「神の使いが来られるなんて」
「生きてて良かった……」
「天使様ぁ」
「ありがとうごぜえやす、天使様」
手を合わせたりバンザイしたりで大騒ぎである。
飢えに苦しめられてきたせいで声量は控えめだが。
あと動きも鈍いし。
それでも気持ちだけは持ち直していた。
折れ欠けた心が復活するのは良かったと思う。
だが……
『天使はないよな』
一応、人間なんでね。
「すぐに止めさせますっ」
「後にしとけって」
「ですがっ」
「喜んでいるところに水を差すと、やる気を無くしてしまうぞ」
「うっ」
「落ち着いた頃合いを見計らって訂正してくれればいい。
俺のことは新しい王の友達で大魔導師だとでも言っておいてくれ」
自分で大魔導師とか言うのも、どうかと思うけどな。
それくらい言わないと農民たちが納得してくれない気がするし。
「言うねえ、ハルト殿」
カーターが楽しそうに声を掛けてくる。
『他人事だと思って……』
まあ、他人事だしな。
「言わなきゃ神の使いとか天使扱いされるんだぞ」
「いいじゃないですか。
シノビマスターさんみたいですよ」
フェーダ姫はトンデモ発言をしてくれるし。
「アイツは自称してるからいいんだよ」
中身は俺だけどさ。
覆面してるし、そういう設定だから許容できるのだ。
素の自分で「神の使い」なんて自称したくはない。
「俺はあの覆面野郎とは違うから」
『今回の件はシノビマスターでやっときゃ良かった』
後悔しても後の祭りである。
これで称号とかにそれ系統の名前がついていたらシャレになってない。
嫌な予感がしたので称号が追加されていないか確認してみることにした。
対外的な対応は【多重思考】でもう1人の俺を呼び出して頼んでおく。
『悪い、頼むわ』
『任せろ、俺』
しばしのバトンタッチである。
そして新規の称号がないか検索アンド絞り込み。
即座に結果が返される。
[条件に合う新規の称号は4件です]
『………………………………………』
今回も増えていたよ。
しかも4個。
神のシステムは俺に恨みでもあるのだろうか。
え? 前回の6個よりは少ないって?
数は少ないさ、数は。
しかしながら確認してまだ間がない状況で4個なんだよ。
責任者を呼び出したい心境だ。
本当に呼び出すのは御免被るけどな。
相手は間違いなく管理神より上の神様だろうし。
藪を突いて蛇を出すような真似はしたくない。
『何を言われるか分かったもんじゃないからな』
諦めて新たに加わった称号を確認していくことにする。
まずは[精鋭を率いし者]だってさ。
比較的大人しい感じがする。
説明文によると、部下を率い敵を圧倒し制圧することが条件のようだ。
戦力差の条件設定が色々ある。
条件によって係数が割り当てられており人数差で計算するようになっていたりする。
相手の力量も加味されるので、かなり細かい。
そして達成ポイントは恐ろしくシビアに設定されている。
単発の作戦では条件を満たすことができない。
計算で導き出されたポイントを累積させ取得するタイプの称号である。
俺の場合、今回のスケーレトロ王城の襲撃で累積点数が突破した訳だ。
珍しく取得条件がポイント制のため納得せざるを得ない。
このタイミングでの取得は勘弁してほしかったけどな。
次は[リフォーム王]である。
スケーレトロの王城を破壊してエーベネラント風に建て直したために付いたようだ。
ツッコミを入れたくて仕方がない。
『建て直しはリフォームじゃないだろぉ!』
内心で絶叫した。
するとシステム音が『ポーン』と鳴った。
同時にメッセージウィンドウが視野外領域に表示される。
[建材を再利用しているので条件を満たします]
無茶苦茶である。
確かに再利用はした。
だが、それはすべて瓦礫以下の状態だ。
間取りはほぼ同じであるものの徹底して粉砕したからね。
あんなので条件を満たすとか言われても納得しづらい。
既に称号がついている以上は納得するしかないのだが。
なんとも理不尽な話である。
その分、次の[工場長]はマシと言える。
この称号の取得条件は職人を率いて大がかりな魔道具を作成することである。
ホバークラフト列車がこれに該当するだろう。
西方人の基準で考えれば、確かにこれを取得するのは不可能に近い。
しょうがないと諦めもついた。
ただ、ネーミングについては唯一のツッコミどころだと思う。
もうちょっと何とかならなかったのか、と。
センスのない俺に代替のネーミング案なんてないのでツッコミは入れなかったが。
そのせいで自分で称号の名称を変更することになったら、シャレにならんしな。
もっとシャレにならんのが今回取得した最後の称号だ。
その名も[聖者]。
俺の何処が聖者なのかと小1日は問い詰めたい。
相手はいないが問い詰めたい。
『天使と聖者でどれほどの差があるというのかっ!?』
いや、あるけどね。
ぜんぜん違うというのは分かっているさ。
それでも俺にとっては同じカテゴリーなのだ。
耐えがたいものがある。
取り消せないのがヘビー級のストレスなのは言うまでもない。
取得条件を確認してみる。
更にストレスを追加するような気もしたがね。
知らん振りすればしたで、モヤモヤを残しそうで嫌だったのだ。
死を覚悟した者たちを救い称えられることが条件らしい。
『……………』
ぐうの音も出なかった。
農民たちは何人も死を覚悟していたことだろう。
植生魔法を使って救ったのも事実。
そして彼らに称えられてしまった。
否定のしようがない。
せめて[リフォーム王]のように納得できない理由があればと思ってしまう。
最後の抵抗で自分だけは認めない受け入れないという逃避さえ許されないとは……
完全敗北である。
せめて実際には天使や神の使いと呼ばれないように訂正をしっかりしてもらおう。
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俺が内心でガックリきている間に次の目的地に到着した。
まあ、畑のある区画の隣だからすぐである。
「こんな荒れ地が将来の開墾予定地とは……」
オルソ侯爵が目を見開いて唸っていた。
無理もない。
ガチガチに乾いた大地には雑草もろくに生えていない。
おまけに石や岩だらけ。
人力で開墾するとなれば正気を疑われるような場所だ。
「本当に、ここを開墾するのかい?」
カーターも無理だよねと言わんばかりの問いかけをしてくる。
「耕せば何とかなるよ」
「何とかって……」
俺の返答に、さしものカーターも唖然とした状態で固まってしまった。
「オルソ侯爵」
「はっ」
今度は即座に反応があった。
「派手な魔法を使うから心構えができるよう通達ヨロシク」
「ええっ!?」
驚きで返事が返された。
何を考えたのかは想像がつく。
「言っとくが、城をぶっ壊した魔法は使わんぞ。
いくらなんでも破壊力がありすぎるからな」
「……すぐに通達します」
微妙な間の後に応じたことからも疑う余地はない。
ここでもオープン・ザ・トレジャリーを使うと思った訳だ。
どうも俺がやり過ぎる嫌いがあると思われているっぽい。
自業自得かもしれないが些か心外である。
俺があれこれ動いた時に無駄なことをした覚えはないのだが。
過剰な威力の魔法を使う時は見ている者への心理的影響を考慮しているからな。
ここではその必要がない。
ならばオープン・ザ・トレジャリーは威力がありすぎる。
その上、今回のような全体を満遍なく掘り起こすには向いていない。
面制圧の魔法だけど点を集合させるタイプの魔法だからね。
とにかく使うのは別の魔法だ。
通達が行き渡るのを待たないといけないけど。
読んでくれてありがとう。




