814 つくってお披露目
列車風ホバークラフトを作るのは、そんなに難しいことじゃない。
構造で複雑な部分はそんなに多くないし。
機関車両の推進用ノズルは可変だったりするけどね。
ブレーキ用に逆噴射もするので、これだけはしょうがない。
それと車両とホバリング用スカート部とは隙間がある。
車両をゲル素材で浮かせているのだ。
どうしても上に重心が来るから不安定にならないよう工夫したつもりである。
発想としては振り子列車に近いかもしれない。
酔いやすいかもしれないがバランス優先だ。
ホバリングの気流調整で横転はしないように設計してあるけどね。
横転するんじゃないかとツッコミを入れられた時のための保険だ。
ここまですると別に車でもいいんじゃないのかと言われそうな気もする。
だが、一応の理由はあるのだ。
これだけ大量に輸送する場合、騒音問題は避けて通れないからね。
車だと、どうしても地面と接触するタイヤの音が大きくなるし。
そんなことで接近を相手に知られ警戒されるのはよろしくない訳だ。
反乱しそうな領主の所に行くんだからさ。
え? ホバークラフトはうるさいだろって?
アレはファンの音だからな。
俺たち作のホバークラフトは風の音しかしない。
風魔法の術式で浮くのも推進するのも賄うからだ。
風の音ならそこまで訝しがられることはないだろう。
逆に魔法でタイヤの音を消すと、また何か言われそうな気がした。
そんな訳で車両の方で解決させた。
「たまげたね、これは」
頭を振りながらカーターが溜め息をついた。
次々に仕上がっていく車両を目の前で見せられれば仕方のないことかもしれない。
「その割には楽しそうですよ、叔父様」
フェーダ姫がカーターを見ながら楽しそうに笑う。
「ハハハ、それはそうだよ。
こんなに愉快なことはなかなかお目にかかれないんじゃないかな」
「そうですね。
どんどん形になっていきます」
パーツごとに分業しているが作業スピードが速いせいで驚かせてしまっているようだ。
とはいえ遅らせる訳にもいかない。
出発予定は決めてしまった後だからな。
善は急げと言うけれど、今回に関しては失敗だったかもしれない。
「これがどう動くのか、未だに見当もつかないのですが」
「あー、そうだね。
ほばーくらふと、だったかな?
どういうものか聞きそびれてしまった。
なんにせよ車輪のない乗り物なんて前代未聞だよ」
「それを言うなら輸送機もそうですよ?」
「ああ、確かにね。
あれも前代未聞だよ。
本当にハルト殿には驚かされっぱなしだ」
そう言いながらカーターが苦笑した。
「もしかしたら、これも空を飛ぶのかもしれませんね」
クスクスと楽しげに笑うフェーダ姫。
冗談半分で言ったようだ。
「うーん、どうだろう?」
カーターはフェーダ姫の言葉を冗談と分かった上で考え込む。
あながち無いとも言えないと思ったのだろう。
「形がまるで違うから飛びはしないかもね」
結局は無いという判断に落ち着いたようだが。
「それに縦につなげて使うようだし」
「こういう発想もなかったですね」
「それはそうだよ。
馬車では真似はできないからね。
馬の力だと馬車をひとつ追加しただけでも無理なんじゃないかな」
「つまり、これも凄い力を発揮するのでしょうね」
「それは間違いないだろうなぁ」
「凄いですね」
「凄いなぁ」
そんな姪と叔父の会話がされる中で作業は休むことなく続けられていった。
彼らの死角では倉庫内作業で仕上げた車両を引っ張り出したりもしていたのだけど。
もちろん内緒である。
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「何ですかっ、これはっ!?」
オルソ侯爵が大口を開けて固まってしまった。
声を出せただけマシなのかもしれない。
司令官以下の現場組はポカーン状態で魂が抜けたような顔をしている。
「だから昼食時に説明した兵員輸送車両だって」
いきなり見せると酷いことになりそうだと思って先に軽く説明しておいたのだが。
ワンクッション入れたから大丈夫などというのは甘い考えだった。
塀を取り払って全車両をドーンとお披露目したら、この有様だ。
「そっ、それにしても、この数は……」
どうにか呻くようにオルソ侯爵が言葉を発した。
そんな短時間で用意できるものなのかと言いたいようだ。
「必要になるだろうから用意した。
全員を収容するだけで終わりではないからな」
物資に馬車に馬も積み込む必要がある訳だし。
もちろん、専用の輸送車両も用意してある。
「あっ、あのっ……」
ここで司令官が声を掛けてきた。
「んー、何かな?」
「僭越ではありますが、お聞きしたいことがございます」
