817 忘れていたことと方針変更
明けて翌日。
本日の予定は農業支援である。
この地方で徴兵された者たちは、その後に解放される。
それが終わったら次の地方へ向け出発だ。
今回と同じパターンで回ることになる。
到着後に反乱領主を締め上げて農業支援、そして解放。
反乱はないと判定された地方では戦闘行動にはならないがね。
オルソ侯爵によると反乱を企てそうな輩が多いのだけど。
税収を上げるために領民のことを考慮しない人選がされたようだ。
「本当に性根の腐った王だったんだな。
金が無くなれば国民から税金を絞り上げるとか」
「お恥ずかしい限りです」
オルソ侯爵が恥じ入るが、どうにかできた立場でもないだろう。
王の行動を諫めようものなら処罰対象になったはずだ。
むしろ頑張っていた方ではないかと思う。
裏で色々と手を回していたというし。
普通は悪党がコソコソとそういうことをするものなのだが。
旧スケーレトロでは逆だった訳だ。
考えるだけで嫌気が差すような碌でもなさである。
バーグラーに比べればマシかもしれないけれど。
ドングリの背比べよりは差があると思う。
「まあ、今後は大丈夫だ。
カーターが国王なんだからな」
「責任重大だね」
俺の言葉にカーターが苦笑する。
そこに気負いは見られない。
むしろ爺さん公爵の方が肩に力が入りそうである。
「ところでハルト殿」
「ん?」
「カッツェはまだ目を覚まさないのかな」
「……………」
カーターの言葉に空白の間が生まれた。
『カッツェって誰だっけ?』
「あ─────っ!?」
思い出した。
カッツェ・ヒューゲル、爺さん公爵の名前だ。
いま爺さんのことを考えていたのに気が付かないとかアホすぎる。
「いや、スマン」
パンと手を合わせて謝った。
「眠らせたままで、すっかり忘れてた」
実は今も輸送機の中でグッスリなのだ。
「やっぱりねー。
そうじゃないかと思ったんだ。
あのホバークラフト列車とかに乗せずに輸送機で寝かせたままだったからさ」
カーターが楽しげに笑っているけど、いいのだろうか?
「返す言葉もない」
「いや、いいんだ。
むしろ、その方が助かると思っている」
「へ?」
「すぐに起こしていたら興奮しっぱなしになっていただろうからね」
言われてみれば確かにそうだ。
慣れつつはあっただろうが、それでも心臓によろしくない刺激の連続だったと思う。
「結果的に年寄りの冷や水になっていただろうなぁ」
思わずそんな呟きが漏れた。
「何だいそれ?」
キョトンとした顔でカーターがこちらを見ている。
カーターだけではない。
フェーダ姫やオルソ侯爵も同じ表情だ。
『そっか、知ってる訳ないよな』
日本の諺なんだし。
「老人が冷水を浴びるような無茶をすることを言うんだよ。
まあ、普通は戒めになるよう本人に向かって言うような言葉なんだが……」
眠らせたままじゃなければ、嫌でもあれこれを目撃することになっていただろう。
本人の意思に関係なく。
それはもう強要に等しい。
そう思うと急に罪悪感が湧いてきた。
苦労人って感じの印象が強いせいだろうか。
別に病弱に見える訳でもないのに心臓発作で急に倒れたりしそうに見えるんだよな。
「カッツェにはピッタリの言葉だと思うよ」
「そうか?」
「心臓に良くないだろうから見るなと言っても聞き入れないだろうし」
「あー、ありそう」
あの爺さんも頑固者だし。
止めているのに言うことを聞かずに見ようとする姿がリアルに思い浮かんだ。
その直後に心臓発作を起こしているところまで。
「だが、眠らせたままにしておくのもマズいぞ」
今回の討伐アンド農業支援は1日や2日で終わることじゃないからな。
各地方をグルッと回っていくから最短でも半月以上はかかるはず。
「それなんだけどね」
「何かあるのか?」
「先に王都へ帰らせようかと思って」
「あー、さすがに留守が続きすぎるのは問題あるか」
「そういうこと」
「じゃあ、夜になったら送ってくるわ」
「それで頼むよ」
眠っている間に送還されることになった爺さん公爵である。
「あー、何があったかの説明はどうする?」
メモライズ系の魔法は門外不出であるから使えない。
「それは私が手紙を書くよ」
「じゃあ書くものは後で用意しておく」
「すまないね」
「いいってことよ」
この時に用意した紙とペンのお陰で輸出先が増えることになったのは言うまでもない。
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「これは厳しいものだね」
地元の畑を見た直後のカーターは険しい表情をしていた。
「もっと早くに足を運ぶべきでした」
悔しそうに声を絞り出すオルソ侯爵。
