816 到着したら討伐だ
改訂版3話をバージョン2に差し替えました。
到着してもすぐに戦闘になる訳じゃないというのを理解しているのだろうか。
現場組を戦わせるつもりはない。
だからこそ出発前にどうするかを全軍に指示しておいたというのに、これだ。
『まあ、覚悟があると士気も上がるから助かるけどさ』
降車した後は指定の場所まで静かに進軍。
指示内容はこれだけだから色々と考えてしまうのかもしれない。
とはいえ、既に日は暮れてしまっている。
列車の走行中に嵐は収まっていたんだがな。
目的地に到着した頃には周囲は闇に包まれていた。
星が瞬くような時間ならばそれも当然というものだろう。
列車から漏れ出る明かりでどうにか、停車場所付近の様子だけは分かる程度である。
指定された整列場所などまともに見えるはずもない。
こんな暗闇の中で、どうするのかと思っている面々は多いはず。
全員が降りて整列したところでマルチライトの魔法を使った。
宙に浮かんだ明かりが分散していくのを見て驚きの声が上がるが軽いものだ。
見慣れない魔法を見ても大騒ぎするようなことがなくなったのはありがたい。
感じているのが諦観だとしても慣れてくれるなら、それでいいさ。
光量を落としたマルチライトが前に進む。
そして高さ5メートルほどの塀が照らし出された。
「「「「「おぉ……」」」」」
横方向に延々と続いているためか驚きの声が漏れる。
それでも驚愕には値しないようだ。
もっと凄いのを見てきているからな。
『控えめ、控えめ』
自重しないとね。
え? 1人で横方向がキロ単位の塀を構築した時点で自重してない?
そうだっけ?
気にしてはいけない。
現に誰もコメントしていないんだし。
『……静かに進軍だったね』
これ以上、塀で何か考えるのはよそう。
墓穴を掘るしかなさそうだ。
俺がボケている間に必要最小限の指示だけで集合場所へと進む現場組。
それを見ていたカーターが感心していた。
「強制的に徴兵された兵士が多いのに練度が高いね」
コメントは気を遣ってか控えめなボリュームだ。
「前線まで進軍する間に訓練したんじゃないかな」
「なるほどね。
ただ進軍するだけじゃなかった訳か」
「でないと、この規模で奇襲など成功するとは思えない」
通信手段の発達していない西方では組織だった用兵に限界がある。
少なくとも彼らが集められた直後の頃では、どうにもならなかっただろう。
「あ、止まったね。
次はどうするんだい?」
「彼らは待機だ」
マルチライトの光を徐々に落としていく。
元々から暗めの光量だったこともあってか動揺は見られない。
完全に消え去ってもざわつくことはなかった。
「何も見えなくなったけど?」
列車の方も照明を落としている。
細い月の明かり程度では何が何やら分からないだろう。
その間に塀を元の平坦な地面に戻した。
「これより精鋭による突貫を実行する!」
オルソ侯爵が闇の中で吠えた。
「我々はこの場にて領主への圧力を掛けるのが任務だ!」
などと言っているが、ぶっちゃけ待機である。
オルソ侯爵の声は風魔法で拡大と拡散をさせた。
全軍に行き渡らせるためなのは言うまでもない。
それどころか1キロと離れていない領主の館にも聞こえているはずだ。
あえて届くようにしたからね。
それにより向こうで何事かとなった頃合いが狙い目だ。
風魔法が館に向かって次々と撃ち出されていく。
同時に上空へ向かって爆炎球が放たれた。
これらの魔法は俺以外のミズホ組が担当している。
俺1人で無双したら、更にドン引きされそうだしな。
「ドオ─────ン!」
先に爆炎球の破裂する音が周囲へと響き渡る。
その瞬間、爆炎の炎による光が地上の軍勢を照らし出す。
「ドオ─────ン!」
2発3発とあちこちの上空で爆炎球が爆発音を轟かせていく。
単色で地味な打ち上げ花火だが音だけは派手である。
その間にエアスラッシュが高い塀に次々と切れ目を入れていった。
皆がその気になれば1発で塀を貫通するのだが、そこは自重である。
圧倒的な力を見せすぎて味方に恐れられては意味がない。
故にエアスラッシュの威力は控えめだ。
追撃のエアスマッシュで館の塀を打ち砕くだけでも充分というもの。
ただ、今のままでは何が起きているか見える者はミズホ組だけだろう。
奇襲による攻撃が成功した今、攻め込む軍勢は圧倒的だと見せる段階となった。
ここで今度は光量を大幅に増したマルチライトで周囲を照らす。
光球の配置的に館側からこちらは少し確認しづらくしている。
だが、何処から何処まで展開しているのかは把握できるようにはした。
薄闇に浮かび上がる軍勢が圧倒的かつ不気味に見えるように。
逆にこちらからは丸見えだ。
エアスマッシュで粉砕されていく塀。
あっと言う間に館は無防備な姿をさらすことになった。
「「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」
その威力を目の当たりにした兵たちが喝采の声を上げる。
これも風魔法を使って館にぶつけた。
もちろんエアスマッシュのような物理的な威力はない。
が、建物をビリビリと震わせるような雄叫びは敵を怖じ気づかせるには充分だ。
私兵が突撃してくるようなことはないはずである。
まあ、既に館へと向かったミズホ組が館の敷地から外には出さないだろうけど。
「この調子だと移動にかけた時間よりも短い時間で終わりそうだね」
カーターが苦笑している。
「そうかい?
