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83 宿に着いてもくつろげない

改訂版です。

 俺たちが現場を通り過ぎようとした時、女戦士に襲いかかろうとして動けなかった男が呟いた。


「ば、化け物め」


 俺は足を止めてそいつを見た。

 最初に飛ばされた男のようだ。

 腰を痛めているせいで仲間と同時に動くことはできなかったらしい。

 他に大きなダメージは見られないところからすると投げ技だな。


 奴の仲間を沈めた打撃だけでなく投げも達人の領域にある訳だ。

 派手に投げ飛ばされて立っていられる程度のダメージで済んでいるのだから。

 手加減されていなければ、今コイツは立っていられるはずもない。


 それでいて女戦士は本来のスタイルで戦っているように見えなかった。

 おそらく腰で交差させるように差した双剣も本来の得物ではないだろう。

 どういう意図でそうしているのかまでは読めないけどね。

 とんでもない達人であることだけは確かだ。


 にもかかわらず動けなかった男は剣を抜こうとしている。


「若いの、無駄だ。止めておけ」


 ハマーが声をかけた。


「なに!? っぐぅ……」


 驚いて急に振り返ろうとした男が顔を顰めてよろめいた。


「死にたければ好きにするがいい」


 忠告するだけはしたと言わんばかりに無視して歩き去る。

 アーキンが男の方を気にしつつ慌てて後を追った。

 ボルトは何か言いたそうにしながらも無言で通り過ぎていく。

 フードを被っているツバキは視線を向けることすらしない。

 その背中からは相手をするのも馬鹿らしいという拒絶が感じられた。


 最後に残った俺は女の方を見た。

 あの無駄も隙もない身のこなしは何かしらの武術を修めているはず。

 ソロの冒険者のようだが、それも納得の戦闘力をしている。


 年齢的には俺より若そうな顔立ちなのに侍っぽい雰囲気があり同年代以上に見えてしまう。

 忍者の次は侍かよ。

 別に俺は自分より強い奴に会いに行くとか宣言した覚えはないんですがね。


 だが、彼女と手合わせするのも悪くないかもしれない。

 状況と時間が許せばね。

 今は無理だけど。

 俺も皆に遅れる訳にはいかないから。

 騒動の現場を横切って歩を進める。


 女戦士とは多少の距離はあったにもかかわらず前を通り過ぎる時にずっと見られていた。


「何者だ?」


 通り過ぎた直後に背後から微かな呟きが聞こえてきた。

 普通なら聞こえるはずもない声量だったのでスルーしたけど。

 もし彼女と縁があるというのなら、これっきりなんてことにはならないだろうさ。


 その後は何事もなくアーキンの経営する宿まで来ることができた。

 そりゃそうだ。

 寄り道しなかったからな。

 他人事とはいえ派手なケンカに遭遇してしまったことでハマーが──


「宿へ直行してくれるか」


 なんてアーキンに注文を付けたのだ。

 予定がガラッと変わってしまった瞬間である。