「これは水が不足しているのでしょうか」
フェーダ姫が首を傾げていた。
畑で育てられている作物全体に元気がない。
枯れる寸前とまでは言わないが、原因はフェーダ姫の言う通りだろう。
ただし渇水という訳ではない。
領主の館を囲っていた湖も、そこから流れる川も水量は充分である。
視察した畑からは距離があったけれど。
「水を運ぶ体力が維持できないってとこか」
税を搾り取られた結果だろう。
領民たちは自分たちの食糧を確保することもままならない状況になっていたようだ。
離れた場所から不安そうに見ている農民たちは皆ガリガリである。
とりあえずは支援物資で食いつなぐことができると分かって安堵していたのだが。
畑を見て当座しのぎでしかないことに気付かされたというところか。
すぐに体力が回復するものでもないから無理もない。
しかも支援物資は有限だ。
それが尽きるまでに自前でどうにかできるほど作物の収量を増やせる見込みもない。
「ここまで領民が苦境に立たされていたとはっ……」
オルソ侯爵が呻いている。
「情報操作だけは上手かったようだな、アイツら」
アイツらとは陸の孤島へ島流しにした元王族とその手先たちのことである。
「そんなものは言い訳にもなりません」
そう言ったオルソ侯爵は何かを必死に我慢しているようだった。
「危惧はしていたのです。
ならば行動もできたはずっ……」
後悔と己への怒りがあるのだろう。
だが、それを発露させてしまうと八つ当たりになるであろうことも理解している。
そんな風に見て取れた。
「で、勝手に王都を離れた罪で極刑だっただろうな」
「ぐっ……」
「少し頭を冷やせ」
「申し訳ありません」
「謝る必要はないがな」
俺だって同じ立場なら暴れたい気分になったと思う。
「とにかく方針変更だ」
「その方がいいだろうね。
時間との勝負になりそうだ」
カーターも賛同してくれたのだが。
「どうするつもりだい?
輸送機を使うにしても、あの人数を運ぶとなると厳しいよね」
その気になれば現場組全員を搭乗させられるだけの輸送機を用意できるのだが。
『そこまですると刺激が強すぎるだろうしなぁ』
「うちの精鋭を分散させる」
「うん?」
返事をしつつも首を傾げるカーター。
俺が何を意図しているのか、すぐには分からなかったようだ。
「制圧と食料物資の運搬を先行して行う」
「……普通は不可能だと言うところなんだろうけどね」
苦笑するカーター。
オルソ侯爵は血相を変えているが。
「いくつか問題があるんじゃないかな」
カーターが疑問を呈してくる。
そんなに、あれこれ問題があっただろうか。
「分散するのはいいけど、ホバークラフト列車の引っ張る車両は多くないよね?」
機関車両のことを言っているのだろう。
確かに目的とする地方へ分散するには数が足りない。
「使うのは輸送機よりも小さい個人用の飛行機だよ。
輸送機よりもずっと速く移動することができる」
「えっ!?」
カーターが怪訝な表情をした。
「食料物資の運搬はどうするんだい?」
個人用という言葉に引っ掛かりを感じたのだろう。
「召喚魔法を使う」
「あー、ハルト殿だけが使える魔法じゃないんだね」
「まあね」
実際は亜空間倉庫なんだけど、そこは内緒である。
「反乱を起こすかどうか微妙な領主への対応はどうするつもりだい?」
「問答無用で制圧だな」
「いくらなんでも無茶じゃないかな」
「そうだろうか?」
「え?」
俺の言葉が予想外だったのだろう。
カーターが唖然としている。
「オルソ侯爵」
「はい」
重苦しい空気を漂わせながら返事をしてきた。
「もし、ここの領主だったらどうした?」
「それは……」
オルソ侯爵が低く唸った。
即答できるような話ではないからな。
黙ってじっと待つ。
「エーベネラントへ寝返ったでしょうな」
思ったよりも待つことなくオルソ侯爵は口を開いた。
「単に反乱しても潰されるのがオチです。
ですが、唯々諾々と従っていては領民は疲弊し結果は同じ。
ならば余力のあるうちに対抗勢力の傘下へ入るべきかと愚考します」
言い切ったが、その表情は渋い。
自分の考えが上手くいくとは思えないと言いたげに見える。
確かに成功率は低いだろう。
それでも領民の生存率は上がるだろう。
「最善でも次善でもなく、それしか選択肢がないってことだな」
言いながらカーターを見た。
こちらも渋面である。
「領主であるなら領民を守る義務がある。
それができないなら、如何なる事情であれ責任を取らねばならない」
「まあ、そう深刻にならなくても死罪にする訳じゃないさ」
「あ……
そうだったね」
何を深刻になっているのかと思ったら、そこを忘れていたようだ。
読んでくれてありがとう。