「……いいけど」
そこまで畏まられると気疲れしてくるんだが。
黒巨人兵との戦いを見せてしまった影響は俺の想像以上だった訳だ。
もう少し気楽にと言っても無理だろう。
「車輪が見当たりませんが、どのように動くのでしょうか?」
「そ、そういえば確かに」
今頃になって気付くオルソ侯爵。
『気付くのが遅いって』
まあ、それだけ驚いたってことなんだろうけど。
それは他の面々も同様だったようで、ざわつき始めた。
「司令官の言う通りだ」
「車輪もなしでどうやって動くんだ!?」
「俺に聞くなよっ。
分かる訳ないだろぉ」
「でも、あの王様と部下の人たちだからなぁ……」
「ドラゴンの翼みたいなのが生えて空を飛んだりするかもな」
「ハハハ、そりゃいいや」
「そうすりゃ家までひとっ飛びなのになぁ……」
「そうだな……」
「帰りてえなぁ……」
俺が観察していた集団のひとつがシンミリしてしまった。
他は騒がしいままだ。
まあ、でも強制的に徴兵された者たちは皆、帰りたがるだろう。
歩いて帰るとなると、どれだけかかることやら。
この国境付近の地域が地元の者たちでも数日はかかるはず。
それを少しでも短縮するべく用意したのがホバークラフト型兵員輸送車である。
車輪がないから輸送車と呼称するのはおかしいというツッコミはなしだ。
とにかく次の目的地に到着した時に彼らがどんな反応をするのか見物である。
ざわつきが下火になった頃。
「私も知りたいね」
カーターが声を掛けてきた。
「ずっと考えていたんだけど見当もつかなかったよ」
うんうんと頷くフェーダ姫。
「じゃあ、とりあえずデモンストレーションだな」
「「デモンストレーション?」」
「こういうこともあろうかと遠くで待機させてるんだよ」
俺はそう言ってから光魔法を頭上高くに放ち合図を送った。
最初は赤い光球を出して点滅させる。
次にその光球を青色にチェンジ。
これで合図を確認した運転士がデモ車両を起動させるはずだ。
ただ、誰が運転しているのか俺は知らない。
誰がデモ用の試運転をするかでジャンケン大会になってしまったからだ。
待つのが面倒だったので結果は確認しなかった。
そんなのより昼飯の方が大事だもんな。
まあ、デモ開始の合図だけは先に伝えておいたけど。
手早く終わらせるためその場で適当に考えた方法だったりするのは内緒だ。
少々離れた場所でも音より確実に伝わるなんて、それっぽい理由付けはしておいたが。
実際は信号を参考にしただけである。
勘のいいノエルあたりにはバレていると思う。
それもこれもスマホが使えない状況なのが悪い。
カーターたちには、そこまで見せるつもりがないからね。
飛行機を見せてスマホはダメって変じゃないかとツッコミを入れられそうだ。
それでも移動手段と通信手段では大きく違う。
通信は声や文字という限定条件がつくが瞬間的に距離をゼロにできるからな。
『そのせいで不便を味わうことになっているんだが』
内心で愚痴っていると──
「うわっ、何だ!?」
「浮いてるっ!?
浮いてるぞ、コイツ!」
「動き始めたっ」
なんて声が離れた場所から聞こえてきた。
それは歓声となって近づいてくる。
「こっちに来るぞっ」
「スゲー……」
「マジで浮いてる!」
「走ってるっ!」
そんな声が間近で聞こえてきた。
そして目の前を輸送車が通過していく。
先頭の機関車両が輸送車両を3両だけ連結した状態で引っ張っている。
通過する時に風が巻き起こった。
が、これでもホバリングで浮く分の風などは伝わらないようにしているのだ。
純粋に通過することで生じる風のみである。
でないと至近距離で見た場合は強い風に煽られることになるからな。
フェーダ姫だと転倒する恐れもある。
「あー、行っちゃったー」
「行っちゃいましたねー、叔父様」
ポカーンと見送るカーターとフェーダ姫。
「ここで止めると向こう側の兵士たちが見られないからね」
一応、補足説明はしておく。
「1周すれば皆もどういう乗り物か理解するだろうさ」
「だからデモンストレーションなのか」
しみじみした様子でカーターが頷いていた。
「見れば納得ということですね」
フェーダ姫は走り去る輸送車を見送りながらも楽しそうだ。
「こんな感じなんだが納得してくれたかな、司令官?」
「はっ、申し訳ありませんでしたっ!」
ビシッと直立して最敬礼してくる司令官であった。
「そういうの、いらないから」
体の力が抜けそうになる気分だ。
『疲れるわー……』
だが、そうも言っていられない。
「納得したら、積み込みの方ヨロシク」
「はっ!」
いらないと拒否しても直立姿勢で気合いを入れた返事をしてくる司令官であった。
読んでくれてありがとう。