 当初は適当に案内してもらいつつ寄り道していこうと考えていたのになぁ。


「おいおい、夕食まで時間を持て余すぞ」


「仕方あるまい。お互い面倒事にこれ以上は巻き込まれたくなかろう?」


 まるで俺がトラブルメーカーであるかのような口ぶりだ。

 そんな訳はないっての。


「それに将棋とやらの話も聞きたいしな」


「それが目的かよ」


 後で見せると約束したから構わないんだけど。

 せめてドワーフ組に割り当てられた部屋で革鎧くらい脱いでこいと言いたくなったさ。

 ずっと若いはずのボルトは脱ぎに行ったんだがな。


 とにかく部屋に案内された直後には俺とツバキで実際にやってみせることになった訳だ。

 先に一通りルールの説明をしてから始める。

 間に説明は挟まず早指しで打っていく。


「ふうむ、これが将棋か」


 感心したように盤面を見ているハマー。


「な、何が何やら……」


 ボルトはパチパチと早指しで進む局面に目を丸くさせている。

 雰囲気をつかんでもらうために実演しているようなものなので仕方のないところか。


 程なくして投了を迎えた。


「参りました」


「ありがとうございました」


 俺の宣言にツバキが応じ互いに頭を下げる。


「とりあえず、これが将棋の遊び方だ」


「知的な遊びなのだな」


 神妙な面持ちを見せるハマー。


「しかも礼儀も学べるわけか」


「すみません。何がなにやらサッパリでした」


 そりゃそうだ。

 ハマーにルールを説明している間にボルトは鎧を脱ぎに行っていたからな。


「簡単に言えば相手の王の駒を攻め落とすゲームだ」


「はあ、なるほど。頭脳で決闘をするようなものですね」


 物騒な言葉が出てくるが認識としては正しいか。

 興味はあるようだしボルトにも説明しておこう。

 ハマーがなんか深くハマりそうな雰囲気だし、きっと付き合わされることになるだろう。

 俺は程々のところで退散するつもりだ。

 ある意味、生け贄と言えそうだ。


「ハマー、ボルトにも説明するから鎧を脱いできたらどうだ」


「お、おおっ、そうだな」


 俺の言葉にハマーが目を丸くさせた。


「夢中で気付かんかった」


 子供かよというツッコミは内心で入れておく。

 恥ずかしそうに身を縮めつつ、そそくさと部屋を出て行くハマー。

 それを見たボルトが唖然としていた。


「あんなハマー様は初めてです」


 へー、そうなんだ。

 とは思うものの悠長にしている暇はない。


「悪い。多分迷惑かけることになる」


 まずは先に謝っておく。


「いえ」


 際限なく付き合わされるであろう未来を想像できてしまったらしいボルトも苦笑いしていた。

 ボルトにだけ負担をかける訳にもいかないので詰め将棋の問題を用意しておくか。

 ワラ半紙でも作って自動人形に書き写させよう。


 ボルトに将棋を教えながらワラ半紙を作っていくのだけど。

 なんか小学生の頃に学校で使ったのより異様に品質が良いような……


 あ、【万象の匠】スキルのせいで品質が上がってるのか!