生け捕りってのは意外と時間がかかるものだよ」
「それにしたって早いと思うよ。
ハルト殿の手を借りずに普通の討伐になっていたら、今夜中には終わっていないさ」
カーターの言うことは大袈裟だ、とは言わない。
領主の館も攻めづらい場所に建てられているからな。
湖を天然の堀代わりにしているのは大きい。
これがあるために普通なら正面からしか攻められないようになっている。
数で圧倒しても一気に包囲殲滅とはいかない訳だ。
が、ミズホ組であれば包囲などする必要はない。
攻撃に参加したメンバーなら1人でも充分なくらいだ。
侵入を阻む障害など何もない。
塀など軽く飛び越えれば済む。
それを事前に破壊したのは敵への威圧と味方へのアピールのためである。
敷地内に入っても私兵どもの迎撃は散発的だった。
戦闘狂の鍛え方に偏りがあるためだろう。
突撃する時はめっぽう強くても攻められると弱い。
ありがちな話である。
まあ、ミズホ組からすると誤差の範囲なのだが。
目の前に出てきた私兵はタコ殴り。
顔面を腫れ上がらせて最後に当て身で気を失うことになる。
弓矢で射掛けられれば風魔法で矢を返却。
その場合、電撃のオマケ付きのため失神は免れることができない。
結局、館内部を制圧するまでに要した時間は約30分ほどだろうか。
予定では1時間くらいだったのだが。
途中から競い合ったことが伺い知れる。
『俺も行けば良かった』
止められたかは微妙なところだけどね。
とにかく済んだ話をとやかく言ってもしょうがない。
館から終了の光信号が見えたのでオルソ侯爵に合図を送った。
「諸君、制圧完了だ!」
「「「「「おお─────っ!」」」」」
どよめきが起きた。
『そりゃあね……』
驚かないはずがないのだ。
「早えっ」
「さすが、あの王様の部下だよな」
などなど驚きの声があちこちから聞こえてくる。
「諸君、静粛に!」
オルソ侯爵が叫んでいるが沸き立つ彼らの耳には届かない。
「静粛にっ!!」
魔法の拡声効果はまだ残っているのだが。
それでも現場組の歓声にかき消されてしまっている。
「せ──」
三度目の正直とばかりに吠えようとしたオルソ侯爵の肩を軽くポンと叩いて止めた。
「ヒガ陛下……」
いつの間にと言いたげな感じで目を丸くしている。
俺やカーターは整列した軍勢の後方に居たから無理もない。
前方中央で立っていたオルソ侯爵からすれば瞬間移動のように感じられたはずだ。
取り残されたカーターも同じ思いをしているかもしれない。
が、転送魔法は使っていないので俺としては普通の感覚である。
普通にシュバッと参上しただけだ。
「皆も喜んでいるようだし、しばらくそのままにさせてやれ」
「しかし……」
「近隣の住人なら大丈夫。
風魔法で遮断している」
「そこまで仰るのでしたら」
それを聞いてようやくオルソ侯爵も引き下がる気になったようだ。
「しかし、いつまでもという訳にもいきますまい」
「俺が戻ってくるまでは、そのままでいいさ」
「どちらに行かれるのですか?」
怪訝な表情で聞いてくる。
こんな時にポンコツになるとは、このオッサンも人の子である。
「領主の館だよ。
サクッと判定して出荷してくる」
言うが早いか、返事も聞かずにシュバッとその場を去った。
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「思いの外というか何というか……」
予想とは些か異なる結果となった。
「出荷量が少なかったわよね」
唖然としている俺の言葉にマイカが被せてきた。
つまらないとばかりに溜め息までついている。
「それだけマシな人が多かったってことなんだから喜ぼうよ」
ミズキがたしなめてきた。
「左様、ここで人が多く減れば残った者が大変になる」
ルーリアも話に乗ってきた。
「まあ、そうだな」
「確かにそうよね。
悪党退治した実感を味わうのは次に持ち越しとしますか」
「そこは次もダメな人ばかりじゃありませんようにって言うべきじゃないかな」
「ミズキ殿の言う通りだと私も思うぞ」
「俺もそう思う」
「ぐぬぬ」
とか言いながら芝居がかった調子で歯噛みするマイカ。
終わってしまえばコント風のやり取りをする余裕も出てくるというものである。
後はすることがないしな。
野営してその日は終了となった。
読んでくれてありがとう。