 変な連中に絡まれないようワラ半紙をチョイスしたのに意味ないじゃん。

 粗悪品っぽく見せるのは不本意だが仕方あるまい。


 たぶん大丈夫というぐらいまでワラ半紙の品質を下げた。

 同時進行で筆耕型自動人形を作成する。

 墨で筆書きさせるつもりなので外見は和メイド風に決定。


 そのタイミングでせかせかした様子のハマーが戻ってきた。

 一刻も早く将棋がしたいのだろうが、せっかち君としか言い様がない。


「いやぁ、待たせた」


「待ってないぞ」


「なんとっ!?」


 仰け反って驚くハマー。

 そんなに驚くことかね。


「ボルトに説明し切れてないっての」


 それに詰め将棋の問題集だって書き始めることすらできていない。

 倉でワラ半紙と自動人形の製造を同時進行させているような状況だ。


「しょうがないなぁ」


 もうひとつ将棋盤と駒を用意してツバキにアイコンタクトを取った。

 小さく頷くツバキ。


「こちらへ」

 そう言って別のテーブルへ将棋盤を持って行きハマーを誘う。


「おおっ、かたじけない」


 いそいそと対面の席に着くハマーに苦笑を禁じ得ない。

 念のため黒猫の姿をさせた偵察用自動人形を引っ張り出して向こうの様子を見ておく。


 やることが一杯で【多重思考】スキルが大活躍だ。

 ワラ半紙と和メイド型自動人形の製造にハマーの様子見、ボルトへの説明。

 それぞれやることが違って大忙しだ。

 偵察の時にはもっと活躍してたが、あっちは見てるだけだから楽だったんだよね。

 たぶん、こっちの方がスキルの熟練度が上がるんじゃないかな。


 何にせよ説明が終われば実践だ。

 ハマーはツバキと対局中なので必然的にボルトと将棋を指すこととなった。

 ボルトは慎重に駒を打つタイプみたいだな。

 ハマーはとにかく攻めるのが好きなようだ。


 静寂に包まれた宿の部屋の中で時折パチンという小気味よい音が響く。

 誰も口を開かず黙々と駒を打つ。

 そのうちボルトの考え込む時間が長くなってきた。

 ハマーはと言うと──


「うむむっ」


 唸りながら熟考し次の手を打つハマーだが、すかさずツバキによって打ち返される。

 ノータイムなもんだから駒の音なんてパチパチンだよ。

 ハマーの考えている時間を利用して先読みするとか高度なことしてるし。


「ぬぐっ」


 黒猫を通して見たハマーがだんだん苦悶の表情になってきた。

 一方でツバキは涼しい顔をしている。

 ただ、雰囲気的には完膚なきまでに叩き潰すつもりのように見える。

 何時間も付き合っていられないと考えているからだろう。


 しばらく静かな状態が続いていた中でコンコンとドアがノックされる音が響いた。


「どうぞ」


 応じると同時に黒猫をテーブルの下に潜り込ませる。

 ドアが開いてアーキンが女性従業員を伴って部屋に入ってきた。


「失礼いたします」


 アーキンと従業員が深々とお辞儀をした。


「お茶をお持ちしました」


「頼んだ覚えはないんだが」


「いえ、これは当店独自のサービスなのです」


 街一番の高級宿だと言っていただけのことはあるのか。


「ご不要でしたらその旨を仰っていただくだけで結構でございます」


 客が必要としないなら引くことも考慮しているのは悪くない。


「じゃあ、もらおうかな」


 俺の返事を聞くと同時に従業員が動き始めた。

 先にハマーの方へとティーセットの乗ったワゴンを押していく。

 俺の方にはアーキンが来たが手ぶらだ。

 何か用があるのか?


「お連れの方には後で迎えを出させていただきます」


 タイミング的には晩ご飯に間に合うようにと考えているのだろう。


「ああ、それはすまない」


 夕方以降の馬車の見張りは自動人形に任せるつもりだったし都合が良い。


「ところで変わったことをなさっていますね」


「これは将棋だよ」


「ショウギ、ですか……」


 首を捻っているところを見ると、これがゲームであるという認識がないらしい。

 そんな訳でボルトと指しながら将棋について軽く説明していく。

 待ち時間が長めなので説明する時間は十分にあるのだ。


 その間に女性従業員が俺たちの方にも来てお茶を入れていき、終わると一礼して退室していった。

 アーキンはこちらに張り付いたままなんだけど。

 ここに来るのが目的だったのか。


 まあ、いいや。

 将棋を指せる人間が増えればボルトの負担も減るだろう。


 そういう結論に達したことから詰め将棋の問題とは別に急遽入門書の作成を始めた。

 ルールとマナーなどを図解で説明。

 前に読んだ漫画でそういうシーンがあったから参考にした。


 本気を出せば、あっと言う間だ。

 それを用いて解説していく。

 言葉だけで説明するより楽だし理解も早いようだな。

 ボルトまで見入ってるよ。


「参った!」


 一通り説明が終わったタイミングでハマーが投了した。


「ありがとうございました」


 凄く悔しそうに盤面を見ているハマーに対して淡々と礼を返すツバキ。

 表情は相変わらず涼しげだが、してやったりと背中が語っている。


「もう一局、もう一局お願い申す」


 3戦全敗して頭に血が上ってるらしい。

 ツバキの了承を得る前からハマーは駒を初期配置に並べ替え始めていた。


「向こうでやってみるかい」


 俺はアーキンに声をかける。


「よろしいのですか?」


「ああ、問題ない」


「ありがとうございます」


 アーキンの方も仕事に差し障りがあるなら誘いに乗らないはず。

 これで興味のある初心者同士の対戦となった訳だ。

 互いに切磋琢磨する格好となれば理想的と言えるかな。

 それだけに視野狭窄に陥るほどのめり込むことだけが不安要素である。


 さてはて、どうなりますか……


読んでくれてありがとう。

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